第526話 "楽園"から喚ばれた者達
召喚が終わり私達の目の前に現れたのは、体長5mほどの巨大な漆黒の猿型魔物と体長3mほどの白い虎型魔物だ。どちらも生息する領域の中では、平均的な魔力を保有している。
猿型の方が"楽園中部"、虎型の方が"楽園深部"の魔物だ。どちらも平伏した状態から微動だにしていない。
ルイーゼが2体の魔物に唖然としていると、彼等は互いに視線を交わした後、私達に思念を送って来た。
〈〈我等が麗しき姫君様。招集に応じ馳せ参じました。我等にお声がけ下さり、恐悦至極に御座います〉〉
一応、彼等には少し私のいる場所まで顔を出して欲しいと伝えてから召喚を行ったのだが、何やら大事に捉えられてしまっている気がする。彼等からは、期待に満ちた感情が沸き上がっているのだ。
こうまで期待されると、下らない理由で召喚してしまったのが少々申し訳なくなってくる。が、呼んでしまった以上は用件を済ませよう。
まずは紹介からだ。
「私の我儘に付き合ってくれてありがとう。紹介しよう。彼女は私の親友のルイーゼ。この地の収める魔王でもあるよ」
「へ?私?」
〈〈お初にお目にかかります、魔族の王よ。貴方様方のお噂はかねがね伺っております…〉〉
「えっ!?わ、私貴方達に知られるようなことしてた!?ってあ…!」
何かを思い出したかのようにルイーゼが気まずそうな表情をしだした。多分、例の雨雲のことを思い出したのだろう。
だが、あの件は私が終わったことと水に流したのだ。彼等が気にすることではない。彼等の魔王に対する噂は、別のことである。
〈誤解無きようお願いいたします〉〈我等は魔王の役割を存じておりますれば〉
「へ?」
「"楽園"にいる子達が外部のことを何も知らない、と言うわけでもないみたいだからね」
"楽園"の住民達は"浅部"に限らず"楽園"外部の情勢を全く知らないというわけではなかったりする。
流石に"最奥"とまでなると又聞きした程度の知識となってしまうようだが、一応ウチの子達も人間の存在は知っていたのだ。
"中部"や"深部"の住民が又聞きの知識で魔王の存在を知っていても、可能性としてゼロではない。
さて、彼等をこの場に召喚したのはルイーゼに三魔将の1人であるエクレーナの実力と比較してもらうためだ。
正確でなくて良い。彼女に程度の実力があるのか大まかにが分かれば、それで良いのだ。
早速確認してもらおう。
「で、エクレーナの実力ってこの子達と比べてどう?」
「どうって…アンタ、まさかそのためだけに…?」
「うん」
ルイーゼが非難がましい視線を私にぶつけてくるが、2体の魔物からの感情に変化はない。
彼等にも私達の会話の内容は耳に入っているし、内容も理解しているにも関わらずだ。
私から声が掛かり、こうして直接対面できた。それだけで彼等は嬉しいらしい。
虎型の魔物の方など、先程からひっきりなしに尻尾を地面に叩きつけて喜びを隠そうとしていない。
勿論、下らない理由で呼んでしまった以上、その詫びも兼ねて彼等には私の魔力を少し分けようと考えている。私の本来の魔力である七色の魔力でだ。周囲を隠蔽しているから感知される心配もないため、自重はしない。
とは言え、永続的に影響が出るほどの量を与えるつもりはないが。
猫喫茶でボス猫のチャチャにおやつを与えていたあの感覚に近いな。
私の返答にルイーゼが絶句してしまっている。
10秒ほど固まった後、大きなため息を吐き出してようやくエクレーナと比較を始めてくれたようだ。
「…コッチの大きなおサルちゃんよりは強いけど、コッチの白虎ちゃんほどの強さは無いわね。多分10秒も持たないわ。この子、電気とかに強いでしょ?」
「そうだね。その子は種族として電気を操る魔法を使えるみたいだからね。電撃を放っても逆に返されると思うよ」
虎型の魔物は、純粋な虎の姿形をしているわけではない。
前後の両足には羽根に似た部位が生えていて、いかにも空中で行動ができるような見た目をしているし、自分の尻尾の付け根にまで届くほどの長く太い一対の髭を生やしている。
