第500話 トーナメント開催地・ボルテシモ

 マギバトルトーナメントの開催地。それはピリカのパトロンである高位貴族の領地にある、領都ボルテシモだ。


 この街の領主であるナディクス=マフカノン侯爵は、マギモデルが発明される以前からピリカのファンだったらしい。

 彼女の魔術具の技量を最初から買っていたというのもあるが、それ以前に趣味が似通っているようだ。

 玩具好きであり、そしてクセのある品を好む傾向にあるのだ。


 具体的に例を出すなら、ピリカ作のあの爆音をまき散らす時計。マフカノン侯爵はアレを大層気に入ったそうだ。自分で使う気にはならないそうだが、イタズラに使えそうだと喜んでいたという。

 つまり、イタズラ好きと言う共通点もあると言うことだ。少し興味が湧いてきた。


 通常の馬車で移動しようものなら丸一日掛かる距離ではあるが、リガロウの噴射飛行に頼れば1分もしない内に領地に到着だ。

 人に観測されない位置で地上に降りる必要があるため、少し歩くことにはなるが。


 非常に心苦しいが、リガロウはここで留守番である。

 私がボルテシモに訪問していることを知らせるわけにはいかないからな。この子にはしばらくの間、着陸した場所で私の幻と過ごしてもらうことになる。


 その際、私の本体が見聞きしている内容は『投影プロジェクション』によってリガロウにも見せてあげるつもりだ。退屈な思いをさせるつもりは一切無い。


 なんだったら、リガロウもマギモデルを気に入ったことだし、今のうちにこの子のマギモデルをこの子と一緒に作るという手もある。構造を理解することで、より制御しやすくできるかもしれないしな。


 「それじゃあ、行ってくるよ」

 「はい!行ってらっしゃいませ!」


 リガロウに別れを告げ、ボルテシモの城門まで移動する。ピリカが意外そうな目でリガロウを見ているな。何か思うところがあるのだろうか?


 「ん?いや、随分と聞き分けが良いなぁって思ってさ」

 「ふふ、リガロウは良い子だからね」


 リガロウにとっては、幻と言えど私と一緒にいることに変わりはないからな。別れを惜しむ理由が無いのだ。

 むしろ、普段以上に私と一緒にいられるためか、喜んですらいる。


 が、『幻実影ファンタマイマス』の存在をピリカに教えるつもりは無いので、適当に言葉を濁しておく。実際にリガロウは良い子だしな。嘘は言っていない。


 ピリカを抱えてゆっくりと走ってボルテシモの城門に到着したわけだが、凄まじい行列に鉢合わせることとなった。この行列は、ボルテシモに入るための審査待ちの行列のようだ。


