第498話 最強のマギモデル

 早速ではあるが、ピリカが現在製作中だというマギモデルを見せてもらおう。

 未完成品だと言うことなので、出発まではピリカの店兼家にこもりっきりになるかもしれないな。まぁ、この建物には風呂もあるそうだし、食事は私が提供すればいいので問題はない。


 ジョージの様子やこの街にいる知り合いに顔を出してもよかったが、それはまた今度にしよう。今はマギモデルの完成を優先させよう。


 「マジで!?メシまで用意してくれるのか!?アンタのメシは美味いって聞いたことあるから、期待させてもらうぞ!?」


 ピリカに泊まり込みでマギモデルの製作を手伝い、食事も私が用意すると伝えれば、思った以上に彼女は喜んでくれた。

 普段は魔術具の製作に夢中になってしまい、食事が疎かになりがちなのだとか。


 場合によっては風呂にも入らず、寝る間も惜しんで製作に夢中になるらしい。

 しかし、私が一緒にここで生活する以上は食べる時には食べてもらうし、寝る時は寝てもらう。勿論、風呂にも必ず入ってもらう。


 「な…なんかカーチャンみてぇだ…」

 「まぁ、似たようなことを言われたこともあるし、否定はしないよ」


 ジョージが言うには、私とリガロウのやり取りは親子のそれだと言っていたし、彼からは世話焼きだとも言われたことがある。

 実際にその通りなのだろうから、ピリカの言葉を否定するつもりは無い。


 そして、ピリカに何と言われようとも私は気にしない。私が彼女と共にいる間は、彼女には規則正しい生活をしてもらうまでだ。


 ピリカに案内されてマギモデル専用の製作工房に足を踏み入れれば、製作途中のマギモデルが作業台に鎮座していた。

 未完成品ではあるが、部品の一つ一つがピリカによって丹念に製作されているな。そして、一般的なマギモデルよりも部品の数が倍以上に多い。

 現在完成しているのは、主に内装部分だな。外装はまったくと言って良いほどの手つかずだ。

 作業台の隣に、外装に使用するための素材を入れてある箱があった。

 中の素材を確認してみれば、どのような外見にするつもりなのか、大体の見当をつけられるだろう。確認させてもらおう。


 「…ピリカ?ひょっとして、貴女の作りたいマギモデルって…」

 「もう気付いたのかい!?流石だねぇ!イッシシシ…ッ!アンタが協力してくれりゃあ、あっという間に完成できるさ!」


 確かにその通りなのだが、私がこのマギモデルを動かすのか…。少し、複雑な気分だな。

 まぁ、問題無いどころか、今までのマギモデル以上に自在に扱える自信はある。そして、間違いなくトーナメントに集まった者達を驚かせることになるだろう。ピリカもなかなかのイタズラ好きと見た。


 ただ、まだ外装の製作に着手するわけではないようだな。内装も未完成なのだ。

 特に、今までのマギモデルには無いパーツも使用するため、製作が難航していたのだろう。


 「私は、このパーツの製作の手伝いをすればいいの?」

 「んにゃ、そっちよりも、部品を作ってもらいたいんだ。まだ全部揃って無くってね!ここにある設備で作るよりも、アンタに作ってもらった方が速いからね!」


 エキシビジョンマッチに使用するマギモデルと言っていたが、製作が遅すぎないか?それとも、私が訪ねることを加味してこの製作速度だったのか?

