第349話 真っ白いフワフワ
雪。それは、平たく言えば非常に小さな氷の粒だ。
要は雨雲で形成される雨粒が低気温によって凍り、雨と同様に地上に落下して来てたものである。
名前自体は以前から本で知っていたが、初めて耳にしたのはアクレイン王国の町、イダルタ。そこに勤める大騎士シェザンヌが教えてくれた。
元々のきっかけは、あの国の建築物の屋根が軒並み平坦な形をしていたからだ。
雪が降る心配がないから、斜面にする必要が無いと彼女は語っていた。
実際にこうして雪というものを見て理解する。
なるほど。確かにこれは屋根を斜面にする必要がある。
一粒一粒は非常に小さく軽い物質でも、物質自体は水である。液体ではなく固体なので、当然平らな屋根ならば積もる。
雪が積もり続ければ当然相当な重量になる。それこそ、建築物を押しつぶしてしまえるほどの重量にまでなってしまうのだろう。
それを避けるために、ファングダムやティゼム王国の建築物の屋根は、どれも積もった雪を自重で落とすために屋根が斜面となっているのだ。
それにしても、この辺り一面に積もった雪。見るからに柔らかそうである。
「リガロウ。君は雪を知ってた?」
「はい。この時期になるといつも振ります。むしろ、師匠がいた場所で降っていなかったのが不思議です」
確かに。チヒロードへと向かう途中、目の前の地面が急に真っ白に変化している境界を見つけたのでリガロウに足を止めてもらったわけだが、不自然なまでに雪が積もっている場所とそうでない場所で綺麗に分かれていたのである。
雪が積もっている場所は20㎝近く積もっているというのに、ある境界を境に全く雪が積もっていないのだ。
リガロウの疑問には、ティシアが答えてくれた。
「きっと、魔境やグラシャラン様の魔力が影響していたんだと思いますよ?魔境によっては環境を常に一定に保とうとする傾向があるみたいですから」
そうか。それで"ワイルドキャニオン"やアリドヴィルでは雪が降っていなかったのだな。
そして現在のニスマ王国では、大抵の場所でこれぐらいには雪が降り積もっている、と。
「リガロウ、雪の上を走ったこと、ある?」
「はい!周りのヤツ等は寒いのが苦手みたいであまり走ろうとしていなかったのですが、俺は平気でしたから!踏んだ時の感触が面白いですよ!」
やはりそうなのか!見るからに柔らかそうだものな!これは実際に自分の足で確かめてみるべきだろう!
「少し時間を貰っていいかな?雪がどんなものなのかを確かめてみたい」
「え、ええ!ご、ご自由にどうぞ!」
雪の感触を楽しむのならチヒロードに到着してからでもいいかもしれないが、私は今この雪に触れてみたいのだ。
"ダイバーシティ"達や既に連絡が言っているであろうチヒロードの者達には予定が変わることになって悪いが、ここは我儘を言わせてもらおう。
雪の積もっている場所とそうでない場所の境界までリガロウに進んでもらい、雪の積もっていない場所に降りる。
すぐにでも踏みしめてみたいが、まずは両手で掬ってその感触を確かめてみよう。
おお…!柔らかい!それに、フワフワしている!両手を包むようにして掬った雪に圧力を掛けると、その体積は大幅に縮み、一つの氷の粒となってしまった。
まぁ、雪がそもそも小さな氷の粒なのだから当然か。この氷の粒、どうしたものか?少々力を込めすぎたのか、崩れる気配がまるでない。
記念に持って帰るか。魔力で保護して『収納』に仕舞えば、途中で溶けてしまう心配もないだろう。
そうだ!フーテンも雪は初めて見るといっていたな。あの子にもこの感動を教えてあげよう!