 いつもならば私は特別扱いされてこういった行列に並ぶ必要は無いのだが、現在は身分を隠している身だからな。大人しく行列の最後尾に並んで順番を待つとしよう。


 と思ったのだが、その必要は無さそうだ。


 「アタイなら顔パスだから、並ぶ必要は無いぞ?城門まで行っちゃいな!」


 とのことだ。流石、領主と親しくしているだけのことはあるな。遠慮せずに行列を追い抜き、城門まで移動させてもらうとしよう。


 「ことマギモデルに関しちゃ、アタイは王様みたいなモンだからね!」

 「それは頼もしいね。ひょっとして、宿泊先なんかももう決まってたりするの?」

 「モッチロン!バッチリさ!って言っても、領主さんの屋敷の1つに泊めてもらうってだけだけどな!ちなみに、そこがトーナメントの会場でもあるんだぜ!」


 なるほど。特に資産のある貴族は、複数の屋敷を所有していることもあるらしいが、マフカノン侯爵もその内の1人と言うことらしい。


 城門の門番に話しかければ、明らかに不審者の外見をしているにも関わらず、ピリカの連れと言うだけの理由で私も問題無く門を通過できた。


 「流石に普段はこんな待遇にはならないけどな!」


 ピリカがこうもあっさりと城門を通してもらえるのは、マギバトルトーナメントの時だけらしい。それ以外は普通に列に並んで審査を待つようだ。


 「つっても、アタイが他の街に行くことなんて滅多にないんだけどな!領主さんも向こうから来てくれるしな!」


 その方が互いに待つ必要が無いから手短に済むのだろうな。

 それに、ピリカの店に訪れれば、彼女の作品が見放題だ。自分の屋敷に来てもらうよりも、自分から彼女の店に訪れた方が利点が多いのだろう。



 門を通過し、寄り道することなくピリカの案内でマフカノン侯爵の屋敷に向かうと、ここでも彼女の顔を門番が見た直後に屋敷内に通してもらえた。

 なお、屋敷に到着するまでの道中、私達はティゼミアで城門に移動するまでの時同様非常に注目を浴びることとなった。


 この街でもピリカは有名人だと言うこともあるが、やはり現在の彼女の髪が注目の理由になっているようだ。

 主に女性から羨望や嫉妬の視線を浴びている。なお、私はローブの効果によってあまり注目されていない。


 「一応聞くけどさ、あの洗料っていくらぐらいするんだい?」

 「さあ?自作だから値段は分からないよ」


 まぁ、実際に使用した素材も世に出回っている洗料よりも高価なものだから、必然的に価値も高くなるだろうな。

 しかし、私が自分で作ってしまえば実質タダだ。ピリカに料金を要求などしない。


 「そりゃありがたいけどさぁ…。アンタ、とんでもなく高そうなモン渡してきたなぁ…。アンタのお手製って、それだけでメチャクチャ高くなるヤツじゃん…」


 なに、私の作った洗料だと知られなければ問題無いのだ。気にする必要はない。

 それに、既にまったく同じ品質の洗料がニスマ王国の錬金術ギルドで販売され始めているだろうからな。出回り始めてしまえば私が作った物だとバレることもないだろう。


 「んー。でもアンタから貰ったものだって、昨日門番さんに言っちまったよ?」

 「私が作った、とは言っていないのだろう?なら、大丈夫さ」


 そんなやり取りをして私達は周囲の視線を浴び続けながらマフカノン侯爵の屋敷に到着したわけだ。


 屋敷の中に案内されると、早速マフカノンが私達を出迎えてくれた。30代前半の、背の高い庸人ヒュムスだ。

 服の乱れが見て取れることから、おそらく慌ててこの場に来たのだろう。先程まで領主としての仕事をしていたのかもしれない。


 「やあピリカ、我が盟友よ!よく来てくれた!」

 「先月ぶりだね、ナディクス!今回もすんごいのを作ってきたよ?今回は自信作も自信作さ!みんなを驚かせること間違いなしだね!」


 マフカノン侯爵の歓迎の言葉に、ピリカも同じような調子で挨拶を返す。

 その表情からは、自身を盟友と呼んだ目の前の人物を驚かせたくて仕方がないと言った様子がありありと見て取れる。


 「それは楽しみだね!で、そのすんごいのは、私にも秘密なのかな?」

 「あったり前じゃん!一番驚かせたいヤツが一番最初に秘密を知ってどうすんのさ!お楽しみは、最後まで取っておくんだね!」

 「ははは、相変わらず手厳しいな。…ところで、そっちの…」


 マフカノン侯爵は言いよどみながら私に視線を送っている。

 無理もない。今の私の外見は、完全に不審者だからな。城門の門番と言い屋敷の門番と言い、良くピリカの連れだからと言うだけの理由で私を素通りさせたものだ。


 マフカノン侯爵の視線に気づいて、彼に説明を求められているとピリカも気付いたのだろう。私を紹介し始めた。


 「ああ!コイツが今回のエキシビジョンマッチの選手さ!アタイが考え得る限りの最強のマギバトラーだぜ!」

 「なに!?グォビー君ではないのかね!?」


 マフカノン侯爵の驚きぶりからして、おそらくそのグォビーとやらがいままでエキシビジョンマッチの選手、つまりピリカ製のマギモデルを観客達に操作して見せていたのだろう。


 マフカノン侯爵の問いに、ピリカは得意気になって返答する。


 「まぁね!アイツにはちょっと悪いけど、今回は通常の選手として参加してもらうことになったよ」

 「と言うことは、グォビー君には通達済みなんだね?」

 「当然だろう?いきなりクビにするほどアタイは非道じゃないよ!まぁ、ちょ~っと急ではあったけどね…」


 それは、偏に私の都合の問題だな。ピリカとしては、今年もグォビーとやらにエキシビジョンマッチの選手を行ってもらう予定だったところに私からの手紙が届いたのだろうし、そのタイミングで彼に選手の座を降りてもらったのだろう。


