第281話 猫と戯れよう!

 意気揚々と"猫喫茶"とやらに入店した私の表情は、傍から見たらどう映っているのだろうな?


 [扉を開けた瞬間に沢山の猫さん達がお出迎えしてくれますよ!]と意気揚々に語ってくれたオスカーを見れば、私から目を逸らして非常に気まずい表情をしているし、私達の入店に気付いた店員に至っては、顔面蒼白になっている。


 落胆。

 今の私の心境を一言で表すのなら、この一言に尽きるだろう。

 何故ならば扉を開け、まず最初に私の目に映った光景は、がらんとした内装に店の奥で必死に猫達に声をかけて説得をしている店員の姿だったからだ。

 可愛い動物の姿など、どこにもなかったのである。


 「ねぇ!みんなどうしちゃったの!?もうお店が始まっちゃってるの!お願い!こっちに来てぇ!」


 何の事は無い。猫達は私に怯えて店の奥へと逃げてしまっているのだ。あの子達からは明確な怯えの感情が伝わってきている。


 「あ、あの…これは、その…」

 「ねぇ!?オモチャもオヤツもこっちにいっぱいあるのよっ!?どこか具合がわ…ヒィッ!?い…い、いらっしゃい、ませ…!」


 オスカーも店員も、2人してそんなに怯えないでほしいのだが?

 余程今の私は、2人からして恐ろしい表情をしているのかもしれない。


 私だってなるべく怖がらせないように魔力は最小限に抑えているし、『広域ウィディア探知サーチェクション』も使用していない。

 あの魔術は感性の高い者には、ある程度察知されてしまうからだ。それが原因で"ヘンなの"を捕まえるのにも苦労させられた。


 となれば、考えられる理由は体臭か。それでも怯えられるようなら、おそらくは本能で私を避けていると言う事になるな。


 とりあえず、まずは魔法で体臭を消してみるとしよう。


 多少の効果はあったらしい。私が体臭を消した途端、店の奥に隠れている猫達は困惑しだしたのだ。怯えの感情が急激に弱まった。

 さらに店員の用意したオヤツとやらの匂いに釣られてこちら側に足を踏み出してきたのだ。


 そうしてようやく私は猫の姿を確認できた。


 感動と言っていい。本に描いてあった通りだ。

 その体はフワフワでモフモフな体毛で覆われ、スマートで小柄な体型、小さな顔に対して大きな目に、綺麗な三角形をかたどった耳、それらが絶妙なバランスで相成って非常に可愛らしい外見をしている。


 可愛い。文句無しに可愛い。ここまで生物に対して可愛いと思ったのは、ラビックの姿を初めて見た時以来かもしれない。


 だが、ここで私が激しい感情を露わにしてしまえば、折角姿を表してくれた猫達が再び怯えて、店の奥へと去っていく可能性があった。

 安易に感情を爆発させないよう、必死に感情を抑え込んだ。


 「よ、良かった…。みんな来てくれた…。あっ!待って!?オヤツはいっぺんに食べたらダメよ!さっきご飯食べたでしょ!?…す、すみません…!ちょっとわんぱくな子達でして…」

 「構わないよ。見ているだけでも幸せな気持ちになれるから」

 「大人2人、正午までお願いします」


 この"猫喫茶"と言う店、喫茶という名ではあるがどちらかと言えば可愛らしい猫達と戯れるのが目的の店であり、紅茶はついでである。

 そのため紅茶の種類は1種類のみなのだが、何と無料で提供してもらえる。


 では何で料金を取るかと言えば、それは滞在時間と猫達を喜ばせる道具の提供だ。


 例えば猫達が良く遊ぶ玩具や好物のオヤツを料金を支払う事で受け取り、一緒に遊んだりオヤツを食べさせたりするわけだ。


 オスカーが人数と滞在時間を伝えて料金のやり取りを行っている。どうやら料金はオスカーがまとめて支払うらしい。


 見た目が少年のため忘れられがちではあるが、オスカーの年齢は15才。世間一般で言うなれば大人である。

 私の場合、見た目は大人なのだが実年齢は乳児も良いところではある。まぁ、それを言うつもりはないが。


 「はい、承知しました。はい、確かに。それでは、今お茶を用意いたしますので、ごゆっくりどうぞ」

 「では行きましょう、ノア様。あ、そうだ。この店では靴を脱いでくださいね?」

 「うん、分かった」


 靴を脱ぐ必要がある店と言うのも珍しいな。

 それと言うのも、この店には椅子が無い。猫と触れ合いやすくするために、床に座るようにするためだ。

 靴を履いたままでは、どうしても床はすぐに汚れてしまうからな。汚れた床に座るわけにはいかないだろう。服まで汚れてしまう。


 『清浄ピュアリッシング』を使用すればその点は問題無いかもしれないが、客が来店するたびに一々魔術を使用するのも面倒だし、それを目当てに不衛生な者が訪れるのも面白くはない。

