第529話 魔王のしきたり

 ルイーゼの家族構成は非常にシンプルで先代魔王の母親とその番である夫、そしてルイーゼ。その3名だけである。兄弟はいない。


 というか、魔王の家系はすべて一人っ子だ。それは先代であるルイーゼの母親も変わらない。


 人間の王族は様々な理由で子供を複数、それこそ複数の伴侶を伴っている場合すらあるが、魔王は違うのだ。


 魔王は代替わりをするわけだが、それはなにも役職を引き継ぐというだけの話ではない。

 周囲の者と隔絶した強大な力もまた、世代交代時に先代から継承されているのだ。


 魔族の寿命は長い。

 ルイーゼの現在の年齢は庸人ヒュムスならば老婆と言って刺し違えない年齢だが、寿命で換算すれば彼女は未だ乙女の年齢だ。

 …物の例えだから老婆と考えただけで厳しい視線を向けて来ないでほしい。


 が、やはり老婆というのが気に食わなかったのだろう。睨みつけるだけでなく人差し指で私の頬を押し付け始めた。


 「だ!れ!が!おばあちゃんよ!!?言っとくけどねぇ!魔王で86歳は全っ然若いんだからね!?」

 「もうすぐ87歳だよね?」

 「一緒よ一緒!!」


 そういった考えでまだまだ若いと思い続けていると、気付いた時にはもう若くな…ああ、分かった、分かったから、そんなに不機嫌にならないでくれ。


 話をルイーゼに遮られてしまったが、何を言いたいかと言えば、ルイーゼの両親は健在であるということだ。

 尤も、魔王の力をルイーゼに継承しているため、当時魔王だった頃の力を保有しているわけではないが。


 それはつまり、ルイーゼが引退する頃には、今ほどの力を持っていないということになる。引退後は私の家でウチの子達と一緒に暮らす予定の彼女ではあるが、魔王の力を後世に継承させた場合、どの程度の力になるのだろうか?


 「どの程度かって聞かれてもねぇ…。その時にならないと分かるわけないじゃない…。まぁ、仮に今すぐに後世に力を継承させたとしても、最低でもアンタのとこの熊ちゃんと互角の勝負ができるぐらいの力は残るわよ?私は、歴代魔王の中でもかなり強いんだから!」


 それなら、あまり心配はいらないか。

 とは言え、ホーディは今も自分を鍛え続けてその実力を伸ばしている。うかうかしていたら、引退した時には実力が追い抜かれていてもおかしくはない。


 「分かってるわよ。だからこそ、引退した時のために最近じゃ結構トレーニングしてるんだから」


 そのトレーニングを行っているところを、私は見たことが無いのだが…。もしかして魔王城に出現させている幻にさせているのか?

 しかし、それでは肉体的には鍛えられないのでは…?


 「いや、流石に毎日休みなく鍛えるのはどうなのよ…。休みは必要よ?」

 「重力負荷、掛けようか?」

 「やらんでよろしい!心配しなくとも、アンタの歓迎が終わったらちゃんと鍛えるわよ!今までもそうしてたんだから」


 今は私の案内をしているため肉体的なトレーニングはしていないらしい。

 『重力操作グラヴィレーション』による重力負荷のトレーニングも提案してみたがあっさりと断られてしまった。


 まぁ、ルイーゼが引退するのは彼女に番ができて後継者が産まれてからの話だ。当分先、数百年後の話になるだろう。今から考える必要はないか。


 それはさておき魔王の番、つまりルイーゼの父親の話だ。私の知る限りでは殆ど情報が無いのだが、一体どのような人物なのだろうか?


 「流れの武芸者だったわ。魔王国中を気ままに旅し続けながら修業をしてたの。今回起きてるような魔物の大量発生時に居合わせてね。当時の三魔将の1人に実力を買われてママに出会ったのよ」

 「魔王国筆頭の武力の持ち主である三魔将にそうまで気に入られたのなら、相当な強さだった?」

 「そうよ。三魔将の内2人は代替わりをしてるんだけど、その2人は何を隠そうパパの弟子なのよ」


 となるとルイーゼの父親は三魔将よりも強いのか。

 それならばルイーゼの父親が三魔将を務めるべきなのでは?


