第250話 侵略者

 尻尾の長さを戻し、鰭剣にカバーをはめ込む。周囲を見渡し、生存者がいない事も確認しておく。勿論、目視だけではなく『広域ウィディア探知サーチェクション』と『モスダンの魔法』を用いてだ。


 周囲は静かになったし、人間の気配は感じられないが、それでも古代遺物アーティファクトという存在は私の予想を上回る結果を引き起こす可能性を持っている。


 例えば、肉体から精神や魂を切り離してこの場をやり過ごす、などと言う事も古代遺物ならば可能かもしれない。

 尤も、鰭剣による斬撃を加えている最中は切り付けた瞬間にのみ私の魔力を切り付けた対象に瞬間的かつ大量に送り込んだため、意識が吹き飛んでいるので、大丈夫だとは思うが。


 それでも念には念を入れる必要がある。こういった手合いは一度逃してしまうと後々になって非常に厄介な事になるからだ。小説で何度も読んだ。


 ………良し。"魔獣の牙"の構成員は、計画通り一人残らず排除できたようだ。魂の残滓すら残っていない。これで少しは気が楽になったというものだ。


 だが、完全に終わったわけでは無い。

 何故ならば、世界を滅ぼそうとする反社会組織は"魔獣の牙"だけでは無いからだ。私が壊滅させたのは、この世界の敵のほんの一部でしかないのだ。


 そして、私はまだここからモーダンへと帰る事はできない。私の目的はまだ半分しか終わっていないからだ。


 私の目的。"魔獣の牙"の殲滅は勿論、連中が何故世界を滅ぼそうとするのか。私がここまで来たのは、その答えを探るためでもある。


 幹部の手記などが都合よくあればよいのだが、秘密組織の構成員がそんなものを所持しているとは到底思えない。

 やはり、ここは『真理の眼』に頼る事になるだろうな。


 この拠点の過去を遡り、"魔獣の牙"の始まりを探るのだ。



 ………随分と、長い事遡る事になるな。既に時間は5千年前まで遡っている。

 流石に魔力消費量が尋常では無いので、ルグナツァリオに頼んでヨームズオームの時のように私の存在を隠蔽してもらい、魔力色数を七色にして魔法を使用している。


 七色の魔力を使用した際の効率は凄まじく、僅かな魔力の消費で膨大な過去の映像を視聴できるようになった。


 私が求めた過去の映像は今から5217年前。一人の異世界人から始まった。

 何もない平原に突如、私が見て来た人間達とはまるで違った服装をした、10代の庸人ヒュムスの少年によく似た特徴を持った人間が姿を現した。


 ≪ここが女神様が言ってた異世界かぁ…。チートスキルをもらったのはいいけど、面倒な事はしたくねぇんだよなぁ…≫


 何とも気だるげというか、無気力感を醸し出す少年である。口に出しているわけでは無いが、とにかく楽な生活を送りたい。そんな感情が体中から溢れ出ている。


 それにしても女神、とな。あの異世界人の言い分だと、女神にこの世界に連れて来られたようだが、だとすると連れてきたのはダンタラか、それともロマハか?

 ダンタラは休眠中で確認が取れない。だがロマハなら確認出来そうだな。聞いてみるか。


 『私じゃない。後、ダンタラでもない。っていうか、こんな奴いたっけ?』


 ロマハが知らないってどういう事だ…?


 『私の得意分野は魂関連。地上の事を知りたかったら、駄龍に聞いて』


 地上の事を瞬時に隈なく把握できるのはルグナツァリオの権能であり、他の神々では出来ない事のようだ。


 『で、どうなの?』

 『女神の事は良く分からないが、その少年は何者かによって異世界から連れて来られたというのは、間違いないようだね』


 私が聞きたいのは、この少年が何者か、という事なのだが、ルグナツァリオも把握していないのだろうか。質問の仕方が悪かったのか?


 『いや、彼が何者かは貴方も知らないの?』

 『勿論、知っているよ?というか、他の皆も知っているさ。だが、ノアはこのままこの少年の過去を観るつもりなのだろう?』


 まぁ、折角こうして捕捉できたのだから、見るつもりではいる。ルグナツァリオの言い分だと、見ていればおのずとこの少年が何者なのか分かるとの事だ。


 ならば、その生きざまを見せてもらおうじゃないか。


 そういえば少年が姿を現した際に言っていた、"ちーとすきる"とは、一体何の事だろうか?

