第501話 小説で読んだヤツ
トーナメントの打ち合わせが終わった後、私とピリカは一度屋敷から出て街を散策させてもらっている。
初めて訪れた街なのだ。折角だから観光もしておこうと思ったのだ。
ピリカに案内されながら街を歩き回っていると、周囲から街の住民達の声が耳に入ってくる。
会話の主な内容は、やはり近日開催されるトーナメントについての話が多い。
トーナメントに参加する人物を見たという声も聞こえてきた。
私も知っている名前だ。既にトーナメントに参加するために、この街に訪れているのだろう。
もしかしたら、こうして散策しているとばったり出会うかもしれないな。
それと、トーナメントの話ほどではなかったが、ピリカの話をしている声も結構な頻度で耳に入って来た。
この街で彼女は非常に有名だ。去年も街を歩いているだけで自分のことを話している声が聞こえてきたと、ピリカは語っていた。
しかし、前回とは話の内容が違う部分もある。
前回街の人々が話していたのは、大体がマギモデルを始めとした魔術具の話だったが、今回はピリカの容姿に関する話が半数近くあった。
「ピリカはもう少し自分の外見に気を遣った方が良いんじゃないかな?貴女が可愛らしい服で着飾れば、多くの異性の心を掴めると思うんだ」
「ヤだよめんどくさい。言っとくけど、アタイは別にモテないわけじゃないんだからね!?ティゼミアじゃあ、アタイに言い寄って来る男だってそれなりにいるんだ!」
なんと、そうだったのか。なかなか見る目がある連中じゃないか。尤も、ピリカはどうやら交際を申し出てきた男性達を悉くフッているようだが。
「アタイはひたすらに魔術具や玩具を作り続けていたいんだよ。男を作ったりしてたら、そんな時間も無くなっちまうだろう?今だって時間が足りないって感じてるんだ。色恋なんてのはゴメンだね!」
多くの女性は好意を持った男性と結ばれることを夢見るようだが、ピリカは違うらしい。まぁ、それを言ったら私も同じなのだが…彼女の場合は、恋愛以上に大事なものがあるからこその反応だな。
色恋沙汰を理解できないわけではないようだ。
「アタイだってさぁ、ちょとイイかな?って思ったことはあったりするんだよ?たださ?アタイにも選ぶ権利ってのがあるだろう?」
それはそうだな。ちなみに、ピリカは今までどのような男性達から交際を求められたのだろう?
「んー?貴族の坊ちゃんだったり商会長の息子だったり現役の騎士だったりで色々だよ。ただまぁ、どいつもこいつもアタイの好みには合わなかったね」
「さっきちょっとは良いって言っていたのは?」
「いや、ちょっとだからね?付き合っても良いってほどじゃないよ?で、さっき挙げたのはそのちょっとイイって思った連中な?」
つまり、他にもピリカに交際を求めた者が複数いる、と。大人気じゃないか。
だが、人気があっても彼女が気に入った相手でなければ意味がないわけだな。
そして、ピリカは現状で満たされているのだ。交際を申し込んでくる者達に対して、彼女が求めるものが無いのだ。それでは交際を受け入れる理由がない。それでフラれてしまっているわけだな。
「アタイのことはもういいじゃんかよ!それより、メシを食いに行こうぜ!」
確かに、昼食には良い時間だ。周囲からも食欲をそそる香りがあちこちから漂ってきている。ならば、ピリカのオススメの店を紹介してもらうとしよう。
ピリカが意気揚々と案内してくれた店は、トーナメントの参加者ならば誰もが一度は立ち寄る店らしい。名物料理を取り扱っている店なのだとか。
なんでも、この領地にある魔境にのみ生息している魔物の肉を使用した料理らしい。素材が素材のため、人によっては受け付けないらしいが、非常に美味だと評判なのだとか。
「魔物そのものの姿はちょっとアレだけど、料理にされちゃえばどうってことないからね!メッチャ美味いぞ!」
それは楽しみだ。私も何度か魔物の肉を食べたことはあるが、この領地でしか得られないというのであれば、初めて食べる食材の筈だ。存分に堪能させてもらおう。
提供された料理は、ボノピラーと呼ばれる非常に巨大な芋虫の姿をした魔物のステーキだった。本で目を通したことのある魔物だ。
