第249話 容赦無しの殲滅

 タスクに紹介された飲食店は、停泊している船を一望できると言うだけあって街の高所に店を構えていた。

 結構な高級店らしく、店に訪れている客人達は誰も彼も身なりが良い。景色だけでなく味にも期待できそうだ。


 私達は店の屋外、テラスと呼ばれる場所の最も外側の席に座らせてもらった。海や停泊所が一望できる会って、この席は人気が高いようだ。

 タスク曰く、早めに来ていなければ間違いなく埋まっていたとのこと。昼食には少し早いかと思ったが、提案して良かった。


 料理も注文し終えて食事が来る間に、ある程度話を進めておこう。


 「忙しい時に来てしまって悪かったね。イダルタであの船団を確認してから、停泊するところをぜひ見てみたくなってね」

 「いえ、問題ありません。と言うか、イダルタから確認できたのですか?」


 やはりあの町から交易船の船団を確認するにはかなりの視力が必要らしく、宝騎士であるタスクも驚いている。


 「視力はいい方でね。それよりもタスク、一つ相談があるんだ」

 「相談、ですか?」

 「この街を案内できる人物を紹介してもらいたいんだ」

 「それは…」


 相談の内容を渡しが告げると、タスクの表情が曇り出す。6時間もの間、放置されていたも同然だからな。私を不快にさせたと考えているかもしれない。


 「誤解しないで欲しいのだけど、貴方が不要だと言うわけでは無いんだ。ただ、貴方は多くの仕事を任されている身だろう?しかも海外から大勢の人々が来たばかりの時だ。普段以上に仕事が増えている筈だ。実際には、私の案内などしている場合じゃないんじゃないのかな?」

 「ノア様…。それは…」


 言葉に詰まってしまっているな。否定が出来ないのだろう。

 多分だが、タスクの能力ならば私に街の案内をしながらでも自分の仕事をこなすことが出来るとは思っている。


 だが、それは間違いなくタスクにとっての負担になるのだ。

 現状この国は平和ではあるが、いつファングダムの時のような緊急事態が起きるか分からない。

 仮にそうなったとしても私がこの国にいる以上、未然に防ぐつもりではあるが、それでも心労を与える事になる。


 なるべくならそういった心労や負担を掛けたくない。国を代表するような人物の不調は、それだけで国民に不安を与えるだろうからな。


 「答えたくなければ答えなくてもいいのだけど、この国に勤める宝騎士って、どれぐらいいるのかな?」

 「現在宝騎士として就任しているのは、7名です」


 迷わず応えてくれたな。機密扱いではない、という事か。

 むしろ宝騎士の存在を全面的にアピールしている?


 「教えてくれたのは有り難いけど、良いの?」

 「宝騎士というのは、一人いるだけでも十分過ぎる国力になりますからね。国の力を示すためにも、就任している者は公表されているのです」


 私が思っていた以上に宝騎士と言う存在は人間達にとって非常に大きな存在だったようだ。流石、人類の宝と呼ばれているだけの事はある。


 考えてみれば、宝騎士は冒険者で例えるならば上澄み中の上澄み、即ち最上級の"一等星トップスター"と同等の実力者と言えるのだ。

 その宝騎士が所属していると言う事実は、十分な国の示威行為になるのだろう。


 やはり100人以上の宝騎士を抱えていたティゼム王国が異常であり、そんな宝騎士ですら歯牙にもかけないと言われていたてん騎士・マクシミリアンは、人類最強と言われるだけの実力を持っていたのだ。

