第350話 予定変更

 街に到着した直後に、多くの住民から感謝の言葉を送られることとなった。


 「おかげさまで辛い作業をせずに済みましたよ!本当にありがとうございます」

 「どういたしまして。だけど、あまり頼りにし過ぎないようにね?」

 「勿論です!それはそうと、チヒロードへようこそ。歓迎しますよ」


 私が街道の雪を解かしたのは、あくまでもランドラン達のためであり、この街の住民達のためではないのだ。

 冒険者ギルドに除雪の指名依頼を出されれば行いはするが、自ら進んで行うつもりは無い。それは甘やかしに相当する。


 リガロウ達を預り所に預ける前に、私はリガロウを優しく抱きしめて目一杯撫でまわすことにした。道中、ランドラン達を気遣ったことに対する、私なりの賛辞だ。

 甘えた声がリガロウの喉から出て来て、とても可愛らしい。ますます撫でていたくなる。


 だが、あまり構い過ぎては日が暮れてしまう。比喩表現ではなく、実際にだ。

 ランドラン達を初見で構い過ぎていた際に数時間の時間が経過していた時のことを考えると、そうならない方がおかしいとすら思える。


 名残惜しいが、ひとまずはリガロウと別れ、昼食を終えたら再びこの子の元に訪れよう。腹いっぱい美味い食事を与えてあげるのだ。



 さて、街に入ってまずやることと言えば、やはり宿探しだ。今回は無理に最上級のベッドを求めるつもりは無い。それはアリドヴィルで十分堪能したからな。


 アリドヴィルで高級なベッドを求めたのは、1ヶ月間もの間あまり寝心地の良くない寝袋生活を強いられたからである。

 あれはあれでキャンプという雰囲気が楽しめて良かったのだが、やはり寝心地というものはある程度は欲しかった。

 それまでの寝心地の悪さを払拭するためにも、私は"ダイバーシティ"達に最上級のベッドを要望したのである。


 だが、本来ならば私が快適な睡眠を取るのにそこまで上質なベッドは必要ない。

 それなり以上に上質ならば、それで十分なのだ。

 あまりいい寝心地のベッドを用意されても、結局すぐに意識を手放してしまうことに変わりはないからな。寝心地が良すぎるというのも問題である。


 なお、今回も"ダイバーシティ"達とは別々に宿泊することになりそうだ。

 それと言うのも、生まれ育った町というだけあってティシアとアジーは自分の家があり、アジーと交際しているスーヤはアジーの家に宿泊しているらしい。

 そしてエンカフとココナナだが、2人は自分の工房を所有しており、そこで寝泊まりしているのだ。


 つまり、アジーとスーヤ以外は全員別の場所で夜を過ごす、と言うことだ。

 ならば、私も誰かの住まいに泊めてもらおうかと思ったのだが、寝具が人数分しかないので普通に宿を取って欲しいと頼まれた。

 ならば上等な寝具を購入して『収納』で必要な時に出せばいいのでは?とも思たのだが、そもそもそういった寝具を置けるスペースも無いそうなのだ。

 後、エンカフの工房に泊まるのは、エンカフ以外から全力で止められた。


 というわけで私が宿泊するのは貴族用ではないが裕福な平民が宿泊する宿だ。食事の質もベッドの質も良質だと"ダイバーシティ"達全員が太鼓判を押していた。

 なお、風呂は部屋に設置されていないので、公共の風呂施設を利用させてもらうとしよう。


 宿の宿泊手続きが済んだ後は錬金術ギルドに向かう予定だったのだが、その前に寝具を扱う店を紹介してもらうことにした。良質なベッドだけでなく、布団やシーツ、枕もだ。


 今回は"ダイバーシティ"達の住まいに宿泊することを拒否されてしまったが、良質な寝具は所持しておくことに越したことは無いと思ったのだ。

 私には『収納』があるからな。これでいつでもどこでも快適な睡眠が取れるというものである。


 しかし、私は結局この街で寝具を購入しなかった。寝具を扱う店の店員から、この街よりも王都の方がより良い寝具を扱っていると説明を受けたからである。


 どうせ購入するのならば、より良い寝具を購入したい。王都ではこの街よりも良質な寝具が取り揃えてあるというのであれば、そちらで求めた方が良い。

 故に、私は今回は寝具の購入を見送ることにした。どうせ今すぐ使用するわけでもないからな。


 寝具の店を後にして錬金術ギルドに向かおうと思ったのだが、私が雪ではしゃいでいたことに加え、リガロウと戯れていたことが原因で既に昼食の時間となってしまっていた。

