第55話 ヘンなのが来た!
小さな袋の口を二つとも開けてみると、中には金色と銀色の小さな円盤がそれぞれの袋にぎっしりと入っていた。
どれもしっかりと磨かれていて、光を反射してキラキラと光っている。
〈キラキラしているわ!とっても素敵よ!〉〈ピッカピカじゃない!こういうの大好きよ!〉
〈確かに綺麗だね。私はもっと複数の色が反射してくれると嬉しいけど。〉
レイブランもヤタールも落ち着こうね。沢山あるから金と銀の円盤を一枚ずつ、この娘達に渡しておこう。
それと、フレミーにも光物が好きだし、彼女にも渡しておこう。
〈嬉しいわ!とっても綺麗よ!〉〈キラキラしているのよ!とっても嬉しいわ!〉
〈ありがとう、ノア様。とっても嬉しい。これ、今度作るノア様の衣装に利用してみるね。〉
レイブランとヤタールは純粋に光物を観賞用として楽しむ事にしたようだ。
フレミーはどうするのかは分からないけれど、私の服の製作に利用するらしい。
円盤には、細かい絵や法則性のありそうな形が並べられるように刻まれている。
この法則性のありそうな形は、人間達の使用する文字なのだろうか。この円盤に刻まれている物だけでは種類が少なすぎて判断がつかないな。
とても綺麗だとは思うが、これは一体何なのだろうか?用途が全く分からない。私の知識にあるものなのだろうか?
二種類の円盤を見つめて自分の頭に意識を集中する。
あった。
この二種類の金属の円盤は人間達の間で交換材料として使われる貨幣と呼ばれる物のようだ。
それぞれ金貨と銀貨。そのまんまだな。欲しいものがあった場合、人間達は物々交換では無く、この貨幣を必要な分渡す事で取引が成立するらしい。
つまるところ、この金貨と銀貨そのものには特別な力が宿っていたりするわけでは無いようだ。
だがまぁ、大量に所有していれば、権力や富の象徴にはなるだろう。
それに、これから人間の都市に向かおうと計画している私にとって、この貨幣は非常に有り難い。
この金と銀の貨幣の価値がどの程度の物かは分からないが、人間の道具や食べ物、情報を得るのに大きな助けになってくれるはずだ。有効に使わせてもらうとしよう。
次は土で作られた容器を見てみよう。
この容器も酒が入っていた容器と同質の栓によって蓋がされている。どんな樹木を使用しているかは分からないが、密閉をするのに適しているのだろう。
栓を開けてみると、中には一つは真っ白で砂ほどの大きさの小さな粒が、もう一つは同じく白い粒に加えて小さな黒い粒が混じって入っていた。
互いを比較してみると、黒い粒が混じっている方が白い粒が大きい。どちらも容器に七割以上入っている。
この二つは何なのだろうか?ウルミラならば、臭いで分かるだろうか。
「ウルミラ、この二つの容器に入っている粒、臭いで何か分かるかい?」
〈真っ白な方は甘い匂いがするよ!もう片方はしょっぱい臭いと、何だかムズムズする臭いの二つの匂いがする。〉
なるほど。となると、混じった物がある方は塩が含まれているのかな?
