第584話 仕立て屋達の邂逅

 フウカに姿を見せる前に、私の頭に乗っかり続けていたフレミーには私の腕に移動してもらう。


 〈いいよ。でも、頭の上じゃ、ダメ?〉

 〈私はそれでもいいんだけど、絵面がね〉

 〈これフレミー、おひいさまの頭の上で自己紹介するとは何事じゃ〉

 〈まぁ、そうだよねー。分かった分かった〉


 フレミーに私の右腕まで移動してもらったところでフウカに声を掛ける。


 「フウカ、今日貴女を訪ねた1番の目的は、ある女性を貴方に合わせたかったからなんだ」

 「ある女性…ですか?その方は…一体…」


 フウカから見て今この場には私とフウカの2人しかいないように見えているが、実際には私の両肩にレイブランとヤタールが止まっているし両隣にはウルミラと縮小化したゴドファンスがいる。そして私の右腕にはフレミーだ。


 そんなフレミーだけ、透明化をウルミラに解除してもらう。


 〈こんにちは。そして初めまして。私はフレミー。ノア様の最初の友達でノア様が家で着る服を仕立てているよ〉

 「っ!?」


 突如私の右腕に真っ白い蜘蛛が出現したことにも驚いたようだが、それ以上にその蜘蛛から語り掛けられたことの方が衝撃的だったようだ。


 「ノ、ノア様…その方は…その…」

 「うん。魔物だね。でも今フウカが知った通り意思の疎通はできるしとても高い知能を持っているよ」


 フウカとしては、やはり魔物が人知れず街の中にいることは異常事態で受け入れ難い話なのだろうか?


 フウカがフレミーに送る視線に込められた感情は、畏怖。只々畏怖しているように見える。

 一目見て彼女の実力を察したということだろうか?


 「あ、あの…その方…尋常ではない力を感じるのですが…」

 「そうだね。この子は私の家で一緒に暮らしている子達の中でも特に強い力を持っている子でもあるからね」

 〈ま、私は戦うことはそんなに得意じゃないけどね。そんなことよりもお酒を造ったりノア様の服を仕立ててた方がずっと有意義だよ〉

 「………」


 今日はフウカの見たことのない顔をよく見るな。

 ベルガモスの絹帯を渡した時とは別の表情で絶句して固まってしまっている。


 「あの…お酒…造れるのですか…?」

 〈うん、作れるよ!まぁ、人間に飲ませるわけにはいかないようなお酒だけどね。美味しいよ!〉

 「はぁ…」


 フウカは魔物が酒を造れるとは思っていなかったようだ。

 しかし、その認識は過ちである。

 知能のある魔物は普通に酒を造っていたりする。

 そもそも、魔物の中には人間と同等以上の知能を持った種族もいるため、作ろうと思えば作れてしまうのだ。


 ドラゴンもまたそんな魔物の1種だったりする。

 酒好きが興じて酒造りに生涯を注いでいるドラゴンがいるとヴィルガレッドが得意げに語っていたことがある。ドラゴンの中ではかなり有名な話らしく、ヴァスターも知っていた。


 「ルイーゼはとても気に入ってくれたよ」

 「ル、ルイーゼって…現魔王陛下ではないですか!?ほ、本当に魔王陛下と対等で親友の間柄になられたのですね…」


 私が魔王と対等で親友の関係だという情報は世界中に通達されたようだが、フウカですら懐疑的とはな…。

 ピリカには私とルイーゼのツーショット写真を送ったりもしたが、世界中に通達した際にはそういった写真は用意していなかったのだろうか?


 「そ、そのような写真があるのですか!?」

 「うん。見る?」

 「ぜ、是非!」


 この様子だと、通達した際には画像的な情報は無かったのかもしれないな。

 それでは信憑性が何のも仕方がないのかもしれない。


 とりあえず、写真を望まれたのでピリカに送ったものと同じ写真を見せておこう。


 「っ!?こ、これほどまでに親しそうに…っ!それに、この衣装は…っ!」

 「ルイーゼに用意してもらったベルガモスの絹で仕立てられたドレスだね。フウカならコレ以上の作品が作れると思っているけど?」


 ルイーゼに用意してもらった衣装も確かに高い完成度を誇っていたが、私の自慢の仕立て屋達だって負けていない。ベルガモスの絹帯を手にした時から、フウカやフレミーにこの素材で服を仕立てて欲しいとずっと思っていたのだ。


