第530話 『亜空部屋』でルイーゼと

 なんだかんだ言ってルイーゼは様々なことに素養があるのだろう。

 思った通り2,3回"氣"の放出を手伝ったらコツを掴んでしまった。今では私の補助なしに"氣"の放出ができるようにまでなっている。…極少量ではあるが。


 しかし、例え小さなことでもできるのとできないのではあまりにも大きな違いがある。

 0から1にするのは難しいが、1から増やしていくのはそう難しくないのである。


 "氣"の放出が既にできるようになっていることに、ルイーゼ自身が驚いている。


 「うっそでしょ…。こ、こんな簡単に"氣"の操作が習得できるなんて…。わ、私の今までの努力は…」

 「むしろ、その努力が実を結んだんじゃないかな?同じようなことをウチの子達にもやったけど、まだ放出まではできてないみたいだからね」


 ルイーゼは"氣"を用いた技を習得しているからか、トレーニングの中に"氣"の操作も含まれていたようなのだ。

 素養があったのは確かだが、トレーニングと言う下地があったからこそ、ああまで簡単に"氣"の放出が可能になったのは間違いない。

 彼女の努力は、決して無駄ではなかったのだ。


 「さ、そろそろ食堂の方に行こうか。ちょうど夕食の時間だよ」

 「なんか釈然としないわね…。ま、いいわ。ご飯食べに行きましょ」


 うんうん。色々と思うところはあるだろうが、その辺りのことは美味い物を食べて酒でも飲んでいい具合に酔えば解消されるだろう。

 …とはいえ、私は私でまだ悩んでいることがあったりするのだが…。


 この街の住民達への返礼、何にしよう…?



 夕食はニアクリフの時同様宴会のような騒ぎとなった。

 皆で好きなように飲み、食い、語り、踊り、賑やかなものとなった。


 ルイーゼも今回は結構な量の酒を飲んだようだ。顔を赤くして私に同じ内容の話を何度も語り掛けてきた。存分に酔っていたのだろう。


 そして彼等の見せてくれたいくつかの踊りの中に、実に興味深い踊りがあった。


 これだ。

 その踊りを見た瞬間、私の直感がそう告げていた。この街には舞を披露しよう。そう考えたのだ。


 酔いが回って良い気分になっているルイーゼには悪いが、彼女を連れて少し早めに宴会から抜け出し、魔術で彼女の酔いを覚まさせてもらった。


 酔った状態ではまともな相談ができないからな。素面に戻ってもらうのだ。


 急に酔いが冷めて困惑しているルイーゼに、明日の明朝に私が行おうと思っていることを伝えよう。


 「今回購入した織物を使って舞を披露しようと思うんだ」

 「で、今から実際にやってみるから感想を聞かせてって?」

 「うん。頼めるかな?」

 「仕方がないわねぇ」


 ため息はつかれたが了承はしてくれたようだ。

 それでは、早速明日披露する舞をルイーゼに見せるとしよう。場所を取るのでここからは『亜空部屋アナザールーム』に移動だ。


 『亜空部屋』に移動したら、『収納』から今日購入した折りたたまれた状態の織物を2つ取り出し、勢いよく広げてそれぞれ1本の太く長い帯にする。幅40㎝、長さ15mの帯だ。このまま何もしなければ帯は地面についてしまう。


