第251話 将来有望な少年騎士

 知りたい情報は得られた。私達にとっての明確な敵の正体もつかめた。

 後は排除するだけなのだが、その排除が難しいのだろうな。


 なにせ相手は異世界からの侵略者だ。排除するには私自身が異世界を自在に渡る手段を得る必要がある。


 魔法でどうにかできないか考えてはいるが、少し無理がありそうだ。

 それは、私が異なる次元というものをよく理解できていないからだと思う。


 そもそも、この世界の事も満足に私は理解できていないのだ。その状態で異なる次元の事を理解しようとしても無理があるだろう。


 先ずはこの世界の事を、この星の事を良く知ろう。

 そして"魔獣の牙"と同等の組織、"女神の剣"を一通り排除していこう。あの組織は一つでも残しておくとこの世界を滅ぼしかねない。迅速に見つけて、見つけ次第今回のように全員集まったところで逃げ場を封じて排除だ。


 随分と長い事この世界に干渉していないようだが、流石に自分の手駒がすべて無くなってしまえば行動を起こさずにはいられないだろう。


 干渉しない理由がこの世界を諦めたから、というのであれば良いのだが、その可能性は極めて低いと考えられる。

 アグレイシアは表面上は慈愛の女神を演じていたが、その内心では語り掛けていた相手を心底見下していたからな。

 此方の世界そのものを見下している可能性すらある。アレは不利を感じて手を引く、という事を考えない気がするな。


 『…随分と傲慢な者がいたものだね。この星は広い。例え異世界から訪れようとも、共に暮らそうとしてくれるのなら、受け入れる事も考えるのだがね』

 『そもそも僕等も外から来た身だからね!』

 『最初っから今ここで生きてる連中を全否定ってのは、気に食ねぇよなぁ!』

 『アイツ、嫌い…』


 ここに集まった神々もアグレイシアに対して否定的、というよりも敵対心をむき出しにしているな。私と同様、彼等もアレを侵略者と判断したらしい。


 『とは言え、現状私達では奴に対抗する手段がない。私達も異なる次元に干渉する手段は持っていないからね』

 『ノアちゃん、ノアちゃんはどう?異次元に干渉とかできそう?』

 『残念だけど、今の私には出来そうにないよ。異なる次元に干渉する前に、私はこの世界の事をよく理解する必要があると思ってる』

 『ま、生まれたてのノアに頼りきりにすんのは、流石に神として情けなすぎるわな!俺達も色々と試してみねぇとなぁ!ガハハハハッ!』


 陽気なものである。まぁ、アグレイシアがこの世界に干渉して来てから既に4千年ほどだ。そこから干渉して来た形跡が今のところ見られない以上、向こうもそう簡単にこちらには干渉できないのかもしれないな。


 『とにかく、私は引き続き"女神の剣"を探し出して排除していこうと思うよ』

 『済まないね。それに関しては現状、貴女に頼り切るしかないようだ』

 『ノア、ありがとう…。寵愛、欲しかったら何時でも言って』


 感謝の気持ちはありがたく受け取るが、寵愛はいらない。

 ただでさえキュピレキュピヌから寵愛を得て大騒ぎになっているのだから、これ以上寵愛を受け取ったらどんなことになるのか分かったものじゃない。


 『気が早いぜ、ロマハよぉ!そのうちノアは俺達全員と友諠を結ぶ事になるんだからよ、そん時まで待ってな!』

 『むぅ…。キュピィと駄龍はずるい…』

 『ルグはともかく、僕はいいじゃんかよ。僕はルールにのっとってノアちゃんに寵愛を与えただけなんだぜ?』


 なんだかやたら神々から好かれてしまっているが、気にしないようにしておこう。

 こうして神々が集まって会話をする事も滅多にない事だし、ダンタラやズウノシャディオンは私に寵愛を与えた場合、どのような影響を与えるか理解しているだろうからな。この2柱から寵愛を受け取る事は無いだろう。


 そしてそんなズウノシャディオンから釘を刺されれば、ロマハも私に寵愛を渡すようなことも無いだろう。


 以前馬車で移動していた時もルグナツァリオやダンタラと話をしていたが、私は自分の正体を世界中に公表したら、神々全員と友諠を結ぶつもりでいる。


 そうなれば、彼等とも好きな時に会話が出来るようになるだろうし、ロマハも不満は無い筈だ。


 『とにかく、やるべき事は決まったんだ。今はこの星の事をより知るためにも、色々な場所に足を運んでみるよ』

 『そうだね。そうして存分にこの世界を楽しむと良い』

 『後は、異なる次元について理解を深めたいのなら、異世界人と話をしてみるのも良いかもだね!ノアちゃんが知ってる奴以外にも、異世界人ってこの星で生きてたりしてるから!』


