第528話 ベルガモスのあれこれ
ルイーゼの誕生日に行う予定のサプライズについて説明も終ったし、意識を工場内に戻すとしよう。
「ちょっと待って?私にくれるって言う服の説明がまだだけど?」
「全部説明してしまったらサプライズにならないだろう?良い物なのは保証するから、楽しみにしてて」
「どういう服かを説明する気は一切ないのね…」
一切ないとも。まして披露する際には私もフレミーの服に着替えてお揃の服を着た様子を披露するつもりなのだ。
勘の良いルイーゼのことだ。"お揃い"という言葉を聞いただけでもどういった服を着せられるのか、予想がついてしまう可能性が高い。
そうなったら私の計画が台無しだ。そのため、これ以上の情報は与えないのだ。
「ま、悪い物じゃないでしょうし、期待しておくことにするわ」
ルイーゼも引き下がってくれたことだし、改めて工場見学を再開しよう。
工場見学が終わったら、今度はベルガモスの飼育場を案内してもらった。
なお、工場で完成した織物はその場で購入することはできなかった。完成した品は既に卸先が決まっているので、割り込むように購入することができないのだ。
この時に知ったのだが、ゼストゥールの件があるため、魔王国では民は理不尽に振るわれる権力に屈しない心の強さを、権力を持つ側は権力を行使して他者に何かを強要する行為を許さない心を国の信条にしているようだ。
4代目新世魔王、つまりルイーゼの祖父に当たる人物が魔王という立場を利用して個人的にどうしても欲しい品を強引に手に入れようとした過去があるのだが、それまで高かった支持率が途端に暴落したらしい。
行動の理由がかなり下らないことだったらしく、そのおかげであまり大事にはならなかったようだが、看過して前例を作っていれば第2のゼストゥールになっていたかもしれないと危惧する者達も一定以上存在するようだ。
なにが言いたいかと言えば、私が魔王国の住民達からどれだけ慕われていようと、工場内で完成した商品を購入はできないということだ。欲しければ卸先で買って欲しいのだろう。その方が卸先としても嬉しいだろうからな。
資金には余裕があるし、布を扱う店に足が生えて逃げ出すわけでもないのだ。ベルガモスの飼育場を見学し終えたら、早速布を買いに行こう。
で、そのベルガモスなのだが、巨大な蛾である。そもそも絹が蚕と呼ばれる蛾の幼虫が作る繭から取れるため、予想できていたことだ。
ただ、ここで1つハプニングが発生した。
ベルガモスがいくら巨大とはいえ、繭は流石に大した大きさではない。レイブランとヤタールの嘴ならば、容易に丸のみができる。
更に拙かったのは、ヤタールは目が覚めたら食事にしようと考えていたことだ。
そう、ヤタールがこのタイミングで目を覚ましてしまったのだ。
目が覚めた時に視界に移った大量のベルガモスの繭を見て、この娘は御馳走だと思ったようだ。
〈美味しそうな蟲がいっぱいなのよ!食べ放題なのよ!〉
「えっ!?ちょ!駄目よ!その子達は食べ物じゃないの!」
優しく抱きかかえていたこともあり、あっさりとルイーゼの腕から飛び立ってしまったヤタールが、繭を嘴で咥えようとしたところでヤタールを私の腕の中に強引に戻した。『
もう少し遅かったら大惨事になっていただろうな。飼育している者も一瞬で青ざめていた。
「食べたらきっと美味しいのだろうけど、その子達はやることがあるから、食べないであげてね?」
〈ゴハンじゃないのよ?美味しそうなのよ?〉
首をかしげて私に尋ねる姿は可愛らしくて仕方がないのだが、それでも今のこの娘を好きなように行動させるわけにはいかない。
「まだご飯の時間じゃないからね。もう少し我慢してようか」
〈ゴハンじゃないならもうちょっと寝てるのよ…〉
相変わらず大人しく見学するつもりがないのだろう。再びルイーゼの腕の中へと戻っていってしまった。私の腕の中でも良かったんだがな…。
「ふぅ~~~っ!あ、危なかったわ…。ごめん、ちょっと油断してたわ…」
自分がヤタールを放してしまったのが原因のため、ルイーゼも相当焦っていたようだ。さっきの一瞬でかなり冷や汗をかいてしまっている。
「この娘がこのタイミングで起きるとは想像がつかなかっただろうし、仕方が無いよ。それに、被害は無かったのだから、あまり気負わないようにね?」