 店を汚さないために靴を脱ぐのは、合理的と言っていいだろう。


 今更な話だが、私が現在所有している靴は複数ある。ティゼム王国へ向かう前にフレミーが用意してくれた靴だけでは無いのだ。


 それと言うのも、フウカがドレスを用意してくれた際に、ドレスに合った靴を一緒に用意してくれたからである。驚くべき事に靴も彼女が製作した品だった。

 彼女曰く、どれだけいい服を着ていたとしても、靴がその服に合わなければ台無しになってしまうとの事。

 それ故に彼女の店には服だけでなく靴も商品として陳列されていた。


 話を戻そう。靴を脱いで店内に入る。既に店内には可愛らしい猫達が10匹以上店の中を好きなように駆け回っている。


 「ミャー」

 「こんにちは。撫でさせてもらっても良いですか?」

 「ニャーン」


 足元に現れた猫に、撫でてもいいかオスカーが訊ねれば、肯定するかのようにオスカーの脛に頬擦りを始めた。

 許可を得た、と判断したのかオスカーが猫の背中を撫でれば、猫はゴロゴロと鳴き声を上げてオスカーに甘えている。


 なにそれ、羨ましい。私にはしてくれないのだろうか?


 改めて店内を見てみると、猫達は思い思いに店内を移動してはいるが、決して私には近づこうとしてくれなかった。


 どうやら猫達は体臭だけでなく、本能的にも私を避けているようだ。


 「え、えっと…。撫でます?」

 「よそう。無理矢理は良くない」


 いつの間にか猫を抱き上げたオスカーが私に猫を差し出してくる。

 しかし猫は私の姿を見るなり体を硬直させ、明確な拒絶反応を見せてきた。


 私に一定の距離を保っていた時点で、こうなる事は分かっていた事だ。

 今更何とも思わない………ワケが無い。流石にいじけるぞこれは。


 だが、まだだ。まだ猫と戯れる事を諦めるつもりはない!私には動物と意思疎通を行う術があるのだ!まずはあの子達が何を考えているのかを知るのだ!


 意識を集中させて、あの子達の思念を知覚してみよう。


 〈なんか、めっちゃ怖いのがいる…〉

 〈アレ知ってる、ドラゴンって言うメチャクチャ怖い魔物だよ…〉

 〈どんな風に怖いの?〉

 〈まずね、牙が凄いの。それでね、何でも嚙み切っちゃうの。ボク達なんて一口でペロリだよ〉

 〈ボク達食べられちゃうの!?〉

 〈さっきからジィッっとボク達の事見てるのって、誰が一番おいしそうなのか調べてるってことなのかなぁ…!?〉

 〈どうしよう…。めっちゃ怖い臭いが無くなったからいつもの場所に来たけど、逃げた方がいいのかなぁ…?〉


 あ、駄目だコレ。下手に思念を伝えたら一斉に逃げられる奴だ。


 と言うか、この子達は私がドラゴンだという事を理解しているようだ。猫という生物は、思いのほか知性があるのかもしれないな。


 ここは一つ、視線も完全に猫から外して、しばらくはこの場で置物と化していた方がいいのかもしれない。無の心だ。

 何でもない、その辺りにある棚や机などと同じような置物だと思われれば、多少は近づいて来てくれるかもしれない。まずは警戒心を解くのだ。



 瞼を閉じ、心を無にしてただその場に佇んでからどの程度の時間が経っただろう?柔らかな紅茶の香りが私の鼻孔を刺激した。


 「………」

 「あの、ノア様?紅茶、来ましたけど…」

 「いただこう…」


 ミルクや砂糖も一緒に持って来てくれたようだが、何も入れずに口にする。

 茶葉の質は大衆用のかなり安い茶葉のようだが、淹れ方がいいのだろうな。何も入れずとも飲める味だ。


 「あの、ノア様?」

 「猫達は皆本能的に私の事を理解しているみたいでね、警戒しているんだ。だから警戒心を解くためにも、しばらく無心でこの場に居座ろうと思う。オスカーはそのまま楽しんでいると良いよ」

 「で、ですが…」


 これから私が行う事を説明すると、オスカーが申し訳なさそうにしている。

 この子も私が動物好きだと知っていたから、"猫喫茶"に連れて行けば間違いなく喜んでくれると思ったのだろう。


 だが、実際にはそうならなかった。とはいえ、それはオスカーの責任ではない。この子を責めるのはお門違いだ。


 「いいんだ。オスカー、貴方はモーダンで私の案内を務めてからというもの、私につきっきりで自分の時間など殆ど設けていないだろう?この時間ぐらいは休憩時間だと思って、存分に癒されると良い。猫が好きなんだろう?」

