第497話 ピリカの要望

 まずは双剣を用いた演武を行うようだ。

 腕だけでなく足や腰の動きも加えて剣を振るっている。中には尻尾を振った時の勢いを利用した動きもある。


 戦士長の動きは、人間に教わったような動きではない。おそらくだが、長い時間を掛けて彼等の種族間で受け継がれてきた動きなのだろう。


 5分ほどの双剣による演武を行った後がいよいよ本番だ。

 双剣を合体させ、両剣としてアンフィスバナエを振り始める。

 武器の形状故、両剣を回転させる動きが多いな。しかし回転させる斬撃だけでなく突きによる動きもしっかりと演武の中に組み込まれている。

 背後を取られた際の動作もあるな。大振りな武器の筈が、不思議と隙が無いように見えるのだから大したものだ。


 両剣形態から3分後。合体を解除して再び双剣にした後、自然な動作で双剣を鞭形態に変形させ、2本の蛇腹剣としてアンフィスバナエを振り回し始めた。

 先程の双剣時や両剣時の演武は、力強さを感じさせるキレのある動きだったが、今度はしなやかで流れるような動きをしている。


 アンフィスバナエを渡した当初は誤って自身の体を傷付けてしまうことが何度か見受けられたようだが、今の戦士長にその様子は見られない。

 動きに迷いがなく、2本の蛇腹剣を意のままに操っている。


 腕と手首の動きだけの動きから、今度は魔力を併用した動きに変化する。蛇腹剣が本来の物理法則ではありえない軌道を取り始めた。

 アンフィスバナエのワイヤーに、戦士長の魔力が行き届いているからこそできる動きだ。魔力の制御も申し分ない。


 全ての動きを魔力で操作しないところが、またあの蛇腹剣の動きを不確かなものにしている。あの攻撃を見切るには、並外れた動体視力に加え、魔力の流れを認識できる素質が必要になるだろうな。


 アンフィスバナエを蛇腹剣に変形させてから更に5分後、再び2本の剣を合体させる。ここから動きは更に複雑になっていった。

 片側を鞭形態、片側を曲剣状態にしての演武となる。前面に曲剣を向けた時と鞭形態の前面に向けた時の動きがある。

 どちらも正面に相手を見据えながら周囲にも対応できるような動きだった。


 アンフィスバナエは合体させた時に片側だけしか鞭形態にできないわけではない。当然、合体させた状態で両側とも鞭形態にできるのだ。

 再度の合体から3分。戦士長が両側を鞭形態に変形させた。


 自身の体とアンフィスバナエを回転させて、戦士長は様々な方向へと鞭形態の刃を振り回すが、刃は決して地面には接触しない。魔力操作によって地面との接触を避けているのだ。

