第499話 いざ、トーナメント開催地へ!
ところで話は少し遡るが、昨日は少し窮屈な思いをさせられるところだった。
ピリカの店兼家で宿泊することになったわけだが、如何せんこの建物はその殆どが家主のピリカに合わせたサイズとなっている。
そのため、当然ながら私が体を伸ばして眠れるようなベッドは無かった。
いや、ベッドが無いことに不満はない。私はニスマ王国で最高級と言えるベッドを購入しているからな。
しかし、そんな最高級のベッドも設置できなければ意味がない。あのベッドはリガロウと一緒に寝ても余裕をもって寝転がれるほど巨大なのだ。
この家に、自慢のベッドを設置できるスペースが無かったのだ。
だが、スペースが無かったというだけの理由で、自慢のベッドの使用を諦める私ではなかった。
スペースが無いのならば広げればいいだけの話なのだ。そう、『
この魔術を用いれば、例え体を折り曲げなければ入ることもできないような極めて狭い空間も、あっという間に国王の寝室以上の大広間に早変わりだ。
リガロウに体を寄せ、まっさらな雪に飛び込んだ時のような快感を得られながら布団とリガロウの暖かさに包まれ、私はすぐさま眠りにつけた。
なお、ピリカにも快適な睡眠をとってもらうため、彼女が寝る際に『快眠』を施しておいた。これでその日の疲れを翌日に持ち越すことはないだろう。
そうしてレイブランとヤタールに起こされて朝食を用意していると、ピリカも朝食の香りに誘われるようにして起床してきたわけだ。
「ふぁ~、おはよ…。朝からメッチャ良い匂いするぅ~…」
「おはよう、ピリカ。朝食を用意したから、食べようか。しっかりと空腹を満たして、今日の作業に取り掛かろう」
「ふぁ~い…」
あくびと共に、間延びした返事が返って来る。ピリカはあまり寝起きが良い方ではないのかもしれないな。
しかし、そんなピリカも朝食を食べ始めると徐々に意識がハッキリとしてきたようだ。料理を口に運ぶペースが早くなっている。
よく噛まずに飲み込もうとしたせいで、料理が喉に詰まりかけているな。
彼女の喉に触れて魔力を流し、一時的にほんの少し食道を広げてあげよう。これで問題無く料理が喉を通る筈だ。
「ぶはぁっ!き、急に楽になった…」
「気持ちは分かるけど、落ち着いて食べた方が良いよ?」
「いや、でもさぁ…」
ピリカの気持ちは私もよく分かる。完成が現実味を帯びてきたから、すぐにでも作業に取り掛かりたくて仕方が無かったのだ。
だが、料理を作る者としては、しっかりと味わって食べてもらいたい。
よく噛んで食べれば消化も良くなるし、栄養の吸収も良くなるからな。
昼食まで作業し続けることになるだろうから、その分栄養も必要になる。人間にとって食事とは、雑に行って良い行為ではないのだ。
「よく噛んで、味わって食べよう。そのほうが楽しめる」
「分かったよぅ…。やっぱ、カーチャンみてーだ…」
望むのなら母親のように甲斐甲斐しく世話をするのも辞さないつもりだが、大人として自立しているピリカはそれを望んでいない。
私に何から何まで世話をされないためにも、ピリカは大人しく朝食を食べてくれる運びとなったのだった。
そうして作業を開始して昼食を取り、再び作業。そして夕食。食後に作業という淡々とした一日を過ごし、時刻は午後11時前。遂にピリカ曰く最強のマギモデルが完成したのだ。
「で!き!たぁ~~~!!!遂に完成したよ!誰にも負けないよ!これで驚かせてやれるよ!!」
「おめでとう、ピリカ」
おそらく、以前私と共にマギモデルを製作していた時からこのマギモデルを作ろうとしていたのだろうな。非常に良くできている。
「しかし、本当にそっくりになったね…。まさか、本物の素材を使わずにここまで似せられるようになるとは思わなかったよ」
「へへーん!凄いだろ?この色合いと質感を出すために、メッチャ頑張ったからね!」
本当に大したものだ。頭を撫でて褒めてあげたいところだが、多分それをやると子供扱いされたと思って怒るだろうな。ピリカはそういう女性だ。
「さて、良い時間になったことだし、風呂に入って休むとしようか。明日は早く出るんだろう?」
明日に備えて風呂に入り早く休むことを提案すると、ピリカは体のコリをほぐすように伸びをしながら答えた。
「ん~…ん!まぁね!でも、折角だから風呂屋の風呂で体を伸ばしてのびのびと風呂に浸かりたいよなぁー!」
「今回ばかりは、同行はできないよ?」
可能であればピリカと共にカンディーの風呂屋でゆっくりしたいところだが、私がこの国に訪れたことを悟られると、折角のサプライズが台無しになってしまう恐れがある。目的のためにも、我慢するしかないのだ。
「ん。しゃーないからアタイだけで風呂屋に行ってくるよ。留守番頼んでいい?」
