第110話 雑談交じりの打ち合わせ
昨日の晩、夕食を共にしたアイラは、間違いなく貴族なんだよなぁ・・・。
だがまぁ、今更な話ではあるな。そもそも、貴族と関わるという意味では、私は"楽園"にいた頃から間接的にとはいえ貴族と関わっているのだ。
そして、私が人間達の生活圏に来た理由でもある。
カークス騎士団の団長は騎士であり、貴族だった。今にして思えば、数十枚の金貨を『格納』の空間に所持していたし、彼の日記の内容からも彼が貴族であったと思わせる内容がいくつか記載されていた。
もしかしたら、彼が所有していた酒はかなりの高級酒かもしれないな。フレミー達のお土産用に酒を購入する機会があったら確認してみよう。
それはそれとして。
アイラとは今後も関わっていく事になるかもしれないが、幸いな事に彼女は私の知る限りでは善良な人物だ。少なくとも、彼女自身が悪辣な事を考える、という事は無いだろう。
ただ、彼女に何か厄介事が降り掛かり、その結果私まで巻き込まれてしまう。現時点で既にそんな気がしてならない。私に未来予知能力など無い筈なのだがな。
まぁ、彼女の娘の事もある。厄介事に巻き込まれるようならば、そしてそれを私が知ってしまったのなら、その時は助力しようと思っている。
正直、どうしようか迷ったのだが、機会があれば助ける。そういう方針で行く事に決めた。私なりのけじめだ。
アイラの事についてはこのぐらいにしておくとして、そろそろ話を戻そう。
マコトの苦労話から貴族の話になってしまったが、今している話の内容は冒険者達の面倒を見てやる事だ。
今はまだ理由を聞いただけで、具体的な内容を聞いていない。
「話を戻そうか。冒険者達に稽古をつけてやる、という事でいいんだろうけど、どのぐらいまで鍛えればいいのかな?それに頻度や時間も決めておかないとね。」
「要望を聞いてくれて、本当にありがとうございます。流石に所属している冒険者達を騎士になれるぐらいまで鍛えて欲しいとは言いません。資質や得手不得手もありますからね。ただ、ランク相応の実力は身に付けて欲しいんです。」
何だか、志が低いように感じてしまうが、それほどまでに冒険者の現状が酷いものなのだろう。
とは言え、皆が皆そこまで酷いものでは無い筈だ。先程も"
「それで、時間はどうする?」
「午前と午後で、90分ずつ取ろうと思っています。」
「90分か・・・。」
「えっと、ノアさんにも都合があるでしょうから、あまり長い時間拘束しないようにと思ってこの時間にしたのですが・・・長かったですか?」
私が稽古時間を繰り返し呟いた事に若干の不安を覚えたのだろう。私は束縛されるのを嫌うと思われているようだし、あまり長時間時間を取らなかったみたいだ。
まぁ、実際のところ束縛されるのは好きじゃない。だが、私が望んでやろうと思っている事であるなら話は別だ。
「むしろ短いな。そもそもランク通りの実力が無い者達は、身体能力からして低かったんだ。この予定だと基礎トレーニングをやって大半の時間が潰れてしまうよ?私としては、出来れば最低でも2時間は欲しい。欲を言うなら、休憩時間も入れて3時間だ。」
「そっかぁ~、そこからかぁー・・・。ああ、すみません。冒険者達の実力を正確に把握できていなかった、僕の判断ミスです。」
ギルドマスターに課せられた仕事が多すぎて冒険者達の性格を把握する間も無い、という事か。
随分と忙しそうだが、ギルドマスターとは何をするのだろうな?
