第527話 サプライズ計画、一部頓挫

 ジービリエの次に到着した街も、相変わらずの歓迎ぶりだ。街の入り口に大きな歓迎の言葉を記されたアーチが備えられていた。


 しかし、ニアクリフやジービリエとは違う点がある。前2つの街では歓迎の言葉は木の板に塗料で言葉を書いてあったのだが、今回の街では大きな布に歓迎の言葉が刺繍されていたのだ。


 「刺繍が盛んな街?」

 「ちょっと違うわね。織物の街よ。この国の高級衣服はこの街で作られた織物で作られている品が殆どなの」


 織物、つまり布か。となれば、当然衣服を扱っている店も複数あるのだろう。

 魔族の普段着なども確認できるかもしれない。フレミーやフウカに送って私の服の参考にしてもらうのだ。


 織物の街だというのなら、服にする前、つまり布の状態でも販売している筈だ。こちらは大量に購入してフウカに渡すのだ。

 彼女ならば魔族の衣装を参考に彼女独自の服を仕立ててくれるだろう。

 彼女の店兼家に接地した風呂のこともあるし、再開が楽しみである。



 街の住民達から歓迎の言葉を受け取り宿に宿泊手続きを済ませたら、早速今回の見学先へと案内された。


 織物を制作している巨大な工場だ。数百台の機織り機が均一に並べられ、機織り機の前に座る者が手早く動かして布を作り上げていく。

 その一連の動作には迷いがない。誰もが皆、熟達した職人のような手つきで機織り機を動かしている。


 「壮観だね。まるで軍や騎士の訓練を見ているようだ。動きにムラが無い」

 「こういうちょっとずつ物ができ上がっていく様子ってさ、ずっと見ていたくならない?」


 なる。その気持ちはよく分かる。つい、見守っていたくなるというか、完成するところを見届けたくなるのだ。ルイーゼもこう言っていることだし、しばらく足を止めて観察させてもらうとしよう。


 ああ、コラコラ。レイブランもヤタールも、こんなところで飛ぼうとしたらダメだよ?工場内は清潔にされているみたいだからね。

 貴女達の羽毛が抜けて辺りに散らばるとは思っていないけど、埃は舞うだろうから、大人しくしていよう?


 〈退屈だわ!色々と見てみたいわ〉〈じっとしてるのは苦手なのよ!見たいものが沢山あるのよ!〉


 2羽はあちこちへ飛んで観察に行きたいようで、翼を広げて私に抗議してくる。

 柔らかな羽毛が頬に当たって気持ちいい…。ではなく。抱きかかえることで落ち着いてもらおう。


 「それじゃあ、片方は私が抱っこさせてもらうわ」


 レイブランとヤタールは烏にしては非常に大きい。2羽まとめて抱きかかえようとすれば、どうしても不格好になってしまうところだった。


 そこに助け舟を出してくれたのがルイーゼだ。

 彼女の場合、単純にレイブランとヤタールのどちらかを抱っこしたいだけなのだろうが、今の私にとってありがたい申し出である。


 私がレイブランを抱きかかえ、ルイーゼにはヤタールを抱きかかえてもらおう。

 ずっとそうするのではなく、後で交換する予定だ。


 早速抱きかかえたレイブランの体を撫でまわさせてもらおう。ああ…フワフワで気持ちいい…。

 負けじとルイーゼもヤタールを撫でまわしているな。羽毛の感触が良いようでとても気持ちよさそうな表情だ。


 気持ちよさそうにしているのは私達だけは無い。レイブランとヤタールもだ。目を閉じてうっとりとした表情で私達の腕の中で大人ししている。


 「むふー!気持ちよさそうにしちゃってもう…!ココ?ココが良いの?」

 〈ソコなのよ!ソコを撫でて欲しいのよ!ああ~…気持ち良いのよ…!〉


 ルイーゼとヤタール、楽しそうだな。私達もやるか?