 地面に接触させないために動かす方向も様々だな。だが、どの動きも自分の周囲を纏わせるような動きを取らせている。


 そろそろ仕上げに入るようだ。

 両足を肩幅に開き、腰を若干落とし、アンフィスバナエを頭上に掲げ出した。


 「ぃいやぁあああああ!!!」


 激しく柄を回転させ、竜巻が発生すると錯覚するほどの勢いで鞭形態が戦士長の周囲を暴れまわる。

 ただ回転させるだけではないな。ワイヤーに魔力を通し、鞭形態の刃を上下に激しく動かしている。

 更にアンフィスバナエの刀身にも魔力が行き渡り、一振りごとに刃から冷たい風が発生している。

 風の温度は徐々に下がり続け、次第に空気中の水分が凍りつき光を反射し始めた。


 回転の勢いが最高潮に達した後、戦士長は両剣状態のアンフィスバナエを三度分離させた。その刀身は、氷の刃を纏っていた。


 「せいやぁあ!!!」


 空に向け、双剣を力強く振り払うと、刀身が纏っていた氷の刃が霧散しながら空へ飛んで行く。

 霧散した氷の刃が完全に消失したところで、戦士長はアンフィスバナエを合体させ、姿勢を正して私の方へ体を向けて深く礼をした。


 演武はここで終了らしい。若い女性の蜥蜴人リザードマン達が、一斉に拍手を送ると共に黄色い悲鳴を上げている。尤も、拍手は女性だけでなく他の蜥蜴人達も送っているが。


 見事なものだった。流石、と言うべきだろうな。戦士長の実力は、人類最強と言われていたマクシミリアン=カークスよりも上なのだ。

 騎士以上に優れた演武を行えるだけの技量があったとしても、何もおかしいことではないのだ。


 私が戦士長へと近づいていくと、彼は頭を下げた姿勢からそのまま跪きだした。


 「良い物を見せてもらったよ。貴方にアンフィスバナエを贈ったこと、間違いではなかったようだね」

 「お褒めの言葉をいただき、恐悦至極に御座います!今後も一層、精進し続ける所存です!」

 「うん、頑張ると良い。期待しているよ、グラナイド」


 昨日の晩に考えておいた戦士長の名を彼に告げると、彼だけでなく周囲の蜥蜴人達までもが驚愕に身を固めてしまった。


 分かっていたことではあるが、やはりいきなり名前を告げると、名付けられた相手は驚いてしまうようだ。


 「君の名前だ。その価値があると判断して名付けさせてもらったよ。不服かな?」

 「っ!?め、滅相もございません!ノア様から直に名前を付けていただけるとは、夢にも思っておりませんでした…!」


 家の子達でさえ似たような反応をするからな。グラナイドも同じような反応をするとは思っていた。

 名前に関しては、彼も素直に受け入れてくれたようだ。名前を付けてもらったことに対して、リガロウもとても喜んでいる。


 リガロウがグラナイドの傍まで駆け寄り、彼に祝福の言葉を贈っている。


 「良かったな!これからもよろしくな!グラナイド!」

 「ありがとうございます、リガロウ様。今後ともよろしくお願いいたします」


 グラナイドもリガロウに対しては敬語で話すらしい。しかし、彼はこの子に敬意を払うと同時に、強い友情も抱いているようだ。

 今後も、彼等は良好な関係を築いて行けるだろう。是非とも、この子の良きライバルであり、兄であり、友となってくれ。


 さて、この集落での用事も終えたことだし、そろそろこの大陸の未訪問の諸国を見て回るとしよう。

 リガロウに跨り、グラナイド達に別れを告げる。


 「それじゃあ、そろそろ行ってくるよ」

 「ハッ!ノア様の旅路に、幸多くあることを願います!」

 「みんなまたなーっ!」


 リガロウも蜥蜴人達に別れを告げ、上空へと駆け上がる。ある程度上昇したところで、転移魔術を発動させて移動しよう。




 時間は流れて兎の月の6日。ティゼム王国で開催されるマギバトルトーナメントを見るために、私はピリカの店の前にいる。

 特に周りに知らせるつもりもないので、転移魔術で店の前に現れている。

 彼女の店は非常に入り組んだ場所にあるので、周囲から私達の姿が見られるようなことはない。


 未訪問の国への観光は、可能な限り手軽に済ませた。

 見どころが無いわけではないのだが、今まで訪問した国と比べれば、小規模だったという事実もあるが、それ以外にピリカとの約束に間に合わせるためだ。


 以前手紙を送った際に私のミスで約束を違えてしまったため、彼女を怒らせてしまったからな。

 同じミスをしないよう、彼女に予定通り会うことを優先させたのだ。


 訪問した各国の対応者は、私になるべく長い時間自分の国に滞在して欲しかったようだが、優先したいことがあると伝えると素直に引き下がってくれた。

 その際にあまり怯えられていなかったので、私の力に対してではなく、私の立場を汲み取って引き下がってくれたのだろう。つくづくいい身分になったものである。


 大抵の国には一日も満たずに移動をしていたのだが、ホーカーが住まうピジラットや、アクレイン王国で口にしたヨーカンなる茶菓子を製造している国には、1日滞在させてもらった。


 ピジラットでは、ホーカーやその伴侶であるキーコからとても畏まられたりもしたが、特に騒ぎになるようなことはなかった。

 何より嬉しかったのは、ピジラットで世話をされている小鳥のプリース達に触れられたことだ。

 猫喫茶の時のように、猫達に怯えられてプリーズ達と触れ合うことができないかもしれないと危惧していた私にとってあの経験は、嬉しさのあまり気を失いかけるほどの衝撃だった。


 美しい光沢を放つ緑、黄、赤、青といった複数の色の羽毛がバランスよく生えている、全長15㎝にも満たない本当に小さな、それでいてとても可愛らしい鳥だ。


 大人しい鳥かと思えば好奇心旺盛で、知能も高い。魔力を抑えていたとはいえ、私が近づいても一切逃げようとしなかったのだ。


 それどころか、向こうからこちらに近づいて来て私の肩や手に乗ってくれたのだ。

 あまりの衝撃で固まっていると、つぶらな瞳でこちらを見て小さく首をかしげる様など、そのまま叫んで気絶してしまうかと思ったほどだった。叫ばなかったけど。

 私が感情に任せて叫んだら大参事になることなど、分かり切っているからな。そこは必死になって抑えた。


 すっかりプリースの可愛らしさに魅了された私は、一日中プリースの傍で過ごしていた。時間を忘れ、午前中に訪れた筈なのにいつの間にか周囲が暗くなっていたのはいい思い出だ。


 ヨーカン、正確には羊羹を製造している国、ヤマタイは、羊羹以外にも豆をペースト状にした餡子と呼ばれる具材によって様々な菓子を生産していた。この餡子と言う具材、千尋の資料にも載っていたのだ。