 それは朗報だな。もし会う事があったら、是非話を聞かせてもらうとしよう。

 彼等はこの世界にくる際に強力な魔力を得るらしいからな。どうしても一般人よりも目立つのだ。見つけるのはそう難しくないだろう。


 話もまとまり、ひとまずの目的も達成した事だし、そろそろアクレイン王国のモーダンへと戻るとしよう。ここから先は存分に観光を楽しむのだ。

 時刻も午後4時30分過ぎと、それほど悪くない時間だ。タスクも私の案内人を用意し終わっているかもしれない。



 モーダンから少し離れた場所まで転移で移動してから宿泊先まで戻る。

 私が部屋でのんびりと読書をしながら寛いでいると、宿の主人から一人の騎士が私に会いに来たと連絡が入った。


 私が街に戻ってきた事が街中に広まったからなのか、それなりの魔力を持った者が宿泊している宿に訪れて来ていたのだ。おそらく、タスクが用意してくれた案内人だろう。


 宿の主人に呼ばれてロビーまで行けば、非常に若い庸人ヒュムスの男性、というか少年がそこにはいた。

 緊張した面持ちで姿勢を正し、直立不動の姿勢のまま、自己紹介をしだした。


 「タ、タスク様よりノア様の観光案内をさせていただく!二等騎士のオスカー=ミワです!よ、よよ、ヨロシク、お願いします!!」

 「ノアだよ。よろしく頼むね」

 「は!ハイ!光栄です!!」


 タスクめ。とんでもない子を連れて来たな。

 彼の年齢は15才。少年と言っていい年齢だ。本来ならばようやく冒険者なり兵士なりになるなどして、独り立ちし始める年齢だ。

 それが既に二等騎士という事は、ずば抜けた才能を持ちながら、既に結構な経験を積んでいるという事になる。


 緊張したままのオスカーには悪いが、宿の主人に彼の評判をこっそりと聞いてみる事にした。


 「ちょっと聞きたいのだけれど、この子、この街で有名な子だったりする?」

 「え?い、いえ。特には…。まさか、これほど若い、いや、幼いとすらいえる少年が既に二等騎士になっていてこの街に在中していただなんて、恥ずかしながら知りませんでした…」


 だとすると、あまり周囲から嫉妬の感情を向けられる事も無さそうだな。後でタスクには事情聴取をするとして、まずはオスカーだ。


 宿の主人も言っていたように非常に若い。そして全体的に幼い。

 タスク同様年齢よりも幼い顔立ちに加えて、身長も同年代と比べて低い。身長は160㎝程度だ。私よりも低い。


 正直、外見年齢で言えば12、3才に見えてしまう。今は騎士の身なりをしているため問題無いが、私服の姿で案内をされていたら、普通に街の子供に案内をされていると言われても納得されてしまうだろう。

 それが狙いなのだろうか?後でタスクに聞いてみよう。


 さて、自己紹介をしてくれて気合もやる気もバッチリなのはいいのだが、生憎と現在時刻は午後5時過ぎである。

 夕食の時間までは微妙に空いていて、それでいて街を回るには時間が足りない。この時間をどう埋めようか。


 まぁ、とりあえず1週間の付き合いになるんだ。オスカーの事を知っておくのも悪くないか。


 「食堂の席はもう使ってもいいかな?」

 「ええ、問題ありません。どうぞ、ご自由に」

 「それじゃあオスカー、夕食の時間まで貴方の事を聞かせてもらって良いかな?」

 「は、はい!」


 緊張してしまって上手く喋れないでいるな。食事までにこの緊張を少しでも解せればいいのだが…。



 結局、食事の時間になり、食事が運ばれてきてもオスカーの緊張は解せなかった。むしろ、もっと緊張してしまったように見える。というかしている。


 オスカーについても、緊張してしまって上手く言葉が出せず碌に話を聞く事が出来なかった。


 「緊張するな、と言っても無理なんだろうね…」

 「モ、ももも、もう、申し訳…」

 「いいよ。今は食事を楽しもう」

 「は、はぃ……」


 いかんな。上手く会話が出来なくてかなり落ち込んでしまっている。案内してもらう以上、ある程度親しくなっておかないと碌に観光を楽しめなくなってしまうし、この子の騎士としての信用にも関わってきてしまう。


 何かいい案は無い者だろうか…。


 「オスカー、食後の後、軽く運動をしない?」

 「う、運動、ですか…?」


 こうなったら、多少強引になろうとも、この子の本領を発揮させた方が良いのかもしれない。

 この子の実力を確かめるためにも、少し稽古をつけるとしよう。


 「うん。貴方にこの街を案内してもらう以上、貴方の事を良く知っておきたいからね。まずは、二等騎士としての実力を見せて欲しい。タスクは貴方の事を将来有望な部下と言っていたからね。確かめておきたいんだ」