そして、甘い匂いか。これは味見してみないわけにはいかないな。
「真っ白い方、少し舐めてみる?」
〈えっ!?良いの!?〉
「他の皆も、どうだい?」
皆の表情は期待に満ちている。
それはそうだろうな。この場所で甘味と言えば果実(皆は"死者の実"と呼んでいるが、私が初めて感動した食べ物なので不吉な名前で呼びたくない)ぐらいしかないのだから、興味があるのは当然だろう。
大量にあるわけでは無いので、指で一つまみ程度になってしまうが、皆の器に配っていく。
私も同じ量、舐めてみるとしよう。レイブランとヤタールは粉状の物を食べ辛いだろうから、私が直接嘴の中に入れる。
〈甘いわ!ただただ甘いのよ!〉〈これはヤバイわ!クセになりそうよ!〉
〈一度舐めると、もっと舐めたくなっちゃうかも。この真っ白いの、危ない粉じゃないよね?〉
〈・・・これは、直接食べる物では無く、我らが使う岩塩のように食料に振りかけて使用する物では無いのか?〉
そうとも。一つまみ分、口に入れた時に分かった。これは塩と同じく私の知識にある物だ。
砂糖。
特定の植物から抽出する事が可能な調味料だ。十分に精製された物は甘味以外の雑味が無い。
その上、水分に溶けやすい性質をしているので、食料に甘味を加えるのに非常に適している。この砂糖は真っ白で粒子が細かいので、優れた抽出技術によって抽出された物だろう。
この森に砂糖を抽出できる植物があるのかは分からないが、少なくとも岩塩以上に入手が困難なのは間違いないだろう。食べすぎに注意するよう皆に伝えておく。
では、もう一つの容器の中身を確認しよう。ウルミラがムズムズする臭いと言っていたが、果たして味の方はどうなのだろうか。
塩の辛さ共に、塩とは別の辛さを舌で感じる。こちらの白い粒はやはり塩だ。それに加えて黒い粒、おそらくこれは香辛料だろう。
・・・肉が食べたくなるな。丁度、日も落ち始めてきたところだ。ドラゴンの肉で試してみよう。
「こっちの容器は塩と香辛料を混ぜたものだったよ。ドラゴンの焼き肉で使ってみよう。」
そう皆に伝えると、とても喜んでくれた。
ドラゴンの焼き肉の時点で大好評だったからな。塩に加えて新しい味が追加されるとなれば、きっと今まで以上にとても美味くなるだろう。
それでは、肉を取ってきて焼くとしようか。
至福の時間だった。
塩の味付けだけでも十分美味かったのだ。そこに相性の良い辛さが加われば、更に味の質が良くなるのは必須だったというわけだ。
結局、初めてドラゴンの焼き肉を食べた時と同様あらかじめ用意した肉の量では足りなくなり、香辛料入りの塩は一度に七割ほどまで使ってしまう結果となった。
一度に半分以上使用してしまった事に皆で驚き、残念に思うものの、後悔はしていない。それほどまでに美味かったのだ。
ラビックが黄色い固形物と一緒に食べたら更に美味そうだと言っていたが、試さなくて正解だと思う。
ラビックの予想はおそらく当たっている。それ故に、一度に全て使い切ってしまいそうな気がしてならなかったのだ。
それが分かっていたからか、珍しくレイブランもヤタールも直ぐに試そうと提案はしてこなかった。大量に手に入ったら、是非とも皆で試すことにしよう。
食事が終わるころには日が沈みきり、辺りは真っ暗となっている。
これから人間の最後の所持品である書物を調べてみても構わないが、既に満腹となって眠そうにしている子達もいる。調べるのは明日にしよう。
後は、
翌日、二羽に起こしてもらい、早速蜥蜴人の遺体を彼等の集落に返してきた。
少々どころの騒ぎでは無くなってしまい、精神的に少し疲れた気分にもなったが、結果的にはかなりの収穫となった。
レイブランとヤタールに案内してもらい、彼等の集落に到着してみれば、集落に着陸する前から、彼らは頭を下げて私達を出迎えていた。
抑えてはいるが、全くエネルギーを放出していないわけでは無かったので、私達の接近が分かったのだろう。
その態度だけでも私としては、少したじろいでしまいそうになったが、彼等に遺体を返却した事で、神のごとく崇められてしまった時には、どうしたものかと困惑したものだ。
その後、私の元に助力を求めて来た蜥蜴人が、他の人間の遺体からも同様にして蜥蜴人の死体を取り出す事が出来るのならば、やって欲しいと懇願されたので試してみたところ、人間達に吸い込まれるように消えてしまった蜥蜴人が、全て彼等の集落に戻る事となった。
その際に人間の空間の歪みから昨日と同様大量の物資や道具、装備が山のように出てきた。
集落の者達は満場一致で私に全て譲ると言ってきたが、とんでもない量なのだ。私の尻尾が伸びるからと言って、これほど量を運ぶ事など出来るわけでは無い。絶対に途中でこぼれる。
そもそも、この人間達に被害を被られたのは彼等、集落に住む者達だ。襲撃の対価だと思って、彼等が今後のために有効活用すれば、それで良い。
