第158話 決着の時

 場所は演習場周辺。100人ほどのナウシス騎士団達と十数名の悪徳貴族、そしてその悪徳貴族達の私兵達が大規模な姿消しの結界の中で一ヶ所に集まっている。

 彼等の視線の先にはヘシュトナー侯爵とフルベイン侯爵。二人の背後には私と"影縫い"の装いをしたフウカが待機している。どうやらこれから騎士達に襲撃を掛ける前に演説を行い、士気を上げるつもりのようだ。


 ヘシュトナー侯爵が一歩前へと足を踏み出す。フルベイン侯爵は演説を行わないらしい。その表情は何処か悔しげだ。


 理由は明白だ。ヘシュトナー侯爵は一昨日行われた密会で、今回の襲撃の指導権をモスダン公爵から直接任されたからである。それはつまり、誰がここに集まっている者達の中で最も高い地位にいるのかが決まった事に等しい。

 あの日、対等だったヘシュトナー侯爵とフルベイン侯爵の力関係に、明確に差が出来たのだ。


 「同志諸君!よくぞ集まってくれた!本日!遂に待ちに待った時が来たのである!我ら貴族が、貴族として、人の上に立ち支配するその時が!」


 ヘシュトナー侯爵の言葉に耳を傾ける者達の視線には熱がこもっている。

 この場に集まっている者達の考えは大体みんな同じようなものなのだろう。彼等もこの日を今か今かと待ち望んでいたようだ。そしてそれはフルベイン侯爵も変わらないらしい。


 「本来、この国は国王を頂点とし、国王の信頼を得た貴族が民を従え、繁栄したのだ!それが騎士などと言う野蛮な輩が出しゃばるようになり、貴族の力は年々下がる一方であった!」


 私も図書館でこの国の成り立ちを確認したのだが、ヘシュトナー侯爵のいう言葉に、一応間違いはない。

 だが、それは本当に始まりの時、建国時代の話である。国の近くに"楽園"などと言う人間達にとって危険極まりない場所がある以上、国を維持するには強い力は必要不可欠だったのだ。


 この国の歴史は非常に長い。騎士と言う制度が出来る前から存在していたのだ。

 ヘシュトナー侯爵の言葉の通り、建国当初は貴族が非常に強い力を持っていたわけだが、それは当時の貴族達の大半が民から慕われ、敬われるだけの事をしていたからである。


 騎士と言う制度がなくとも、当時の貴族達の振る舞いは騎士そのものであった。

 というよりも、彼等のような存在を世界中で騎士と認められるようになったと言う方が正しい。


 つまり、ヘシュトナー侯爵が言うような力の下がった貴族達と言うのは、当時から民に慕われなかった財力だけはあった貴族達の事を指す。


 そう考えると、彼等の言い分は自分達にとって都合の良い部分だけを歴史書から汲み取った、何ともお粗末な言い分であり、歴史に詳しい者から見ればあまりにも滑稽な様子なのだ。

 そして信じがたい事に、この場に集まっている者達は皆、ヘシュトナー侯爵の言い分が正しいと信じて疑っていないのである。勿論、フルベイン侯爵もだ。


 「それ以降、我ら貴族は媚を売るように貴族でありながら騎士に成り下がる者達が現れだした!馬鹿げた話である!貴族が騎士となれば当然必要以上に命の危険にも晒される!家を存続させる使命を生まれながらに持った貴族が、自分から死にに行くような立場につくなど、まったくもって愚かである!」


 まぁ、モスダン家の事情があるから、その言い分に正当性が無い事も無い。が、正直言い訳だな。建国時代から慕われてきた貴族達は、命の危険があるにも関わらず果敢に戦い、た身を守り、そして生還して来た者達なのだ。

 死ぬ危険があるからと戦いから離れるような貴族は、最初から慕われていないのである。


 「だが、屈辱にまみれた時代は今日で終わる!我らが貴族の力で騎士共を制圧し、我らが再び人の上に立って支配する時が、始まりの時代の栄光をこの手に取り戻す時が来たのだ!!」