 「そうもいかないのよ。三魔将は明確に魔王の下の地位だから、対等であるはずの伴侶が三魔将になったら矛盾が発生するでしょ?それに、三魔将間で実力に差が開きすぎるのも問題なのよ」


 ルイーゼの父親、三魔将よりもかなり強いらしい。それこそ、明確な力の差が出るほどに。

 三魔将が魔王国の筆頭武力だというのならば、その3者間で明確な力なの差が発生してしまうのは、拙いことなのかもしれない。


 しかし、流れの武芸者の身で、良くルイーゼの母親と番になったものだ。


 「そこはママが積極的にアプローチしたそうよ?パパから聞いた話なんだけど、出会った時のパパを見るママの目が、獲物を前にした猛獣と同じような目だったって言ってたわ」


 自分に相応しい相手だと判断し、逃がすまいと思ったのだろう。

 なにせ三魔将を超える強さらしいのだ。"楽園深部"の魔物にも対抗できるだけの強さなのかもしれない。


 なるほど。それだけの強さを持った人物と魔王との間に産まれたから、ルイーゼも歴代魔王の中でも特に強い力を持っているのか。


 そうなると、魔王の伴侶には相応の実力が必要になるみたいだし、ルイーゼが番を見つけるのは、彼女の母親よりも難儀しそうだ。

 ルイーゼ自身、今のところ気になる相手がいないようだしな。


 「ルイーゼの祖父の代とかは番はどうしてたの?」

 「お爺ちゃんの代までは基本的に三魔将の誰かに勝負を挑んで勝ったらって話だったわね。ま、そういった意味ではパパも三魔将より強かったわけだから条件をクリアしてるんでしょうけど」

 「つまり、ルイーゼの相手も三魔将に勝てるだけの実力が欲しいってこと?」

 「…まぁ、そうなるわね」


 簡単には見つからなそうだな。少なくとも、何もせずに待つだけではかなり時間が掛かる気がする。

 いっそのこと、私がよさげな魔族を見つけて鍛えた方が良いのかもしれない。


 「余計なお世話よ。…まぁ、行き遅れそうになったら頼むかもしれないけど…」


 望まれていないことをやるつもりはない。余計な行為だと判断するならば私は大人しく引き下がろう。

 それでもルイーゼから頼みにくる場合、その時は本当に候補者が見つからなかったか、あるいは余程気に入った相手が求めている強さを持っていなかった時なのだろう。


 ルイーゼに限った話ではないが、親しい者に結ばれたい相手が現れたのならば、私はその思いを応援したい。助力を求められれば喜んで力を貸そう。

 尤も、ルイーゼのように余計なお世話と拒否される場合の方が多いかもしれないが。


 私が好感を抱き親しくなった者達は、自分の問題は自力で解決しようとする傾向がある。というか、私がそういった考えを好むのだ。


 そんな普段は自分のことは自分で解決しようとする者達だからこそ、頼られると嬉しく思うのだろう。


 それはそれとして、ルイーゼの両親には一度会っておきたいな。どちらも面白そうな人物だから直接この目で見てみたいのだ。


 「ルイーゼの両親は今も魔王城に?」

 「ううん。先代は引退すると魔王城から出ていくわ。一応残ってても良いってことにはなってるんだけどね…。ま、国政に関わらずにのんびり過ごしたいのよ」

 「だとすると、今回の訪問では会えそうにないかな?」


 ルイーゼの両親に興味があったのだが、魔王城からでて隠居しているのであれば、会うのは難しそうだ。


 「まぁ、問題無いんじゃない?誕生日パーティーには普通に出席する筈だし、言ったでしょ?ウチの国民みんなアンタのファンだって。パパやママもそうなのよ。むしろアッチからアンタに会いたがるわ」