本来の芋虫は幼虫の姿であり、成長するにつれて蛹の形態を経て蝶になる生き物だが、このボノピラーと言う魔物は芋虫の姿から変態しない。卵から孵化して成虫になるまで、ずっと芋虫の姿をしている。
見た目は薄桃色で全身に暗赤色の細かい斑点模様がある、全長5mを超える巨大な芋虫だ。なお、体表は自身が分泌する粘液に覆われている。
その見た目から嫌悪感を抱く者が多いらしいが、肉の味は極めて良いらしい。
味の具体的な説明も本には書かれていたが、そちらは自分の舌で判断させてもらうとしよう。
焼かれたボノピラーと香辛料の香りが混ざり合いながら私の鼻孔を刺激し、正直もう辛抱堪らない状態なのだ。
「では、いただきます」
「おう!いただきます!」
ステーキを切り分けるためにまずフォークで肉を押さえてみる。すると牛、豚、鳥の肉のどれとも違った感触が伝わって来た。
ナイフで肉に刃を入れてみれば、まるで加熱したチーズのように刃を引かずとも肉が削ぎ落ちていくのだ。
非常に、柔らかい。これは、歯で噛む必要がなさそうだ。
観察もほどほどに、切り分けたボノピラーの肉を口の中に入れれば、たちまち甘味と塩味そして旨味が口の中で弾けるように広がっていく。
これは堪らん!顔が自然とほころんでいく!
この甘味は、調味料の甘味ではないな。ボノピラーの肉が、こういった甘味を持っているのだ。そして食感は非常に滑らかでクリーミーだ。
言うなれば、濃厚な固形のシチューとでもいうべきだろうか?加工方法を変えればスイーツにすらなってしまいそうだな。
「ニシシ…!美味いだろ?見た目が気持ち悪いからってコイツを食べたくないって言う連中は、間違いなく大損してるね!」
「そう言ってしまいたくなるのも無理はない味だね。コレは美味い。ボノピラーが乱獲されたり飼育されないのが不思議なぐらいだ」
とは言ったが、その理由は分かっている。
できないのだ。乱獲はともかく飼育が。
それと言うのも、ボノピラーは魔境の深部に生息している、人間にとっては非常に危険な魔物なのだ。捕獲もできなければ、調教もできない。
ボノピラーの肉を入手するには、魔境の深部に足を踏み入れ、ボノピラーを討伐する必要がある。難易度は最低でも"
当然、そこまで高ランクな冒険者がこのボルテシモに大勢滞在しているわけでもない。そのため、入荷量も必然的に少なくなる。
早い話、このボノピラーのステーキは高級料理なのだ。
そんな高級料理を平然と食べられる辺り、ピリカの資産は相当なものなのだろうな。
ボノピラーのステーキを堪能していると、私達に近づいて来る者の気配を感じ取った。私達よりも先にこの店で食事をしていて、先程ピリカに気付いたらしい。
この店はトーナメントの参加者ならば必ず訪れるというらしいし、近づいて来る者もトーナメントの参加者なのだろうか?
どうやらそのようだ。近づいてきた人物、
「久しぶりだな、ピリカ。ソッチのが、そうなのか?」
「よっ、グォビー!久しぶり!そうだぜ?間違いなく最強のマギバトラーさ!」
得意気になってピリカが私を紹介する。
なるほど、彼がグォビー。つまり、本来のエキシビジョンマッチの選手だったというわけか。
魔術師としても優秀そうだが、体もしっかりと鍛えているようだな。妖精人にしては珍しく、細身ではあるものの筋肉質だ。
声を出して挨拶をしないのは失礼かもしれないが、今は正体を隠すために声を出すわけにはいかない。『収納』から例の板を取り出して自己紹介をしておこう。
「!?………なるほど。ピリカが俺から鞍替えするのも少し納得できた。その板と言い、今の『格納』と言い、とんでもないヤツをスカウトしたようだな?」
「へへ…!まぁね!コイツの正体は今回のトーナメントが終わったらみんなに教えてやるから、それまで楽しみにしておきな!」
「フッ、良いだろう。たまには挑戦者の立場になってみるのも悪くない。シャマスタと言ったか。俺はグォビー=プラムフィールド。その名前、覚えておこう。その実力、エキシビジョンマッチで直接確かめさせてもらうぞ?」
忘れてくれて結構だ。どうせ数日後には正体をバラす気でいるからな。