 「「「「「おおおおおーーーーーっ!!!」」」」」

 「総指揮は始まりの時代から続くモスダン家の当主、エルガード=モスダン公爵から直々にこの私、インゲイン=ヘシュトナーに託された!栄えあるモスダン家の後継者でありながら、愚かにも騎士へと成り下がったエルマンの汚点を、モスダン公爵は自らの権利を私に託す事で払拭したのである!」


 好き放題言うものだ。何とも勝手な言い分である。今の話をモスダン公爵が聞いていれば、間違いなく周囲に悟らせずに内心激高していただろうな。


 「諸君!今日を人生最高の日にしよう!我等で歴史を正しい形に戻すのだ!」

 「「「「「おおおおおーーーーーっ!!!」」」」」

 「ナウシス騎士団!配置へっ!その他集まってくれた勇士諸君!騎士団達の指示に従い、演習場を包囲するよう動くのだ!行動開始っ!!」


 総指揮を執るとは言っていたが、合図を出した後の動きは基本的にナウシス騎士団達に任せるようだ。ヘシュトナー侯爵が私の方へと歩み寄ってきた。


 「貴公、今日はよろしく頼むぞ。」

 「今日のために色々と準備を進めていたみたいだね。」

 「本来であればまだ時間が掛かったのだがな。貴公のおかげだ。相手は我々が用意した毒薬と魔術陣で本来の力が発揮できない。貴公ならば物の数では無い筈だ。」

 「ふぅん?護衛はしなくても良いのかな?」

 「護衛をするよりも貴公の力で一気に制圧してしまった方が早いだろう?ああ、勿論ソレは好きに使ってくれていい。」


 顎で私の後ろに控えているフウカの事を指す。既にヘシュトナー侯爵はフウカの事をどうでもいい相手として捉えているようだ。


 「そうさせてもらうよ。では、私も移動するとしよう。ついて来て。」


 フウカに呼びかけ、その場から移動する。場所は何処でも良い。強いて言うなれば、全体を把握しやすい場所だな。


 悪徳貴族達の準備が整っているように、騎士達の準備も万端である。

 既に彼等の行動は『通話コール』によってモスダン公爵へと伝わっている。何時でも返り討ちに出来るだろう。


 そしてどうやら騎士達だけでなく、マコトも何やら独自に動いていたらしく、今回制圧に参加して来た貴族達を公の場で裁くための段取りをしていたようだ。

 少し申し訳ない声色で、私に昨日『通話』を使用して伝えてきていた。


 何でも、シセラを中心に教会が動くらしいのだ。余計な騒ぎにならない事を願うばかりである。



 ナウシス騎士団達は勝てると信じて疑っていないため、早速行動を開始した。


 私が配置に着く頃には、揮発性の高い毒液の入った瓶を演習場全体へと投げ入れていた後だったのだ。

 毒の成分は・・・打ち合わせの時のものと全く変化が無いな。これならば問題無く解毒できる。


 毒薬を投入するのと同時に、地面を通じて演習場に仕掛けてある魔術陣も起動させたようだ。

 少し時間を空けて毒液が揮発しきったら、ナウシス騎士団以下実行部隊全員で一気に演習場へと駆け込む事だろう。


 「これでこの国に巣食う悪徳貴族達も終わりか・・・フウカとしても長く続いた因縁になるのかな?」

 「ええ・・・。」

 「これが片付いたら、早速新しい服を作ってもらえるかな?今の服に飽きたわけでは無いけれど、色々な服を着ることが出来るというのは、やはり楽しいからね。」

 「勿論です!喜んでノア様のための衣服を製作させていただきます!」


 ナウシス騎士団を始めとした悪徳貴族達の私兵が演習場へとなだれ込んで行く。

 演習場内部は煙に覆われて、感知能力に優れていなければ内部の様子など分かったものでは無いだろう。

 勢いに任せて演習場へと突っ込んでいった者達が、瞬く間に騎士達に強烈な一撃を与えられて昏倒して行く。

 元より数で劣っていたところに全体的な能力が魔術陣によって斃すべき相手が強化されてしまっているのだ。貴族側に勝ち目などあるわけが無い。


 行動を開始してからものの15分。演習場へと駆け込んでから僅か3分足らずで、貴族側の戦力は全て無力化されてしまったのである。