 フウカが目を見開いて涙を流している。

 発破をかけようと思って[これ以上の作品が作れる]と言ったが、やり過ぎてしまったようだ。彼女の全身から忠誠心があふれ出してしまっている。


 このままでは跪くどころか土下座までしかねない勢いなので先手を打って抱きしめさせてもらうとしよう。


 「フウカ。急ぐわけじゃないから時間を掛けて良い。貴女が納得いく作品を作り上げて欲しい」

 〈私も同じ素材でノア様の服を作るから、今度会ったらお互いの作品を見せ合おう!きっとお互いの創作意欲を刺激し合えると思うんだ!〉

 「ああ…!私は…!私は…!!ノア様…!どれほど感謝と忠義を抱いても…抱き尽くせるものではありません…!」


 嗚咽を漏らし出してしまったので、頭や背中を優しく撫でて宥めておくとしよう。



 フウカを宥めた後、彼女の店を後にして夕食の時間までウチの子達にイスティエスタを案内してあげることにした。

 今晩はみんなと一緒に風呂に入れないからな。せめて今は目一杯この子達の相手をしてあげるのだ。


 魔術師ギルドや商業ギルドにこれまで訪れたことのなかった職人ギルドにも顔を出してみた。

 この辺りには初めて足を運ぶが、こういった場所には楽器も置いてあったりと、私の知らないイスティエスタの姿が見つけられて随分と楽しませてもらった。


 面白いことに良質なガラスを大量生産できるようになったからなのか、ガラス製の楽器まで作られるようになったのだ。

 単一の音を均すためだけの玩具のような品から精巧に作られて問題無く演奏が可能な非常に高価な品まで、その種類は様々だ。


 いくらガラスが容易に製造できるようになったからとは言え、見目の良さもあってかなり高額だな。1番安い品でも10枚近い銀貨があっさりと飛んでしまうような価格だった。


 だが、それでも他国から見たら破格の値段なのだろうな。今やティゼム王国の立派な財源と言っても過言ではないだろう。

 今更ながらとんでもないやらかしっぷりではあるのだが、教えると約束してしまったのだから仕方がない。

 開き直るというわけではないが、少なくとも技術を教えた国がこの国で良かったと私は思っている。


 で、職人ギルドなのだが…。

 私の姿はここでも知れ渡っていたようで、ギルドに入った瞬間に盛大な歓迎を受けてしまった。

 理由は勿論、ガラスの製法を齎したのが私だからだ。


 あの時は何十枚もの金貨を渡されたわけだが、既にその金額が端金にすらならないほどの利益を得ているようだ。今ならばアレだけの金額を私に用意したのも理解ができる。


 と言うか、今もなお礼金を渡そうとしないでもらえないだろうか?

 あの時に既に礼金は受け取っているのだ。それ以上の額を受け取るつもりはない。今の私は何だかんだ大金持ちだしな。


 礼金の受け渡しでひと悶着あったが、結局のところ一度受け取り、それを職人ギルドに寄付するという形で落ち着いた。

 流石は職人。本で読んだイメージ通り頑固者が多いようだ。なかなか引き下がってくれなかった。


 私が職人ギルドのマスターと不毛な礼金のやり取りをしている間、ウチの子達はギルド内に展示されていた創作物を好きに見て回っていた。


 特にゴドファンスが熱心に様々な作品を注視していたな。

 彼自身も陶芸に目覚めたからか、こういったものづくりの精神を刺激される作品には思うところがあるのだろう。


 〈…ううむ…こうして人間達の作品を直に見ると、儂もまだまだ未熟であると痛感させられますなぁ…。おそらく、この道に終わりなど無いのでしょうな…〉

 〈フウカ以外にもいい服を仕立てる人はいるみたいだね。でも、やっぱりフウカほどじゃないかな?参考にはなるけど〉


 実を言うと、フウカも職人ギルドの人間だったりする。服飾関係では隣に並び立つ者がいないほどの腕の持ち主とのことで他の街はおろか他国の職人ギルドの服飾関係者からも名前を憶えられているほどだとか。


