第111話 私の要望

 マコトの様子は大分落ち着いている。話を戻してもよさそうだな。


 「話を戻そうか。マコトとしては、私に他に何か要望があったりするかな?」

 「今のところはありません。強いて言うなら、何事も行動する場合は事前に教えて欲しい、と言った事ぐらいですね。」

 「そうか。それなら、私からの要件を話させてもらうとしよう。」


 マコトが怪訝そうな表情をしている。私から何かを言い出されるとは思っていなかったのだろうか。

 まぁ、何も言っていないからな。まずはマコトがユージェンから私についてどの程度聞いているかを確認しておくか。


 「ユージェンから連絡が事前に私の事を伝えられたようだけど、彼からはどんな説明をされたのか、出来れば教えてもらえるかな?例えば、私がイスティエスタで何をしたのかは聞いているかな?」

 「ええ、ある程度は。10キロ近い距離を往復一時間以内で行き来したり、超広範囲の『清浄ピュアリッシング』を唐突に使用したり、1日で何十件もの依頼を片付けてしまったり、本を複製したり、複製した本を格安で冒険者達に売りつけたり、ガラスを作れる魔術を魔術師ギルドに提供したり、ギルドの入り口に半永久的に機能するトラップを仕掛けたり、大量の紙の山を一度に『格納』空間に収めてしまったりと、まぁ、聞いた内容はこんなところですね。改めて声に出して確認してみると、常識外れにもほどがありますよ。」


 随分と事細かく伝えているんだな。ただ、この様子だと誓約の事については知らされていないようだ。

 まぁ、誓約についてはどうでもいいか。大事なのは複製した本を売りつけた事とギルドの入り口に警備用魔術を施した事を知ってもらえていればそれでいい。

 と言うか、トラップは無いだろうトラップは。ギルドに入れなくするだけで拘束したり負傷させるものじゃないんだから、トラップ呼びは言いがかりだ。


 「私の要件は、貴方が語ってくれた本の売りつけと、ギルド入り口に警備用魔術を掛ける事、その二つの許可をもらいたいんだ。」

 「ええ、それなら構いませんよ。むしろお願いしたいぐらいです。一応、王都の冒険者達は清潔に気を使ってはいますが、それでも中には不衛生な者はいますからね。その辺り、ギルド側で強制する事が出来ないので、個人の意思に任せるしかないんですよ。」


 拒否されるどころか歓迎されたな。それなら警備用魔術はこれから仕掛けるとして、明日の早朝から本を売りつけるとしようか。

 そんな計画を立てていたら、マコトから何か提案がある様で声を掛けられた。


 「それで、ノアさん。複製した本なのですが、販売をギルドに任せてはもらえないでしょうか。」

 「大丈夫かな?自主的な購入に任せると、冒険者達は本を購入しようとしなくなると思うんだけど。」

 「本来ノアさんが売ろうとしている本の値段は、一冊金貨10枚以上しますからね。まず購入しようなどとは思わないでしょう。ですが、値段が格安なら話は別です。ノアさんがイスティエスタで販売していたように銀貨2枚で売り出せば間違いなく売れるでしょう。」


 それなら任せてしまって大丈夫か。ただ、少し懸念がある。

 格安で高価な品を購入し出来たのなら、それを高額で別の者に売りつけようとする者が現れてしまう可能性があるのだ。

 あまり良い表情をしていなかったんだろうな。マコトから懸念材料がある事を訊ねられてしまった。


 「何か思うところがありそうですね。話してもらえますか?対策を提案できるかもしれません。」


 そうだな。"何処からともなく来た人"であるマコトなら、何か私の懸念に対する解決策を提案してもらえるかもしれない。先程の『通話コール』の件でも改善点を提案して来てくれたからな。

 それならば遠慮なく言わせてもらおう。


 「本がそこまで高価なものならば、大量に購入して別の場所で高額で売りさばこうとする者が出てくるんじゃないかと思ってね。私が直接売るのなら相手の顔を覚えているし、一度打った相手には売らないだけだから、気にする必要は無いのだけど。」

