第252話 いざ観光!の前に
日が変わって早朝。私は普段騎士が待機している役場へと足を運んだ。
オスカーと合流するためでもあり、タスクと会話をするためでもある。
昨日オスカーと別れる際に、早朝話がしたいと伝言を頼んでおいたのだ。
勿論、そんな事をせずとも『通話』を使用してしまえば話はもっと早くて済むのだが、『広域探知』で居場所を把握している以上、そこまでする必要は無いと判断したからだ。
了承してくれれば、顔を出した際にタスクがいる執務室まで案内してもらう事になっている。
オスカーはきちんとタスクに話を通して、了承をしてもらったようだ。すぐさまタスクが事務作業を行っている執務室へと案内してくれた。
「これはノア様、おはようございます。昨晩は良くお休みになられましたか?」
「ああ、問題無いよ。とりあえず、この街に風呂屋があったのは助かったよ」
「海に面した街ですからね。天気によっては、いつの間にか潮風で体がべたついてしまうんですよ。『
そう。有り難い事にこの街には風呂屋があったのだ。
タスクの言う通り、潮風に当たっていると潮風に含まれた塩分が皮膚や髪に纏わり付きべたついて来るようなのだ。
私は午後の間はモーダンにいなかったので体がべたつく事は無かったが、きっと何も対策をしていなかったら体がべたついて不愉快な思いをしていただろう。
風呂屋を訪れた際に親切な利用客に教えてもらったのだ。今日からは極薄の防護幕を全身に発生させて体がべたつくのを防ぐ所存である。
とにかく、風呂を堪能して昨日はぐっすりと休む事が出来たというわけだな。
さて、早いところこの街の観光を行いたい事だし、話を進めさせてもらおう。
「それでタスク、オスカーの事、詳しく教えてもらって良いかな?あの子、普通では無いのだろう?」
「ええ、そうですね。正式な騎士として任命されてはいますが、街の中でソレを知る人は極僅かでしたよ」
「それにはやっぱり理由が?」
オスカーはその実力に反して街の者達からの知名度は全くと言っていいほどない。
夕食を終えた後に冒険者ギルドへと足を運んだ際もあろうことか騎士に憧れる街の子供に思われてしまったほどである。
この状態で私をオスカーが案内したとしても、街の人々が困惑するだけだと思う。
だが、私もタスクに記者に説明するように伝えていたし、彼もそのつもりだったようで、新聞にはオスカーの事が記載されていた。
記事にはタスクが3年前から目に掛けて今日まで手塩にかけて育てた秘蔵の部下、と紹介されていた。
一面記事にオスカーの顔写真が大きく張り出されているので、嫌でも人々の目に付く事になるだろう。
新聞を読まない者も当然いるだろうが、そういった者がオスカーに疑問を抱いたとしてもすぐに周りから説明を受ける事になる。
では、何故今までオスカーの事を秘匿していたのだろうか?
「それほど大した理由では無いのですが…基本的に正式に騎士として認められるのは、騎士になれるのは15才からなのです。ですが、何事にも例外はあります」
「高位の騎士の弟子になるとか、そんな感じ?」
「ええ。正しく。大騎士や宝騎士と言った高位の騎士は、類稀なる才を持つ者を引き取り、個別に指導することが出来ます。そして実力に見合った階級を渡す事も」
「ただし正式なものでは無い」
「はい。まぁ、見習いのようなものですね。仕事を任せることは出来ませんが、助手として手伝いをしてもらう事は出来るのです」
となると、討伐任務などに連れて行き魔物との戦闘経験を積ませる事も可能、という事か。それに、間近で自分の仕事を見せて手本を見せるという意味合いもあるのだろう。
自分の働きを参考にさせる分、責任も重そうだな。
つまり、オスカーは正真正銘タスクの弟子という事だな。
そして最近ようやく15才になったため、晴れて正式に騎士として任命できたというわけだ。タスクとしても、オスカーの事を知らしめる機会を探していたのかもしれないな。
私の案内をさせるというのは、タスクとしても渡りに船だったのかもしれない。
「いや、白状してしまいますと、ノア様から別の者に案内をして欲しいと言われた時は非常に有り難く感じたのです」
「オスカーのお披露目にはこれ以上ない役目だった、という事だね?」
「はい。ノア様。もてなすという立場の私がこのような事を言うべきでは無いのですが、どうかオスカーの事、よろしくしてあげて下さい」
