第248話 海外の人との会話

 停泊しているスーレーンの船、全体をじっくりと見て回りたいのだが、流石に全長50mを優に超える巨体だからな。この目で直に確かめるには歩いて回るしかない。


 だが、今は船の積み荷を降ろすために大勢の人があちこちを動き回っている。

 私は問題無く彼等を避けることが出来るが、彼等からしたら邪魔に感じてしまっても仕方が無いだろう。

 船をじっくりと見て回るのは荷下ろしが終わってからにしよう。


 可能なら船の中も見て回りたいな。先程倒れてしまった船長に頼んだら見せてくれるだろうか?


 とりあえず、今は『広域ウィディア探知サーチェクション』による把握だけで我慢しておくとしよう。


 実際のところ、『広域探知』を使用すれば船の外観や内部の構造なども問題無く理解できるのだが、やはりこの目で直接見ておきたいのだ。 

 感覚で把握するのと実際に目で見るのとではまるで違う感動があるからな。


 そんな事を考えながら荷下ろしの様子を眺めていると、先程私を認識して倒れてしまった船長と思わしき男性が、私の元までタスクに連れられて来た。


 「『姫君』様。此方は今回の遠征にて船団を纏めているデンケン提督です」

 「ノアだよ。初めまして。さっきは驚かせたみたいで、悪かったね」

 「デンケンだ。まさか、魔大陸に到着して早々に噂の『姫君』様に会えるとは思わなかったぜ?意外と気さくなんだな。それに、茶目っ気もある」


 驚かせてしまった事には特に根に持っていたりはしていないようだ。手を差し出されて握手を求められたので、応じておこう。


 彼が港に着いた時も呟いていたが、この大陸は人間達からは魔大陸と呼ばれている。


 理由は複数ある。まず第一に魔王が収める魔王国があると言う点。

 魔王と言う存在は、昔は暴虐の限りを尽くした知的生物共通の敵としてみなされていたようだが、勇者アドモと初代新世魔王テンマによって撃たれて以降はその認識も変わっている。


 人間達には天魔の情報は伝わってはいないものの、魔族を束ねるものとしてアドモに認められた者が新たに魔王になった事は伝わっているようだ。

 そのためか、人間達の魔族や魔王に対する評価はそれなり以上に高い。

 加えて、五大神も魔族の存在を否定していないからな。嫌悪の対象にはならないのかもしれない。


 この大陸が魔大陸と呼ばれる理由はもう一つある。大魔境の存在だ。

 一つは私の住まう"楽園"。そしてヴィルガレッドの住処である"ドラゴンズホール"。更にもう一つ、かつて古代文明が存在していた場所に強力な魔物が集まり、時間を掛けて大魔境へと変貌した"夢の跡地"。

 その3つの大魔境の存在もこの大陸が魔大陸と呼ばれる要因となっている。


 なにせ現在確認されている大魔境は世界で5つ。過半数の大魔境が1つの大陸にあるのだから、魔大陸と言う名称を付けるのも納得というものである。


 「外の大陸にも興味が尽きないからね。この大陸を一通り見て回ったら、今度は他の大陸にも行ってみたいんだ。良ければ、オルディナン大陸やスーレーンの話を聞かせてもらってもいいかな?ああ、勿論余裕がある時で構わないよ」

 「勿論だとも!光栄じゃないか!何だったら、我等が誇る"マグルクルム"を案内しよう!『姫君』様は我等の船に興味を持ってくれているようだからな!」

 「良いね。是非とも頼むよ」


 気前が良いじゃないか。自分達の大陸や国の話をしてくれるだけでなく、船に乗せてまでくれるだなんて。まさか願って早々望みが叶う事を保証されるとは思っても見なかった。


 「ところで、この大陸には、どれぐらい停泊する予定なのかな?」

 「うん?そうだなぁ…。この国の製品を購入して積み込みしてってあるから…。結構居座らせてもらう予定だぜ?2ヶ月ぐらいはこの国の世話になるんじゃねぇかなぁ…」


 2ヶ月か…。その時間では流石にこの大陸を全て見て回るのは無理だな。

 私が大陸の外へ向かう際に、一緒に乗せてもらおうと思ったのだが、機会を改める必要がありそうだ。


 「次にこっちに来るのはどれぐらい先になるかな?」

 「おん?次の渡来かぁ…。どうだろうなぁ…。2ヶ月後に此処を出て移動に2ヶ月。んでもって荷下ろしに報告してちょいと休暇を取って…。そうだなぁ…余裕を見て半年後になるんじゃねぇか?」


 半年後か。ならばそこから再びオルディナン大陸に戻るのは、9~10ヶ月後、という事か。それならまぁ、大陸中を見て回れない事も無いのか?