 アジーとスーヤの行きつけの店があるらしいので、そこで昼食をとることにした。錬金術ギルドはその後だ。


 「しばらくあそこのメシを食ってなかったから、楽しみにしてたんスよ」

 「アジーはクリームシチューとパンしか頼まないけどね」

 「ワリィかよ。あの店のクリームシチューは最高なんだよ。や、ノア姫様の作ったシチューもメッチャ美味かったっすけど…」


 アジーは行きつけの店で毎回クリームシチューを頼んでいるらしい。よほど好物なのだろう。

 いや、違うか?その店のクリームシチューが気に入ったから、それ自体が好物になったのかもしれないな。


 まぁ、どちらにせよ美味いことには変わりないだろう。私にも味わわせてもらおうじゃないか。



 昼食も終え、リガロウに腹いっぱいになるまで食事を与えた後、私達は錬金術ギルドに向かうことにした。


 アジーやスーヤが通い続けるだけあって、料理の味は満足のいくものだった。勿論、クリームシチュー以外の料理も実に美味かった。


 使用している素材は決して高級なものでは無い筈なのだが、それでも美味いと感じられたのだ。

 料理は食材がすべてというわけではない、と言うことだな。あの店の料理人は、きっと名のある料理人に違いない。


 と思ったら全員に否定されてしまった。特に料理大会に出たり記者から取材を受けたことなどは無いらしい。

 アジーが言うには、そんなことをしている暇があったら店に来る客に料理を振る舞うのが先だといっていたのだとか。

 あの店の料理人にとっては、この街の、あの店を利用してくれる客が一番大事、と言うことなのだろうな。


 一種の誇り、もしくは矜持のようなものかもしれない。なんにせよ、あの店の料理人には、敬意を払わずにはいられなかった。


 話を戻して今度こそ錬金術ギルドへ、といきたい所だったのだが、またしてもそうはいかなくなってしまった。


 騎士が私に訊ねて来たのだ。

 先の2つは私自身が原因であるとは言え、3度も目的地に行けなくなると、流石に少ししつこさや煩わしさを感じてしまう。一体何だというのだ。


 っていかんいかん。騎士は誰かから命令を受けて私に訊ねてきただけに過ぎないかもしれないのだ。彼自身に悪意はないし、そもそも非が無いのだ。

 ほんの少し漏れてしまった私の不愉快さが騎士にも伝わってしまったらしく、冷や汗をかいてたじろいでしまっていた。


 どうやらこの騎士、"ダイバーシティ"達と面識があるらしい。騎士に対してスーヤが明るい表情で挨拶をしていた。


 「おー、隊長さん!久しぶりー!どうかしたんですか?」

 「ああ、久しぶりだ。しかし君達は…随分と鍛えられたのだな…」

 「分かります?今の私達ならリナーシェ様にも勝てる気がしますよ!」

 「ハハハ、それは楽しみだ。っと、それはそうと」


 軽く挨拶をした後、騎士は私の元まで来て跪きだした。

 道の往来でこんなことをしだしたら目立つなんてものじゃない。街中の人々が私と騎士に注目してしまっている。


 いまさらその程度で気にする私ではないが、本当に何の用なのだろう?私は早いところ錬金術ギルドで洗料の製法を学びたいのだが…。


 「『黒龍の姫君』様には、ご予定を阻害させてしまいましたこと、誠に申し訳なくございます。ですが、必ず錬金術ギルドに向かう前に、と通達を受けましたので…」


 やはり騎士は何者かから命を受けて私の元を訊ねてきたようだ。

 それにしても錬金術ギルドに向かう前に、とはどういうことなのだろうか?決して悪意があるわけではないので、その点が解せない。


 「それで、要件はなんなの?」

 「はっ!我が主、ヒロー=センドー子爵様より、渡したいものがあるためぜひ自分の元まで訊ねて欲しい、との言伝を伝えに参りました!」


 センドー子爵から?渡したいもの?どういうことだ?ますます意味が分からなくなってきたぞ?


 センドー子爵の屋敷の場所は分かっているが、私だけで訪れなければならないのだろうか?


 「いえ!"ダイバーシティ"達も一緒で問題無いとのことです!彼等には以前依頼を出した経緯で少々縁がありまして…むしろ以前会った時からどれだけの力を付けたのか、一目見ておきたいと…」

 「だそうだけど、皆はどうする?」


 私としてもセンドー子爵には洗料を人々に普及してくれた礼を言いたかったから、一度は会ってみたかったのだ。会いたいというのであれば、会いに行くのは吝かではない。


 "ダイバーシティ"達はどうだろうか?