長く伸びた髭は帯電していて地面に触れる気配は一切ない。ホーディの角と似たような部位なのだろう。
毛並みも美しく、実に触り心地が良さそうだ。ルイーゼも撫でたそうにしている。
勿論、普段から手入れをしているウチの子達ほどではないが、仮に私の持つ洗料で体を洗ってあげたらこの子の背中で寝転がりたくなるぐらいには見事な毛並みになるだろう。
虎型の魔物ばかり褒めているが、決して猿型の魔物の毛並みが悪いわけではない。
彼の毛並みは艶があり、長さには一切の不揃いなく均一に揃えられている。
頻繁に毛づくろいをしているのだろう。此方もまた触り心地が良さそうだ。頭をこちらに向けているので、是非とも頭を撫でてあげたい。
が、それは後にしておこう。今はエクレーナについでだ。
虎型の魔物と彼女が戦った場合10秒も持たないと言っていたが、その理由は電気が通用しないことに起因しているらしい。
「エクレーナは、電気を使った魔術が得意なの?」
「そうね。"紫雷光"の異名で呼ばれるぐらいには電気の扱いを得意としているわ。つまり、その自慢の電気の制御を奪われると、魔力も肉体も負けてる相手にはどうしようもないのよ」
エクレーナの身体能力や魔力は虎型の魔物程は無い、と。
つまり、相性が最悪なのだ。10秒も持たないということは、身体能力や魔力にも大きな差がありそうだ。
知りたいことも知れたことだし、この子達に報酬の魔力を与えたら、元の場所に送還しておこう。その際、優しく撫でて毛並みを堪能させてもらうとしよう。
「これだけのために態々呼び寄せてしまって済まなかったね。お礼としては大したものではないかもしれないけど、私の魔力を少し分けるね?」
〈〈望外の報酬、感謝の言葉もございません。我等は以後も、絶対の忠誠を麗しき姫君様に捧げます。今後も御用とあれば、すぐにでも馳せ参じましょう〉〉
「………」
うんうん、艶のある猿型の魔物もフワフワな虎型の魔物も、どちらも見事な触り心地だ。極少量の私の七色の魔力を渡しておこう。
…分かっているとも、そんなに羨ましそうな視線を送らずとも、貴女の願いは分かってる。
「ルイーゼも撫でる?」
「い、良いの…かしら…?」
〈〈魔王陛下が望まれるのであれば、否やは御座いません〉〉
「だってさ」
どちらの魔物からも許可を得たルイーゼは、最初こそ片手で恐る恐る撫で始めていたものの、彼等が気持ちよさそうにしていると分かった途端に彼等に抱き着きついて両手を使って積極的に体を撫で始めた。
ウチの子達ともまた違った触り心地だからな。
改めて分かったことだが、モフモフの触り心地と言うものは、極上であれば良いというわけではないようだ。
確かに、手入れの行き届いた汚れ一つ無い毛並みは触っているだけでも心地良い。しかし、モフモフの良さとはそれだけではないのだ。
触れたものの暖かさや鼓動、息づかいなども伝わってくる。そして撫でた時の彼等の心境すらも。
見るがいい、彼等のこの気持ちよさげで幸せそうな表情を。
私が、私達が彼等をこの表情にさせているのだ。それが堪らなく嬉しい。撫でている相手が幸せそうにしてくれると、私もまた幸せな気分になる。
5分ほど魔物達を撫でて満足したので、彼等の送還を始める。
「今回は本当にありがとう」
送還される際、魔物達が思念を送ってくることは無かった。気を悪くしたのではない。次に呼ばれるような機会があったとしても、彼等は別の住民にその役割を譲るつもりなのだ。
「はぁ~…。すっごく良い子達だったわねぇ…。"楽園"の奥にいる子達って皆あんな感じなの?」
「皆が皆そうではないけど、大体あんな感じだね。前に"中部"や"深部"、"最奥"で暮らす子達をウチの城に呼んだことがあるんだ。あの子達のこともその時に知ったよ」
結構な時間が掛かったが、おかげで"楽園中部"から奥の情勢を、私は正確に把握できた。
私以上に"楽園"の事情を知っている者はそうはいないと言って良いだろう。
いるとしたら、今も"楽園"で待機しているホーディ達、その中でも"楽園"全域に根を張り巡らせたオーカドリアぐらいだろう。
