第525話 魔王国の新聞記事

 披露するは元から魔王国に伝わっている歌だ。流石に即座に作詞作曲ができるような感性は、私にはない。


 歌詞の内容は繰り返される日常の中で森に、大地に、自然に、水に、空に、星に、隣人に、家族に、自分に関わるあらゆるものに感謝を告げる歌だ。


 彼等の日常を見学し、そしてその中で得られた恵みを目一杯私に提供してくれた彼等に対する感謝の歌として、これほど相応しい曲もないだろうということで選曲させてもらった。


 歌い始めてからものの数秒で周囲に変化が現れた。

 目を閉じていてもその変化を把握はできるが、今は歌うことに集中しよう。彼等に対する反応は後だ。決して悪意のある反応ではないからな。


 私の歌声やピアノの音以外の音が私の耳に入って来ても気にしない。

 私の歌は、彼等は不快感を与えているわけでも無ければ悪影響を与えているわけでもないのだ。


 うん。だから私に大量の信仰エネルギーが届けられたとしても気にしないでおく。まずは無事に演奏と歌唱を終えることに集中するのだ。


 楽器の演奏と言う行為。私はそれをとても気に入っている。自分の思った通りの音が出せるのが楽しくて仕方がないのだ。

 時間を忘れ、いつの間にか日を跨いでいたこともあるほどだ。事実、昨日の練習でもやらかしてしまったしな。


 勿論、同じ失敗を繰り返さないように自制したり声を掛けてもらったり魔術で時間を知らせらせたりと、対策を取っていないわけではなかった。


 が、今回はそんな楽しい楽器の演奏に新たな要素が加わった。それが歌、つまり歌唱と言う行為だ。

 楽器を用いて美しい音色を奏でるのも楽しいが、自分の声で好きな音を出すことがまた得も言われぬような楽しさがあったのだ。

 歌の一節一節が私の口から出るたびに、私の心を弾ませる。


 時間さえ許されるものなら、いつまでも行っていたい。そう思えるほどに夢中にさせてくれたのだ。

 楽器の演奏以上に手軽なため、今後はふとしたことでも歌を歌っていくだろう。

 そうだ。今度オリヴィエと再会したら真っ先に歌を披露させてもらおう。私に音楽を教えてくれた彼女にも、是非聞いて欲しいのだ。



 演奏も歌唱も終り、目を開いて周囲を見てみれば、そこには異様な光景が広がっていた。

 リガロウやウチの子達はとても誇らしげにしているし、ルイーゼは呆れかえった表情をしながらこちらに視線を送っている。

 視線が物語っているのだ。[この状況、どうすんのよ?]と。


 私の演奏と歌を聞いていた魔族達は、漏れなく私に向けて平伏して祈りを捧げていた。中には涙を流して嗚咽を漏らしている者すらいる。


 決して悪い意味ではないのだ。彼等は皆感動して喜んでいるのだから。

 ただ、その度合いが私が想像していた以上に大きかったのだ。


 「…顔を上げてもらって良いかな?」


 ひれ伏した状態から顔を上げてもらうと、誰もが涙を流していた。

 彼等からは明確な感謝と感激の感情が読み取れる。


 今の1曲で相当気に入られたようだ。以前の私だったらむず痒さに耐え切れずに逃げ出すようにこの場を立ち去っていたかもしれない。しかし、今は違う。


 尊敬だろうが称賛だろうが信仰だろうが受け止めようじゃないか。まぁ、信仰は受け止めるだけで使いはしないが。


 「貴方達の歓迎に、私なりの感謝を込めて歌わせてもらったよ」


 今度は全員が立ち上がって盛大に拍手を始めだした。

 これが、私の歌に対する答えなのだろう。いや、答え自体はもう既に向けられていた。彼等としては、これ以外にどう体現する術がないのだろう。


 街の代表者を見つけたので、彼の元へ歩み寄ろう。この街に渡したいものがあるのだ。


 話しかけられると分かったからか、街の代表が非常に緊張している。緊張しなくて良いと言っても無理なのは分かっているので、このまま進めさせてもらおう。


 代表の右手を取り、彼の手に小さな透明な結晶体を握らせる。


 「こ、こちらは…一体…」

 「即興で作ったから音質や画質が完璧とは言えないけど、ソレの中にはさっきの映像が記録されているんだ。少しの魔力を流すだけで投影が可能だよ。私の歌を気に入ってくれたみたいだから、渡しておこう」