 演習場内が静かになり、制圧が終わったと判断したのだろう。意気揚々と悪徳貴族達が演習場へと入って行く。

 だが、その先で見た光景に、悪徳貴族の誰もが愕然としていた。


 「なっ・・・!何だこれはっ!?どういう事だっ!?」

 「・・・っ!?何故・・・っ、ナウシス騎士団が・・・っ!?」

 「おや、これはヘシュトナー侯爵にフルベイン侯爵。いかがなさいましたか?今は騎士全体の演習の際中でしてな。日々の鍛錬の成果を振るっているところですぞ?」

 「いやはや、ナウシス騎士団からは少々考えがあると聞いてはいたが、まさか自分達から仮想敵として行動してくれるとは、有り難い事ですなぁ!此方としても遠慮なく剣を振るう事が出来ました!」

 「なっ・・・!?」


 事態を飲み込めていない侯爵達に騎士団長が状況を説明する。あくまでもナウシス騎士団達の行動は演習の一環、という事にしておくようだ。

 このまますごすごと引き下がられたら、折角仕掛けてきてもらった意味がなくなってしまうからな。主役が到着するまで時間稼ぎをするのだろう。


 何せ、想定していた以上に事が早く片付いてしまったからな。モスダン公爵が演習場に到着するまで、もう少し時間が掛かるのだ。


 〈済まないね。貴族側も、もう少し粘ると思ったんだけど・・・。〉

 〈仕掛けておいた我らが言うべきではないかもしれぬが、何と府外の無い・・・。ナウシス騎士団の実態が他国に伝われば、我が国全体の評価が落ちていたやもしれぬな・・・。〉

 〈おや、騎士団の情報はあまり出回っていないのかい?この国の騎士団は、とても有名だと聞いていたけど?〉

 〈ある程度はな。だが、その実力や活動と言った内容は他国にはあまり知られてはおらぬ。・・・カークス騎士団以外はな。〉


 なるほど。そうなると、マクシミリアンの影響力と言うのは、この国だけでなく他国にも相当あると考えて良いだろうな。

 まぁ、個人の活躍が書かれた本が外国にも販売されているのだ。影響力が無い筈が無いか。


 〈済まぬが、後5分ほど掛かる。連中を押し留めては置けそうか?〉

 〈大丈夫だよ。彼等、全然状況を飲み込めていないみたいだからね。主役が息を切らして登場するわけにもいかないんだから、予定通りのペースで来るといい。〉

 〈そうさせてもらおう。〉


 ヘシュトナー侯爵を始め、演習場に入り込んだ貴族達は未だに状況を受け入れられずに固まってしまっている。

 信じられない事に、あまりにも衝撃的過ぎて、私やフウカの事も忘れてしまっているらしいのだ。私達に指示を出そうともしていない。


 「おや?今日は客が多いようですなぁ!更に大勢の観客が来たようですぞ!」

 「な、何・・・?」


 彼等がそうして固まっている内に、モスダン公爵が到着してしまったようだ。何ともあっけない終わりを迎えそうである。


 新たに演習場に入って来たのは、モスダン公爵率いる国王直属の王国兵達だ。

 王国兵達がこの場に現れた事にも、モスダン公爵が彼等を率いてこの場に現れた事にも悪徳貴族達は理解できず、ますます困惑してしまっている。


 「な、何故モスダン卿がここに・・・?それに、その兵達は・・・!?」

 「インゲイン=ヘシュトナー、そしてサイファー=フルベイン、貴公等を筆頭に、この場にいる貴族、いや、この国の逆賊共を捕らえに来たためだ。」

 「ぎ、逆賊っ!?」

 「な、何を言っておられるのですかっ!?いかにモスダン卿と言えど、冗談が過ぎる!事によっては、決闘も辞さぬ構えですぞっ!?」

 「我等を逆賊と仰るのであれば、当然証拠はあるのでしょうなっ!?」


 二人の侯爵がモスダン公爵に食って掛かる。二人とも、自分の不正の証拠がモスダン公爵に渡っている事など露知らず強気になっている。


 「あるからこうして国王陛下から兵を借り受けたのだ。貴公等の数々の不正や違法行為の証拠は、既に陛下にも目を通していただいている。貴公等を捕らえるのは国王陛下直々の命である!」