 「あー、転売かー。確かに、やりそうな連中がいますね・・・。冒険者では無く商人が、ですけど。」


 ああ、やっぱりいるんだな。そういう事をやろうとする者が。

 行動の動機に納得は出来る。安く仕入れて高く売るのは商売の基本だからな。

 ただなぁ、その方法は多くの者に品物を行き渡らせる場合には向いてないと思うんだよなぁ。

 誰だって、品質が同じならばなるべく安く品物を手に入れたいだろうし、値段が高いと知れば購入を渋る者が多い筈だ。

 マコトはこの問題に解決策を用意できるのだろうか。


 「僕の故郷でも結構問題になってたりしたんですよねぇ・・・。でもまぁ、大丈夫です!には魔術がありますし、ノアさんがいますからね!」

 「?私が何かするのかい?」


 おおっと、再び故郷の話になってしまったか?何やらマコトの表情が複数の感情が入り混じって、何とも言えない表情になっている。

 彼から読み取れる感情は、故郷を懐かしむ気持ちと、何かに対する呆れと、隠そうとしても隠しきれないほどの怒り、か・・・。

 彼の言っていた"転売"とやらが原因で、大事なものを入手できなかった事でもあるのだろうか?


 ただ、その表情はすぐに晴れやかなものへと変わった。今度は悪戯を思いついたような、もしくは悪だくみを考えているような表情でとても楽しげだ。

 対策は考えられるようだが、どうやら私の力が必要らしい。

 何をしたらいいのだろうか?魔術が解決の糸口になっているので、多分だが提案されれば実現できる気がする。


 「一人一冊しか購入できないのは当然として、購入者には魔術によって身分証に印をつけるんです。印を付けられている者には販売しないようにするのが対策の第一段階です。」

 「解決策は一つだけじゃないのか。」


 今出てきた問題に対して即答で複数の解決策を用意するあたり、流石だな。

 しかもそれぐらいなら容易に可能だ。何なら複製した本にそのしるしをつける機能をつけ足しても良いぐらいだ。その頭の回転の速さに感心する。

 早速魔術の開発を行いながら、引き続きマコトの意見を聞かせてもらおう。


 「第2段階として、所有権を放棄した場合、消失するよう出来ればと思います。転売しようとしている者達にやる意味が無いと思わせてやれれば、成功と言えるでしょうね。」

 「印付けと、手放した際の自動消失か。つまり、それらの魔術の開発を私がやれば良いんだね?」


 なるほど。別の誰かに売ろうとするのが問題なのだから、手放したら消失する、と言うのは良い手段だな。これも、魔術で可能だろう。

 細かい条件を指定する必要があるから、構築陣を組み立てるのが多少面倒だが一度組み立ててしまえば、後は販売する本にまとめて施してしまえばいいだろう。

 うん、この案も採用だ。この魔術も早速開発開始だ!面白くなってきた!


 魔術の開発は、人間にとっては非常に時間が掛かるものらしいが、私ならば時間もそうかからない。

 私の予測は当たっていたようだな。マコトが頭を下げている。


 「こんな魔術の開発、ボクは勿論ですが、エネミネアさんでも出来ないと思います。ですが!ノアさんになら出来てしまうだろう、という確信もあります。どうか、お願いできますか!?」

 「うん、大丈夫。引き受けよう。やっぱり、新しい魔術を創るのは、なかなか楽しいね。それにしても、流石だね。私が懸念していた内容の解決策をこうも簡単に提案してくれるだなんて。」

 「あっ、もう開発に着手してくれてたんですか。ちゃんと会話もしながら頭の中で魔術の開発が出来るって、ちょっと人間離れしすぎてませんかね・・・?まぁ、対策に関しては、故郷の問題に対して、こうだったらいいのになっ、ていう妄想を垂れ流しただけですから。」