 「タ、タスク様が僕、じゃなくて!私の事をそんな風に…」

 「タスクも騎士としては非常に若いけれど、それでも多くの人達から宝騎士と認められる時の人だ。そんなタスクが認めているんだ。興味がある」

 「は、はひっ!?」


 っと、今の言い方は少し拙かったか。確か恋慕的な意味で好意を持っていると勘繰られる時があるんだったな。

 まったく、人間というのは本当に面倒だな。あれこれと邪推せずにストレートに言葉を受け取れないものなのか。


 まぁ、長年にわたって様々な会話のやり取りがあったからこそ、今みたいなことになったのだろうな。

 文句を言いたいところだが、それが人間だというのなら受け入れよう。感情を読み取れる私ならさして問題無いだろうしな。


 冒険者ギルドの訓練場でも貸してもらうとしよう。

 オスカーが騎士ならば騎士が訓練に使用している場所を使わしてくれるかもしれないが、折角だから手ごろな依頼が無いかも確認しておこうと思ったのだ。

 ついでだから、簡単な依頼でもあれば引き受けるのも良いかもしれないしな。それが街の中で済ませられる内容なら、オスカーにも協力してもらおう。私に対する緊張をほぐすのに役立つかもしれない。

 まぁ、"上級ベテラン"で受けられる依頼で街の中で済ませられる依頼があればの話だが。


 「落ち着いて。直接貴方と戦闘をするつもりは無いから。私は召喚術も使えるから、召喚した魔物と戦っているところを見せて欲しいんだ」

 「わ、分かりました…!が、頑張ります!」


 少しは緊張をほぐせただろうか?そうだとしたなら、食事を終わらせて冒険者ギルドに向かうとしよう。



 食事を終え、冒険者ギルドに到着したら、オスカーには先に訓練場まで向かってもらい、私は手ごろな依頼が無いか受付に確認をした。

 今回は早朝と言える時間に街に到着したからな。早ければ指名依頼が発注されていてもおかしくないのだ。


 「あ~…図書館から書物の複製依頼が来ていますね。誰も彼もがノア様が読書を好み、多くの本を複製している事を知っていますからねぇ…」

 「みたいだね。その通りだから、特に気にはしていないよ。すぐに済む事だしね。今日はちょっと用事があるから、明日向かわせてもらうよ」

 「承知しました。では、受注手続きを済ませておきますね」


 他にはめぼしい依頼は無いようだ。では、私も訓練場へ向かい、図書館の指名依頼を受けた事をオスカーに伝えておこう。



 2時間ほど魔物を召喚し続けてオスカーの実力を見せてもらったが、大したものと言わざるを得ないな。

 いくつかオスカーの動きに改善点があったので、指摘して修正させたのだが、理解が早く、瞬く間に自分の動きを修正してしまった。


 私が知るこの子と同年代の人間達は皆、"初級ルーキー"冒険者。上澄みでも"中級インター"冒険者だった。

 オスカーの実力は"二つ星ツインスター"相当だ。人間達からすれば文句無しの天才である。現状の実力ならば、シャーリィすら上回る実力を持っている。


 尤も、成長速度で言えばシャーリィの方が上だな。シャーリィとオスカーの差は、偏に経験の差である。

 オスカーは、幼少の頃から多くの戦闘を経験してきたのではないだろうか?


 タスクならその辺りの事を知っていそうだな。明日にでも事情聴取として聞かせてもらうとしよう。


 「その若さで大したものだね。経験も十分あるみたいだし。騎士になってからそれなりに時間が経っているの?」

 「はい。3年前にタスク様に目を掛けてもらってからは、色々な事を指導してもらいました」


 3年前となると、タスクは20才になっていないかもしれない年齢だな。その頃から彼はかなりの地位にいた、という事だろうか?


 「その頃にはもう、タスクは宝騎士だったりしたのかな?」

 「あ、いえ、タスク様が宝騎士になったのは今年に入ってからです。実力的には確かに3年前の時点で既に宝騎士に相応しいと判断されていたのですが、任期の問題でまだ大騎士だったんです」


 どちらにせよ、タスクも幼いころから騎士として活躍し、最速で階級を上げてきていたらしい。本当に大したものだ。人気が出るのも当然だな。


 そして、このまま順当に成長していけば、間違いなくオスカーも最速で宝騎士になりそうだ。

 それは即ち、この子もまた、女性から人気が出そう、という事である。

 将来苦労しそうだが、頑張って欲しい。


 さて、良い具合に緊張も解せたことだし、今日のところは解散で良いだろう。

 明日からはいよいよ本格的にモーダン観光開始だ。


 ひとまずの憂いも断った事だし、存分に楽しませてもらおう!

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