 「っ!?!?」


 何もない平面に投影させるでも問題無いが、それでは広い場所を取れなければ視聴ができなくなる。


 よって、空中に映像を投影できるように制作しておいた。ちなみに、音声は結晶体からではなく映像から発生する。その方が臨場感が出るからな。

 開発に少し手間が掛かったが、歌の練習をするついでに開発ができた。


 結晶体を受け取った代表が、涙を流しながらその場で跪いてしまった。彼からは今まで以上の感謝と感激の感情が溢れている。ついでに信仰心まで加わっている。


 こうなることはある程度予想していたうえでの行動だ。素直に受け取ろう。

 信仰心からなる信仰エネルギーに関しても、私を経由して五大神に送っておけばいいだろう。


 「ありがとうございます…!この街の宝として大切に保管させていただきます…!」

 「いや、歌が聞きたくなったら遠慮なく使って?消耗品じゃないから」

 「はいっ!!!勿論ですっ!!!」


 それはそれとして保管はしっかりとする、と。大切にしてくれるようでなによりだ。

 私としては、この結晶体を解析して様々な映像を記録できるようになってくれると、娯楽の幅が広がる気がするのでその辺りを頑張ってほしいところだが。


 歌の披露が終わりリガロウに跨ってルイーゼを私の前に乗せると、小声で私に訴えてきた。


 「ねぇ、あの結晶体、私知らないんですけど?」

 「内緒で作ってたからね。凄い?」

 「凄いのは凄いけどさぁ…。またとんでもない物をサラッと作ったわね…」


 最近ルイーゼが私のことを呆れた表情で見ることが多い気がする。そこまで常識外れなことをしているとは思えないのだが…。


 「じゃあ改めて自覚しておきなさい。十分常識外れなことしてるから」

 「自重しなきゃ駄目かな?」

 「別にいいわ。民達も喜んでるし。やりたいようにやればいいと思うわ。ただし、驚かせたいのは分かるけどできることなら私にも先に言ってちょうだい」


 ただそれはそれとして呆れた表情で私を見るのはやめないようだ。ある意味では私ならばこれぐらいはできると納得しての表情なのだろう。


 ルイーゼを驚かせたくて今回の結晶体も内緒で作ってみたのだが、ルイーゼの場合内緒にするよりも予め伝えておいた方が喜ばれるようだ。今後この国で何かを振る舞うのなら、先にルイーゼに伝えておくとしよう。勿論、誕生日プレゼントのようなサプライズまですべて喋るつもりはないが。

 彼女も"必ず"とは言っていないのだ。これぐらいは黙っていても良いだろう。



 ジービリエを出てルイーゼが移動の最中ラビックとリガロウに稽古をつけている間、この国で購入した新聞に目を通すことにした。

 私が今まで訪れた国よりも領地が広く都市の数も多いためか、新聞も他の国と比べて分厚くなっているな。値段も相応に上がっている。


 記載されている内容は、私に関することばかりだが…。

 おや、以前ニスマ王国で撮影した私の写真集、もう販売され始めていたのか。

 現在は入手困難になっているようだな。相変わらず印刷は続けているようだが、供給がまるで追いついていないらしい。


 重版するのは喜ばしいのだが、店頭に出た途端に売り切れてしまうらしい。相当に人気が出ているようだ。


 何故魔族の新聞でそれが取り上げられているかと言うと、ニスマ王国に出向いていた魔族が入手していたのだ。

 その魔族が昨日ニアクリフに戻ってきていたらしい。


 私の来訪とすれ違っていたため非常に悔しがっていたようだが、彼の持ち帰って来た私の写真集は瞬く間に話題になったようだ。


 写真集の存在を知った魔族達は当然のようにその内容を知りたがった。漏れなく全員、あのバラエナの艦長までもだ。[原本を印刷して魔族全体に供給すべき]という彼のコメントが記載されていた。