 流石に会話をしながら魔術の開発をしているとは思われていなかったようだ。まぁ、実際私は人間じゃないからな。その事に関しては適当に言葉を濁しておこう。


 「まぁ、それに関してはいずれ、ね。・・・良し、こんなところかな?ひとまず貴方の提案してくれた魔術を創ってみたから、効果を確認してみたいところだね。」

 「え、ええぇ・・・。もう出来ちゃったんですか・・・?早くても2、3日掛かると思ってたんですけど・・・。」


 マコトとしてはここまで速く魔術が完成するとは思っていなかったようだ。

 まぁ、私と人間達の決定的な違いとして、魔術言語の持つ意味を理解しているかどうか、があるからな。


 マコトのような"何処からともなく来た人"がいる事だし、人間達も魔術言語の意味をしっかりと理解すれば、もっと魔術を改良したり開発したりする事が出来る人物も増えそうだ。

 尤も、私から人間達に教えるつもりは無いのだけどな。


 それと言うのも、歴史書を読む限りでは、過去に魔術によって極めて栄えた文明があったそうなのだ。

 おそらく、その文明は魔術言語の意味を理解していたのだと思う。

 彼等は魔術によって、あらゆる事象を引き起こす事が出来たと歴史書には記されていたからな。


 だが、今はその文明は存在していない。たまに地下遺跡からそう言った文明の名残が発掘される事があるそうなのだが、それらはどれも壊れてしまっているし、使用用途も分からないままなのだそうだ。


 歴史研究家曰く、彼等は発達しすぎた文明であるが故に自ら滅んだ、との事だ。


 自滅してしまうほどの兵器でも作り上げてしまったのだろうか?だとしたら、どれほどの威力があるのかさっぱり分からないな。最悪、この星を滅ぼせる威力があるのかもしれない。

 私にはそれが不安だ。


 仮に不用意に魔術言語の意味を人間達に教えて、魔術による発達した文明を得られたとして、その行き着く先が過去に滅んだ文明と同じとなる事が危ぶまれるので、私からは人間達に魔術言語の意味を教えたくないのだ。


 話を戻そう。マコトの提案した魔術は一応完成した。後は出来栄えを見て随時改良していけば良いだろう。


 「まぁ、こういう色々な形を組み立てるのは結構好きだからね。パズル、と言ったっけ?確か、そういった遊具があると本で目にした事があるよ。あれと同じ感覚だよ。パズル自体はやった事がないのだけれどね。」

 「世の魔術師が聞いたら卒倒しそうな言葉ですね・・・。それで、効果の検証はどうしましょうか。ノアさんさえ良ければ、ボク達の方で済ませてしまおうと考えているんですけど・・・。」

 「そうだね・・・。私も効果の検証はしたいかな?あ、それなら今作った魔術、正式に使用する事になったら、魔術書にして冒険者ギルドに提供しようか?」


 うん、魔術書の製作も楽しいからな。イスティエスタに滞在している時に『我地也ガジヤ』の魔術書を作った時と同じようにやれば問題無いだろう。


 「またサラッととんでもない事を言い出しますね・・・。ですが、とても魅力的な提案です。ただ、その本は冒険者ギルドよりも魔術師ギルドに提供した方が喜ばれますよ?と言うか、冒険者ギルドでは扱いきれません。」

 「そっか。分かったよ。それなら、この話は一旦置いておこうか。まずはこの2つの魔術の検証を行おう。」


 私としては出来上がった魔術の効果をすぐにでも試したかったからな。検証を行う事を促したのだが、マコトの表情はとても申し訳なさそうにしている。

 あー、ひょっとして、時間切れか?


 気付けば既に一時間以上時間が経過していたようだ。マコトは多忙なようだからな。予定が詰まってしまっているのだろう。

 彼なら多少の無理をして時間を作ってくれそうではあるが、そうまで急がなくても良いとは思う。

 先延ばしにしたくないのだろうな。自分の時間を潰す事で仕事を消化できるのならば、新たな仕事もこなしてしまいたいのだろう。

 彼にはそれが出来る。出来てしまうのだ。彼が他人を頼らなかった理由の一つだな。他人に任せるよりも、自分でやった方が結果が出るから自分で動いてしまう。


 うん。そうやって、自分で出来る事を自分の自由時間を潰してまでこなしていってしまった結果が、今の多忙なマコトなのだろう。

 なら、私がやるべきなのはマコトを急かす事では無く、適度に休ませる事だな。


 「ノアさん、すみませんっ!これから人と会う約束があって、ちょっと検証を行っている時間が取れそうにないんです・・・。午後1時に、また此方まで来てもらって良いでしょうか!?」