再び両手で雪を掬って、フーテンに向かって両手と共に雪を差し出す。
「フーテン、おいで!とてもフワフワしているよ!」
〈とっても柔らかそうです!姫様の手の上にに乗ってもよいのですか!?主!姫様が呼んでいるので、ワタクシ姫様の元へ向かわせていただきますよ!?〉
「はいはい、いってらっしゃい」
フーテンが私の元に向かいたそうにティシアに視線を送っている。
その視線に耐えられなかったのか、それとも雪にはしゃぐフーテンが微笑ましいのか、苦笑しながら許可を出した。
許可が出た途端、フーテンはティシアの肩から勢いよく飛び出し、真っ直ぐに私の両手に向かって飛来して来た。突撃と言ってもいい勢いだ。
余程雪に触れてみたいと思っていたのだろうな。
勢いよく私の両手に突っ込んで来たせいで、両手に掬った雪の大半が吹き飛んでしまい、私に掛かる。
体中に当たる雪の感触が、冷たくてとても気持ちがいい。
これは、試してみたいことが増えてしまったな。雪の感触を足で確認した後にでも試してみよう。
〈冷たいです!柔らかいです!コレ面白いです!気持ちいいです!〉
「うん、とても楽しいね。この辺り一面に広がる真っ白な平原を歩いたら、とても楽しいだろうね」
〈素晴らしいです!〉
「………」
フーテンも大喜びである。
だが、私が雪で試してみたいことを考えていると、ティシアが顔を青くしていた。リガロウも急に不機嫌になっている。
「ちょっ!?フーテン!加減を考えなさい!」
「お前…姫様に何してるんだ…」
〈ピョォッ!?〉
リガロウもティシアも、フーテンが私に雪を掛けてしまったことに対して責めているようだ。
冷たくて気持ちよかったし、フーテンにも悪気があったわけではないから、私は気にしていないのだが…。多分、それでは駄目なのだろうな。
例え失礼な態度を取られて当人がそれを気にしていなくとも、それを見ていた周りの者達が納得しなければ、やはり不和の原因となってしまうのだ。
既に雪を楽しむために予定を変更してしまっている私が言える立場ではないかもしれないが、フーテンには気を付けるように伝えておこう。
折角の楽しげな雰囲気が説教で重苦しくなるのは私としても歓迎しない。フーテンへの注意もほどほどに、私は雪の上を歩いてみることにした。
勿論、裸足で、だ。
脱いだ靴を『収納』仕舞い、柔らかな雪の上に立ってみる。
靴を脱いだ瞬間、エンカフとスーヤの視線が私の足元に向かったようだが、そんなことはどうでもいい。
雪の冷たさが足の裏から伝わってきて、とても気持ちいい。
いやそれにしても、本当に柔らかいな。足を踏み入れた途端、私の足の裏が触れた雪の一粒一粒が音を立てて重量によって押しつぶされ、圧縮されて地面に薄い氷の板として形成される。
その際の感触が、実に面白い!
まるで優しく自分の体を受け止めてくれるような、上質な絨毯のような感触にさえ感じられたのだ!いや、上質な絨毯でもこの感触は味わえない!
絨毯は足を上げれば繊維が元に戻るが、雪は戻らないのだ!そして雪の粒子はとても小さいから、裸足で踏むと足の指の隙間にも雪が入り込んで足全体を雪が包んでくれるのだ!コレがとても気持ちいい!
これは、やはり試さずにはいられないな!全身で雪にダイブするのだ!
まだ誰にも踏まれていない真っ白な雪の絨毯に向かって、両腕を前に突き出しながら飛び込んだのだ。
素晴らしい!
雪が圧縮され、それと同時に自分の体が優しく受け止められるこの感触!海や川と言った水に飛び込むのとはまた違った感触だ!
やはり、大きな違いは雪はあくまでも固体と言うことなのだろう。裸足で踏んでみた時にも感じたが、体を優しく受け止め、それでいてしっかりと体を支えてくれるこの感覚、雪でなければ実現できないのではないだろうか!?
全身が雪に包まれ、体中に雪の冷たさが伝わってくる。
これがまたとても気持ちがいい!全身を冷たいシーツに包まれているかのような感覚だ!
冷たさのおかげか、不思議と意識がまどろんだりもしない!最高か!?
雪の上にダイブをしてしばらくすると、流石に硬さしか伝わってこなくなる。
そんな時は、再び別のまっさらな雪原にダイブだ!コレは…たまらん!何度でもやってられる!
〈ピョォ~~~!足が沈みますよ~!これ楽しいです~!〉
しばらく私が雪の感触を全身で楽しんでいる間、フーテンは雪原の上をひたすらに走り回っていた。雪に足が沈んでいく感触が、楽しくて仕方がないようだ。
ああ、見ればリガロウもとてもウズウズしている。このまっさらな雪の上を走りたくて仕方がないのだろう。
名残惜しいが、時間を忘れて雪の感触を楽しみ続けるわけにはいかない。リガロウにも雪の感触を楽しんでもらいたいしな。
そろそろリガロウの背に乗り、移動を再開しよう。
「お待たせ。済まなかったね。雪を見るのも触れるのも初めてだったから、はしゃいでしまったよ」
「ふぇっ!?い、いえ!大丈夫です!そ、それでは、そろそろ出発しましょう!フーテン!行くわよ!」
〈ああ!そんな殺生な!ワタクシもっとこのフワフワを堪能したいです!〉
「街に着いたらいくらでも走り回って良いから、今は戻って来なさい!」
フーテンは相当に雪が気に入ったらしい。ティシアの肩に戻るのをとても名残惜しそうにしていた。
フーテンもティシアの肩に戻り移動を再開しようというところで、男性陣、つまりエンカフとスーヤの視線が未だに私の足元に集中していることに気付いた。
彼等は女性陣に聞こえないように、お互いに近づいて小声で語り合っていた。
「ねぇ、エンカフ…」
「なんだ?」
「ノア様って、足、メッチャキレイだよねぇ…」
「ああ…。確かにそれもあるが、俺としては靴を脱いだあの瞬間にこそ、至上の美しさを感じた…」
「分かる…」
そういえば、まだ靴を履いていなかったな。このままでも私は問題無いが、流石に街中を裸足で歩いては目立つなんてものではないだろう。
『収納』に仕舞った靴を取り出して、履き直しておこう。
靴を履き直した途端、2人とも露骨に残念そうな表情をしだした。もっと見ていたかったのだろうか?