 私もレイブランを積極的に撫でようとしたら、この子が大人しくしていた理由が分かった。


 〈………〉

 〈レイブラン、寝ちゃってるね…。気持ちよさそう…。ご主人!後でボクにもやって!〉

 〈彼女達が別々の反応をするのも珍しいですね…〉


 レイブランは、熟睡していたのである。

 ならば、折角気持ちよさそうに寝ているのだから積極的に撫でるのは止めておこう。この熟睡が続くように、優しく撫で続けてあげるのだ。

 私が撫でることでこの娘がこれほど気持ちよさそうにしていると思えば、より一層心が満たされる。

 ウルミラも後で抱きかかえられて撫でられたいそうから、しっかりと覚えておこう。


 そしてラビックの発言に、ふと今までの2羽の様子を思い返してみる。

 確かに、この娘達は何をするにしても必ず2羽で行動していた。口(?)に出す思念に差異はあれど、動作や思念を送るタイミングは、寸分なく同じだったのだ。

 勿論、彼女達は寝る時も同じタイミングだ。と言っても私は実際に見たわけではないが。


 私が家で生活する際、誰が一番最初に寝るかと聞かれたら私だからな。

 その後にラビックが。そしてレイブランとヤタールが同時に寝るそうだ。皆が寝静まるまで起きていたフレミーから教えてもらったことがある。


 そんなレイブランとヤタールが、今は別々の行動をしている。これは非常に珍しいことだ。と思っていたら、徐々にヤタールも眠そうな表情をし始めた。


 「あらら、眠くなっちゃった?良いわよ?優しく撫でてあげるから、ぐっすり寝ましょうねぇ~」

 〈ちょっと寝るのよ…。起きたらゴハンなのよ…〉


 …この娘達、まさか工場見学するぐらいなら寝てた方がマシだとでも思っているのだろうか?…この娘達の性格を考えるとありえない話ではないな。

 まぁ、無理に付き合わせる必要はない。何より可愛いのだから、この可愛さをじっくりと堪能させてもらうとしよう。



 いやしかし、この機織り作業なのだが、出来上がった布で作られた衣服が高級品だと言われている理由がよく分かるな。


 使用している素材は蟲型魔物・ベルガモスの繭を利用している所謂絹糸なのだが、この繭1つから精製できる糸の長さは約2500m。

 これだけで見ればかなりの量を採取できるように思えるが、糸を布にするには膨大な量の糸が必要になる。

 私やルイーゼの全身を覆うような豪華な衣装を制作する場合、必要な糸の長さは4000~5000㎞もの糸が必要になるそうだ。

 つまり、衣装を一つ作成するのに繭が2000個近く必要になるのだ。


 そして繭を手に入れるためのベルガモスなのだが、本来は凶暴な性格で飼育が非常に困難なのだとか。

 しかも、飼育に成功しても体調によって繭の質が変化するため、健康管理には気を使う必要がある。

 要するに、繭の数を揃えるためには相当な労力を必要とするわけだ。

 そんな繭を数千個用いて作られる衣装なのだから、高額になるのは当然なのだ。


 しかし、それだけの価値はあるのだろう。絹糸から作られた布なだけあって完成した布は非常に美しい。

 柔らかくしなやかで、優しい光沢を放っているのだ。触り心地も非常によさそうである。

 最初から大量に購入することを決めていたが、益々欲しくなるな。


 「今更だけど、ルイーゼの着てる服って?」

 「ええ、ベルガモスの絹糸から作られた最高級の服よ。極薄の三重構造になってて中間層には魔術効果を発揮するための魔術言語がいくつも縫い付けられているわ」


 外見からは魔術効果がある用には見えないようになっているということか。布を三枚に重ねたらその分重量もありそうではあるが、そこはベルガモスの絹糸だ。軽くて頑丈なため、これでも綿や麻の布よりも軽いらしい。


 ルイーゼが着ている服はすべて同じような仕様になっているそうだ。

 私も2着欲しいな。フレミーとフウカに渡してその技術を学んでもらうのだ。


 「その服って価格は大体どれぐらいするの?」

 「そうねぇ…。今着てるこの服だったら大体5000万テムぐらいかしら?欲しいの?オーダーメイドだから結構時間も費用も掛かるわよ?」


 だろうなぁ…。そう簡単には手に入らなそうだ。いっそのことルイーゼから譲ってもらおうか?


 あ!そうだ!フレミーの服をルイーゼに渡す予定だったし、それと交換と言うのはどうだろうか!?我ながら実に良いアイデアだと思う!

 しかし、この提案を今この場で言うべきだろうか?