 聞けば、宝騎士はおろか、大騎士すら所属していない国など、海外には多数存在するらしい。


 この大陸に住まう人間達は、平均的に他の大陸の人間達よりも強い力を持っているのかもしれないな。

 大魔境のような人類にとって脅威となる土地が複数存在する事で、この大陸に住まう人間達も自然と強くなっていったのかもしれない。


 話を戻そう。タスクの言い分だと、仕えている宝騎士が7人という数は、世界的に見た場合、結構な数になるらしい。

 最初に私が訪れた国が最も騎士が所属しているティゼム王国だったため、感覚がおかしくなっていたようだ。


 「この街の宝騎士は貴方一人だよね?」

 「ええ」


 だが、やはり私から見れば7人という数はあまりにも少ない。この街にも、欲を言えばもう一人宝騎士を配属させたいと思うほどだ。


 なにせ現状の移動方法を用いる場合、海外から来る人は必ずこの街に立ち寄る事になるのだ。そして世界の大陸はこの魔大陸とオルディナン大陸だけでは無いのだ。


 それはつまり、複数の大陸から様々な人種がこの街に来るという事である。

 タスク一人でそれらの人物の対応を指揮しながら、街の治安維持の指揮も取らなければならないと言うのは、流石に負担が大きすぎる気がする。


 「正直、この国は貴方に仕事をさせ過ぎるように私は見えているよ」

 「…宝騎士であるならば、この程度の事はこなして当然と思っています」


 と言うか、そもそも騎士が外交を行う事自体がおかしいのだ。外交には外交専門の職を用意すべきでは無いだろうか?


 国の方針である以上、私からとやかく言えないのだが、アクレイン王国は海外から来る人間達の対応を騎士に行わせているのだ。


 だがこの街の長は宝騎士であるタスクではない。国によって定められた市長なる人物が長を務めている。


 「騎士の務めは仕えている国の守護では無いのかい?要人や客人の対応まで貴方がする必要は無いと思うけど?」

 「それは…。仰る通りです…。ですが、望まれている以上は、果たさなければならないと考えています」


 やはり、タスクは苦労性だ。そうやって多くを周囲から望まれると断ることが出来ないのだろう。


 自分から仕事を見つけて受け持ってしまうマコトとはまた別の意味で苦労してそうである。タスクには女性間の問題でも苦労をしてそうだしな。



 料理が運ばれて来たので、ひとまず食事と景色を楽しんで気持ちをリフレッシュさせよう。少し空気が重くなっている。


 タスクを責めるつもりは無かったのだが、結果的には彼に能力が足りていないと通告するような形になってしまっているからな。


 食事を口に運びながら、景色を眺め、素直な感想をタスクに伝える。


 「あれだけの建造物を上から見下ろせると言うのは壮観だね。何と言うか、人によっては優越感を覚えるのかもしれない」

 「実際、覚える人もいますよ。停泊所だけでなく、街を見下ろせる位置でもありますから」


 身なりの良い、裕福な客が多いのはそのためか。

 見れば、そういった者達ほどテラスでの食事を望んでいるようにも見える。タスクの言っている言葉は正しいのだろう。


 タスクはこの街、モーダンの事をよく理解している。土地の把握と言う意味だけでなく、この街に住まう者達の事もよく理解している。

 だからこそ、私の言葉にもスラスラと答えが出て来るし、案内も問題無く行えるのだろう。

 そういった意味では、タスクに街の案内をさせるのは正しい判断だと言える。


 だが、何でもかんでもタスクに、仕事が出来る人間に頼ってしまっては後進が育たない。そのうちタスクもマコトのようになってしまう。


 この街の将来のためにも、タスクのためにも、彼には彼が任せても大丈夫だと思える人物を紹介してもらいたいものだ。



 食事も殆ど済ませ、残りのデザートを片付けている時だ。

 ようやく待ちに待っていた時が来たようだ。タスクには悪いが、少々強引に話を終わらせてもらうとしよう。


 「タスク、貴方が有能だと思っている人物を紹介してもらえないかな?この街のガイドは、その人物に頼みたい」

 「しかし…」

 「貴方が私を案内する事を望む者もいれば、それを望まない者達もいるんだよ。気付かなかったかい?貴方と握手をした時の周囲の気配に」

 「いえ、私は、特には…」


 なんてこった。あれだけ強烈な感情を醸し出していたと言うのに、アレをタスクは感じ取れなかったというのか?

 まさか、あの女性達はタスクに気取られないよう、私に対してだけ感情を送り付けたとでも?


