第15話 初めての家
さて、私の家を建てるために、広場へ戻るとしよう。
広場の場所は私の感知範囲から外れてしまっているが、広場から跳躍した距離、その際使用したエネルギー量、跳躍してからの着地地点、そこから"毛蜘蛛"ちゃんまでの距離と道中。それらを計算していき、どの方角へ、どれだけのエネルギーを込めて跳躍すれば、広場まで到着するかを割り出す。
跳躍で、樹木の枝を折ってしまわない進路を算出したら、来た時と同じようにエネルギーに意思を込めて、助走をつけた跳躍を開始する。
三度、呼吸をしたところで広場が視界に入ってくる。今度は着地時の衝撃をしっかりと逃がせるように足に『緩和させる』意思を込めたエネルギーを集中させ、着地に備える。
まるで垂直の跳躍からの落下に対して、しっかりと衝撃を吸収して着地した時のように、周囲に影響を与えずに到着することができた。不思議なことに着地時に進行方向に滑っていくことも無かった。
さて、立派な家として大事なのは何といっても頑丈さだろう。
流石に私が全力で殴っても大丈夫、な耐久力を求めてはいないが、多少の嵐ぐらいではビクともしないぐらいの耐久力は欲しい。
それには、しっかりとした地盤と、ちょっとやそっとじゃ倒れることのない柱が重要になってくるだろう。
地盤に関しては、この広場一帯をしっかりと均してあるから良しとする。
柱は深く地面に穴を開け、そこに柱になる木材を差し込むことにしよう。念には念を入れて、六割ほど差し込むことにする。穴は、鰭剣を使えばすぐに掘れるだろう。
実際、"
家を建てる位置を決めて、柱を指す場所に印をつける。印をつけた場所に
いよいよもって、家の建築を開始しよう。
木材を囲っていた岩の板を一枚取り除き、ついでに石材として利用できるように細かく等分割しておこう。
木材を取り出し、まずは穴に柱として木材を刺して行く。後は、床、張り、屋根、とそれぞれ適した形に加工しながら、家を組み立てていく。
光の剣を作れるようになったおかげで、加工の幅がとても広がった。鰭剣は切れ味抜群で単純な形状を作る分には問題ないが、小さな穴等は物理的に作れなかったからな。今では、人差し指から小さな細い針の形状をした光の剣を作ることもできる。
日が沈むころには、家と呼べる形状をした建築物が出来上がっていた。
大きさ、広さは十分。高さは"角熊"くんよりも高い。空気を入れ替えが出来るように開閉式の窓と私が出入りするための扉も作った。光の剣によって小さな穴を開けられるようになったおかげだな。
一番満足度が高いのは何といってもちゃんとした新しい寝床だろう。これを作り上げるのに三日も掛かってしまった。
まずは、木材を髪の毛ほどの細さで切り取り、更にそれを五本にまとめてねじり、糸状にする。そうしてできあがった糸をさらに編み込むことで、木製の布を作ることが出来た。それから、私の以前の寝床と同じ容積の、木製布の袋を作った。
その袋の中にいっぱいになるまで木材を細かく薄く削ったものを詰め込んでいく。後は、いっぱいになった袋がちょうど収まるように直方体の岩の容器を作る。出来上がった岩の容器に袋を入れれば、新しい寝床の完成だ。
試しに出来上がった寝床に身体を預けてみれば、以前の寝床よりもはるかに快適であった。あまりの快適さに少しまどろんでしまったぐらいだ。
寝床から起き上がり、出来上がった寝床を見て、満足げにうなずく。家を建てるのよりもはるかに時間が掛かったため、達成感が凄まじい。袋が出来上がってからは早かったが、如何せん、必要分の糸を作り切るのに本当に時間が掛かった。というか、掛けた時間のほとんどがそれだ。
何にせよ快適な寝床が出来上がったのだ。手放しで喜ぼうとした時、ふと気づいて、私は青ざめた。
もし、寝返りを打って角や尻尾で布を傷付けたら、と。
間違いなく台無しである。その時の喪失感は考えるまでもなく、突然の雨によって突き固めた元・寝床のクレーターが水で埋まってしまった時の比ではない。
対策は無いかと私は考え、やはりこういう時はエネルギーに頼るのが一番だ、という考えに至る。
試験的に少しだけ余った木の糸に『耐える』、と強く意思を乗せたエネルギーを送ってみる。木の糸にエネルギーが宿ったのを確認したら、両手にそれぞれ括って軽く引っ張ってみる。普段なら、何の抵抗もなく千切れてしまうだろう。