 彼等の様子を見てみると、特に忌避感はない。それどころかむしろ嬉しそうにしている。

 縁があると、以前も会った事があると騎士も言っていたし、過去にセンドー子爵からの依頼を受けたことがあるのだろう。


 彼等に否やがないのであれば、私が断ることもないだろう。渡したいものというものも気になるしな。


 「わかったよ。案内を頼める?」

 「承知いたしました!こちらの要望をお聞き入れいただき、誠にありがとうございます!」


 センドー子爵の屋敷へは当然騎獣に乗って向かうこととなった。まぁ、位置としてはチヒロードからそれほどは慣れてはいないのだが、センドー子爵に仕える騎士もランドランでここまで来たようだしな。


 その騎士なのだが、リガロウや"ワイルドキャニオン"で鍛えられたランドラン達を自分の目で見てみたかったようだ。あの子達の姿を見たらとても興奮していた。


 「なんと勇ましい…。まさに『姫君』様が乗るにふさわしい姿だ…!」

 「言っておくが、コレが俺の限界ではないからな?俺はもっと強くなって、もっと姫様のお役に立つぞ?」

 「おお!何と言う忠誠心!ハッハッハ!羨ましいものですなぁ!」


 リガロウも憧れの騎士を実際に直接目にすることができて嬉しそうだ。

 若干の対抗意識が無いわけではないが、あの子の瞳からは敬意も感じられる。あの子なりに失礼のないように振る舞っているのだろう。


 そして騎士が興奮しているのはリガロウだけが理由ではない。"ダイバーシティ"達のランドラン達を見てあの子達のことも褒めちぎっている。


 「いやはや、なんとも逞しい体つきであるな!"ワイルドキャニオン"の奥地で、一体どのような修業を行ったというのだ!?」

 「あー…。まぁ、どう考えてもアレはノア様じゃないとできない修業方法だったからなぁ…」

 「まずランドラン達含めたアタシ等全員に『重力操作グラヴィレーション』って魔術で負荷をかけるとこからだからなぁ…」 


 私が彼等に施した修業は、人間が再現するのはほぼ不可能と言っていいだろう。

 『重力操作』もそうだが、『不殺結界』のこともある。流石にアレ抜きではグラシャランと対峙するこのは、自殺行為と言って差し違えない。


 そもそも"ワイルドキャニオン"の最深部で一ヶ月間キャンプ生活ができたのは、私がキャンプ地で結界を張ったからである。そうでなければ瞬く間に魔物の群れに襲われ、キャンプどころか睡眠すらままならなかっただろう。


 そして私が人間達に修業を付ける理由は、残念ながらもうない。

 元よりリガロウを"楽園"に連れて行くための修業だったのだ。ランドランや"ダイバーシティ"達を鍛えたのは、あくまでもそのついでである。

 リガロウが進化を果たし、"楽園"で生活できる強さを持った今、修業を行う理由が無いのである。キャンプも十分楽しんだしな。


 騎士には悪いが、ランドランの育成は諦めてもらおう。



 さて、センドー子爵の屋敷に向かう道中、リガロウにはゆっくりと進むように頼んでおいた。そうでなければ騎士と大きく差がついてしまうからな。

 騎士が騎乗するランドランの走行速度は、"ダイバーシティ"達のランドランよりも遅いのだ。雪の感触を楽しみながら移動してもらうとしよう。


 チヒロードからセンドー子爵の屋敷までの道は雪かきが終わっていたようで、非常にスムーズな進行となった。

 なお、リガロウは雪の感触を楽しむため、道を少し外れた場所を走っている。

 ただ、雪は無くとも地面は冷たいままだったので、ランドラン達は少し辛そうにしていた。


 あの子達が辛そうな表情をするのは私としても見ていていたたまれないため、やはり道中に魔力を浸透させて『温暖』と念じて暖かくしておいた。


 地面が暖かくなった途端、ランドラン達は非常に嬉しそうにしてくれた。勿論、騎士のランドランもである。

 あの子達からの強い感謝の気持ちが伝わって来る。やはり感謝されるというのは気分が良いな。自分が可愛がっている相手からならば尚更である。


 そうして暖かくなった道を走り続けること約15分。センドー子爵の屋敷に到着だ。


 さて、彼は一体私に何を渡してくれるのかな?

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