 前にルグナツァリオからごく一部の人間は、魔法の事を『特異能力スキル』と呼ぶ者もいると言っていたから、魔法に関係する事だろうか?


 だとすると、この少年は女神なる存在から何らかの強力な魔法を使用できるようにしてもらった、という事か。

 強力な力を与えられた者がどのような結末を迎える事になるのか、見届けさせてもらおう。見ると決めた以上、目を逸らすつもりは無い。



 異世界から来た少年は自身の力に物を言わせ、やりたい放題の生活をしている。

 最初は自分が現れた平原で魔物相手に力を振るっていただけだったのだが、魔物を倒すという行為に飽きて来て、あろうことか自身の力を振るう対象を、自身と同じ人間に向け始めたのだ。


 ≪ウヒャヒャヒャヒャ!俺TUEEEEE!!オラ悪党ども!村の人から奪った物返しやがれ!≫

 ≪か、返す!返すから命だけは…っ!≫

 ≪ダメに決まってんだろうが!テメェ等は散々村の人達に迷惑をかけたんだぜ?今逃がしてもまた同じ事するに決まってんだろ!ここで死んどけやぁ!!≫


 一応、力を向ける矛先は賊に限られてはいるが、見るからに力を振るう事に酔いしれているな。

 それと、彼は自分の気に食わない相手の命に価値を見出していないようだ。大抵は初動で相手の命を終わらせている。

 その後、残ってしまい戦意を喪失した相手に自分の力を誇示して怯えさせたうえで始末している。


 少年の人格は、善人とは言い難いようだ。


 この少年の力を向ける矛先が一般人に向けられた場合、かなりの死者が出る。それほどに私の目に映る異世界の少年は、危険な人物に思えた。



 時は流れ、力を示し周囲から褒め称えられる事に快感を覚え、次第に増長していき、より多くの名声を求めるようになった。


 しかし世界は基本的に神々が見守っているため、それなりに平和である。

 平和な世の中では自身の力を見せびらかすことが出来ない。少年が青年になる頃には、彼は自分から騒ぎを起こしてそれを自分で解決するという手段を取るようにすらなった。


 とは言え、基本的に彼は一般人に危害を加えるような事はしなかった。

 彼の目的は周囲から褒め称えられる事だ。自分の願望を叶えてくれる一般人に対して、危害を加える気は無かったのだ。

 周囲に対する振る舞いは横暴であり、あまり褒められた態度ではなかったが。


 そうして彼は時に人を助け、時に自らの力を誇示して欲求を満たし、気の向くままに生活を送っていた。



 そんなある日の事だ。彼は、自らの魔力を制御しきれずに一般人を殺害してしまったのである。


 これまでの態度もあり、彼は周囲から一斉に非難を浴びる事になった。

 尤も、彼の功績も強大な力も知っているので、直接的な罵声を浴びせたり、害を加えるような事は無かったが。

 確かに彼に助けられた者は多い。どのような理由であれ、悪漢や賊、魔物から命を救われた者は大勢いた。


 だが、それでもその時の事件は、彼にとって耐え難い屈辱だったようだ。

 周りから非難された事も屈辱だが、それ以上に今まで自在に扱えていた魔力が扱いきれなかった事が、彼にとっては何よりも屈辱だった。


 彼の魔力は、この世界に訪れてからというもの、常に成長し続けていたのだ。

 しかし、残念な事に面倒を嫌う彼の性格は、魔力の制御を訓練するという考えを捨てさせてしまったのである。


 結果、彼は次第に自分の魔力を制御できなくなり、最終的には自身の魔力に全身を侵され、人の形ではなくなってしまった。理性すらも失ってしまった。


 それでも彼は死ななかった。女神とやらから与えられた魔法によって生み出した道具によって、生きながらえたのである。


 女神とやらが彼に与えた魔法。それは、常識を逸脱した力を持った道具の創造。

 願えばその通りの効果を持った神器を生み出すという、常識外れの魔法。彼が増長するのに十分すぎるほどの力だ。


 彼が生き延びた事は、世界中の人々にとって不幸な事だった。