 それは良いことを聞いた。是非仲良くなってルイーゼの幼いころの話などを聞かせてもらうとしよう。

 私は私でルイーゼとの体験を両親に言って聞かせるのだ。きっと盛り上がると思う。


 「…まぁ~た何か禄でもないこと企んでるでしょ?パパとママと話をする時は私も一緒にいるってこと忘れないでよ?」

 「勿論だとも」


 そっちの方がルイーゼの反応が見れて楽しそうじゃないか。



 買い物も一通り終わり、夕食までの時間ができたので、夕食の時間まで少しルイーゼを鍛えようと思う。

 先程の会話に感化されたこともあるし、そろそろルイーゼに"氣"や星の力の扱い方を教えようと思ったのだ。


 前からルイーゼは"氣"を扱うことはできていたようだが、放出はできていなかったようだし、魔王城に到着するまでに"氣"の放出ができるようにしておきたい。

 特にルイーゼが誰かと戦うという予定はないが、目標は会った方が良いだろうからな。


 訓練を行う場所は『亜空部屋アナザールーム』だ。何が起こるか分からないからな。可能な限り安全な場所で行った方がいい。


 「それじゃあ、まずは"氣"を放出できるようになってみようか」

 「いきなり言ってくれるわね…。"氣"は操作できるようになるだけでもかなり大変なのよ?」

 「それは認識するのに手間取るのが原因だよ。ちょっと抱きしめるよ?」


 既にルイーゼは"氣"を制御できるので必要はないかもしれないが、一応ウチの子達が"氣"を認識できるようになった方法をルイーゼにも試してみる。


 一言断ってからルイーゼを後ろから抱きしめさせてもらったわけだが、事前に伝えたこともあってか抵抗は無かった。


 「んで?この状態からどうす…ってな、なに?私の"氣"が…なんか、変?」


 変とは言ってくれる。私の"氣"をルイーゼの"氣"に浸透させているだけである。

 多少普段とは勝手は違うが、ルイーゼの"氣"であることに変わりは無い。ただ、私でも操作可能になってその感覚をルイーゼも理解できるというだけのことだ。


 「…いや、とんでもなく無茶苦茶なこと言ってない!?自分の"氣"を他人の"氣"に浸透させるとかおかしいでしょ!?」

 「とりあえず、少しで良いから"氣"を放出してみようか。手を前に出して?」

 「ねぇ、話聞いて?」


 ちゃんと聞いているし無茶はさせないから心配しないでほしい。

 本来は"氣"の放出に手を前に突き出す必要はないのだが、手と言う部位は感覚に優れているため、コツを掴みやすいのだ。

 私も魔力の扱いを習熟する際は、始めの内は手のひらから魔力を放出して操作していた。


 ルイーゼが右手を前に突き出したので、彼女の手のひらから"氣"を放出させてみよう。


 「うひっ!?か、勝手に"氣"が動いて体から出てくの、なんか気持ち悪い!」

 「でも"氣"が放出された感覚は理解できたよね?」

 「できたけどさぁ…。え?コレ何度も続けるの?」

 「何度もはやらないよ。ルイーゼが習得するまで。ルイーゼなら、ある程度やれば1人でできるようになるんじゃないかな?」


 ウチの子達と違ってルイーゼは既に氣功術を使用可能なのだ。

 放出した"氣"を操作するのはまだ難しいかもしれないが、放出すること自体はそれほど時間を掛けずにできるようになる筈だ。


 「感覚は分かっただろうし、今度は一緒にやってみよう」

 「わ、分かったわ。やってみる!」


 ルイーゼだけにやらせるわけではないので、失敗する心配はない。今回も少量の"氣"がルイーゼの手のひらから放出された。


 「どう?コツとか掴めそう?」

 「不思議な感覚ね…。すっごく動かし易い…」


 重たい荷物を私が先導したうえで2人で運んでいるようなものだからな。動かし易いのはその通りだろう。

 この様子なら、後2,3回も繰り返せば、ルイーゼだけで"氣"の放出が可能になりそうだ。

 それが終わったらいよいよ本番だ。少なくとも、夕食の時間までには問題無く1人で"氣"を放出できるようになってもらおう。


 さて、引き続き"氣"の放出を行うとしよう。

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