第16話 衝撃の事実

 さて、それでは、"毛蜘蛛"ちゃんに会いに行ってみよう。出来れば彼女と会話がしてみたい。

 彼女の巣の位置は、把握している。込めるエネルギーを調節して、さっそく、"毛蜘蛛"ちゃんの巣まで跳躍する。


 〈キョ モ ア リ ガ ト オ イ シ ヨ〉

 

 現在私は、幸せを享受している。以前と同じ場所に"毛蜘蛛"ちゃんがいてくれたおかげで、すぐに彼女に会うことができた。果実を取ってきて二人で食べている所だ。"毛蜘蛛"ちゃんは以前と同じように私の膝の上に載ってくれている。今回は左手で彼女の頭胸部を撫でているのだが、相変わらず、見事な肌触りだ。


「足りなかったら、教えてほしい。私なら、すぐに、取って、これる。」


 一言一言、ゆっくりと、丁寧に言葉を伝える。"毛蜘蛛"ちゃんのエネルギーには思念が込められていた。

 なるほど。意思や感情だけでなく、思念すら乗せることができるとは。彼女に倣って、私も声に出しながら彼女に向けて私の思念を飛ばす。やってみると、これがなかなかに難しい。


 それにしても、"毛蜘蛛"ちゃんには教わってばかりだな。全く持ってありがたい。


 〈ウ レ シ モ イ コ ホ シ〉


 切り分けた果実の果肉を食べ終わった"毛蜘蛛"ちゃんが、おかわりを要求している。すぐさま、尻尾を使って果実を取り寄せてくる。

 切り分けた果実を彼女に尻尾で渡すと、勢いよく食べ始めた。懸命に果実を食べる姿が可愛らしく、愛おしい。

 発せられているエネルギーから喜びの感情がしっかりと伝わってくるため、なおさらにそう感じるのだろう。


 「貴女は、普段は、何を、食べて、いるの?」


 今も、私の感知範囲には"毛蜘蛛"ちゃん以外の動物の反応は無い。

 周囲にある、食べられそうなものも、私でなければ皮が固くて食べられないいつもの果実ぐらいだ。彼女の普段の生活が気になって、聞いてみる。


 〈タ マ ニ ス ニ ム シ カ カ ル〉


 帰ってきた答えに、私は少し驚く。私の感知能力ならば、小さな虫でもエネルギーを捉えられる自信があるのだ。"毛蜘蛛"ちゃんの巣に私の感知範囲外から虫がやってくるというのだろうか。


 「今は、周りに、いないよね?」


 抱いた疑問をそのまま"毛蜘蛛"ちゃんにぶつけてみる。


 〈ミ ン ナ カ ク レ テ ル イ マ モ イ ル〉


 意外な答えが帰ってきた。今この時も私の感知範囲に動物が存在しているというのだ。感知できないということは、エネルギーを隠ぺいする手段があるのということだろうか。


 〈ア ナ タ ス ゴ ク ツ ヨ イ ミ ン ナ ス グ ワ カ ル〉


 "毛蜘蛛"ちゃんが続けて伝えてくる。直ぐ分かる。つまり、私のエネルギーを、彼女を含めて森の住民達も皆、認識しているということか。


 「貴女は、隠れなくて、良いの?」


 強さが分かっているのに、周囲にいるであろう者達のように、身を隠さなくて良いのか。どうして、自分と一緒にいてくれるのか、疑問に思って聞いてみる。

 聞いてばかりだな、私は。


 〈ハ ジ メ テ ノ ト モ ダ チ カ ク レ ル リ ユ ナ イ〉


 もう、好き。愛してる。


 返ってきた、これ以上なく嬉しい答えに、私は感極まって、"毛蜘蛛"ちゃんを両腕で抱きしめる。いけない、どんどん涙が溢れてくる。


 初めての、友達。彼女は、そう言ってくれた。友だと言ってくれた事も、もちろん嬉しいが、彼女にとっても、私が孤独を埋める存在であったことが、彼女の支えになれていることが、何よりも嬉しい。


 このまま、彼女を私の家まで連れて帰りたい。一緒に暮らしたい。それが出来たら、どんなに素敵で、素晴らしい事か。

 私が"毛蜘蛛"ちゃんに一緒に暮らしてほしいと、お願いすれば、私の家に来ないかと訊ねれば、彼女は付いてきてくれるかもしれない。


 だが、それは出来ない。それをしてはいけない。それはあくまで私の願望であり、私の我儘だ。"毛蜘蛛"ちゃんはこの場所で、彼女が望むように生活している。彼女には彼女の生活があるのだ。それを、私の我儘で壊してはいけない。


 そもそも、私が近くにいたら、彼女の食料である虫が近寄ってこないだろう。私の家など、以ての外だ。広大な広場にポツンと一軒建っているだけの場所だ。彼女が暮らしていくには、不向きにも程があるだろう。