 「なっ!?」

 「馬鹿なっ!?そんな、馬鹿なあぁっ!?」

 「二人だけではないぞ?ここにいる貴族を名乗る者達全員を捕らえる事を陛下は儂に命じられた。貴様らの証拠も十分に挙がっておるのだ。」


 モスダン公爵に告げられた内容に、侯爵以外の貴族達も阿鼻叫喚と言った様子だ。中には今更ながらに許しを請うものすら現れる始末だ。


 「決定は既に覆らぬ。全員捕らえよ!抵抗するのならば攻撃も許可する!そこで地に付している、騎士を騙る者共もだ!」

 「「「「「はっ!!」」」」」


 モスダン公爵が兵達に指示を出し、貴族達とナウシス騎士団達を捕らえてゆく。

 この段階でようやくヘシュトナー侯爵はモスダン公爵が自分達を裏切った事を理解したようだ。


 「う、うぅう裏切ったかぁっ!?エルガード=モスダンンーーッ!!貴族としての誇りを失い、怖気付いて騎士共に媚を売る恥知らずがぁああーーっ!!」

 「戯言を。そも、騎士とは我が国の始まりの貴族達が率先して民達のために剣を取り、戦い、守り通した姿から始まったのだ。民を食い潰す事だけの貴様等こそ、貴族を騙る恥知らずよ。」

 「なっ、何をっ!何を言うかっ!?そのような事実が・・・!」

 「歴史の勉学が足りておらぬな。与えられた力と権力に溺れるからそうなるのだ。貴族が大きな権力を持つのには、相応の理由がある。それを忘れた者に、貴族を名乗る資格は無い!」


 兵達が侯爵達へと迫る。後方は王国兵、前方は騎士団、逃げ場などどこにも無い。それでも何か助かる手段が無いかとヘシュトナー侯爵が周囲を見回した時、私の姿を視界に収める。

 そしてようやく自分が今強行策に出た理由を思い出したようだ。


 「ノ、ノアアアーーーッ!!何をしている!?ご、護衛だっ!?制圧はいいっ!!私を守れぇえーーーっ!!」


 必死になって私に命じるが、私は動かない。彼はどうやら肝心な事に気が付いていないようだ。自分でやっておいてなんだが、本当にひどい事をしていると思う。

 尤も、ヘシュトナー侯爵にも原因があるのだが。


 「何故だっ!?何故動かんっ!?貴様っ!!今更私を裏切るというのかっ!!?」

 「そうは言ってもね、ヘシュトナー侯爵の護衛は依頼に含まれていないからね。動かないのは当然だろう?」

 「は?」

 「私の護衛対象は3人とも、この場にはいないからね。」

 「な、何を言っている・・・?わ、私の護衛を・・・。」

 「?私は貴方の護衛を引き受けた覚えは無いよ?それに、一昨日だってしっかりと護衛対象の命は守っただろう?」

 「は??な、何を言っ・・・て・・・っ!?ま、まさか・・・まさかっ!?」

 「ちゃんと私に自分を護衛して欲しいと言ってきた、ヘシュトナー侯爵に変装していた人物の事は守っただろう?私はね、約束を違える事は嫌いなんだ。」


 護衛を頼んだのはヘシュトナー侯爵では無く影武者だ。

 影武者も影武者で、"私を"では無く、"インゲイン=ヘシュトナー"を守るように言ってくれれば、状況は少しは変わっていたかもしれないな。

 まぁ、その時は報酬が支払われていないからと言って断るつもりだったけど。

 本当に、我ながら全くもって非道い話だ。


 そもそもの話、ヘシュトナー侯爵が影武者など用意せずに、最初から本人が対応していれば良かっただけの話なのだがな。


 「ふ、ふざ、ふざけるなぁあああーーーっ!!!こんな、こんな詐欺まがいな行為、認められてたまるものかぁあーーーっ!!」

 「いいえっ!認められるのですっ!!」


 自分の方が詐欺まがい、と言うか詐欺そのものの行為を働いていたというのに、いざ自分が似たような境遇に立たされればみっともなく喚き散らす。

 これ以上は話にならないと思い、このままヘシュトナー侯爵が捕らわれるところを眺めていようかと思ったが、この場に似つかわしくない、凛々しくも可愛らしい声が演習場に響き渡った。