 そう説明されると、私も鼻が高くなるな。まるで自分のことのように嬉しい。


 ウルミラは玩具に夢中だし、レイブランとヤタールも装飾品の放つ光に釘付けになっている。

 皆いい子だから触りたいのを我慢してくれていて本当に有り難い。この子達の我慢に報いなければな。


 〈気に入った物があったら言ってね?1つずつ購入しよう〉


 少々甘やかしになってしまうかもしれないが、仕方がない。

 魔王国の時は基本的にルイーゼが私達全員を案内していたが、今回は私が皆を案内しているのだ。何かと世話を焼きたくなるのだ。


 ただし、購入するのは1つだけだ。

 私の気分的に[気に入った物を全部買ってあげよう]と言いたい所ではあるが、そんなことを言ったら間違いなくフレミーやゴドファンスから[甘やかしている]と注意されてしまう。


 1番のお気に入りを探すのは大変かもしれないが、そうして迷うのも買い物の醍醐味だ。存分に迷ってくれ。



 職人ギルドを出るころにはすっかりいい時間になっていたので、"囁き鳥の止まり木亭"に移動して夕食を取ることにした。


 なお、ウチの子達に職人ギルドの品を買い与えたのに対して外で待機していたリガロウに何も与えないわけにはいかないので、あの子には屋台で購入した肉串を大量に購入しておいた。

 私の傍にリガロウがいる状態で注文したおかげで、大量に注文してもリガロウが食べると判断して妙に納得されていた。


 そして待ちに待った夕食の時間である。いつも通りハン・バガーセットを注文させてもらった。この街に来たらコレを食べなくてはな。

 私の作ったハン・バガーとの味の違いを確認もしておきたい。なるべく同じように作りはしたが、やはり微妙に違っている気がしたのだ。


 周囲に偽装映像を見せながら皆にも食べてもらっているが、感想はどうだ?


 〈キュウ!美味しいです!〉

 〈パンが美味しいわ!バンズって言ったわね!気に入ってるわ!〉〈バンズだけでも食べられるのよ!でも他のも美味しいのよ!〉

 〈不思議だよね。ボク達の味覚からしたら濃い目の味なのに、普通に食べられるし、美味しい…〉

 〈う~む…料理のことはワシには分かりませんで、なんとも言えませぬが、美味いのは間違いありませんな〉

 〈……決め手はやっぱりタレじゃないかな?ノア様の作ったハン・バガーと違いがあるとしたら、そこぐらいじゃない?〉


 やはりタレか。

 何度も食べて味も理解している筈なのだが、なかなかこの味を完璧に再現するのは難しい。

 まだ何か私の知らない素材を使用しているのだろうか?そんな気配はないのだが…。


 〈だとすると…後は材料の製造過程とか?確か、醤油って調味料を使ってるんだよね?アレ自体に味の違いがあったりするんじゃないかな?〉


 同じ調味料で味の違いか…。

 たしかに、醤油の製造工程や貯蔵機関で味に変化があるのかもしれない。

 貯蔵機関に関しては魔術でどうとでもなるが、問題は製造工程の方だな。

 仮にハン・バガーで使用されている醤油の製造工程が千尋のレシピと齟齬がある場合、ハン・バガーに使用されている醤油を再現するのはかなり難しくなる。


 だが、望むところでもある。ホーディと相談して色々と研究してみよう。



 夕食が終わった後は図書館で軽く時間を潰したら、いよいよ風呂だ。

 シンシアが風呂に入る時間帯も確認できたし、親しい者達で風呂を楽しむとしよう。


 なお、日中に街中を散策していた時に気付けたことだが、夕食後にエレノアに風呂の時間をエリィに伝えようとしてもそこから閉館時間までは家に帰れないだろうから伝えるならもっと早い時間に確認を取っておくべきだったのだ。


 そう言うわけで日中に図書館に一度立ち寄ってエリィに風呂へ向かう時間を聞いたのだが、大体シンシアも同じ時間に入ると教えてもらえた。

 シンシアがまだ幼いから、エリィとジェシカでクミィ共々面倒を見るのだとか。


 思わぬ僥倖である。

 残念ながらエレノアは業務が終わるまで風呂には向かえないため誘えなかったが、これで可能な限り親しい者達と風呂に入れそうである。


 そろそろシンシアとジェシカも風呂屋へと移動する時間だ。


 私も風呂屋へと向かうとしよう。

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