 友達、というだけでも望外の関係なのだ。それ以上を望むのは、贅沢を通り越して下劣だ。褒められたものではない。


 だから、私は"毛蜘蛛"ちゃんに願わないし、訊ねない。もちろん、彼女が自分の意思で、彼女の方から私と暮らすことを望むのであれば、もろ手を挙げて快諾するとも。私は、森の住民が私に身を寄せることを拒絶しない。むしろ歓迎する。


 いつまでも居座り続けて、"毛蜘蛛"ちゃんの生活を邪魔するものではない。名残惜しいが、そろそろお暇しよう。また後日、会いに来ればよいのだ。


 「そろそろ、帰るよ。知らないこと、教えてくれて、ありがとう。」


 "毛蜘蛛"ちゃんに帰ることを伝えて、お礼を述べる。


〈コ チ ラ コ ソ オ イ シ ノ ア リ ガ ト マ タ キ テ ネ〉


 "毛蜘蛛"ちゃんが私の膝から降りて、果実の礼を述べ、再訪を望んでくれる。


 「必ず、会いに、来るよ。」


 再開を約束し、私は枝から降りる。家に、帰ろう。




 家に着き、"毛蜘蛛"ちゃんとの会話を思い返す。


 皆、隠れてる。私がとても強く、直ぐに分かる。


 つまり、エネルギーを感知できているのは、私だけではなかった、ということだ。

 私の存在が認識できるからこそ、私の感知範囲すなわち、放出されたエネルギーが届く範囲から、離れるか、それが出来なければ、身を隠しているのだろう。見つけることができないわけだ。


 そして、隠しているのは、姿だけでなく、エネルギーも、だろう。

 エネルギーは、隠すことができる。もしそうならば、私の常に放出しているエネルギーも隠すことができるのだろうか。と言うか、このエネルギーの放出、止めることは出来ないのだろうか。


 思い立ったら、いつものように検証だ。訓練だ。出来ることを見つけたら、扱いこなせるまで使い続ける。幸い、今回は大きな音を立てたり、周囲に大規模な破壊を及ぼす心配は無い。早速始めよう。


 意識を体の内側へ集中させる。私のエネルギーが尽きることなく胸の中心から、全身へ行き渡り、身体に留まり切らずに体外へと、放出されていく。

 考えてみれば、私が放出しているエネルギーは、まるで私の身体の一部であるかのように、触れている者を認識している。

 ならば、認識を発展させ、実際に私の身体の一部として扱えないだろうか。体内のエネルギーを操作するように、体外のエネルギーも操作できないだろうか。試してみるとしよう。


 意識を、身体の外へと広げていく。エネルギーによる感知能力がさらに強化され、樹木の形状、枝、樹葉、隅々まで触れているような感覚。そうしたことで、初めて分かる小さな命。

 体外に感じられるエネルギー全てに、私の意識が行き渡ると、今度はそのエネルギーを動かすことができないか試みる。体外のエネルギーを体を動かさずに、ゆっくりと右回りに回転させてみる。


 感知範囲全体が回転し、体は動かしていないのに、視界が回転するような、不思議な感覚を覚えた。

 エネルギーの密度が薄すぎるせいか、周囲に影響を及ぼすことは無いが、確かに私は体外に放出されているエネルギーを操作できている。

 今度は、体外のエネルギーを私の元までかき集めるように動かしてみる。一度全体を動かした間隔を覚えたためか、先程よりもスムーズだ。

 エネルギーが、私の家に収まるぐらいまで、密度を高めて集められた。しかし、集めることができるのは、これが限界らしい。

 では、さらにここから発展させよう。体外にあるエネルギーを私の身体の内側へと押し込めていく。肉体的にはなんともないが、精神的な圧迫感を覚えながらも、体外のエネルギーはその範囲を縮めていくと、そのすべてが私の内側へと収まった。


 しかし、圧迫感が尋常じゃない。気を抜いたら、詰め込んだエネルギーが一気に噴き出して鰭舞いそうだ。間違っても、この状態で睡眠など取ることは出来ない。圧迫感は、尚も大きくなり続けている。


 ふと、私の胸の中心からエネルギーが溢れ続けていることに気が付いた。


 阿保か。私は。圧迫感が大きくなり続けるわけだ。私は体外のエネルギーを操作するよりも先に、エネルギーの放出を止めることを優先させるべきだったのだ。

 意識を胸の中心に向けて、エネルギーを放出し続けているものを精査する。感覚的には、ずっと駆け足をしているような感じか。無意識でエネルギーを生産し続けていたらしい。

 どうやら、私が今まで一切の排泄行為が無かったのは、私が取り込んだ一切合切が、全てエネルギーに変換されていたからのようだ。


 認識できれば後は容易い。既に今まで取り込んだものはエネルギーに変換されているが、今後はしばらくこの機能を体外にエネルギーが放出されないぐらいに弱めてみよう。おそらく、今後は排泄が必要にもなってくるだろう。


 周囲に影響が出ない範囲でエネルギーを圧迫感が無くなるまで上空に向けて放出する。日は沈み、空は星が煌めいている。今日は眠ろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る