 聞き覚えのある声だ。そう、神の声を聞き、その気配を感じ取る事の出来る巫覡ふげき、巫女・シセラの声である。その両隣には、依然見た彼女の護衛らしき人物もいる。

 加えて、彼女見たさに多くの市民達が集まってきている。中にはシセラのファンであろう人物や、騒動に興味を持った見覚えのある冒険者達まで集まってきている。


 ああ、マコトまで混じっている。彼は私を見かけると、こちらに腕を伸ばして親指を立てていた。

 アレは、確か肯定的な意思を表すサインだったな。正直、私としては貴方に親指を下ろすサインを出したい気分だよ。


 シセラは、私の正当性を伝えるためにこの場に来た筈だ。ほぼ間違いなく、大勢に私の事が知れ渡ってしまう。

 だが、今更である。マコトにもシセラにも、私がルグナツァリオの寵愛を受けている事を黙っていて欲しいなどとは言っていなかったからな。


 私がシセラに要求したのは、あくまで教会で私を担ぎ上げないで欲しいというだけの事だ。多分だが、教会の人間達はシセラを通して私の事を知っていると思う。


 シセラの登場で周囲はいよいよもって混沌と化してきた。

 自分の台詞を上書きするように響いた彼女の声によって、ヘシュトナー侯爵は完全に勢いを失ってしまっている。


 「久しいな、巫女・シセラよ。あの冒険者の行為が認めれらるという理由、儂等にも聞かせてもらえるかの?」

 「ご無沙汰しております、モスダン公爵閣下。多くを語る必要はありません。ノア様は、天空神様の御寵愛を授かっているのです!それも、歴代の偉人の方々にも並ぶほど、とても大きな御寵愛をっ!!」

 「「「「「っ!!?!?」」」」」

 「今もなお、その気配に変わりはありませんっ!それは即ち、ノア様の行為が天空神様もお認めになられているという事に他ありませんっ!!」


 あーあ、言っちゃった・・・。これでこの街のほとんどの人間は私がルグナツァリオと深く関りがある存在だと知れ渡ってしまった事になる。

 この国でやるべき事など、後はお土産の酒と装飾品を買う以外はのんびりと王都を過ごすだけではあるのだが、のんびりと過ごすという行為自体がし辛くなってしまったような気がしてならない。


 失敗したなぁ。最初にシセラに会った時にマコトとシセラに寵愛の事を黙っていてもらうよう、頼んでおけばよかった。


 まぁ、過ぎた事は仕方が無い。多少周囲が騒がしくなってしまうかもしれないが、神の寵愛を受けている者に無礼を働く者はそういないだろう。

 ある意味では人避けになると信じよう。ポジティブ思考だ。


 「インゲイン=ヘシュトナー!!例え己の悪事を人間達に隠せたとしても、天空神様は視ています!!大人しく、しかるべき場所で裁きを受けなさいっ!!」

 「お、おぉのれぇえええーーっ!!小娘風情がぁーーーっ!!ぐっ!がぁっ!?は、放せっ!私は侯爵だぞっ!?放さんかっ!クソッ!このクソ共がぁあああーーーーっ!!!」


 ヘシュトナー侯爵がシセラに向かって魔力を、魔法を放とうとするが、それがシセラに効果を及ぼす事は無い。

 魔力を放出する前に、シセラが話をしている間にも距離を詰めていた兵達に拘束されてしまったのだ。同様にフルベイン侯爵も捕らわれている。


 これでこの騒動も終わりならば良かったのだが、どうもそうはいかないらしい。


 シセラが現れてから沈黙を続けていたフルベイン侯爵が、動きを拘束されながらも不気味に笑い出したのだ。


 「クククッ、ククククク・・・ッ!クハハハハッ!終わり、終わりだ・・・何もかも・・・!ならば・・・!このような国など、私を認めない国など、最早何とも思わんっ!私を排除するというのならばっ!!この国も道連れだっ!!」

