第423話 とても久しぶり

 リガロウを優しく撫でながら、竜酔樹の実に宿っている魔力と同じ波長の魔力をリガロウに流していく。

 その効果はすぐに現れたようで、瞬く間にリガロウはまともに2足の後ろ足で立つ事ができなくなってしまった。


 「ふぁ~?なんだか、うまく立てません~」

 「尻尾を貸してあげるから、楽な姿勢をして良いよ」

 「はぁ~い…姫様のしっぽだぁ~…」


 リガロウに普段寝る時の姿勢をさせて、枕代わりに私の尻尾をこの子の顎の下に宛がう。

 素直に私の言葉に従い、私の尻尾の上に頭を乗せて、非常に気持ちよさそうに甘い鳴き声を上げ出した。


 「クルルァ~ゥ…。ひめしゃまぁ~…しあわせですぅ~…」

 「うん、幸せそうにしているの、私にもよく分かるよ」


 今のリガロウの魔力は、幸せに満ちているからな。とても喜んでいるし、それ以上に幸福を感じているのだ。リガロウは所謂、甘え上戸というヤツらしい。

 それはつまり、リガロウを酔わせればおくびにも出さずに私に甘えて来てくれると言うことではないのか?

 最高か?ならば、この子も竜酔樹の実を気に入っていることだし、旅行の合間に定期的に…って何を考えているんだ私は。


 リガロウに泥酔した時の状態を知ってもらい、酔うことを控えてもらおうとしていたのに、その逆を計画してどうするというのだ。

 少しこの状態で撫でてあげたら、酔いを醒ましてあげるとしよう。



 3分近くリガロウを撫でたところで酔いの状態を治療すると、この子は以前ニスマ王国の城で私に寝顔を見られていた時のように勢いよく飛び起きた。


 「はふぁおっ!?お、俺は、一体何を…!?」

 「おはよう、リガロウ。初めて酔った気分はどうだった?」

 「ひ、姫様…!?いや、あの…アレは…その…」


 リガロウは言葉に詰まってしまっている。酔っていた時の記憶が無くなっているのか、はたまた余程羞恥の感情を覚えているのか。


 どうやら明確に覚えているらしい、慌てて頭を地面に付けて平伏しているリガロウからは、非常に強い謝罪の意思が感じられる。


 「も、申し訳ございません!姫様の前でとんでもない醜態を…っ!!」

 「気にしていないし、可愛かったよ?何なら、定期的に竜酔樹の実を沢山食べてもらいたいと思ったぐらいだよ」


 素直にリガロウが可愛かったことと、今後もこの子が酔った状態を見てみたいことを伝えたら、目を輝かせて顔を上げてくれた。


 「い、良いんですか!?…って、駄目です!そんなの駄目に決まってます!!」


 思った通りだ。この子は私の前で泥酔することを醜態だと認識しているし、私の前でそのような姿を見せるわけにはいかないと考えている。

 先程のような甘え方をしてくれなくなるのは少し残念ではあるが、目的は果たせたな。


 「す、少なくとも、姫様とこうして旅に出ている時は、竜酔樹の実は控えようかと思います!」

 「うん、分かった。多分、蜥蜴人リザードマン達にとっても趣向品になるだろうから、彼等へのお土産に持って行ってあげようか」

 「はい!きっと彼等も喜ぶと思います!」


 一月もしない内に蜥蜴人達とかなり仲良くなったみたいだからな。彼等にいいお土産ができたこと、とても喜んでいるようだ。

 そうと決まれば、沢山回収しておくとしよう。蜥蜴人達の分だけでなく、私達の分も含めてな。

 結局のところ、竜酔樹の実で私が酔うことはなかったが、コレが美味い木の実であることに違いは無いのだ。いくつかラフマンデーに育ててもらい、広場でも採取できるようにしてみよう。


 竜酔樹の実を手に取り、極少量の私の七色の魔力をなじませて『収納』へと仕舞う。その際、しっかりと[どうか精霊にならずに樹木として成長して健やかに成長して欲しい]と念じて魔力をなじませた。