「勿論。…ゆっくりして来ると良い」
危うく[1人で大丈夫?]と言いそうになってしまったが、何とか思い留まれた。ピリカはこれまでも1人で風呂屋に訪れているようだから、不要な心配なのだ。
それに、ピリカは優秀な魔術具師なだけあって魔術の腕も一流だ。そもそも自作の高性能な護身用魔術具まで装備しているので、よほどの相手でもない限り、襲って来た相手が返り討ちに遭うだけである。
ピリカを見送ったら、私とリガロウは『
ちなみに、ピリカには昨日から私が製作した洗料を渡しているのだが、普段私が使っている香りの洗料ではないので、香りで気付かれるようなことはないだろう。
風呂から出てピリカを迎えたら、明日に備えて寝るとしよう。
そして待ちに待った、と言うわけではないが出発の時だ。リガロウには私の魔術で一時的に透明になってもらい、上空に待機してもらうことにした。
そして私は、認識阻害の効果を付与させたフード付きのローブを被ってピリカに同行する。
認識阻害を施しているとはいえ、ピリカが有名人なことと全身が隠れるような恰好をしていることで、私達は非常に目立っているようだ。ピリカに対する視線が凄まじいことになっている。
まぁ、この国の人間達はもうすぐマギモデルトーナメントが開催されると知っていることもあり、ピリカがこうして外出していると、いよいよトーナメント開催地に彼女も移動するのだと思われているのだろう。
だがしかし、周囲の視線は何故かそれだけではないように見える。
原因は…あ!髪か!
「アンタのくれた洗料、メッチャ髪がサラサラになるのは良いんだけどさぁ…」
「ピリカも美人だからね。髪が綺麗ならこうして注目を浴びるわけだね」
「その美人の筆頭がなんか言ってら…」
そんな風に呆れなくても良いと思うのだが…。しかし、ピリカは意外と肝が据わっているんだな。
周囲からかなり注目を浴びているというのに、まるで動じている様子が無い。始祖だの開祖だのと呼ばれて崇められることに抵抗はあるというのに、注目されること自体は問題が無いようだ。
「ナメんじゃないよ。んなもん、トーナメントのたんびに大勢から注目されるからね。もう慣れっこさ!」
「そう言えばそうだったね」
マギモデルの発明者でもあるピリカは、トーナメントの度に招待され、そしてエキシビジョンマッチ用のマギモデルと共に大勢の人間から注目を浴びているのだ。
それに比べれば、この程度の注目など大したものではないのだろう。
「ピリカさん、おはようございます!昨日はありがとうございました!」
注目を浴びながら城門に到着すると、私が知っている時よりも艶やかでサラサラとした髪をなびかせているマーサが、上機嫌に声を掛けてきた。
マーサも器量が良いため、美しい髪を靡かせる姿が周囲の注目を浴びている。
彼女の同僚達が、普段とは違うマーサの姿に対して羨んだり恋慕の感情を抱いたりと、様々な反応をしている。
先程のマーサの発言から、どうやらピリカはマーサに洗料を分けてあげたようだ。
「やっぱコレスゲェよな!?アタイも一昨日初めて使ってみたんだけど、今までと全っ然髪の触り心地が違うんだよ!」
「大事なお客様から頂いたものだと伺ったのですが…よろしかったのですか?というか、ひょっとして、そちらの方が?」
流石に私から貰ったと正直に話すことはなかったようだ。客人、と言葉を濁して伝えてくれたようだ。
そして客人と言う話から、ピリカに同行していた私に意識が向いたらしい。
ここでマーサに挨拶をしたら、声や喋り方でバレてしまう可能性がある。軽く手を上げて挨拶を済ませておくとしよう。
ちなみに、手も素肌ではなく厚手のグローブを付けているため、私の素肌は一切見えない状態だ。認識阻害が無ければ間違いなく不審人物と思われていたことだろう。いや、今も怪しさを隠しきれていないかもしれない。
私を見るマーサの顔が、若干引きつっているのだ。
どうしたものかと悩んでいたら、ピリカが助け舟を出してくれた。
「イッシシ…!今回のトーナメントのために来てもらったお得意様だよ!絶対ビックリするから、今から楽しみなんだ…!」
「フフ…!私は仕事があるので見に行くことはできませんので、新聞を楽しみにしていますね?」
マーサは門番と言う仕事の関係上、安易にこの街を離れるわけにはいかないだろうからな。
休みを申請すれば観戦に行けるかもしれないが、もしかしたら彼女はマギバトルにそれほど興味が無いのかもしれない。
と言うか、私の知る限りマギバトルに興味を持っている女性が、あまりにも少ないのだ。
マギモデル自体は良いものだと判断しているのだが、マギモデル同士で戦うと言う行為が、どうにも受け入れられていないようだ。
私の知る限りでは、マギバトルに興味を持っているのは…シャーリィとグリューナぐらいか?
