第54話 人間の飲食物

 何から調べるかだが、確認した物順で調べるとしよう。

 というわけで、まずはガラスの容器からだ。


 正確にはガラスの容器に入っている液体だな。

 回復液と思われるガラスの容器もそうだったが、口の部分を弾力性のある樹木を加工して作られた栓によって、蓋をしてある。

 摘まんで引っ張ってみれば、ポンッと子気味良い音を立てて、容易に外すことが出来た。

 中の液体は揮発性が高いのか、栓を外した途端に何とも言えない、嗅いだ事の無い臭いが容器から溢れ出てきた。


 〈何、この臭い・・・。変な感じがする・・・。〉

 〈・・・ふぅむ、儂はこの臭い、嫌いではありませんな。どことなく食料の匂いが致します。〉

 〈森ではあまり嗅がない臭いだな。我も嫌いではない。〉

 〈臭いわっ!ツンッてするのよ!それ大丈夫なの!?〉〈変な臭いなのよ!腐ってないの!?ずっとは嗅いでたくないわ!〉

 〈・・・これは、植物を加工した人間の飲料物なのでしょうか?鼻への刺激が強いですね。〉

 〈・・・ノア様はともかく、みんなまで、お酒を知らないの?・・・噓でしょ?〉


 フレミー曰く、この液体は酒という物らしい。他の皆が酒を知らない事に驚愕している。

 酒、か。私の知識には・・・あるな。食料に含まれる糖分を発酵させる事によって揮発性と可燃性の高い液体を生み出して作られた飲料。

 覚醒や刺激を抑制する効果があり、人間にとっては嗜好品として扱われている事が多いようだ。

 試しに少量、私の拳ほどの大きさの器に、指二本分ほどの高さまで入れて飲んでみる事にした。


 ・・・・・・困った。味がよく分からない。原料は自体は、何らかの穀物だという事は分かる。

 だが、私の知識に該当するものがいくつかあるが、そのうちのどれかまでは、実際に口にした事が無いため分からない。

 舌や喉に何らかの刺激を与えているようだが、私にはまるで効果が無いようでこの飲料の良さが分からないのだ。

 皆はどうなのだろうか。フレミーは酒を知っていたみたいだし、酒の良さが分かるのかもしれない。


 「人間にとっては嗜好品のようだよ?私には味がよく分からなかったけれど、皆も飲んでみる?」

 〈ボクいらない!なんか鼻がツーンてするの!〉

 〈私もいらないわ!甘くなさそうだもの!〉〈欲しくないのよ!体がふらつきそうだもの!〉


 ウルミラとレイブラン、ヤタールが即答で拒否をした。

 他の皆は、酒を知っているフレミー以外は迷っているようだ。味がよく分からないと伝えてしまったからだろうか?


 「ノア様、他のみんなは忌避感が無いみたいだし、試しに少しだけ飲んでもらったらどうかな?後、私はお酒好きだから、普通に飲ませてもらえたら嬉しいな。」


 確かに。強い拒否反応が無いのなら味見をしてもらった方が良いか。


 それにしてもフレミーが酒好きだったとは。森の中に酒が出来るような場所があるのだろうか?後で聞いてみよう。


 皆の大きさに合った器をそれぞれ用意して、器の容積の一割ほどの量を入れて配る。フレミーは普通に飲みたいらしく、彼女用の器に八割ほど入れて渡しておく。

 ホーディとゴドファンスの体が大きいので、既にこの酒の容器に入っている分は半分も残っていない。残りの酒の容器も、入っているのは同じ物なのだろうか?