まぁ、それは置いておこうか。今は稽古に時間をどれだけ割けるか、だな。
「それで、時間は確保できそうかな?」
「ええ、それに関しては問題ありませんよ。ありがとうございます。それでは、午前8時からと午後1時から三時間、彼等の事をお願いできますか?」
「引き受けよう。それで、その稽古はどれぐらいの頻度でやれば良いのかな?」
時間割りが決まったら次は日程だな。
まさか一日しか面倒を見ないというわけでは無いだろう。ちゃんと面倒を見るのであれば、最低でも一日おきに稽古をつけてやりたいところだ。
だが、彼等も生活のために依頼をこなす必要があるからな。本当なら毎日稽古をつけても良いのだが、その場合、私の時間が減ってしまうからなぁ。
その辺りはマコトも把握しているようだ。
「最低でも週一回、可能であれば二日置きぐらいでお願いしたい所ですね。勿論、ノアさんの都合を優先してもらって構わないです。」
「彼等をしっかりと鍛えるのなら、最低でも一日置きに面倒を見てやりたいのだけど、難しいのかい?」
「残念ながら・・・。彼等も生活費を稼がなければなりませんから。大抵の冒険者は、毎日働く事など出来ないので・・・。」
そうだな。私は稽古の後に余裕で依頼をこなせるほど体力を残してやるつもりは無い。昨日程厳しくするつもりは無いが、それでもその日一日は体を休める必要があるぐらいには体力を消耗させるつもりだ。
稽古を受けた日は、仮に依頼をこなせたとしてもいつもよりも簡単なものになるだろうし、装備のメンテナンスもある。私が提案したような、一日置きのスケジュールではまともに体を休める事が出来ないだろう。個人個人でそれぞれの都合もあるだろうしな。
マコトは私に気を遣ってくれているんだろうな。私が毎日稽古を受け付けていれば、こういった問題は解決される。
稽古を受けたい者が受ければいいのだ。
「マコト、私の時間なら気にしなくて良いよ。稽古の時間帯は毎日訓練場にいても良い。マコトは日時を指定してほぼ強制的に稽古を受けさせるつもりのようだけど、稽古は志願者のみ受けさせれば、それでいいんじゃないかな?」
「良いのですか?結構な拘束時間になってしまいますよ?」
やはりこちらに気を遣ってくれていたみたいだな。だが、私だって無償で稽古をつけてやるつもりは無い。
こちらは教える側になるからな。もらう物はもらわないと。
「構わないさ。それに、慈善事業でやるつもりも毛頭ない。まず、稽古は私に対する冒険者側からの依頼、という扱いにしてほしい。毎日、午前、午後、別々でね。それから、報酬はギルド側からの支払いにして欲しい。多分、冒険者は金を払ってまで稽古を受けには来ない気がするしね。後はそうだね・・・昼食も用意してくれると言うのなら文句はない。例え稽古を受ける者がいなくても、それは私にとっては読書時間が出来るだけの事だからね。」
「そう来ましたか・・・。まぁ、長時間拘束してしまいますし、その条件を飲みましょう。」
「なら、こちらから言う事は無いかな。これから月末まで、よろしく頼むよ。」
「ええ、此方こそ。彼等の事、よろしく頼みます。」
契約成立だな。早速今日から稽古をつけるという事で良いのだろうか?