 そうさせないために私自身が激しく動いて絶えず広がった織物を浮かし続ける。

 尤も、激しく動いてとは言ったが、私の膂力ならばたいした力は必要ない。傍から見たら緩やかに動いているようにも見えるだろう。


 少々勝手は違うが鞭形態の蛇腹剣を動かし慣れている私からすれば、例え15mも長さがある帯とは言え、地面につかせないように体を動かすことは問題無く可能だ。

 こちらの方が空気の抵抗もあって地面に落ちるまでの時間が長いのだ。地面に落とさないようにするという点では蛇腹剣よりも容易だろう。


 2本の太く長い帯がうねり、浪打ち私の周囲を魚が水の中を泳ぐように動いている、と思う。

 いつもの何となくの感覚なので合っているとは思うが、ルイーゼがどう判断するかだ。

 一応、私の舞を観ているルイーゼの表情は確認できているため、大丈夫だとは思いたい。決して悪い表情はしていないのだ。自信を持とう。


 舞の仕上げとして少しずつ帯を折りたたみ、最終的に『収納』から取り出した時とまったく同じ状態にさせて『収納』に折りたたまれた織物を仕舞う。ここで舞は終了だ。


 「どうだったかな?」

 「…なにをどうやったらそんな舞を思いついちゃうのよアンタは…。まぁ、そんなことよりも感想よね…」


 私が披露した舞は、ルイーゼから見ても初めて見る舞だったようだ。善し悪し以前にそちらの方に驚いている。


 2分ほど目を閉じて考え込むような素振を見せた後、ゆっくりと目を開いて質問に答えた。

 なお、"素振"と述べたようにただ勿体ぶっているだけである。


 「すっごい綺麗だったわ。その舞なら、間違いなくみんな喜んでくれる筈よ!」

 「それは良かった。ルイーゼから見て、何処か改善点はあったりする?」

 「そうねぇ…。音楽の1つでも流せればよかったんでしょうけど、両手が塞がってたら演奏もできないしねぇ…」


 なるほど。確かに、舞を披露するなら音楽があった方が盛り上がるのは間違いない。やはり相談して正解だったな。


 両手がふさがっているから演奏ができない?だったら増やせばいいのだ。

 そう、私には『補助腕サブアーム』があるのだから、まったく問題無いのだ。


 使用する楽器と曲は…よし、ビオラを用いて静かで緩やかなテンポの曲を演奏してみよう。


 「いや、平然と腕をポンッと生やさないでもらえる?ちょっと気持ち悪いわよ?」

 「何気に酷いね。それなら、こうしようか」


 視覚的に気持ち悪いというのなら、透明化して見えなくしてしまえばいい。

 では、この状態で演奏を行いながら先程の舞を披露してみよう!