 この大陸で大国と呼べる国はティゼム王国とファングダム、そして魔王国だ。

 魔王国を見て回る時は、是非とも1ヶ月間はじっくりと見て回りたい。ルイーゼともまた会いたいし、彼女が親友と呼ぶ人物や側近にも会ってみたいからな。


 勿論、他の国が弱小国と言うわけでは無いので、滞在して国を見て回るのならそれなりの時間が掛かる。だから流石に2ヶ月でアクレイン王国も含めてこの大陸中を見て回る事はできないが、9~10ヶ月もあるのなら、きっと大丈夫だ。

 少なくとも各国の特徴、特産品、技術、文化は見て回れると思いたい。


 ならば、少し気が早いかもしれないが、一つ交渉させてもらうか。


 「オルディナン大陸に渡る際には、是非とも貴方達の船に乗せてもらいたいな。できそう?」

 「嬉しいねぇ!かの『姫君』様がウチの船をそこまで気に入ってくれるとは!勿論、構わないとも!当然、もらう物はもらうがね!なぁに、金貨の10枚程度、『姫君』様ならあってないようなもんだろう!」

 「そうだね。それに、使えるところで使わないと貯まる一方だからね。他にも私に売れるようなものがあるのなら紹介して欲しい」


 国の大きな問題を2つ解決した事で、それだけで私は既に1万枚以上の金貨を所有している。

 更に冒険者としての依頼をこなしたりレオナルドから受けた依頼だったりで数百枚の金貨を所有しているのだ。


 数百枚の金貨だけでも、私のような旅行者が消費しきるのは非常に難しい。

 勿論、無駄遣いに無駄遣いを重ねればすぐになくなるだろうが、どうせ買い物をするのなら有益に資金は使いたいものだからな。余りある資金の使い時と言うわけだ。


 「ハッハッハッ!いいとも!紹介しようじゃないか!だが申し訳ない。すぐに、と言うわけにはいかなくてね」


 そう言ってデンケンは荷下ろし作業をしている者達に視線を移す。自分達が運んできた積み荷が気になるのだろう。

 自分達の稼ぎ、ひいては国の利益に直結する話なのだ。気にならない筈が無い。


 「私の事は気にしなくて良いさ。貴方の休暇時間を少しもらう事になるけどね」

 「ハッハッハッ!休暇に美女と談笑ってか!?いいねぇ!ついでに食事も一緒にどうだい!?」

 「デ、デンケン提督…」


 ふむ。デンケンは私との会食を所望しているようだ。

 口調こそ冗談めいてはいるが、彼の声には明確な期待を感じられる。本気とまではいかないにしろ、可能であれば私と共に食事をしたいのだろう。


 デンケンにとって、私の外見はそれだけ魅力的に映っているという事か。


 タスクは少々戸惑ってしまっているな。いや、戸惑っているどころか、やや顔を青くさせてしまっている。


 私は一応の名目は"上級ベテラン"冒険者、つまり一般人なわけだが、称号持ちであり、天空神の寵愛持ちだ。

 その上複数のギルドマスターや騎士達から"一等星トップスター"冒険者を上回る実力である事を保証されている。


 それ故か私の扱いは大国の姫と同等の扱いとなっている。つまり、この大陸における要人、というわけだ。


 おまけに私は自身の身分をティゼム王国とファングダムに保障されている。

 それは、私に無礼を働いたり侮辱したりと、私が不快に思う行為を働いた場合、両国が黙っていないという事を示すという事でもある。


 そんな私に対して、気安い態度を取っていると感じたのだろう。下手をしたらアクレイン王国に2ヶ国から苦言を言い渡されてもおかしくないとでも思っているのかもしれない。


 このままではタスクに気苦労が募ってしまうな。安心させるためにも、温厚な態度を維持しておこう。

 尤も、デンケンが私に対して不愉快になる行為を行うとは思えないが。


 「私は構わないよ。食事は何処で取ろうか?ああ、そうだ。"マグルクルム"と言ったっけ?あの船の甲板で海を眺めながらと言うのも、良いかもしれないね。船を案内してもらうついでに、そこで食事をする、と言うのはどうかな?」