 「止めておこう、マコト。その時間、本来なら貴方にとって数少ない休憩時間なのだろう?私はそこまで急いでいないから、検証はまた明日にでも行おう。明日の予定が詰まっているというのなら、明後日でも良い。マコトは自分から仕事を増やし過ぎだと思うよ?だから、私からは今日はもう、貴方の仕事を増やすような事はしたくないかな?」


 検証を別の機会にすると言えば、マコトはかなり驚いた表情をしだした。その表情は、何処か焦燥を感じられる。

 責任感が強いの非常にだろうな。そしてせっかちでもある。よくそんな生活を続けて身体が無事でいられるものだ。


 「で、ですが・・・。」

 「マコト。分かっているのだろう?それが多忙になってしまう原因だと。原因が分かっているのなら改善すべきだ。何なら、マコトを休ませるために強硬手段を取る事も辞さないつもりだよ?」

 「うぅ・・・怖い事言わないでくださいよ・・・。分かりましたよ。検証はまた明日行うとしましょう。」


 仕方が無いだろう、そうでもしなければ休もうとしないのだから。それと、強硬手段と言っても、衝撃を与えて気絶させたりするような、暴力的な方法は極力取らないからな?


 今後はもっとマコトに自由な時間を与え・・・いや、それだけじゃ駄目だな。

 自由な時間が出来たらマコトの場合、その時間に仕事をねじ込みかねない。

 やはりマコトに最も必要なのは、信頼のおける部下や後継者だろう。何とかならないものだろうか?


 まぁ、ともかくマコトもこれから予定が入ってしまっているようだしな。今日のところは解散かな?警備用魔術の設置は、また時間が取れた時に彼の了承を取ってもらってから行おう。


 「此方から呼びつけてしまったというのに、時間が取り切れなくて済みません。ノアさん、今日はこの後どうしますか?」

 「一応私も"星付きスター"にはなっておきたいからね。何件か依頼を受けて行こうと思っているよ。」

 「分かりました。その、受ける依頼の件数は・・・。」


 私が1日で数十件の依頼を片付けた事を知っているのなら、当然心配するよな。

 安心して欲しい。必要があったからそれだけの数の依頼をこなしただけであって、本来ならもっとゆっくり依頼を片付けるつもりだったんだ。


 「なに、心配しなくとも、一日最大でも5件程度に収めておくさ。まぁ、稽古の数は別にさせてもらうけどね。」

 「それならまぁ、特に騒がれる事も無いでしょう。ノアさんなら依頼を失敗する事も無いでしょうから余計なお世話でしょうが、頑張ってくださいね!」


 そう言うと、マコトは魔術を使用し始め、その姿を一瞬で青年から昨日見たいかつい老人の姿へと変えてしまった。

 なるほど、今のが容姿を変更する魔術か。いつか役に立つときが来るかもしれないから、覚えておこう。


 「私の前で今の魔術、見せても良かったのかな?」

 「ははっ、アンタになら問題無ぇよ。他の人に教えたとしても、まず使えないだろうからな。それに、アンタなら悪用する事は無いだろう?」


 うん。確かにマコトが使用した変身魔術、とでも言えばいいのか?かなり複雑な構築陣をしている。これはエネミネアでも一目見ただけでは理解する事は出来ないだろうな。

 それに、彼は私が彼の本来の姿や言葉遣い、素性を他人に吹聴しないと信じてくれているようだ。そうでなければ、最初から姿も言葉遣いも本来の状態で私に会おうともしないだろうからな。

 ならば、その信頼を裏切る真似は出来ないな。彼の正体は私の胸の内に留めておくとしよう。


 「んじゃ、俺はこれで失礼させてもらうぜ!」

 「ああ、マコトも仕事は程々にね。」


 それにしても、一瞬で言葉遣いや雰囲気を変える事が出来るのは流石というやつか。長い事、今の役作りをして活動してきたんだろうな・・・。


 さて、私もロビーに向かって依頼を受注しよう。

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