 以前大幅に予定を遅らせてしまったというのに、良く予定通りに訪ねてくると信じたものだ。


 「アンタが約束を破ることを嫌っていることは、アタイも知ってるからね!もしも今回も約束を破る様なら、この店から締め出してやるところだったよ!」


 それは怖いな。

 私にとってピリカは、対等に接してくれる貴重な友人なのだ。そんな人物から拒絶されるのは心苦しい。予定通り彼女の元にに訪れることができて、本当に良かった。


 「それじゃあ、早速製作を始めようか。部品は、ここにある物を使えばいいのかな?」

 「ああ!それで頼むよ!それと、できればこの紙に書いてある部品を上から順番に作っていってもらえるかい?」


 そう言ってピリカが、注文書のような形式で必要な部品が書かれた紙を手渡してくる。でき上がった部品を、そのまま製作に使うつもりなのだろうな。


 「分かった。それじゃあ、こっちの机を貸してもらうよ?」

 「はいよ!さーて、本格的に作るぞぉー!」


 ピリカの期待とやる気に応えるためにも、私も作業に集中するとしよう。勿論、食事等の時間を知らせるために時計をセットしておくのは忘れない。



 5時間後。工房内に途轍もない爆音が響き渡った。

 オリヴィエも目覚まし用に所持している、あの爆音を発生させる時計の音だ。昼食の時間になったらしい。


 「――――――っ!!!」


 ピリカが両手で自分の両耳を塞いで私に何かを訴えている。彼女の声は時計の爆音によってかき消されてしまっているのだ。


 「食事の時間だね。すぐに止めるよ」


 勿論、私の声もピリカには届いていない。手早く時計を操作して時計の音を止めるとしよう。


 無事時計を停止させると、怒り心頭な表情でピリカが詰め寄って来た。


 「!アレを使うなら先に言っておくれよ!心臓が止まるかと思ったじゃんか!」

 「ゴメンゴメン。私も集中していると周りが見えなくなるタイプだからね。すっかり伝えるのを忘れてしまっていたよ」


 時計を置いたことをピリカには伝えていなかったからな。何も知らない時にあの爆音が鳴り響いたら、驚いてしまうのは当然だろう。私もあの爆音で目覚めさせられた時は本当に驚いたものだ。


 さて、かなり強引な形となったが、結果としてピリカは作業を中断してくれた。予定通り昼食を取るとしよう。


 料理自体は『収納』に保管してあるもので良いだろう。ここの調理場を利用させてもらっても良いが、それではピリカを待たせてしまう。

 『幻実影ファンタマイマス』を使用すればその問題も解決できるが、ピリカにあの魔術の存在を伝えるつもりは無い。

 それに、『収納』に保管してある料理は、私が定期的に料理をしていることもあって潤沢だ。その上『収納』に入っている間殆ど時間が経過していないため出来立てとそう変わらないのである。


 『清浄ピュアリッシング』でお互いの体の汚れを落とし、場所を移して食事にしよう。


 私の料理に対するピリカの評価は非常に好評だった。


 「うんっまー!前にアンタと一緒に宿で食べた料理と比べても、引けを取らない美味さだよ!」

 「それは良かった。お代わりもあるから、食べたかったら言ってね?」

 「流石にそんなに沢山は入らないよ。アタイは少食だからね。見りゃ分かるだろ?アタイは矮人ペティームだよ?」


 そういうものなのか。同じ矮人である高位冒険者のスーヤは他の仲間と同じぐらいの量を平気で食べ切っていたから、種族によって食べる量はそう変わらないと思っていたのだが、そういうわけでもないのだな。


 「んな連中とアタイを一緒にしないでおくれよ。連中とは体の作りが全然違うんだからさぁ」


 高位冒険者に限らず、身体能力が高い者達は自然と食べる量が多くなるらしい。

 理由は諸説あるが、体が身体能力に見合った栄養を求めている説と、身体能力が向上したことによって食事を行える許容量が増えたという説の2つが有力視されている。


 アクレイン王国でシェザンヌに教えた、人間は食べた物を魔力に変換する技術がまだ浸透していない。

 そのため、肉体が大量の食事を許容できるという後者を推したいところだ。


 食事を終えたら作業の再開だ。未完成の部品はまだまだある。エキシビジョンマッチに間に合わせるためにも、部品の製作は今日中に終わらせてしまおう。


 「次もこの時計をセットしておくね」

 「はいよ」


 短い返答と共にピリカが耳に何かを装着させている。耳全体を覆うような構造をしているため、防音用の装備なのだろう。

 声色にかなり余裕があるところを見るに、あの装備ならば時計の爆音でも問題無く遮れるのだろう。


 ピリカに音で時間が伝わらなくなってしまうが、そこは私が伝えれば問題無い。

 憂いもなくなったことだし、引き続き部品の製作だ。



 作業に集中していると、時間が経つのはあっという間である。夕食の時間は勿論、風呂の時間も作業をしていたらいつの間にか訪れていた。


 ピリカの集中具合も流石と言うべきだ。防音装置を装備したピリカは、真剣そのものと言った表情で作業を続けていた。

 うっかり見惚れてしまいかねないほどの、実に良い表情だったな。まさに職人の顔と言った表情だった。

 ああいった表情ができる者は、総じて良い物を作ってくれる。私が今まで出会った熟練の職人達と同じ表情だったからな。ピリカもその熟練の職人の1人だと言うことだ。


 さて、夕食はともかく風呂に問題があった。この家はピリカが生活しやすいように作られているため、風呂も当然ピリカ用である。そして、ピリカは人間の子供とそう身長が変わらない矮人だ。

 当然、風呂も彼女用に作られているため、大きさも彼女の体に合わせた大きさだ。

 何が言いたいかというと、つまるところ、浴槽が小さいのである。


 ピリカ自身、自分の風呂は小さいと愚痴をこぼしていたのだが、流石に私には小さすぎた。湯に浸かることすらできなかったのである。


 カンディーの風呂屋に顔を出すことも考えたが、そうなればたちまち私の訪問が知れ渡るだろう。

 ピリカはトーナメントのエキシビションマッチで私の存在をサプライズとして披露するつもりのようなので、今私がこの場にいると知られるのは拙いのだ。


 と言うわけで、私は少しズルをさせてもらった。『亜空部屋アナザールーム』である。

 この魔術を使用すれば、場所を問わずに快適な部屋や風呂を利用できるからな。

 ピリカには悪いが、私はリガロウと共に広い風呂を堪能させてもらった。


 そうそう、リガロウなのだが、この子も一緒にピリカの家で生活させてもらっている。尤も、リガロウの体では満足に行動がとれないので、とても窮屈な覆いをさせてしまっているのだが。