 多分、これで精霊化せずに立派な樹木となってくれることだろう。


 竜酔樹の実を間食感覚でつまみながら蜥蜴人達へ送る分を回収していると、リガロウが少し心配そうに私を眺めている。


 「姫様、その…そんなにたくさん食べて、大丈夫なんですか…?」

 「ん?ああ、うん。残念なことに竜酔樹の実をもってしても、私を酔わせることができなかったみたいでね。味は良いから、こうしてつまませてもらっているんだ」

 「俺、2,3個食べただけであんなになっちゃったのに…」


 リガロウが落ち込んでいるが、この子が少ない量で酔ってしまったのは仕方がないことなのだ。

 この子はまだ幼竜だし、そもそも平均的なドラゴンよりもずっと体が小さいからな。

 一般的なサイズのドラゴンですら、30個も食べれば酔いが回るそうなのだ。この子はむしろ、酒に強いタイプだと思う。


 〈『その辺りも多分貴女の因子を受け継いでいるから、間違いなく酒に強いだろうね。仮にあの子と同じサイズの成体のドラゴンが食べた場合、一個で十分酔いが回る筈だよ』〉


 私の眷属、やはり優秀なようだな。しかも素直な良い子でカッコ良くて可愛いと来た。少し、いやかなり誇らしい。


 表情に出ていたのだろう。リガロウが不思議そうな表情をして私の顔を除いている。


 「姫様?何かいいことでもあったんですか?」

 「うん、そうだね。嬉しいことが知れたんだ」


 素直に私が喜んでいる理由を告げれば、きっとこの子は恥ずかしがってしまうだろうからな。嬉しい気持ちは隠すつもりは無いが、その理由は黙秘させてもらった。



 十分な量の竜酔樹の実を回収したら、再びリガロウに跨りナンディンに戻るとしよう。

 この森には野生の動物が複数生息していたわけだが、実の回収中にあの子達と戯れるようなことは一切なかった。


 猫喫茶に住まう猫達ですら私に怯えて逃げ惑うのだ。野生の動物達が向こうから近づいて来てくれる筈がなかったのである。

 あの子達はリガロウに対しても怯えていたが、この子がいなくても結果は変わらなかっただろう。


 リガロウの姿を見て驚き、私の姿を視界にとらえた瞬間一目散に逃げだしてしまったのだから、どちらに対してより恐怖したのかなど考える間でも無いのである。


 私もリガロウも体臭を魔法で消せば少しは戯れることができたかもしれないが、今回はそうまでして動物達と戯れるつもりは無かった。

 モフモフ成分は今日までの間に十分すぎるほどに堪能して来たからな。怯えられ、逃げられたのは確かに悲しかったが、耐えられないことではないのだ。


 それに、言い訳になってしまうが今の私は、これでもそれなりに急ぐ身だ。

 一週間で首都ロヌワンドに到着する予定を立てているのだ。動物達と戯れて時間を浪費してしまうわけにはいかないのだ。


 冒険者ギルドに戻り指定された分の竜酔樹の実を納品したら、今度はいつもの本の複製をするために図書館へと移動だ。この国にはどんな本があるのだろうな?


 …期待というものは、すればするほど落胆が大きくなるもので、正直あまりの書物の少なさに驚きを通り越して呆れを覚えてしまった。

 図書館に蔵書されていた書物は、その9割近くが既読の書物だったのだ。当然、複製させてもらった書物も既読済みの書物だ。この国は、いや、この街はイスティエスタと同じく書物に需要が無いのだろうか?


 とは言え、落胆した気持ちは確かだが依頼は依頼だ。手を抜かずキッチリと終わらせよう。


 この国は国の領土の至る場所に竜酔樹が生息しているためドラゴンの因子を持った、人間にとって強力な魔物が、ドラゴンそのものを含めて非常に多い。

 そのため、ドライドン帝国で活動している冒険者達は、私がこれまで訪れた国の冒険者達よりも一部を除いて優秀だ。

 流石に、"楽園"に最も近いイスティエスタにはこの街以上に優秀な冒険者達が活動しているがな。


 図書館での依頼も終らせ、再び冒険者ギルドに戻って来て修了手続きをしていると、人間にしては強力な魔力を持った者から声を掛けられた。


 「アンタが噂の『姫君』様かい?2色持ちだってのに、俺達のような3色持ちよりも強いんだってな!」

 「なんでも他の国じゃあ冒険者達に稽古をつけてくれたりもしてるんだって?俺達にも稽古とやらを付けてもらえるかい?」


 話を掛けてきたのは男女6人で構成された冒険者パーティだな。保有している魔量からして"一等星トップスター"冒険者なのだろう。

 彼等の態度は、アクレイン王国で敢えて後輩冒険者のために悪役を買って出た、カルロスの態度とも違うな。

 自分達の実力に絶対の自信があるからか、私に対して委縮している様子は見られない。それどころか、彼等は明確に私を侮っている。


 懐かしいな。こういった視線や感情を向けられたのは、イスティエスタの冒険者ギルドに初めて訪れた時以来じゃないだろうか?ああ、一応、ティゼミアで害悪四人衆に会った時もだったか?