 「ノア様!?」

 「おお!?良いのかい!?いやぁ駄目元で聞いてみたんだがな!こりゃあ気合を入れておもてなしってヤツをしねぇとなぁ!ハンパなもてなしをして、それをウチの国の連中に知られちまったら、どやされちまう!」


 私の返事にタスクとデンケン両名が驚いている。

 どちらも断られると思っていたのだろうか?美味い食事を提供してくれるのなら、私は大抵の誘いを断るつもりは無いぞ?

 まぁ、相手がそもそも不愉快な相手であれば話は別だが。


 「ワリィが『姫君』様、俺はすぐにでも用事を片付ける必要が出来ちまった!何せ、他の野郎共と『姫君』様をもてなす打ち合わせをしなけりゃならなくなったからなぁ!」

 「分かったよ。準備が出来たら誘って欲しい。この街には少なくとも1週間は滞在しているから。もしも時間が掛かりそうならもう少しだけ滞在期間を伸ばそう。4、5日ぐらいまでなら問題は無いよ」


 今の私は人気画家エミールの作品を預かっている身だからな。美術コンテストの出品受付に間に合うように王都まで行かなければならないのだ。


 「あいよ!ま、2、3日もありゃあ、話はまとまるだろ!そんじゃ、その日まで楽しみにしててくれ!」


 デンケンは手を大きく振り上げながら、非常に上機嫌で私達の元から立ち去っていった。

 作業をしていた船員達の何人かは、私達の話し声が聞こえていたらしく、妙にやる気に満ちた状態となっていた。


 さて、私はタスクのフォローに回るか。


 「済まなかったね。勝手に話を進めてしまって」

 「あ、いえ、この程度の事なら問題はありません。ですが、よろしかったのですか?デンケン提督は確かに多くのクルー達から慕われてはいるのですが、大層な女性好きという事で有名ですよ?」


 なるほど。確かに彼の視線からはイスティエスタのダンダードと似たようなものが感じられたな。だが、いくら女性好きとは言え、あからさまに不埒な真似をしてくるという事は無いだろう。

 向こうもどういった人物を相手にするのか理解しているだろうし。


 「あの手の人物と食事を共にした事が無いわけでは無いからね。問題無いよ。それに、デンケン提督は無茶をするような人物には見えなかったからね。常識の範囲で行動するはずだよ」

 「そうですね。ノア様さえ良ければ、私に異議はありません」


 爽やかな笑みを浮かべて私の意見にタスクが賛同する。こういう表情を普通の女性が見たら、きっと案内された時のような黄色い悲鳴が上がるんだろうな。


 「ところでノア様、まるで案内が出来なかったのですが、船着き場の様子は楽しめましたか?よろしければこれから案内しますが」

 「ああ、大丈夫。なかなかに楽しめたよ。少し早いけれど、昼食にしないかな?少し話したい事もあるしね」


 時間は午前14時前。午前8時ごろに船が停泊してから、約6時間、ようやく荷下ろし作業が一段落付き始めたのだ。

 そうして余裕が生まれたからこそ、先程タスクが私の元にデンケンを紹介しに来たと言うわけだな。多分だが、デンケンから紹介して欲しいと頼まれたのだと思う。


 「分かりました。停泊所が一望できる良い店があります。そこで上からあの船を見ながら昼食といきましょう」

 「決まりだね。それじゃあ、案内を頼むよ」


 良いね。この巨大な船を上から眺めると言うのは、きっと絶景だろう。

 うん、良し、決めた。私が美術コンテストで出品する作品は、あの船に纏わる物にしよう。


 では、早めの昼食を取りながら、タスクと案内についての話をするとしようか。


 多分だが、タスクはマコトと同じく気苦労を背負い込むタイプだ。できるだけ楽をさせてやろう。

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