 意外だったのは、リガロウのピリカに対する反応だ。思いのほか好印象だったのだ。

 どうやらマギモデルがこの子の琴線に触れたようで、製作者であるピリカにも一定以上の敬意を払うようになったのだ。


 「アンタもマギモデルに興味があるのかい!?ニシシ…!やってみるか!?面白いぞ!?」

 「やる!姫様、使い方教えて下さい!」


 と言うことなので、私達がマギモデルの製作をしている間、リガロウには私のマギモデルで遊んでもらっていたのだ。


 これが思った以上に楽しかったようで、リガロウまでもが食事の時間を忘れてしまっていたのだ。


 マギモデルの操作に夢中になって遊んでいるリガロウが、本当に可愛かった。

 良し、決めた。この子用にもマギモデルを今度用意してあげよう。多分、この子がマギモデルで遊ぶ様子を"ドラゴンズホール"にいるドラゴン達やヴィルガレッドに見せたら、揃いも揃ってはしゃぎだすに違いない。

 ドラゴンズホールを走らせるだけで目一杯ちやほやされたのだ。あの連中にとってリガロウはアイドルのようなものである。今度"ドラゴンズホール"に行くことがあったら自慢してやろう。



 そんなこんなで翌日。マギモデルに使用する部品は昨日の内に作り終えたので、後はピリカが組み立てるだけである。

 と思ったのだが、今度は外装の加工を頼まれた。加工方法はピリカが既に紙に記入しているようだ。私にその紙を手渡しながら要求して来た。


 「今のままじゃ完成度が低いからね!本物そっくりにするためにも、頼んだよ!」


 本物そっくり、ね。だったら使用している素材も本物を使用してしまおうか?

 いや、止めておこう。どう考えても騒ぎの元だし、意地でも手に入れようとする者が現れかねない。

 それとも、完成したマギモデルは他者の手に渡らないように私に譲ってもらえるのだろうか?


 「ん?あったりまえじゃん!大体、完成したコイツを使いこなせるのは、アンタしかいないんじゃない?なにせ完成したら間違いなく最強のマギモデルになるからな!」


 そうかな…そうかも…。確かに、このマギモデルを即座に、しかも十全に扱える者は私以外にはいそうにない。

 しかし、だからと言って完成したマギモデルを譲ってくれるとは、ピリカも随分と気前がいい。


 「今、アタイの資金は潤沢と言って良いぐらい集まっててね!それも、外国の貴族に話をつけてくれたアンタのおかげなんだ!これぐらいは安いモンだよ!」

 「そういうことなら、遠慮なくもらうとしよう。ありがとう」

 「いいって!それより、完成したコイツでトーナメントに参加したヤツ等や試合を見に来た連中の度肝を抜いてやっておくれよ!」


 お安い御用だとも。目にするもの全員を私達で驚かせてやろう。私達は、互いに顔を合わせて意地の悪い笑みを浮かべることとなった。


 ただ、やはり外装の素材はピリカが用意した物を使用しよう。人間達の手で、技術で本物そっくりの外見を模れると、教えてやるのだ。


 「コレをお披露目したら、ますますピリカを崇める人達が増えるだろうね。知ってる?貴女、マギモデルに関わっている人から始祖だなんて呼ばれているよ?」

 「うげぇ…。あの連中、アンタにまでそんなことを…。まぁ、知ってるよ。アイツ等トーナメントのたびにアタイのこと始祖だ開祖だなんてもてはやすからね」


 なるほど、ピリカもなかなかに苦労しているようだ。多分、他にも同じような悩みを持っている者はいるのだろうなぁ…。


 ちなみに、私は別に気にならない。いや、以前はもてはやされたり大袈裟に畏まられたりすることに慣れていなかったが、今は違う。


 慣れてしまったというのもあるが、他にもある。私が人間達にしてきたこと、齎してきたことは、彼等から称賛を受けるに値する行動だったと。彼等の感情を読み取れる私には分かってしまうのだ。


 だから、私は遠慮せずに彼等の好意を受け取るし、称えられ、崇められることにも抵抗はない。私は、私のあるがままに振る舞うまでだ。


 だが、だからと言って私のような態度を他の称えられている者達にも勧めるつもりは無い。あくまでも私は動じないし受け入れているというだけの話だからな。


 話がそれたが今日もマギモデルの製作だ。


 今日中に完成させて、明日の早朝にはトーナメント開催地に移動できるようにしておこう。

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