なるほど。街の案内はさせるが、少し愛弟子の面倒を見てやって欲しい、と言ったところか。
愛弟子のお披露目にうってつけの上、成長にもつながる。タスクめ、思ったよりも強かじゃないか。
まぁ、断る理由は無いな。私はオスカーの事を既に少し気に入っているのだ。
成長が楽しみなのである。将来的に、シャーリィの好敵手になったりするかもしれないからな。
あの子はグリューナの元で今もメキメキと実力を身に付けているだろうし、あっという間に実力差を埋めてしまうだろう。
騎士間で交流会のようなものがあれば、是非とも互いに会わせてあげたいものだ。いい刺激になるだろうからな。
「いいよ。とは言え、あの年代の少年と接するのは初めてでね。色々と手さぐりになると思う」
「ははは…どうか、お手柔らかに…」
昨日のオスカーの反応からして、下手をすると私に恋愛感情を抱いてしまう可能性がまったく無いとは言い切れないからな。
変に意識させないよう、自分の行動や発言には気を付けるとしよう。
「それで?3年前からあの子の事を見ていたそうだけど、何か特別な生まれだったりするの?」
「ええ…まぁ、あの子は、遠征先で保護した孤児なんです」
「遠征先?」
「はい。強力な魔物が出現したという報告を受けたので、その討伐に出向いたところ、あの子に出会いました」
ふむ。冒険者達では手に負えないような相手、しかも急を要するような魔物が出現してしまったのだろうな。だとすると、オスカーは故郷を失った事になるのか。
「あの子を弟子にとった理由、才能を見出したのは、その時?」
「ええ。魔物は確かに強力な力を持っていたのですが、驚いた事に、件の魔物は既に手負いの状態でした」
「それを、あの子がやった、と?」
「ええ…。尤も、あの子は意識を失っていたので、覚えていなかったそうですが」
あー…。強力な力を放置しておくのは問題の種だからな。才能を見出したのも確かなのだろうが、それをしっかりと制御させるのも目的か。
しかし、孤児か…。12才なら物心もついているだろうし、さぞつらい思いをしたんだろうな…。
ん?そういえば、オスカーにはファミリーネームがあったな。確か、ミワ、と言ったか。
家族の事、忘れているとは思えないし、それなりに裕福な家柄だったのか?
「あぁ、いえ、オスカー自身は普通の村人の出身です。ただ、騎士にさせる以上、身元をハッキリとさせる必要がありまして、是非ともあの子を養子に迎えたいとミワ男爵から要望がありまして…」
「そのミワ男爵というのは?」
「オスカーの故郷の領主です。滅びてしまった村の唯一の生き残りが類稀なる才能の持ち主に加え、子宝に恵まれなかったミワ男爵にとってはこれ以上ないほどの機会だったのでしょうね。男爵の人柄も信用の出来る物でしたから、私としても反対する理由はありませんでした」
そういう事か。となると、貴族としての地位も約束されている以上、余計に将来的にオスカーは人気が出るだろうな。タスクと同様、苦労しそうだ。
「大体事情は分かったよ。それじゃあ、そろそろ街を見て回ってくるよ。態々対応してくれてありがとう」
「いえ、これも私の務めですから」
挨拶を済ませ、部屋を後にすると、外でオスカーが待機していた。準備はできている、という事だな。それなら、早速行こうか。
といきたいところだが、その前に立ち寄る場所がある。
「昨日図書館から本の複製依頼を受けたから、先にそれを終わらせておくよ。悪いけど、ついて来てもらっていいかな?」
「勿論です!図書館までご案内いたします!」
昨日ほどではないとはいえ、やはりまだ緊張しているな。
相手がオリヴィエだったら優しく抱きしめて頭を撫でてあげればそれで緊張はほぐれると思うのだが、生憎とオスカーは少年。男子である。
オリヴィエからも散々注意された事だし、彼女と同じ方法で落ち着かせようとしたら逆効果なのは考えるまでもない。少しずつ打ち解けていくしかないだろうな。
昨日の訓練場でのやり取りでは比較的自然と会話が出来ていたし、今後は短い時間で良いから彼に稽古をつけてみるか。
タスクからも面倒を見て欲しいと言われた事だし、文句はない筈だ。
それでは、図書館からの依頼を手早く終わらせてしまおうか!
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