 ルイーゼに渡すフレミーの服はサプライズプレゼントの1つとして用意した物だ。交換するとなればその存在を教えることになってしまう。


 悩ましいな。一度思いついてしまった手前、ルイーゼにフレミーの服の存在を教えたがっている私がいる。

 きっと喜んでもらえるとは思うのだが、ルイーゼのために用意したサプライズプレゼントは彼女の誕生日に渡す予定なのだ。


 多分、このペースで観光案内をされた場合、ルイーゼの誕生日にちょうど魔王城に到着すると思うのだ。

 それはつまり、ルイーゼの誕生パーティーが開かれるのではないかと予想している。その時に彼女に魔術を用いてフレミーの服を着せてあげるのだ。私が考えた計画である。


 …ん?待てよ?

 この計画は魔王国に向かうまでは完璧だと思っていたのだが、ルイーゼは、何かをする場合は事前に知らせてもらいたいと言っていたな。

 全容を教えるつもりはないが、魔術で着ている服を着替えてもらうぐらいは伝えた方が良いだろうか?


 内容が内容だけにルイーゼに直接相談するのもどうかと思うし…やはり悩ましいな。


 よほど表情に出ていたのだろう。ルイーゼが私に尋ねてきた。


 「まぁーた何か企んでるの?そういう顔してたわよ?」

 「うん、ちょっと相談しようかしまいか悩んでてね…」


 具体的なことは説明しない。未だに話してしまっていいか決めかねているからだ。


 「[できることなら先に言って]って今朝言ったばかりよね?」

 「………」

 「はい黙らない!何をしようとしてるのかキリキリ吐きなさい!」


 むぅ…。やはりだんまりを決め込むのは難しいか…。仕方がない。少しだけ説明しよう。


 「もうすぐルイーゼの誕生日でしょ?」

 「そうね。フフン、緻密な計画を立てて当日に魔王城に到着するように計画を練ってるわよ!」

 「当然、当日は誕生パーティーを開くんじゃない?」

 「勿論!アンタの歓迎も含めて結構盛大なのを開く予定よ!もう準備は全部整ってるわ!」


 準備万端と語るルイーゼの表情は自信に満ち溢れている。かなり前から準備を進めていたのだろう。

 となれば、当然それに合わせた衣装も持ち合わせているか。


 「実は私もルイーゼの誕生日は知っていたからね。プレゼントをいくつか用意してある」

 「アラ!良いの!?もぉ~、何を渡す気でいるのよぉ~!アンタのことだからとんでもない物を用意してたりするんじゃない?」


 プレゼントを用意していると言った途端、ルイーゼの表情が緩やかになった。

 口の両端が吊り上がり、嬉しさを隠そうとして隠せていない表情だ。ヤタールを抱きかかえたまま体をくねらせて揺れている。


 「プレゼントの1つにはルイーゼの体に合わせた服があってね、それを魔術で一瞬で着せようと思ったんだ。サプライズプレゼントになると思ってね」

 「…あ、予め聞いておいて正解だったわね…。それやったら間違いなくその場にいた全員が驚いてたわよ?」

 「だろう?良い物を用意したから、きっと喜んでもらえると思うし、ついでにルイーゼの驚く顔が見れるだろうから凄くいい案だと思ったんだ」

 「アンタって本当に私を驚かせようとするのが好きねぇ…」


 反応が楽しいからな。後、確かに私はルイーゼを驚かせるのが好きだが、それは彼女だけに限らない。


 最近分かってきたことだが、私の行動で他の者が驚く様子を見るのは、結構楽しいのだ。

 特に、私と親しい者が驚く様子を見るのは愉快な気分になる。


 勿論、悪い意味で驚かせるつもりはない。もっとこう…娯楽的な…そう、楽しい気分にさせたいのだ。

 相手も驚いて楽しむ。その反応を見て私も楽しい思いをする。どちらも楽しい素敵な関係。


 と思っていたのだが、ルイーゼはあまりサプライズを好まないようだ。

 相手を不快にさせてまで楽しい思いをしようとは思わない。ルイーゼが嫌がるのなら、サプライズは控えるべきだな。


 だが、私にも譲れない部分はある。

 どのような服を魔術で着せるかは、その時になるまで意地でも言うつもりはない。


 お楽しみと言うヤツである。

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