皆が酒の味見をしている間に残りの容器の中身も確認しておこう。


 〈ほう・・・これはまた、味わい深いな。喉を熱くさせる刺激が心地いい。臭いも、慣れると悪くない。〉

 〈うむ。なかなかに良いものですな。陶酔感を得られて、心地良く思います。〉

 〈・・・飲めない事はありませんが、私には刺激が強すぎますね。飲みすぎると、体がふらついてしまいそうです。〉

 〈それもお酒の醍醐味だと思うんだけどなぁ・・・。うん、このお酒、飲んだ事の無い味だけれど、美味しいよ。〉


 ホーディ、ゴドファンス、フレミーの三体は気に入ったようだ。

 だが、ラビックには刺激が強すぎたらしく、目を閉じて両前足で口元を抑えている。物凄く可愛い。


 そういえば、私はラビックを抱っこしたかったのだ。抱きかかえて撫でておこう。実にふわふわ、モフモフ、モコモコで気持ちが良い。


 ちなみに、残りの容器に入っていたのは酒ではあったが、臭いがそれぞれ違っていたため、五本とも別の酒なのだろう。ひょっとして、いっぺんに飲む物では無いのだろうか。


 「残りの容器も種類は違うけど入っていたのは酒だったよ。飲んでみるかい?」

 〈嗜好品と言うだけあって、良い者でしたので、頂きたい気持ちは御座いますが・・・。〉

 〈止めておこう。我らの体の大きさに対してあまりにも量が少なすぎる。主はいずれ人間達の住まいに足を運ぶつもりがあるのだろう?ならば、その時に酒を手に入れてくるなり、作り方を覚えてきてからの方が良いだろう。〉

 〈みんなが飲まないのに私だけ飲むつもりは無いよ?〉


 ホーディやゴドファンスは飲みたい気持ちを抑えて我慢するようだ。まぁ、ホーディやゴドファンスの器に十分な量を入れようとしたら、この酒の容器じゃ一本分も無いからな。

 酒を我慢するつもりではあるようだが、二体はかなり渋い表情をしている。余程、先程飲んだ酒の味が気に入ったのだろう。見ていて少し辛そうだ。


 〈森の中でお酒が出来る場所を知っているから飲みたかったら後で案内するよ?〉

 〈有難い申し出だが、良いのか?我等の体ではすぐに無くなってしまわないか?〉

 〈お酒が出来る場所は一ヶ所じゃないし、結構頻繁に出来るから問題ないよ。〉

 〈ならば、ここはフレミーに甘えようではないか。のぅ、ホーディ。お互い、酒の味が忘れられぬようだしの。〉

 〈うむ。フレミー。後ほど案内を頼めるか?〉

 〈任せて。だけど二体とも、飲みすぎたら駄目だよ?〉


 二体の酒に対する問題は一応解消することが出来そうだ。ホーディもゴドファンスも嬉しそうだ。


 それにしてもホーディは私の目論見をしっかりと理解してくれているようだ。

 そう。私はそう遠くない内に人間達の都市に足を運んでみようと思っている。そこで、酒を始めとした皆を喜ばせるための物を、最低限情報だけでも集めてこようと思っているのだ。

 尤も、人間達の言語を覚える事が出来なければ、始まらないことだろうけども。


 蜥蜴人リザードマンとは意思の相通が出来たが、私は現状、人間達と会話する事が出来るのだろうか?

 気にはなるけれども後にしよう。ラビックを降ろして、次は皮袋の中身を調べてみよう。


 大きい袋が三つ、小さな袋は二つある。手に取ってみたところ、大きな袋には結構な空きがあり、小さい方は袋いっぱいまで詰め込まれていて、ジャラジャラと複数の金属が擦れる音がする。大きい方は、森で生活している最中に消費したのだろうか?


 大きい袋の口を開いてみると、干されて乾燥した肉と、紙に包まれた四角い物がそれぞれの袋に分けて入れられていた。


 干した肉は分かる。乾燥させる事によって日持ちを良くさせたのだろう。名称はそのまんま、干し肉と言う奴だ。

 人間の住まう都市から森まで来て、活動し続けるのに適した食料と言える。では、この紙に包まれたものは何なのか。

 何度か紙を開け、閉じた形跡が見られる事から、複数回に分けて使用されたものだと分かる。紙の包みを広げてみよう。


 一つは中には嗅いだ事の無い、それでいて食欲をそそる茶色く、直方体の固形物があった。綺麗な形をしている所を見ると、刃物で切り分けたのだと思われる。これも食料なのだろう。


 もう一つは黄色い色をしたこちらも直方体の固形物だ。同じく綺麗な四角い形をしているため、先程の茶色い固形物と同じく複数回に分けて使用していて、これも食料なのだろう。臭いはあまりしない。