自己紹介をし終えてグォビーは席を離れるのかと思ったが、そこに私達の会話を聞いていた人物が割って入ってきた。
「なんじゃ、もう優勝した気でおるのか?舐められたもんじゃのぉ…」
「…もう来ていたのか。普段は屋敷に引き籠っているというのに、随分と気の早いことだな」
グォビーがエキシビジョンマッチで私に挑むと言うことは、トーナメントに優勝すると言うことだ。
トーナメントに参加する者達が集まる場所で優勝宣言などすれば、黙っていられない者達が大勢いると言うことだろう。
しかも、会話に割って入ってきたのは五感に優れる
「流石に引きこもり過ぎだと嫁にどやされてのぉ…。それに、ワシが屋敷でマギモデルに夢中になっとる間に国が抱えていた問題が軒並み解決しておった。たまには外に出とかんと、周りに置いてかれてしまうでな。最近はこうして外出もしとるのよ」
「爺さんも久しぶりだな!国の問題が解決したなら良かったじゃんか!」
グォビーに話しかけてきたのは、マギモデル狂いでありファングダムの先王、リオリオン二世その人である。
王位を退いてはいるが、彼が相当高位の貴族であることに変わりはない。だというのにピリカもグォビーもまるで遠慮がないな。トーナメントに参加する者達同士、遠慮が無いのかもしれない。
「久しぶりじゃな、ピリカ嬢。…う~む、国の問題が片付いたのは良かったのじゃがの?ワシ、未だにアレが見れとらんのじゃよ」
「イッシシ…!引き籠ってるからそんなことになるんだぜ?」
リオリオン二世が言っているのは、ファングダムの王城に展示されている2枚の絵画のことのようだ。
つまり、私が描いたオリヴィエ達家族が揃った絵画と、ネフィアスナが描いた私の絵画だ。
どちらの絵画も国宝とされ、ファングダム中どころか世界中から、一目その2枚の絵画を目にしようと人が集まっている状況である。
長いこと屋敷に引き籠っていたリオリオン二世にそのことを知る術はなく、気付いた時には入城に予約制度が付けられてしまった後だった。そして今も予約待ちと言うことだ。
それどころか、彼は孫娘であるリナーシェが嫁ぎに行ったことを1ヶ月間以上知らなかったらしい。その時には、流石に彼の妻からこっぴどく叱られたようだ。
まぁ、そんな身の上話よりもリオリオン二世にとって大事なのは、グォビーの優勝宣言だろう。
「さて、ワシの話は置いといてじゃの…。小僧、去年と同じように行くとは思わぬことじゃな」
「そっちこそ、俺がマギモデルの性能だけで勝てたわけではないと教えてやろう」
「決勝で吠え面をかかせてやろうではないか」
おお…!これは…!見える…!見えるぞ!2人の視線の間に、熱い火花が散っているのが!
これがライバル同士の前口上というヤツか!小説で何度か読んだ!実際にこうしてみる機会が訪れるとは、何と言う幸運だ!ピリカの元に訪れて本当に良かった!
しかもだ!話はここで終わらない!今の2人の間に、割って入ってくる者が現れたのだ!この展開も小説で読んだことある!別の実力者の介入だ!
「2人とも随分と余裕ではないか。決勝に上がる前に敗退するなどと微塵にも思わないとは、揃って傲慢なことだな」
「ぬ!」
「ほぅ…。その口ぶり…今回は随分と自信があるようですな?」
グォビーが尊大ではあるがそれでも敬語を使うような相手。それはつまり、現役で極めて身分が高い者が会話に入ってきたと言うことだ。
その人物は、私も知っている人物だ。…と言うか、彼の自信の理由は私にある。
「んっふっふっ…!今回の私は去年とは違うよ?何せ、最高のトレーニングを経験したからね。君達の動きも対応できると言わせてもらおう」
「抜かしおる…!」
「…やはり、あの噂は本当だったようですな…。これは楽しみが増えた…!」
彼の言う最高のトレーニングとやらを行ったのは、何を隠そうこの私だ。
そう、新たに会話に入ってきたのは、アクレイン王国の国王、リアスエク=アクレインである。
まったく、いい年をした大人達が、玩具の勝負でここまで本気になるとは…。
そんなの…そんなの‥‥!
こっちまで楽しくなってくるじゃないか!
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