 なおのこと厄介じゃないか。このままタスクに私の案内をさせていたら、確実に何らかの行動を起こされてしまう。


 「人気があり過ぎるのも考え物だね」

 「どういう意味でしょうか?」

 「貴方だって自覚しているのだろう?この街の女性達から非常に人気がある事を」

 「それは、まぁ…そういった催しまであったので…」


 その催しがどのようなものかまでは聞くつもりは無いが、タスクは多くの女性から好意を寄せられている事は理解しているようだ。


 「それが分かっているなら話は早いさ。要は、貴方と親しくしている事で街の女性達から余計な嫉妬の感情を向けられてしまっているのさ」

 「随分とハッキリ仰るのですね」

 「言葉を濁す必要が無いからね。正直、このまま貴方と親しい様子を見せ続けていると、嫉妬の感情を送って来た女性達が何らかの行動を起こしかねないと思ってね。対処が出来ないわけでは無いけれど、そう言った事は起きないに越した事は無いだろう?」


 それに、何らかの行動を起こしてしまったら、その女性を捕らえて罰する必要も出て来るだろうからな。タスクとしてもそういった事態は避けたい筈だ。


 私の意図を理解してくれたようで、溜息をつきながらも納得してくれたようだ。


 「ふぅ…。分かりました。案内役に関しては、将来有望な部下を用意します。好きに使ってやってください」


 良かった。これで煩わしい思いや懸念からは解放されそうだな。ならば、後はこちらの用事をさっさと済ませてしまおう。


 「ありがとう。それでタスク。済まないけど、急用が出来てしまったから一度街の外に出たいんだ。どれだけ遅くなっても夕方までには戻るから、その間に案内人の斡旋と記者への説明を頼めるかな?」