が、喜ばしい事にエネルギーが込められた木の糸は千切れることは無かった。さらに強度を確かめるために引っ張る力を段々と強くしていきながら引っ張る行為を繰り返した。
結果は上々。流石に鰭剣を走らせれば切れてしまったが。引っ張る、という要因に対しては驚くことに私の半分ほどの力に耐えることが出来たのだ。
私は寝床の木の袋に触れて先程と同じように『耐える』、と意思を込めたエネルギーを袋に宿らせていく。エネルギーが宿っていることを確認したら、寝床に身を預け、就寝することにした。
艶やかな木の感触と、ふわりとした柔らかさが実に快適だ。
さて、明日はどうしようか。再び土器を作るために土を集めようか。それとも、さらに糸を、布を作って外出用の袋を作ってみようか。それとも、森を散策して"毛蜘蛛"ちゃん以外の動物を探してみるのも良いかもしれない。
この辺り一帯に動物はまるでいなかったし、"毛蜘蛛"ちゃんの巣にお邪魔した時も私の感知範囲には彼女以外の動物の気配は感じられなかった。これは、気になるな。
そういえば、"毛蜘蛛"ちゃんは最後に私に明確な言葉の意思を伝えてきてくれた。今思い出しても感動で泣きそうになるが、これはひょっとしなくても凄いことなんじゃないだろうか。明日は、"毛蜘蛛"ちゃんに会いに行ってみようか。もしかしたら、彼女と会話ができるかもしれない。うん。そうしよう。
まどろんできた意識に身を委ねて、意識を手放す。そういえばこの感覚も久しぶりか。まぁ、今回は目が覚めても、水の中にいたりはしないだろう。安心して眠ろう。
柔らかく自分の身体を支える感触が、実に心地いい。この心地良さにずっと浸っていたい。そうしているうちに意識がまどろんできたので、そのまま身を委ねて意識を手放してしまった。
次に私が目を覚まして家から出てみれば、辺りは日が沈み、空には無数の星が輝きを放っていた。
「あぁー・・・そっかぁ・・・しまったなぁ・・・」
思わず声が出てしまった。
考えてみれば、今まで私が目覚めたのは何かしらの外的要因があったからだ。地面のザラリとした感触にしろ、日光にしろ、水中にしろ。私は、自力で目覚めたことが無かったのだ。
快適すぎるのも考え物だな。多分、私が寝過ごした時間は一日ではない。もう二、三日寝過ごしていると考えた方が良いだろう。
そう思わせたのは、私が寝過ごす事となってしまった原因の、この寝床。それに使用している木の袋だ。寝る前に込めたエネルギーが無くなりかけていたのだ。ひとまず木の袋にエネルギーを込めなおしておく。
さて、どうしたものか。このままではずっと眠ってばかりのグータラドラゴンになってしまう。何か、上手く目覚める方法が無いものだろうか。
ここはまた、例によってエネルギーに頼ってみるか。
私が朝に起きるには、朝になったと私に伝える外的要因が必要だ。エネルギーを利用して、そんなことができるのだろうか。きっと、できる筈だ。考えるんだ。
外的要因、時間経過によるエネルギーの減少、エネルギー消失時に起こる事象。ならば、寝る前に何かエネルギーを込めたものが、朝になるころに無くなって、それによって外的要因が私に作用すれば、朝に目を覚ます事ができるのではないだろうか。
単純な奴で良い。ちょっと検証してみよう。
私は木材置き場から薄く加工した板を持ってくる。エネルギーに『堪える』と、意思を乗せて、ほんの少しだけ板に宿らせる。木の板を寝床の岩の縁に立たせてみると、どう考えても倒れてしまう角度なのに倒れることなく留まっている。私は立てた予測の結果に期待して、板に宿ったエネルギーが尽きるのを待つ。
エネルギーが尽きると、当然のように木の板は、私の顔に当たる場所に倒れた。
これだ。
後は、どの程度のエネルギーで朝にちょうどエネルギーが尽きるかだ。私は、エネルギーの減少速度から、大体の予測を立てて、意思を込めたエネルギーを木の板に宿して、寝床の岩の縁に立てかけた。
コツリ。と私の頭に何かが当たる。どうやら昨日立てかけた木の板が倒れて、私の頭に当たったようだ。
外に出てみれば日は昇り、澄み切った青空が広がっている。
成功だ。私は朝、起床する手段を手に入れた。
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