私は、大量の道具の中にあった書物を両腕で抱えられるだけ、調味料の入った容器をレイブランとヤタールが持てる分だけ受け取って家に帰る事にした。
家に帰って書物に目を通し続けて、既に十五日が経過している。書物に掛かれた文字を一通り記憶し、精査して法則性を見つけ、解読するのにかなりの時間が掛かってしまったのだ。
しかし、そのおかげで襲撃を仕掛けてきた人間達について、おおよその事が分かっただけでなく、人間達に共通する常識も多少は知る事が出来た。
ラビックが回収してきた人間の書物は、その人間の行動を一日毎に記録して残した、所謂日記という書物だった。
日付に開きが無く、毎日記入されている所を見るに、あの人間は几帳面な性格だったのだろう。
おかげでこの世界が、年と月と週によって日付の単位が振り分けられている事が分かった。
まず、この世界、エネルギーの色で週が振り分けられているためか、八日間で一週間が経過して、15ヶ月、450日で1年が経つとされている。
月はそれぞれ、鼠、牛、虎、熊、兎、竜、蛇、馬、猫、羊、猿、亀、鳥、犬、猪の順で回っている。
日記には、一日一日の内容は短いものが多かったが、三年間分の内容が記述されていたため、知る事が出来た。
彼等はティゼム王国という、王を主とする国に仕える、カークス騎士団という集団だった。
私が予測した通り、森の恵みで生計を立てていた者達であり、何としても採取を成功させるために、国の中でも精鋭とされる者達でこの森に訪れたようだ。
彼の首飾りに描かれていた少女は、やはり彼の一人娘だったようだ。日記からは、自分の家族や国の人間達を、本気で愛して止まない心が伝わってくる。
だからと言って、彼に対する謝罪の気持ちがあるわけでは無い。事情が分かった今、多少の同情心が沸きはするが、それはそれだ。
他者の領域で命を奪う行為を行う以上、その過程で命を奪われても文句を言うのは間違いだろう。どちらも生きるために行動しているのだ。
だが、彼の行動が我欲のためでは無く、他者のため、自分の愛する者達のために行動していた事に関しては、素直に敬意を表する。
彼が特別だったのかもしれないが、人間という生き物は、愛情深い生き物なのかもしれないな。
違う形で出会う事があったならば、もっと友好的な関係になれたのかもしれない。
まぁ、今となってはたらればの話だ。重く引きずるつもりは無い。
面白い事も分かった。
この森、森の外の者達からは"楽園"と呼ばれているらしいのだ。私が手に入れたどの書物を読んでも、この森を指す言葉が"楽園"となっている。
言いたい事は、分からないでも無い。彼等にとっても、森の住民達にとっても、この森の資源は潤沢にあると言って良いだろうからな。悪くない名前だと思う。
それと、私がエネルギーと呼んでいた力は、世界共通で魔力と呼ばれていた。
扱い方が異なっていたとしても、魔力を用いて決められた手順に従い事象を発生させる行為は、総じて魔術と呼んでいるとの事だ。
魔力に魔術、か。
人間達の都市にこれから向かおうとしているのだし、"楽園"も含めて、私もその名称に倣うとしようか。
そうして書物から情報を取り込む生活を続けて十五日目だ。
未だに書物の内容を全て把握できているわけでは無い。ホーディとラビックに、ちゃんとした稽古をつけてあげたいが、書物の読破を優先させてもらっている。
正直に白状すると、知らない事が分かるようになる事が面白くて仕方が無いのだ。
あの子達には悪いと思うが、ここ最近の稽古は、私の尻尾のみで対応させてもらっている。
折角ゴドファンスが作ってくれたので、椅子に座って書物を読み漁りながらホーディとラビックに向けて『
これならば、二体を切り裂いてしまうという事態は起こらないだろう。彼等の再生能力ならば、多少の打ち身ぐらいはどうという事は無い筈だ。
二体には、この鰭剣による攻撃を、方法を問わずに凌いでもらっている。勿論、私は全力でぶつけてはいない。
そんな事をしたらどうなるかなど、火を見るよりも明らかだ。
今日もそんな感じで、おやつ代わりにドラゴンの鱗や骨を、パリパリボリボリと食べながら書物を読みふけっていると、日が昇り切った頃にレイブランとヤタールが大急ぎで私の元まで飛んで来る気配が感じられた。
どうやらまた、何らかの珍客が来たらしい。
〈ノア様!"ヘンなの"が来たのよ!『空刃』が効かないの!〉〈"ヘンなの"が来たのよ!クルクル回っているのよ!結構速いのよ!〉
変なの?
どうやら、珍客も珍客のようだ。
今度は一体、どのような相手がこの森、"楽園"に来たというのだろうか。
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