気負う必要があるとするなら、私の方だろう。ヤタールを魔王国に連れてきたのは私なのだから。
というか、今もぐっすりと寝ているレイブランがこの場で目覚めたら、この娘もベルガモスの繭に向かって突撃しそうな気がしてならない。
今のうちに魔力ロープで繋げておこう。
案の定、割とすぐにレイブランも起床してベルガモスの繭を見て繭の元までと突撃しようとした。
予め魔力ロープで繋げていたため、繭が食べられるようなことは無かった。
〈ノア様?動けないわ?これじゃあそこにいる蟲が食べられないわ〉
「食べてはダメだからね。ルイーゼに怒られちゃうよ?」
〈でもとっても美味しそうよ?ヤタールが起きてたら絶対食べようとするわ〉
結局、レイブランも説得が終わると再び眠りについてしまった。大きな動きが無いため、退屈させてしまっているようだ。
「グキュウ…。全然見えなかった…」
〈相変わらず食い意地張ってるなぁ~〉
〈姫様が手綱を握っているとはいえ、私達も彼女達を見張っていた方がいいでしょうね〉
わりかし全力で繭に突っ込んでいったからな。リガロウが見えなくても仕方がないのだ。
そしてラビックとウルミラは、レイブランとヤタールが目を覚ました際に、何かしでかさないか見張ってくれるらしい。私の役に立とうとして何かできないか模索してくれたようだ。素直にとても嬉しい。
尤も、あれから昼食までにレイブランとヤタールの目が覚めることは無かったが。私の助けになろうとしてくれたのが分かるので、文句はない。
さて、そんなハプニングがありながらも、見学は進んでいった。
ベルガモスは本来ならば凶暴な性格らしいのだが、飼育場のベルガモスは意外にも大人しかった。
だが、飼育員に聞いてみると普段はもっと気性が荒いらしい。
想像がつかないかもしれないが、ベルガモスの鱗粉は極めて危険で、その一粒一粒がベルガモスの意思1つで厚さ3㎝の魔鉄鋼製の盾を貫く破壊光線となるのだ。魔族達からはスケイルビームと呼ばれている。
全方位に発射可能で精度も抜群、そして気性が荒いこともあり、捕獲は困難を極める。間違っても素人が手を出していい魔物ではない。
仮に野生のベルガモスに遭遇してしまった場合、近場の警邏や軍関係者に報告し、速やかな駆除を推奨されている。
許可を取ってから近づいてみたのだが、非常に従順だった。これはつまり…。
「アンタが格上だって分かってるんでしょうね。ちなみに、私の前でもこの子達が暴れたのを見たことが無いわね」
意識を集中して大人しくしているベルガモス達をを見れば、確かに恭順の意思を感じられた。
ベルガモスはいくつか魔術を使用できるが、スケイルビームよりも強力な攻撃手段を所持していない。
つまり、スケイルビームを無傷で耐えられる者には全くの無力なのだ。
そして、私はおろか、この場にいる全員にスケイルビームはまったく通用しない。そう、リガロウにさえもだ。
ベルガモスは、私を見てすぐにこの場にいる者の中で私が最も強いと判断したようだ。だからこそ私に対して恭順の意思を示したのだろう。
とは言え、私はこの子達に私の配下になって欲しいわけではないのだ。
今後も健康に育ち、良質な繭になって欲しいと願うばかりである。
ベルガモスの飼育場を見学し終えたら、レイブランとヤタールにとってお待ちかねの昼食の時間だ。
肉も魚も野菜も満遍なく提供されたわけだが、デザートが一風変わっていた。
マリーベリーと呼ばれる、独自の甘味と酸味のある果実を使用したシャーベットだったのだ。
このマリーベリー。ベルガモスの食料となる植物から採れるらしく、良質な繭になってもらうためにこの植物も自ずと品質が向上していった。
そして大量のベルガモスを育てるため、マリーベリーもまた大量に栽培しているため、果実も大量に手に入るというわけだ。
ベルガモスが食べるのはあくまでもマリーベリーの葉だけなので、果実の方は魔族達が美味しくいただいているというわけだな。
栄養価が高く、ドライフルーツやジャムにして食べるのが一般的で、今回のようにシャーベットとして提供されるのは珍しいのだとか。
「アンタに喜んでもらうために頑張って開発したらしいわよ?」
「それは嬉しいね。何かお礼を考えないと」
ニアクリフではバラエナ内部の絵を。ジービリエでは歌を。さて、今回はどういった返礼をすべきかな?