人間にとって、異性の素肌と言うのは、魅力を感じて止まないそうだからな。しかし、それにしたって2人共視線を集中しすぎじゃないだろうか?
ところで、そこまで露骨に表情を変えて彼等は大丈夫なのだろうか?
大丈夫ではなかったようだ。私が靴を履き終えると、既に2人は女性陣に囲まれている状態となっていた。
「アンタ達ねぇ…。言っとくけど、ノア様にバレバレだったからね…?」
「「え゛っ?」」
「流石に露骨すぎ」
「スーヤ、今晩覚悟しとけよ…?」
「ヒ、ヒェエエエ…」
細かく注意はしていないが、それでも3人の女性の視線は彼等の行為を非難していることが容易に理解できる。
特に、スーヤの交際相手であるアジーは嫉妬の感情も露わにしている。アレが小説の恋愛要素でよく見かける[ヤキモチを焼く]、というヤツだろう。
ヤキモチとやらが何かは良く分からないが、その単語には何故か美味そうな気配を感じて止まない。言葉通りであるのなら焼いて食べる食物ではないだろうか?
まぁいい。移動を開始しよう。
やはり、リガロウも雪の上を走りたくて仕方がなかったようだ。言葉には出していないが、一歩一歩、雪に足を付けるごとに喜びの感情が伝わって来る。
対して、ランドラン達はあまり楽しくなさそうである。と言うか、あの子達は少しだけ辛そうにしているようにも見える。
そういえば、さっきリガロウも自分以外の者達は寒さが苦手と言っていたな。
あの子達は他のランドラン達と比べればかなり強い個体に成長したが、寒さが苦手なことに変わりはないようだ。
一応、魔術によって足を防護してはいるようだが、それでも冷気を完全に防げているわけではないようだし、そもそも雪に足を取られてしまうことがあの子達にとっては不快な様子なのだ。
さて、どうしたものか…。
正直、チヒロードの位置は把握しているので、近くまでリガロウに先行してもらい、予め雪を踏み均してもらうというのもアリだとは思う。
だが、それでは案内をすると言っていた"ダイバーシティ"達の立場がない。
しかしランドラン達のためにチヒロードまでの雪を排除してしまっては、折角雪の感触を楽しんでいるリガロウに申し訳がない。
「姫様。構いませんよ。俺が少し離れた場所を走ればいいだけですから、アイツ等が走る道の雪を、解かしてやってもらえますか?」
私はリガロウの言葉に耳を疑った。
この子はランドラン達のために、自分が引き下がると言ってのけたのだ。
なんていい子なんだ!チヒロードに到着したら沢山撫でてあげよう!
そうと決まれば早速雪を解かしてしまおう!
『
それだけで街道が熱を持ち、瞬く間に街道に被さるは溶けてしまった。
「これでその子達も問題無く走れるだろう?」
「あ、ありがとうございます!」
「「「くきゅう~~~!」」」
ランドラン達もとても嬉しそうだ。リガロウが私に願ったことで雪が溶けたことを理解しているのか、私だけでなくリガロウにも感謝の思念を送っていた。
その思念はリガロウにもちゃんと届いたようである。感謝されて少し照れくさそうにしているのがまた可愛らしかった。頭を撫でておこう。
ところで、雪を解かしたはいいが、私の行動は少し向こう見ずだったようだ。
「すげぇ…あっという間かよ…。これがチヒロードまで続いてんのか…?」
「向こうの人達、ビックリしてるんだろうなぁ…」
「この時間だと、普通に雪かきしてるだろうからな…」
やってしまった。ランドラン達を優先するあまり、人間達の都合をまるで考えていなかった。
雪かきをしている最中に突然街道の部分だけ雪が溶けだしたら、異常事態なんてものじゃない筈だ。
大事になっていなければいいのだが…。
「だ、大丈夫ですよ!確かにビックリしたでしょうけど、それはそれとして雪かきの手間が省けたんですから、驚くのと一緒に今頃喜んでると思いますよ!」
「それに、新聞のおかげでチヒロードの人達はノア様が向かっていることを知っています。勘の良いものならば、ノア様が何かしてくれたと考える者もいるかもしれません」
そこまで都合よくいくだろうか?まぁ、行ってみれば分かるか。
アリドヴィルから移動を開始してから雪で遊んだ時間も含めて約1時間30分。
私達はチヒロードへと到着した。
さぁ、洗料の製法を学ばせてもらおうか!
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