 「はぁ…。あの、何やらただ事ではなさそうですが、良ければお手伝い致しましょうか?」


 おや、タスクは私が発した僅かな気配から、私がこれから荒事を行う事を見抜いたようだ。


 申し出は有り難いが、残念ながら必要は無い。というか、タスクが無事では済まなくなってしまうので、丁重に断っておかなければ。


 「その気持ちだけで十分だよ。私個人の問題だしね。この街の事でも無いから、貴方の力を借りるわけにはいかないさ」

 「そうですか…。分かりました。それでは、少し変な言い方になりますが、ノア様のお帰りをお待ちしております」

 「ああ、行って来るよ」


 食事の会計を済ませて街の外へと向かって歩き出す。

 なお、食事はお互い別料金だ。タスクは私の分まで支払おうとしていたが、私の資金は山ほどあるのだ。むしろタスクの食事代も私が払ってもよかったほどである。

 町の外へ出て、少し離れたところで転移魔術を発動させる。


 では、行くとしようか。"魔獣の牙"の殲滅に。



 イダルタの断崖塔から"蛇"の足取りを追い、連中の拠点を探るのは、そこまで難しい事ではなかった。


 ではなぜ2日間も時間を掛けたのか。理由は簡単だ。一度の襲撃で全てを終わらせたかったからだ。

 私の扱う魔法『真理の眼』は、その気になれば離れた場所の情報すら観測する事が可能だ。

 当然、消費する魔力は膨大になるが、私の魔力量からすれば大した量じゃない。


 "魔獣の牙"の拠点を突き止めた際に、連中の構成員を『真実の眼』によって一人残らず把握したのである。

 連中はなかなかに多忙なようで、全員が拠点に集結しているという機会が、滅多になかったのだ。


 仮に全員揃っていない状態で拠点を潰すとする。その場合、残党の始末が非常に面倒なのだ。

 ルグナツァリオに残党の居場所を聞いてその人物の元まで転移して始末するでも良いのだが、やはり手間である。


 そのため、私は"魔獣の牙"の構成員が全員集結するのを待ち続ける事にした。定期的に連中が拠点に集まるのは、把握していたからだ。


 全員集まったところで逃げ道を塞ぎ、一気に殲滅する。それが私の計画だ。


 相変わらずと言うか、やはりと言うべきか、拠点には空間の歪みが発生しており、本来ならば空間転移で直接移動する事はできない。


 いや、やろうと思えば可能ではあるのだが、非常に時間が掛かるし相手にも気取られるため、転移する頃には逃げられてしまう可能性が高いのだ。


 そこから更に追跡できないことも無いが、相手の逃げた先にも空間の歪みが生じていたらイタチごっこも良いところだ。


 なので、強引な空間転移は行わない。ただし、もっと強引な手段を用いて連中の拠点まで移動させてもらうが。


 先ずは逃走手段を封じさせてもらう。歪みのある空間よりも外側一帯を私の魔力で覆い、固定し、ある効果を発揮させる。

 連中が行っている空間の歪みとは逆の効果だ。


 固定した空間内に入ることは出来ても、抜け出すことが出来ない空間。つまり、転移による逃亡を封じたのである。

 まぁ、物理的な障壁にもなっているので、通常移動でも脱出はできないが。


 次は空間の歪みの解除だ。此方は空間の歪みに私の魔力を浸透させて強引に空間の形状を矯正した。力技である。


 これで連中の元まで転移することが出来る。構成員が全員いる事も確認済みだ。

 勿論、影武者や幻の可能性も考慮して『モスダンの魔法』によって一人一人本人であるかどうかも確認済みである。

 一人も逃がすつもりは無い。今、この場で"魔獣の牙"は壊滅させる。


 『広域ウィディア探知サーチェクション』を発動させて、"魔獣の牙"の拠点まで転移した。



 "魔獣の牙"の拠点まで転移で移動すれば、流石に構成員全員が驚愕に満ちた表情をしだした。

 全員人間の感覚で言えばかなりの手練れだ。私が現れた瞬間反応しているし、既に行動を起こそうとしている。


 転移で逃れようとする者、拘束を試みようとする者、必殺の一撃を放とうとする者、私の行動を妨害しようとする者、私の攻撃を防ごうと障壁を張ろうとする者。


 判断が早いな。だが、全て無駄である。


 尻尾カバーは、拠点に転移をする前に既に外している。

 事情聴取をする必要は無い。この場にいる全員が行動する前に尻尾を振り回し、全員の頭部、首、心臓部をそれぞれ切断していく。

 エリクシャーなどを使用されて回復されても困るからな。念を入れて徹底的に人体を破壊する。


 以前の"蛇"が使用した障壁と同質の障壁を張る者も何人かいたが、無情にも障壁の効果が発揮される事は無かった。


 いや、一応は効果を発揮する事はしたのである。だが、魔力を抑えているとはいえ、加減をしていない私の尾撃だ。魔力で防ごうとした場合、人間が用意出来る魔力ではどうあっても賄いきれるものでは無いのだ。

 しかも今回私は鰭剣きけんを使用しているのだ。如何に古代遺物アーティファクトとは言え、鰭剣と同質の効果を再現するのにどれほどの魔力を消費されるのかなど、見当もつかない。


 結局、理論上はあらゆる攻撃を防げるであろう障壁は、肝心の魔力不足が原因で効果を発揮することが出来なかったのである。


 尻尾の挙動により拠点内部に暴風が発生しているが、私には何の関係も無い。

 暴風によって構成員が吹き飛ぼうが、拠点内部に保管されていた数々の古代遺物の損壊しようとも、私には関係が無い。

 この連中を確実に滅ぼす以上、少しの躊躇もしなければ容赦もしない。


 ヴィルガレッドと戦った時に私の尻尾はそのうち100m近くまで伸ばせるようになると思っていたのだが、龍脈に繋がり私の肉体が進化してしまった事でそれどころの話ではなくなっていた。


 伸ばせる距離に、限界を感じないのだ。その気になればどこまでも尻尾を伸ばせるような気さえする。

 勿論、伸ばした分だけ戻すのに時間が掛かるだろうが、元々伸縮速度が尋常では無かったのだ。進化を果たした事で、その伸縮速度すらも更に上昇してしまっている。


 殆どの者にとって、一瞬と言える速度で尻尾が伸縮しているようにしか感じないだろうな。

 転移を使用せず、自らの足で逃亡を図ろうとしていた者もいたが、容赦なく始末させてもらった。

 尤も、物理的にも隔離されているので、逃亡はどの道不可能なのだが。


 転移をして殲滅を開始してから3分。


 私は"魔獣の牙"の殲滅を終わらせた。

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