 「ノア様…」

 「私とて、このままでいるつもりはない。必ずや猫達の警戒心を解き、あの子達と戯れて見せるとも」

 「分かりました。ノア様が猫さん達から警戒心を解かれる事、心よりお祈り申し上げます」


 オスカーからの激励ももらった。私のやる気は十分だ。ようやくこの目に収める事ができた可愛らしい小動物。必ずや仲良くなって見せるとも。

 猫達の警戒心は未だ解けていないので、紅茶を飲み終わったら再び心を無にして猫達の警戒心を解く事に勤めよう。


 ただ、あの子達の思念は読み取らないようにしておく。仮にあの子達の思念を読み取って私が一喜一憂していたら、それだけであの子達が反応しかねないからだ。

 ある程度警戒心が解けるまでは、ただの置物として佇む事にしよう。



 そうしてその場に居座り続ける事早3時間。ようやく猫達の警戒心が薄れてきた。

 もうそろそろあの子達の思念を読み取ってみても良い頃だろう。果たして猫達は今の私をどう思っているのだろうか…?


 〈ねぇ、あのドラゴン動かないよ?寝ちゃったのかな?〉

 〈んー?でも人間が持って来た飲み物飲んでたぞ?〉

 〈それからはずっと動いてないでしょ?目もつぶってるし〉

 〈近づいても平気かなぁ?〉

 〈止めた方が良くない?近づいたら起きちゃうかもよ?〉

 〈あ!お前さ、あのドラゴン真正面から見たんだよな!?どうだった!?〉

 〈うぅ…?なんかやたら触りたそうにしてたよ?でも怖いからボクを抱えてた人間から離れようとしてたら違う方むいちゃった〉

 〈どういう事なの…?〉


 多少の警戒心は解けたようだが、まだまだ私に近づく気配はないらしい。

 だが、状況は良くなってきている。時間はまだまだある。さぁ、根競べといこうじゃないか。


 猫達の警戒心が解けるまで、猫達に触れる事ができるようになるまで、まだまだ時間がかかりそうだと思ったその時である。


 一匹の猫が私の元に近づいて来た。この店にいる猫達の中では最も大きく、気の強い猫だ。おそらく、猫達のボスなのだろう。


 〈お前等いつまでビビってるんだよ!オレがちょっくら様子を見てやるぜ!〉

 〈あ、危ないよ!?〉

 〈そうだよ!近づいたところでガブッて食べられちゃうよ!?〉

 〈それよりもあの長いシッポで巻きつけられちゃうかも…〉

 〈ベシッて叩かれちゃうかもだよ!?すっごく太いし、硬そうだもん!〉

 〈う、うるせぇ!このままナメられたままでいられるかってんだ!行くったら行くんだよ!お前等はそこで見とけ!〉


 相変わらず怯えられているようだが、このまま引き下がったままでは、ボスとしてのプライドが許さないのだろう。


 恐る恐る近づき、信じがたい事に私の膝の上まで来てくれた!

 非常に嬉しいが、ここで感情を爆発させたら間違いなく驚かせてしまい逃げられてしまう。


 ゆっくりと目を開け、それでいながら猫達に関心が無いように振る舞ってみよう。


 「にゃー!〈大変!ドラゴンが目を覚ましたよ!早く逃げて!〉」

 「みゃー!〈食べられちゃうよ!?〉」

 「にゃー!〈まだ気づかれてないよ!今ならまだ逃げれるよ!〉」


 遠目から私の様子を観察、というよりも監視していた猫達が、私が目を開いた事に即座に気付いてボス猫に逃げるように伝えている。


 目を開くのが早すぎただろうか?こんな事ならいっその事目を閉じたまま過ごして、この子達の感触をコッソリ感じ取っていた方が良かっただろうか?


 そんな私の諦めの感情を覆す、強い思念が感じ取れた。


 「フシャアー!〈バカヤロウ!オレにも意地ってもんがあるんだよ!目を覚ましたからなんだってんだ!そそくさと逃げてたまるかよ!〉」


 なんとボス猫は私の元から逃げないでいてくれるらしい!とても嬉しい。

 それどころか、ボス猫は私に語り掛けてきてくれたのだ。まぁ、言葉が伝わるとは思っていないのだろうが、私に向けて思念を送っているのは間違いない。


 「ニャー!〈やいやい!ドラゴンだか何だか知らねぇけど、このオレを舐めんじゃねぇぞ!?お前なんか怖くねぇんだからな!?〉」


 どうしよう。私も思念を伝えてもいいだろうか?会話ができるのなら、是非とも会話がしたい。そして撫でたい!抱きかかえたい!


 良し、決めた。


 思念をボス猫に送ろう。

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