 とにかく、こういった感情を向けられたことはこれまで殆どなかったので、少し新鮮な気分だ。


 私との稽古を望んでいるようだし、昼食の時間までにまだ5時間以上もあるのだ。望み通りたっぷりと稽古をつけてやるとしよう。


 彼等の要望に応えて訓練場まで足を運ぼうとしたのだが、その際に彼等を一瞥もせず、声も掛けなかったので無視をされたと思われてしまったようだ。

 少しの憤りと嘲りの感情を込めて何らかのセリフを言おうとしたようだ。


 耳にするのも煩わしいので、声を出すタイミングを見計らい、彼等に振り返りこちらから声を掛けさせてもらった。


 「どうした?何を突っ立っているんだ?私に稽古をつけて欲しいんだろう?さっさと訓練場まで行こうじゃないか?それとも、私が連れて行ってやろうか?」

 「…は、ハッ!大した自信じゃんかよ!じゃあ『姫君』様の稽古とやらを、受けさせてもらおうか!」


 面を喰らって少したじろいだようだが、それでも強気の姿勢は変わっていない。私がどの程度の強さなのか、理解していないのだろうか?

 まさか、人間達にもドラゴン達のように力だけはあるアホ共がいる、と言うことなのか?


 しかし、"一等星"冒険者になるには色々と条件があると聞く。少なくとも、相手の力量も満足に測れないような者達がなれるランクでは無かった筈だ。


 まぁいい。その辺りのことは適当に稽古をつけてやった後で聞かせてもらうとしよう。



 さて、訓練場に来て早速稽古を始めるわけだが、下手に痛めつけるわけにはいかないだろうし、何よりまともに相手をする気もない。

 ここは親しい者にのみ振るうつもりだった玩具の出番だろう。彼等の相手はそれで十分と判断した。


 『収納』から玩具・ハイドラを2本だけ取り出し、魔力を纏わせて棒立ちする。対して、推定"一等星"冒険者達は状況を良く分かっていないようだ。


 「どうした?こっちの準備はもうできているぞ?いつでもかかってくると良い。それとも、防御の稽古が望みか?」

 「…っ!ヘッ!同時に2つの魔術が使えるからっていい気になるんじゃねぇぞ!?それぐらい、俺達にだってなぁ!」

 「イシシ…!」


 声を荒げている青年の冒険者の影に隠れて、最も小柄な冒険者が魔術構築陣を組み立て、私の背後から『魔力槍エナジージャベリン』を発動させた。

 不意をつこうとするのは別に構わないのだが、私に対して背後からの攻撃は無意味と教えてやらなくてはならないようだ。


 尻尾を振るい、尻尾カバーで『魔力槍』を軽く叩けば、極薄のガラス細工のように魔力で形成された槍は砕け散ってしまった。


 「はぁっ!?」「ぎょっ!?」

 「何を驚いているんだ?私の尻尾が人間の手足以上に自由自在に動かせることなんて、新聞によって世界中に知れ渡っている筈だけど?それとも、自慢の魔術があっさり掻き消されたことに驚いているのか?生憎だが、この両手に持った玩具も、お気に入りの尻尾カバーも"楽園"の木材から作った品だ。下手な金属武製の武具よりも遥かに頑丈だよ」

 「お、玩具だとぉ…!?」


 先程の『魔力槍』は、彼等にとってはかなり強力な魔術だったのだろう。私に尋ねる声が、先程よりも弱々しい。

 ああ、そうだ。彼等にはハイドラが私の玩具であると伝えていなかったな。それなら、実施しながら教えてあげるとしよう。


 「相手に怪我を負わせる事なく戦いを楽しむための道具。つまり、遊び用の道具なのだから、玩具で間違いないだろう?これにはね、相手に傷を与えない魔術効果が付与されているんだよ」

 「随分と俺達を舐めてくれてんじゃねーか。ええ、おい」


 傷付くことがないと分かった途端、再び声に勢いが戻ってきた。見下されていると判断したのか、憤りの感情も強くなっているようだ。

 これは仕方がない。実際に私は彼等を見下しているのだしな。この状況にもなって相手の実力を推し量れない以上、彼等に気を遣ってやる気はないのだ。


 「尤も、だからと言って自分からコレに当たりに行くのは推奨しない。傷を負わないだけで、衝撃や痛みまで感じなくなるわけではないからね」

 「あ?」

 「つまりは、こういうことだ」

 「っ!?!?」


 両腕を振るい、2本のハイドラを2又の鞭形態にして6人をまとめて連続で叩きつける。


 「が、があああああ!?」「ひぎぃ!」「ぎゃあああ!!」


 6人とも余程痛かったのか、かなり情けない悲鳴を上げているな。というか、彼等は全員私の振るったハイドラの動きに、まるで反応できていなかった。


 勿論、彼等はハイドラが蛇腹剣だったことなど見抜けなかっただろうし、ましてや2又になるとも思っていなかったのだろう。だから初動が遅れるのは仕方がないことではある。

 だが、それでも私が振るったハイドラの速度は、"一等星"冒険者ならば対応できない速度では無かった筈だ。


 一つ、疑問が発生したな。


 この連中、本当に高ランクの冒険者か?

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