ああ、"ダイバーシティ"の女性陣も楽しんでくれたな。それと、リナーシェも好きそうだ。
いや、もしかしたら彼女の場合、自分で体を動かしたくなってしまうから、あまり好まないかもしれない。
まぁいい。そんなマギバトルにあまり興味を持たない女性達にもマギモデルを楽しんでもらうために、ピリカはマギモデルによる演劇を考えているのだ。
少なくとも、ジョゼットやルイーゼは強い興味を持ってくれた。
それに、演劇と言うわけではないが、マギモデルに舞を躍らせたらキャロはとても喜んでくれたからな。
マギモデルによる演劇は確実に成功すると思うのだ。まぁ、実行までに多大な資金と労力が必要になって来るのだが。
実を言うと、私は昨晩ピリカと相談して、今回のエキシビジョンマッチの後にマギモデルによる舞を披露しようと提案したのだ。
そして、舞を披露しながら、マギモデルに芝居をさせるのだ。勿論、魔力を伝ってマギモデルから私の声を発生させて、だ。
ここで正体不明だったピリカの連れの正体が、私だと明らかになるわけだな。
私の計画をピリカに伝えたところ、彼女も大いに賛成してくれた。絶対に観客達は驚くだろうと、そう確信してくれたのだ。
話を戻そう。マーサが新聞を楽しみにしている理由は、おそらく私達が用意するサプライズだけが理由ではないだろうな。
このティゼミアには、現在私の友である新聞記者のイネスが滞在しているのだ。
そして、ここ数日間の新聞に目を通したことで、最近のティゼミアの記事はイネスが手掛けていると私は理解した。
イネスの書く記事は面白い。少なくとも私はそう評価している。そしてフリーの記者がこうして連日記事を出せると言うことは、それだけ読者に評価されていると言うことでもある。
だとしたら、マーサもイネスの記事を気に入っている筈だ。
イネスがどのような記事を書いて自分を楽しませてくれるのか。マーサはそれも楽しみにしているようなのだ。
私が今回ピリカの元へ訪問したことは、流石のイネスも察知できなかったようだ。これから開催地に向かうための準備を行っているし、昨日まではもっぱらジョージの取材と情報収集を行っていた。
取材のために、イネスも開催地に訪れるというのであれば、盛大に観客達や選手達を驚かせた後にでも彼女に挨拶しておくとしよう。
十中八九披露したマギモデルの取材を要求されることになるが、構いはしない。むしろ、私とピリカの力作を存分に知らしめて欲しいところだ。
マーサとの挨拶も終えたので、そろそろ開催地へと移動しよう。
ピリカが私の背中に乗りかかる。尻尾もローブに隠れているので、彼女に捕まってもらうにはこの方法が一番楽なのだ。そもそも周囲に私の尻尾を見せるわけにはいかないからな。
「じゃっ、行ってくるぜぇーーー!」
可能な限り加減して駆け出すとともに、ピリカがマーサに、と言うよりもティゼミアに向けて別れの言葉を告げている。
周囲に全力で走っているように見せながら極力加減して走る動作を行うというのは、思った以上に難しいな。なかなか城門から距離を取れない。
こんなことなら魔術でも使用して、独自の移動方法を見せつければ良かったな。失敗した。
しばしの間、私にとっての苦行とも呼べる行為を続けること30分。ようやく人目につかない場所まで移動できたので、ここからはリガロウに乗っての移動である。
一度地上まで降りて来てもらったリガロウに跨り、開催地まで一気に移動しよう。
「うひゃー!アタイ空を飛ぶなんて初めてだよ!よろしくな!」
「びっくりして振り落とされるなよ?では姫様、行きましょう!」
「ああ、よろしく頼むよ」
リガロウが再び上空へと駆け上がり、人間が観測できない高度まで達したところで噴射飛行を開始する。
それでは、トーナメント開催地まで行くとしよう!
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