 無論、餡子の製法だけでなく、餡子を利用した菓子のレシピも載っていた。

 餡子を作るための豆が今まで手に入らなかったので、作ることも食べることもできなかったが、遂に材料である豆、小豆を購入できた。


 勿論、販売されている菓子も一通り購入させてもらった。

 どの菓子も使用されている餡子が同じため味にそれほど差は無かったが、控えめな甘さと滑らかな舌触りが私は気に入った。


 そしてヤマタイでは緑茶の茶葉も販売していたのが非常に嬉しかった。

 残念なことに、家の広場ではチャノキの栽培は実現できていない。苗を手に入れていないからな。

 そもそも、茶葉を用意するには複数の工程を踏む必要があるので、広場で栽培できたとしても茶葉を用意するのが手間なのである。

 それならば、人間達の国で予め茶葉を大量に購入して、茶葉が無くなった頃を目安に遊びに行けばいいのではないかと私は考えたのだ。


 そんなわけで、当然のように茶菓子と共に緑茶の茶葉も常識の範囲で大量に購入させてもらった。

 やはり、販売元と言うのは良い。問題が無い限りはほぼ確実に求めた商品が手に入るのだから。そして私ならば大抵の問題は解決できるのだ。欲しいものを手に入れるためならば、多少本気を出すことも辞さないつもりだ。


 まったく良い旅行だった。と、言いたいところだが、まだ終わりではない。むしろ、ここからが本番と言って良いだろう。


 ピリカの店の扉を開くと、彼女と初めて会った時の格好、つまり空想の魔女の格好をしたピリカに迎え入れられた。


 「イィ~ッヒッヒッヒ!アンタが来るのを待ってたよぉ~!」

 「久しぶりだね、ピリカ。手紙は読んでくれたみたいだね」


 今回は約束通りの時間に訪問したからか、ピリカも上機嫌だ。余程私がこうして訪ねてくるのを心待ちにしていたのだろう。体から喜びの感情が溢れ出ている。


 「モチロンさ!アンタがマギバトルトーナメントを見に行きたいって知らせてくれた時は、1日中小躍りしてたくらいだよ!」


 楽しそうにそう語るピリカからは、なにやら企み事の気配を感じる。それも、私に何かをするのではなく、私に何かをさせる類の企みだ。


 「開催地には、何時頃に行くのかな?」

 「そうだねぇ…。普段なら移動も兼ねて今日にでも移動したいところだけど、アンタがいるならもちっとゆっくりしてられるだろうからね!明後日に移動しよう!ついでだから、ちょっと手伝っておくれよ!」


 何やら新作のマギモデルを製作中らしい。ピリカが私に手伝いを要求するような作品なのだ。おそらく以前2人で作成したマギモデルよりも高性能だろう。


 「そう言えば、あの2体はどうなったの?ちゃんと売れた?」

 「ああ、アレね。売れた売れた!どっちもアンタがこの国を出たその日に売れちゃったよ!みんなアンタがアタイとここで何かしてたのは知ってたからね!アンタが国をっていうかこの街を出た直後に、こぞって金持ち貴族が押し寄せてきたさ!」


 そしてマクシミリアンとグリューナのマギモデルを見て即座に購入したらしい。

 マクシミリアンモデルは金貨2000枚、グリューネモデルは金貨1500枚で売れたそうだ。ちなみに、どちらも違う貴族が購入している。


 ピリカとしてはどちらも金貨1000枚で販売するつもりだったらしいのだが、購入を決めた貴族が出すと言って聞かなかったそうだ。


 ただ、ピリカ製のマギモデルは性能が違い過ぎてマギバトルトーナメントに参加させることができなかった筈だ。その辺り、購入した貴族達は分かっているのだろうか?


 「そりゃ承知の上だとも!そもそも、トーナメントに参加する連中の技量は相当なモンだからね!例えアタイの作ったマギモデルを使っても、あのマギモデルを買ってったヤツ等にゃ勝てっこないよ!」


 ほう。圧倒的な性能差を覆すほどの魔力操作能力を持っていると言うことか。実に興味深いな。

 許されるのなら、是非とも対戦してみたいところだが、やはり飛び入りでの参加は不可能だろうな。


 そう思って少し気を落としていると、ピリカから意外な提案を持ち出された。


 「なぁ…アンタに頼みがあるんだけどさぁ…」

 「ん?何?手伝い意外に、何かして欲しいことがあるの?」

 「ああ!アンタにさ、今回のトーナメントのエキシビションマッチの選手になって欲しいんだ!」


 それはつまり、ピリカのマギモデルを用いて、トーナメントの優勝者と対戦できると言うことか?


 「うん!今作ってるマギモデルをアンタに使って欲しくってさ!みんな絶っっっっっ対に驚くぞ!?」


 なにやら特大のイタズラをトーナメントの関係者に仕掛けるらしい。


 そんな提案、断る理由などある訳ないじゃないか!

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