 「フルベイン卿!?気が触れたかっ!?」

 「イィンゲイィンンッ!!元はと言えば、貴様の杜撰な計画が我等を終わらせたのだっ!責任を取って、この国を滅ぼす礎となれぇえええっ!!」

 「なっ!?何をっ!?あっ!?がぁあああっ!?!?」


 フルベイン侯爵が『格納』から彼の拳ほどの大きさの黒ずんだ球体を取り出し、それを拘束された手で器用にヘシュトナー侯爵へと押し付ける。


 直後、ヘシュトナー侯爵が苦痛に顔を歪めて叫び出す。良く見れば、押し付けられた球体が彼の体にめり込み、一体化し始めている。と言うよりも、アレは彼の体を浸食、乗っ取っていると考えた方が良さそうだな。


 どうやらアレがフルベイン侯爵がドラゴンにまつわる切り札のようだ。

 どのような効果があるのか分からないし、彼が言う通り国を亡ぼせるほどの力があるのなら、早急に排除しよう。


 「おっ、がっ、あああああっ!!?あああ、あがぁあああっ!!」


 そう思ったのだが、その必要は無さそうだ。ヘシュトナー侯爵の肉体が溶け始め、徐々に崩壊している。彼の意識は保たれているし、痛みも感じているようだ。彼の悲鳴が止まらない。


 それから10分間、時間を掛けてヘシュトナー侯爵は苦悶の悲鳴を上げ続けながらゆっくりと崩壊を続け、最終的には骨すら残らない、インゲイン=ヘシュトナーだった液体が残るだけとなってしまった。


 「は?な、何だこれは・・・?お、おいっ!?何をしているインゲインッ!?貴様に埋め込んだのは、我がフルベイン家に伝わる"竜の秘宝"なのだぞっ!?さっさと腐竜でも邪竜にでもなって、この場にいる者どもを皆殺しにしないかっ!!」


 "竜の秘宝"、ねぇ・・・。詳細は分からないが、確かアレを取り込むと、ドラゴンの力を得る事が出来る、と図書館で読んだ事がある。ただ、図鑑で読んだ物はもっと淡い、綺麗な色をしていたはずだ。黒ずんでいたところを見るに、不完全なものか、あるいは腐っていたのかもしれないな。

 辺りには多少のドラゴンの気配が漂うだけであり、何も起きていないのだ。

 誰も事態を飲み込めていないようだし、軽く説明しておこう。


 「"竜の秘宝"と言えば、確かドラゴンの卵を錬金術を用いて作られる、生きた宝玉だったね。長い事使われていなかったから、腐って効果を失ってしまったんじゃないかな?」

 「ば、馬鹿な・・・。そんな、そんな馬鹿なぁあああ!?!?家宝なのだぞ!?我がフルベインに500年以上続く家宝なのだぞっ!?それが腐っていたなどと、そんな事があってたまるかぁあああっ!!」

 「そうは言うけど、今使ったの、黒ずんでいただろう?本来はもっと属性に沿った淡い綺麗な色をした球体だった筈だよ?黒ずんでいたという事は、死の属性が混ざってるって事だろうし、腐ったって事で良いと思うよ?」

 「・・・こっ・・・く・・・。」


 完全にフルベイン侯爵も沈黙してしまった。もう何もする気が起きないらしい。

 いきなり物騒な事を騒ぎ出すから騎士や兵達も警戒していたが、何も起きずに済んだようだ。


 散々悪事を働いて多くの人間を苦しめて来たヘシュトナー侯爵は、結局のところ人間達で裁く事は出来なかったが、これを持って騒動は決着と言って良いだろう。


 長く続いたこの国のが抱えていた貴族の問題も、ようやく解決したのである。


 まさしく、一件落着である!

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