 〈それ!どっちも美味しそう!ちょっと食べてみたいなぁ!〉

 〈さっきの変な臭いのよりも美味しそうよ!〉〈いい臭いじゃない!そっちは食べてみたいわ!〉

 〈確かに、食欲をそそる香りがしますね。人間の体に合わせているようですから、我々がいっぺんに食べてしまったら、あっという間に無くなってしまいそうではありますが。〉


 固形物に対する皆からの前評判はかなり良いみたいだ。それなら、適当な大きさに切り分けて皆で食べようか。ラビックが言う通り、それだけで無くなってしまいそうだけれど。


 〈主よ、我とゴドファンスは皆と同じ量で構わんぞ。〉

 〈然り、儂等は酒も堪能させて頂きましたからな。残りの数が僅かであるならば、身体に合わせた量を頂くわけにはいきますまいて。〉


 ホーディとゴドファンスは数に限りがあるためか、味見はするけれど、少量で良いと遠慮してくれるようだ。


 ならば、これらが美味かった場合、人間達の都市へ向かった時にしっかりと確保してこないとな。

 そう考えると、この人間が使用していた別空間に荷物を収納する事象は是非とも使用できるようにしておきたい。人間達の道具や食料を持ち運ぶのに極めて便利だ。むしろ必須と言っても良い。

 まぁ、それは後だ。今は、この固形物と干し肉の味を確かめよう。


 今度は皆の器に同じ分量切り分けて配る。体の小さいレイブラン、ヤタール、フレミーに合わせた量にしてある。まずは味見だ。もしも美味くなかったらもったいないからな。まずは干し肉を口の中に入れて噛んでみる。


 うん、なかなか良い塩加減をしている。だが、私にはちょうどいいかもしれないが、それ故に皆には結構塩辛いのかもしれない。

 私の知識では干し肉とはやや硬い物らしいのだが、残念ながら、私では硬さを判断する事は出来ない。

 鋭利に尖り、隙間なく揃った前歯はドラゴンの鱗や骨すら容易に噛み切り、嚙み砕く事が出来るからだ。

 顎の力も強いためか、噛みちぎられた肉は容易に奥歯で噛み潰す事が出来る。

 肉自体の味は、噛み続け、唾液を滲ませていく事で、旨味があふれ出してきて美味いと思える。

 だが、少し物足りなさを感じるのは確かだ。旨味が足りないのだろうか。


 茶色の固形物を食べてみよう。食欲をそそる匂いに反して、あまり味はしないな。かなり乾燥しているためか、パサパサとしている。

 これは、口の中の水分をかなり取られてしまうな。だが、唾液と混ざり、ふやけていく事で徐々に甘味が出てきた。

 ここまで乾燥していなければそれなりの美味さじゃないだろうか。とは言え、少なくともこの状態の物を喜んで食べる気は起きいな。


 最後に黄色い固形物だ。こちらはとても柔らかく、まろやかな食感で、淡白な味わいではあるが、ほのかに甘味を感じる。強い味があるわけでは無いが、このまろやかな舌触りがとても気に入った。

 これらの食料、皆にとってはどのような感想を抱いたのだろうか。


 〈むぅぅ。この肉、ちょっと塩が利きすぎてる。しょっぱいや。茶色いのと黄色いのは、好き。〉

 〈ノア様が好きそうな味だわ!でも私達には濃い味よ!〉〈人間って濃い味が好きなのね!でも不味くは無いのよ!〉

 〈噛めば噛むほど肉も茶色いものも柔らかくなり、面白いですね。黄色い物の滑らかな食感も、悪くありません。〉

 〈・・・・・・我はドラゴンの肉の方が好きだな。〉

 〈うむ。これらの食べ物は、保存性を高めるために味は本来の物よりも落ちていると考えた方が良いのう。〉

 〈干し肉・・・これは塩辛いね。でも、どれもお酒に合うかも。〉


 皆からの肉や茶色い固形物の評価は、あまりよろしくないようだ。

 ゴドファンスが言っていたように、保存性を高めるために味の質が落ちたのだろう。黄色い方は舌触りが良かったのか評価が高い意見が多い。


 だが、フレミーの呟きによって、酒が気に入ったホーディとゴドファンスが強く反応した。

 うんまぁ、君達は森にあるという酒があるから、そこで味わうと良いと思うよ。二体が遠慮してくれたおかげで、まだ十分に残っているからね。


 さて、人間の持っていた食料はこんなところか。では、小さい方、金属の入った袋を開けてみるとしよう。

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