 その意見には写真集を持ち帰って来た魔族も同意見の様で、既にニスマ王国の出版社とその辺りの契約の打ち合わせをしてから魔王国に帰国して来たらしい。

 魔王国中に点在する印刷施設を利用して大量に写真集を増産し、それをニスマ王国に搬入して欲しいそうだ。それほどまでに供給が追い付いていないのだとか。


 ただし、かなり大きな話になっているため、個人で決められる内容ではなく一度話を持ち帰ってきたということだな。

 話がまとまり次第、今度は責任者を連れて再びニスマ王国へと向かうらしい。今後の展開に目が離せないという記述で記事は締めくくられていた。


 私の写真集か…。

 チヒロードの記者ギルドに行ったら、購入できたりするのだろうか?今度顔を出して聞いてみよう。

 写真に写った私の姿が気にならないわけでもないし、なにより記念品になる。ウチの子達ももしかしたら見たいのかもしれないしな。


 他に目につく記事は…。

 ほう。魔物の大量発生か。ここ数年は発生していなかったらしく、該当する領土が活気に溢れているそうだ。


 魔物は人間や魔族に対して攻撃的ではあるが、それと同時に恵みにもなる。食料にもなれば薬にも武器にも防具にも魔術具にもなるだろうからな。

 大量に発生したということはその素材が大量に手に入るということでもある。ちょっとしたお祭り騒ぎになっているようだ。


 しかし、盛り上がっているのは大漁に素材が手に入るためだけではないらしい。

 魔物の大量発生が起こると魔物の対処のため、決まって三魔将と呼ばれる魔王国の中でも特に武力の高い将が1人、援軍として街に出向して来るらしい。


 その三魔将が非常に人気が高いのだとか。

 "三"とあるように3人いるわけだが、今回はエクレーナと言う名の女性の魔将が訪れるそうだ。彼女の写真も同時に掲載されている。


 露出の非常に高い、と言うか胸部と股間しか隠していない鎧を身に纏った長髪の美女だな。彼女の人気の理由は、この外見だろうか?

 なんでもルイーゼが幼い頃に戦闘面での教育係を務めたこともあるらしい。


 興味深い話だな。確実にマクシミリアンよりも強いだろうし、リガロウだけでなくウチの子達とも戦ってみてもらいたいところだ。

 勿論、望むのなら私も相手になろう。ついでだから、ルイーゼも巻き込んでみようか?


 「ちょっとー?なんか変なこと考えてないでしょうねー?」

 「変なことでは無いよ。後で説明するね」


 これから向かう街が魔物の大量発生の場所ではないため、エクレーナに会えるかはまだ分からない。

 リガロウ達への稽古が終わったら、ルイーゼに提案してみよう。



 と言うことで稽古も終り移動を再開したところでルイーゼにエクレーナのことについて尋ねてみた。


 「そうねぇ。真面目ではあるけど、ちょっ~とアンタに似たところがある人ね」

 「私に似てる?」


 何故かエクレーナについて尋ねると、ルイーゼは遠い目をしだした。言葉にしがたい過去でもあるのだろうか?


 「まぁ、会えばわかるわ。それと、漏れなく彼女もアンタのファンだから、抱きしめてあげたら喜ぶんじゃない?」

 「?流石にむやみやたらに赤の他人を抱きしめたりはしないよ?」

 「…そう…」


 またもルイーゼが呆れたような表情でこちらを見ている。

 [私には出会い頭に抱きしめたくせに…]、とでも思ってそうな顔だな。

 最初にルイーゼに抱き着いたのは、彼女に逃げられないように拘束したかったのが原因だ。それから数日間常に抱きしめ続けていたせいか、それがクセになっているので出会い頭に抱きしめたりするのだ。

 それに、今はもう親友だしな。赤の他人ではない。


 「会えるかな?」

 「会えるんじゃない?いくら三魔将と言っても、1日で片付けられる量じゃないし、魔物を必要な数だけ斃し終えたとしても、しばらくは街に残るのが常よ。その街には3日後に案内する予定だから、よほどのことが無い限りは会える筈よ。なんだったら、魔物の討伐を手伝わされるかもしれないわね?」


 それほどまでに大量に魔物が発生するのか。人間がそんな事態に直面したら恐慌状態になりかねないな。


 「グキュウ…そのサンマショウって言うのは、どれぐらいの強さなんですか?」

 「そうねぇ…。まぁ、リガロウよりは強いわね。ただ、ラビックちゃん達ほどの強さってわけでもないのよ…。と言うか、ラビックちゃん達の強さが他と比べてブッチ切っちゃってるせいで比較のしようが無いのよねぇ…」


 まぁ、"楽園最奥"の中でも特に強い子達だからな。比較するのなら、"楽園中部"か"楽園深部"の住民で考えた方が良さそうか。

 少しだけ到着が遅くなってしまうが、ルイーゼに確認してもらうか。


 「リガロウ、ちょっと止まってもらえる?」

 「ハイ!」

 「ん?なに?どうしたの?」

 「気になるから、ちょっとルイーゼに確認してもらいたいんだ」


 そう言って一度リガロウから降りて2体の魔物を召喚することにした。

 今回の召喚魔術は冒険者達を鍛える際に使用している、幻のような存在を召喚する魔術と違い、実際に存在している者を召喚する。

 召喚の際には事前にこちらから連絡を入れるため、強制召喚ではない。


 「これから"楽園中部"と"楽園深部"の住民を召喚するから、エクレーナと比較してもらいたいんだ」

 「はい?」


 状況を飲み込めていないようだが、このまま召喚して大丈夫だろうか?


 まぁ、やることを伝えたし、召喚してしまっても大丈夫だろう。周囲に知覚されないように隠蔽もするのだ。構わず召喚してしまおう。

 そもそも、召喚しようとしている者達が早く召喚して欲しいとせがんでいるのだ。


 驚かせることになるだろうが、多めに見てもらおう。

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