 膨大な魔力に侵された彼は、人の形だけでなく、理性をも無くし、目に付いたものを手当たり次第に破壊し尽くす魔獣となってしまったのである。


 魔獣となった彼は、長い時間多くの人々を苦しめた。

 彼が生み出した神器は数多く、そのほとんどを自身の体に取り込み、己の力へと変えていたからである。


 異世界人が魔獣になったところで、ようやくロマハが反応を見せてくれた。


 『ああ…コイツか…。確かにいた…』

 『魔獣の姿になるまで、気付かなかったの?』

 『だって人間の形だった時の方が、すっごく短かかったし…』


 神ならそれぐらい覚えていて欲しいと思ってしまうのは、無茶ぶりだろうか?この異世界人、魔獣になる前からなかなかに印象深かったと思うのだが。


 『知らない。そういうのは、駄龍の仕事だし…。私がやるのは、魂のエネルギーの管理だけ。だから、大勢の命を一度に沢山奪って沢山の仕事をさせられた、コイツの事は覚えてる…』


 そういう覚え方なのか…。ロマハは思った以上に人間達に対して無関心なのか?


 『人間達が当たり前のように笑って、泣いて、怒って、喜んで、そうして子孫を残し星に還ってまた生まれる…。その流れを見届けるのは、幸せ…』

 『私達は執着するものがそれぞれ異なるからね。私の場合は見下ろせる全ての生命の営みが愛おしく思えるように、ズウは海に、水に関わるものを慈しみ、ダンタラは主に植物、キュピィは生命そのものを愛している』

 『愛する対象によって関心も変わる、か』

 『そういう事だね。実際、アレが人間の頃を詳しく知っているのは、私とキュピィぐらいじゃないかな?』


 前から思っていた事だし、彼等も自分で言っていた事だが、神といえど万能では無いのだな。

 まぁ、万能だったら1柱存在していればそれで済むのか。それが出来ないから、5柱存在しているのだろうな。


 話を戻して魔獣である。

 結局のところ、魔獣になってしまった異世界人は千年もの間暴虐の限りを尽くし、多くの命を奪い続けていたのだ。


 そんな永い時間何故神々は放置していたのかといえば、周囲の被害が甚大になるからである。


 複数の神器を取り込んだ魔獣は生半可な攻撃では碌に傷を与える事が出来ず、仮に傷を負わせてもたちまち回復させてしまうのだ。

 それほどの相手を滅ぼそうとした場合、神々ではどうしても周囲に壊滅的な被害を発生させてしまう事になる。


 魔獣の質が悪い点に、生物がいる場所に積極的に移動し、なおかつ移動した場所の生物を皆殺しにはしない点である。

 もしかしたら、周囲の生物が1つも無くなってしまった場合、神々によって滅ぼされる事を無意識の内に理解していたのかもしれない。


 理性を失いながらも、神々に対して魔獣は人質を取っていたのである。意図してやっていたかどうかは別ではあるが。



 千年という年月の間にも魔獣の魔力は増え続け、魔獣の所有魔力はいよいよ彼が取り込んだ神器ですら耐えきれないほどの膨大な量となった。


 膨大過ぎる魔力を受け入れ切れずに、遂に神器はその機能を失ってしまう。それと同時に魔獣は力を大幅に落とすだけでなく、様々な身体能力や魔力までもが衰えてしまったのである。


 この気を逃せば次は無い。そんな思いと共に決死の覚悟で魔獣を追っていた者達は一斉に魔獣に攻撃をしかけた。


 犠牲は出たものの、ようやく魔獣は討伐された。

 誰もがこれで世界が平和になると思っていた。


 だが、話はコレで終わらなかったのである。


 魔獣が取り込んだ神器。それらは機能を停止しただけであり、破壊できたわけでは無かったのだ。


 そして神器は世界中の各地に散らばっていった。そして、その神器を手にした者に、声を掛ける者がいたのだ。


 ≪神器を手にし者よ、あなたは選ばれました。あなたに力を与えましょう≫

 ≪あ…貴女様は…一体…≫

 ≪私は女神。女神アグレイシア。この世界を管理すべく、この世界とは異なる次元にある天界から声を掛けています≫


 女神アグレイシア…。聞いたことの無い名前だ。ルグナツァリオはあるのか?