 そう考えると、少し罪悪感が湧いて来るな。

 全ての催しが終わったら、一言グォビーとやらに謝っておくとしよう。


 「ふふ、君らしいな。ああ、私はこの領地の領主を務める、ナディクス=マフカノン侯爵だ。よろしく頼むよ、ええと…」


 マフカノン侯爵が私に歩み寄り、自己紹介をしながら手を指し出してくる。

 声を出すわけにもいかないので、不審かつ無礼な態度であることを承知で握手だけに応じさせてもらうとしよう。

 グローブも外していないため、流石に困惑させてしまっているな。顔が引きつっている。


 どうしたものかと悩んでいると、またもピリカが助け舟を出してくれた。


 「ソイツが今回の最重要機密だからね!悪いけど、正体は最後になるまでナイショだよ!」

 「名前すらも秘密とは、少し不便ではないか?何かこう…仮名…いや、通称とも言うべき呼称が欲しいところだね」

 「通称かぁ…。アタイもネーミングセンスがある方じゃないしなぁ…」


 変装中の私をどう呼ぶかで2人が悩んでいる。折角だから、私も何か考えるか。

 しかし、私の呼び名だからな…。そして操るマギモデルの外見がアレだから…。良し、私の案は決まったな。

 ローブの中で紙に私の呼称を記入し、腕を組んで唸り声を上げながら悩んでいるピリカの肩に手を乗せ、こちらに意識を向けてもらう。


 「う、うん?どした?」


 用件が分からないからか、非常に不思議そうな表情だ。袖から呼称を記入した紙を取り出してピリカに見せる。

 紙を手に取り、記入されている文字に目を通すと、私の意図を理解してくれたようだ。


 「ああ!アンタも名前を考えてくれたんだね!?で、名前は…シャマスタ…ね」

 「ふむ、悪くないな。ひょっとして、結構前から考えていたのかね?」


 そんなことはない。たった今考えついた、そこそこいい加減な名前だ。だが、その方が匿名性があってかえって都合がいいだろう。


 私の呼称も決まり、エントランスで立ち話も悪いとのことで、マフカノン侯爵は私達を彼の執務室まで案内してくれた。

 仕事がまだ残っているのだろう。私達と会話をしながら仕事を片付けるつもりらしい。なかなか有能な人物のようだ。


 「アタイのパトロンができるような貴族だからね、有能だし金持ちだよ」


 それもそうか。しかし、私の口からは何も喋っていないというのに、よく私の考えていたことが分かったものだ。


 ん?待てよ?

 声を出さずに意思の疎通がしたいのなら、さっきみたいに紙に用件を記入してそれを見せればいいだけじゃないか!何で今まで気づけなかった!


 ピリカには確認したいことがあるので、早速紙に記入して…は、少し紙がもったいないな。

 いや、紙自体は問題無く大量にあるのだが、会話の度に紙を消費するのは少々贅沢と言うか大袈裟な気がするのだ。

 何かこう…何度でも記入ができる物があればいいのだが…って、そういう機能を持った道具を作ればいいだけの話じゃないか。


 …うん…うん…イケるな。単純な仕掛けで目的の道具が作れそうだ。リガロウの元に出している幻に手早く作らせて、『収納』で受け渡しを行おう。


 ものの数分で目的の道具を作り上げ、ローブの中で『収納』から道具を取り出し、用件を記入する。そしてそれをピリカに見せる。


 「うん?ナディクスがマギモデルの演劇について知ってるか、だって?パトロンになってるからね!勿論知ってるさ!」

 「ほう、君もその情報を知っているのかね?なるほど、ピリカがエキシビジョンマッチの選手に任命するだけあって、かなりの信用と信頼を得ているようだね。ところで、その道具は…」


 おっと、流石にこのやり取りはマフカノン侯爵の前でやるべきではなかったか。

 マギモデルによる演劇について知っている者は、現状ではごく僅かだ。その情報を知っているだけでも、今の私の正体を教えるきっかけになりかねなかったな。気を付けよう。


 それはそれとして、やはりマフカノン侯爵はピリカの店に入り浸っているだけあって初めて見るような道具などには興味を持たずにはいられないようだ。


 折角なので、出来立ての道具の機能を見せてあげるとしよう。

 私が作ったのは、一見すれば何の変哲もない板に見えるだろう。しかし、セットになっている専用の棒で板をなぞると、なぞった部分に跡が残るのだ。

 つまり、文字を書いたり、簡素な絵が描けるのである。

 更に、この板に魔力を流すと、先程まで記入していた文字が一瞬で消えるのである。


 「!君!それは、君が作った魔術具なのかね!?」


 板の機能を見せると、机から身を乗り出してマフカノン侯爵が尋ねてきた。


 「いきなり凄いモン出して来るなぁ…。ひょっとして、最近作った?」


 ついでにピリカも疑問をぶつけてきたが、マフカノン侯爵の問いだけに頷いておこう。

 ピリカの予想は見事に的中しているのだが、思いついて即座に作れるような人物などそうはいないからな。正体がバレるきっかけになりかねない。黙っておこう。


 それにしても、マフカノン侯爵の視線に鋭さと言うか、強い意思を感じるな。

 いや、違う。あれは、私が今しがた作ったこの魔術具から、金の匂いを嗅ぎ取ったのだろう。

 商品にすれば間違いなく飛ぶように売れる。彼の目が、口以上にそう語っているのである。


 原理も製作難易度も簡単なので教えてしまっても良いのだが、今は止めておこう。私としても少し悪戯心が芽生えてしまったようだ。


 今の私、シャマスタの正体を知った時に、マフカノン侯爵がどのような反応をするのか知りたくなってしまったのだ。

 私の正体を知ってもなお、この板の製法と販売利権を求めるのなら、その気概に免じて教えようと思うのだ。


 それに、今はマギモデルトーナメントの方が大事なのだ。余計な仕事は増やすわけにはいかないだろう。ただでさえマフカノン侯爵は忙しそうにしているからな。


 板にペンを走らせ、トーナメントの打ち合わせを始めないかと提案しよう。

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