「無理にお礼を考えなくても良いのよ?」
「こればかりは気分の問題だからね…」
まぁ、あまり悩んでいても折角の美味い食事の味が落ちてしまう。食事は食事で楽しんでおこう。
昼食が終わったら、今度は買い物の時間だ。工場で製作した織物やその織物で作られた服を、気の済むまで購入させてもらうとしよう。
出来上がった織物を実際に触れてみるのはコレが初めてなのだが、見事な肌触りだ。フレミーの布ともまた違った心地良さがある。
どちらが良いかと聞かれれば迷わずフレミーの布の方がいいと答えはするが、少なくとも私が初めて意識を覚醒した際に身に付けていた"布のような物"よりは肌触りが良いのは間違いない。
ちなみに、私が最初から身に付けていた"布のような物"なのだが、フウカから下着を提供されてからは身に纏わなくなっている。
そして下着を家に持ち帰りその存在を知ったフレミーも、率先して下着を制作してくれたのだ。
そのため、旅行中はフウカが仕立てた下着を、家ではフレミーが仕立てた下着を身に付けている。
単純に出来が良いからな。身に付けない理由がない。
胸は優しく包み込むように、尚且つ下から支えるような構造をしているので体が動かしやすいし、股間の方の下着も僅かでも動きが阻害されるようなことが一切ない。
肌触りも滑らかで心地良く、一度使い心地を知ってしまうともう"布のような物"には戻れなくなっていた。
デザインも秀逸だ。
私の尻尾カバーを参考にしているためか、胸の下着も股間の下着も、どちらも細かな花の刺繍が施されている。どう考えても通常の衣服よりも細かい刺繍だ。
普段は決して見えない場所だというのに、凄まじい拘りを感じさせる。
ルイーゼですらここまで凝った刺繍を施された下着は持っていなかったようで、私の下着を見た時は驚いていた。
ただ、存在自体は知っているらしい。自分で使用する気が無かっただけのようだ。
「意外だね。そういうの、気にする方だと思ってた」
「いやまぁ、魔王たるもの見えない部分にも気を使うべきだって言われてはいるんだけどね…。見えない場所だし見せる相手もいないんだから、別に良いかなって」
私は普通に見ているが?
「そういう意味じゃないわよ!…ま、アンタに言っても分かんないか」
どこか侮るような表情で[お子様だものね]とこぼしている。
確かに私は産まれたてだが…。
?
下着を見せる必要性…?
って、ああ、番になる相手に見せたいのか。
「ルイーゼには番になる相手はいないの?」
「生々しい表現やめなさい。それと、魔王の伴侶なんてそうそういないわよ。ママもパパを見つけるのにかなり時間掛かったって言ってたし」
ルイーゼの父親か…。
母親が先代魔王なのは知っているが、父親の情報は殆どないな。気になる。
聞いてみても良いのだろうか?
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