 『いや、初めて耳にする名前だね。貴女が『真実の眼』によって思念の会話すらも読み取っているからこそ分かった事だろう。もしかしたら、声を掛けられた者すら名前を聞き取れなかったのかもしれない』

 『嫌なヤツな気がする…』


 不愉快な気分がするのは当然だろうな。平静を保って話してくれたルグナツァリオも、内心ではかなり不愉快に思っているようだ。


 無理もない。人間という生物が産まれる遥か昔から、彼等はこの星を見守り、管理してきたのだから。

 別の次元から管理するために干渉してきたと語るこのアグレイシアとやらは不愉快で仕方ないだろうな。私も彼女を神とは認めたくない。


 だが、そんな彼等を更に不愉快に、それどころか激怒させるような事をこのアグレイシアは語り出した。


 ≪女神様…。私は何をすれば…≫

 ≪神器の力を解析しなさい。そしてその力を広めるのです。そのための力をあなたに授けましょう≫

 ≪こ、コレは…!?ち、知識!?それに、魔力が…!?≫


 神器を手にした者の魔力が急激に膨れ上がる。

 ただ、異世界人のように魔獣に変貌してしまうほどでは無いようだ。

 知識が与えられたようだし、アグレイシアは、神器を解析できるだけの力を与えた、と言ったところか。


 ≪それで神器を解析できるようになったはずです。神器と同じ物を創れとは言いません。いえ、むしろ神器を作ってはなりません。魔獣が産まれてしまったように、あまりにも強力な力ですから≫


 どの口が言うのやら。

 異世界人に神器を創る魔法を与えたのは十中八九このアグレイシアだ。そして、どのような手段を用いたかは分からないが、異世界人をこの世界、この星に連れてきたのも彼女の筈だ。

 さらに言うならば、彼女はあの異世界人を魔獣にするつもりでこの世界に連れてきたのだと思う。


 この女神を名乗る者、何が目的だ…?


 ≪神器の力を大きく下回る道具を作りなさい。ですが、誰にでも扱えるような道具を。そうすれば、あなたは世界を手中に収められるだけの王となれるでしょう≫

 ≪わ、私が、王に…≫

 ≪そう、あなたは選ばれたのです≫


 そうか。強大な力を持った魔法の道具。その力を解析し、模倣した道具が古代遺物の正体、というわけか。


 だとしたらアグレイシアの目的は、古代遺物によって急激に文明を発展させて、そのまま暴走させて滅ぼす事が目的か。


 おそらくだが、あの女神を名乗る者は他の散らばった神器を手にした者にも、同じように語り掛けている筈だ。

 超技術を持った文明同士で競わせ、争わせる事で、急激に文明や技術が発達していくはずだ。


 そして少しでも相手の上を行こうとして、国が滅びるほどの失敗を誘発させて古代文明を滅ぼした。

 もしかしたら、最後はアグレイシアが直接干渉したのかもしれない。


 理由は分からないが、アグレイシアの目的はこの世界を滅ぼす事だ。なんとなくだが、私には分かる。

 世界を滅ぼす事を目的とした組織、"魔獣の牙"の過去を辿って辿り着いたのがアグレイシアなのだから。


 その答えはすぐに出た。自分からその目的を語ったのである。


 ≪選ばれし者よ。王となり、一度、この世界を滅ぼしてください≫

 ≪ど、どういう事ですか!?≫

 ≪今、この世界には、私が管理するにふさわしくない生命で溢れかえっています。一度世界を滅ぼして、私が管理するにふさわしい生命を新たに育むのです。≫

 ≪そ、それは…私も滅びるという事ですか…?≫

 ≪いいえ。あなたは選ばれたと言いました。あなたには私が新たに育む命の導き手、真の王となって欲しいのです≫

 ≪真の、王に…≫


 甘言だな。アグレイシアは随分と人間を誑かすのが得意らしい。語り掛けられた人間はすっかりとその気である。


 ≪承知しました。私はこれより、魔獣から得たこの神器を用いてこの世界を滅ぼす牙を作り上げましょう。私は貴女様の剣。私は…私が従える者達は、"女神の剣"であり"魔獣の牙"です≫

 ≪頼みましたよ。私の剣≫


 なるほどな。この星に住まう命を取り払い、自分にとって都合の良い命をこの星に住まわせるのが、アレの目的か。


 アグレイシアの目的を耳にして2柱、いや、何時の間にか集まって来た他の2柱も全員怒りをあらわにしている。


 それはそうだろう。自分達が永い年月を掛けて育んできたものを、勝手な都合で滅ぼそうとしているのだから。


 アグレイシア。奴を神として認めることは出来ないな。


 アレは私達の敵。この世界に対する侵略者だ。今もなお奴の目的が健在だというのなら、その時は…。


 この世界に目を付けた事、後悔させてやる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る