 曲と共に披露した舞はルイーゼにも非常に好評だった。私の知る曲の中でも舞の動きに合うような曲を選曲したのも良かったのだろう。

 舞が終わったら拍手で称えられてしまった。


 「いや、ホント文句無しだったわ!正直こんな光景を独り占めしちゃって優越感と罪悪感が一緒に襲い掛かって来てるぐらいよ!」

 「ありがとう。誉め言葉として受け取っておくよ」


 『亜空部屋』にはルイーゼしか連れてきていない。他の子達は部屋で待機中だ。

 まぁ、私もルイーゼも『幻実影ファンタマイマス』の幻で皆を構い倒してはいるが。


 さて、明日のための練習はこの辺りで良いだろう。次に移ろう。


 「はぁー。できればもっと見てたかったわ。で?これからどうするの?また"氣"の操作の練習でもする?」

 「うん。今度はもうちょっと体を動かしながら練習しようか」


 魔王国に来てから私はまるで体を激しく動かしていないからな。だというのにリガロウやラビックは存分に体を動かしているのだ。

 その光景を見て羨ましいと思わない筈がない。


 体に"氣"を纏わせてルイーゼを見据えれば、彼女はすぐさま私から距離を取り構えを取った。


 「ちょっと!?どういうつもり!?」

 「いや、折角こうして周囲に被害を出さない場所で2人きりになれたんだし、派手に動いてみない?というか動きたい」


 要するに、ルイーゼと戦いたいのだ。実戦形式で訓練をすれば習得も速くなると思うしな。

 それに、ルイーゼほどの実力者ならば、私にとっても訓練になり得る。


 「ア…アンタ…!最初からこのつもりで私をここに連れてきたわねぇ!!?」

 「こうでもしないといつまで経ってもルイーゼと戦う機会が得られなさそうだったからね。さ、もう御託は良いだろう?そろそろ始めよう」

 「分かったわよ!やってやろうじゃないのよ!こうなりゃヤケよ!この際だから全力で行かせてもらうわよ!!」


 ルイーゼが"氣"だけでなく魔力も開放してその身に纏う。


 素晴らしい。

 ルイーゼは"氣"の扱いこそまだ拙い部分があるが、現時点で魔力と"氣"を融合させられるようだ。これは思った以上に楽しめそうだ。


 周囲の被害を気にする必要はない。全力で暴れさせてもらうとしよう!



 翌日。

 満足いくまでルイーゼと戦えたことで、私の心は絶好調だ。


 思った通り、ルイーゼは相当な実力者だった。

 特に、魔王の秘伝奥義を全て一気に叩きこむ究極奥義(とルイーゼは語っていた)の威力は、本当に凄まじかった。


 その秘伝奥義も究極奥義も初代新世魔王であるテンマがヴィルガレッドの元で修業をした際に会得した奥義であり、勇者アドモと共にゼストゥールを屠った技らしい。改めて思うが、とんでもない技を浴びせてきたものである。


 「ホントさー!私の最大の奥義だったんですけどー!?まともに受けてピンピンしてるとかありえないんですけど―!?」

 「舐めてもらっては困るな。ルイーゼが魔王なら私は"楽園"の主だよ?」


 魔王を舐めるなと語っていたので、遠慮なく抗わせてもらっただけなのだ。

 ルイーゼはピンピンしていると言ったが、誤解がある。


 ダメージはちゃんと受けていたのだ。

 なにせこちらの攻撃に合わせて魔力と"氣"を融合させた右手の手刀で、私が纏っていた魔力と"氣"をかき消されたことで無防備となり、更にそこから左手から放たれた高速回転する魔力の奔流を浴びせてきたのだ。

 この魔力の奔流がかなり厄介で、私に奔流が接触した瞬間、私の周囲に球体となって留まり続けたのだ。魔力も"氣"もかき消されて纏っていなかったため、身動きが封じられてしまった。

 そうして身動きが取れなくなっているところにトドメと言わんばかりに例のオーカムヅミを真っ二つにした右手の手刀である。


 正直、見事と言わざるを得ない怒涛の連続攻撃だった。

 同格の相手どころか、多少実力を上回る相手程度ならば容赦なく屠れるだろう。究極奥義と言うだけのことはあった。


 まぁ、私とルイーゼの間に隔絶した力の差があったためダメージこそ負いはしたもののこうして何ともなかったのだが。

 実に良い技を見せてもらった。今後参考にさせてもらおう。


 「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーーーーーっ!!!なんでこんな理不尽なヤツがあっさりと進化しちゃったりするのよぉ~~~っ!!!」

 「まぁまぁ、落ち着いて。お詫びにこの後行う舞は昨日の練習よりも長めにやるから」

 「それだけじゃ機嫌よくならないーーーっ!」


 それだけでは、と言うことは少しは靡いてくれているようだ。ならば、ご機嫌取りの要素を追加していくだけだ。


 「移動中、スイーツでも用意しようか?」

 「…もう一声」


 ルイーゼも存外チョロいな。スイーツでここまで機嫌を戻してくれるとは。しかし、まだ足りないようなので更に追加させてもらおう。


 「今日はリガロウ以外の皆と一緒に寝ていいよ」

 「持つべきものは親友ってやつね!」


 今のところラビック達は半々に別れて私達と一緒に就寝しているわけだが、今日は全員にルイーゼと一緒に寝てもらうことで手打ちになった。

 スイーツも複数用意しておけばその分ルイーゼは喜んでくれるだろう。


 では、そろそろ行くとしようか。ジービリエ同様、既に街の住民達が広場に集まってきているのだ。


 彼等の作った織物で、彼等を魅了する舞を披露するのだ!

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