ルイーゼは"楽園"の住民達を良い子だと言ってくれた。だが、今回は私が良い子達を召喚しただけである。
確かに領域の主である私の存在が"楽園"中に知れ渡った際、"楽園"の治安…秩序とでも言うのだろうか?それが急激に向上したのだ。
"楽園"の住民同士に限るが、以前よりも温厚になり資源を譲り合うような行為まで行うようになった。
だが、中には利己的なままな子達も残っている。
好戦的で縄張り意識が非常に強い子だ。縄張りに入ってこない相手にも積極的に襲い掛かって捕食したりもしている。
私はそういった子達に対して特に注意をしたりはしない。それもまた"楽園"の姿の一つなのだから、私が干渉するわけにはいかないのだ。
余程のことでもない限り、"楽園"の住民同士のいざこざには干渉しない。最初から決めていたことである。
とは言え、私がどう思うかは話が別だ。
今回のように誰でもいいから"楽園"の住民に用事がある時に、誰に声をかけるか。その優先順位に差がつくことぐらいは理解してもらいたい。
「ふ~ん…。思った以上にドライなのねぇ…。もっと均等に可愛がってると思ってたわ…」
「魔族達にも罪を犯す者はいるだろう?そういった者達にまでルイーゼは優しくする?」
「ああ、そういう感覚なのね…」
大体納得してくれたようだ。
今回召喚した子達は、私が召喚しようとする条件に当てはまる中でも特に善良だった子達だ。だから優先して声を掛けさせてもらった。
きっと、周りの者達はあの子達に宿った私の魔力に反応するだろう。そして多くの者は羨む筈だ。
そうなれば、今度は自分が同じようになりたいと考えて召喚されたあの子達を模範にすると思う。
そうして少しずつでも"楽園"の秩序が向上していけば嬉しい限りだ。
"楽園"の住民同士のいざこざに干渉はしないと言ったが、この程度の干渉ぐらいはさせてもらっても文句はないだろう。
「それにしても、どっちも初めて見る魔物だったわね…。大人しくて可愛かったけど、おサルちゃんでも少人数の人間達じゃどうやっても勝てなさそうね…」
初めて見るのは無理もない。人間も魔族も、"楽園浅部"すら踏破できていないのが現状だからな。ルイーゼに報告が行かない以上、知る由がないのだ。
ルイーゼの言う少人数と言うのは、おそらく冒険者の一団、パーティーのことだろう。大体の場合5~6人で構成されているため、まぁ、どうあっても勝ち目がないのはその通りだ。
今回旅行から帰ったらグラナイドにオーカムヅミの果実を渡して彼を進化させるつもりだが、彼が進化したとしても、先程の猿型魔物には勝ち目がない。それほどの強さなのだ。
例え人類最強と呼ばれていたマクシミリアンと同等の強さを持つ者が6人でパーティーを組んだとしても、瞬く間に蹂躙されていたことだろう。
そんな猿型魔物に、エクレーナは勝ててしまうというのだから、大した実力と言わざるを得ない。
まさか、他の三魔将も同じぐらいの実力者なのだろうか?
「そうよ。なにせ魔王国の武力筆頭だもの。そりゃあ自慢できるぐらいには強いわよ?…って言っても、あの白虎ちゃんには蹴散らされちゃうんでしょうけど…」
相性の良し悪し関係なく、虎型魔物には太刀打ちできないらしい。"中部"と"深部"の力の明確な差、と言うことだな。
そしてそんな虎型魔物すら歯牙にもかけない強さを持ったウチの子達…。
「冷静に考えると…あの子達がこの場に4体もいるってヤバい状況よね…」
「攻撃の意思がないんだから、大丈夫だよ。それに、それを言ったら今更だろう?こうして会話をしている私は何者かな?」
「そうね。アンタがこの場にって言うか、世界中を旅行してる時点で今更の話ね」
どこか諦めの表情で苦笑して答える。
確かにウチの子達が一度に4体もこうして"楽園"の外に出てきているのは真実を知る者からしたら異常事態だろう。
だが、それを言ったら私はどうなる、と言う話である。この話はここで終わりだ。
確認も終ったことだし、隠蔽を解除して移動を再開するとしよう。
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