ああ、そうだ。もしも厄介な貴族と関わってしまう場合、流石に稽古をつけてやれる時間が取れそうにないな。その辺りは断りを入れておこう。
「そうだ。さっきの条件だけど、一つ、断りを入れておきたい。」
「どういった条件でしょうか?」
「私の都合で稽古をつけてやれない時があるかもしれないのだけど、それについては了承してもらえるかな?」
「ええ、大丈夫ですよ。ノアさんにも休みたい時はあるでしょうから。」
随分と譲歩してくれるな。まぁ、稽古をつけられない理由も一応話しておこうか。もしかしたらマコトの力を借りる時が来るかもしれないからな。
「あー、休みを取る必要はないんだけど、もしかしたら厄介事に巻き込まれる可能性があってね?」
「厄介事ですか?」
「うん。実は昨日の夕食時に貴族らしき人物と仲良くなってしまってね。彼女自身は善良な人物なんだ。だが、彼女、もしくは彼女の娘を巡って厄介事に巻き込まれるような気がしてきてね。」
「それはまた・・・どう考えても厄介な事に・・・。」
マコトはかつて貴族と頻繁に関わっていたようだし、似たような経験があるのかもしれないな。
やはり、いざという時には彼の力を借りた方が良さそうだ。権力と言う力を。
マコトの負担になってしまうだろうが、その分彼が楽をできるように尽力しよう。本にも書いてあった、ギブアンドテイク、というやつだ。
そうだな。それなら、マコトには『
「マコト、悪いけれど、いざという時には貴方のギルドマスターとしての地位を頼る事になるかもしれない。今のうち魔術による遠距離連絡手段が出来る事を教えておくよ。」
「また唐突にとんでもない事を言い出しましたね・・・。何の道具も無しにそれが出来るとしたら、一生働かなくても生活できますよ?」
「うーん、どうだろう?私は使える、と言うだけだからね。もしかしたら貴方になら使えるかもしれないけど、他の人は使えないんじゃないかな?少なくとも、ユージェンには無理そうだったよ。で、そのユージェンには何も伝えずに使用してしまったせいで、物凄く驚いてひっくり返ってしまってね。」
「お気遣い、ありがとうございます。そうですか・・・あのユージェンが驚いてひっくり返って・・・その姿、是非直接見たかった!!」
ヘンなところで悔しがっているな。マコトもユージェンもお互い知った仲のようだし、色々とあるのだろうな。その辺りを聞き返すと長い愚痴を聞かされそうな気がする。話を切り替えよう。
どのような魔術なのか、魔術構築陣を展開しながら実施するとしようか。その方が良く分かるというものだ。
「とりあえず実施するよ。」
〈こんな感じになるのだけど、聞こえているかな。〉
「!?こ、これは・・・い、色々と凄い・・・構築陣の複雑さに尋常じゃない消費魔力量・・・。確かに、この魔術は一般人には使えそうにないですね。僕にも容易く使えそうには無さそうです。少なくとも、陣の構築を補佐する魔術具が無いと出来そうにないですね。」
それはまた興味深い魔術具の話だな。
きっと、知識を求めてマコトと会話をするのは、様々な情報が得られてとても楽しいのだろう。
だが、それではマコトの仕事の邪魔になってしまう。残念だが、彼に余裕が出来るまでは我慢しよう。
「しかしこれ、発動すると事前情報なしでいきなり声を掛けられる形になるんですね?分かっていても実際に声を掛けられたら驚いてしまいそうです。ノアさんは容易に魔術を開発できると聞いたのですが、これから声を掛けられる、というのが事前に分かる様には出来たりしませんか?」
やはりマコトの発想力は凄まじいな。『通話』を人間に対して使用する際に発生する問題点の解決策を、かなり具体的に提示してくれた。
事前に分かるように、か・・・。確かにいきなり声を掛けられるのは、相手が誰であれ驚くだろうからな。私も初めてルグナツァリオに声を掛けられた時には、随分と驚かされた。
ではどうすればいいか?なるべく驚かせないように、それでいてしっかりと相手に分かるように、だな。
特徴的な音を徐々に大きくして伝えてみようか。
ええっと、音の出す魔術言語は・・・っと、で、音量の調整をして・・・これでどうだろうか。試しにマコトにもう一度使用してみよう。
「ん?何か、鈴のような音が、だんだん大きくなって・・・。」
〈事前にそんな感じの音を鳴らすようにして見たよ。どうかな?〉
「な、なるほどぉ・・・。ノアさん、良いと思います。ただ、やっぱり相手が何も知らない場合は驚いてしまうと思いますので、あらかじめ相手に内容を教えてから使用する事を提案します。」
「ああ、事前知識が無い場合、結局驚かせることになるからね。そうしよう。」
今後、人間達に対してはこの『通話』を使うとしよう。家の子達は向こうも私も気にならないから今まで通りで良いだろう。
さて、これでマコトとは容易に連絡を取れるようにはなったけれど、頻繁に連絡を入れるのは止めておこう。間違いなく気苦労の原因になるだろうからな。
本当に必要な時だけ、『通話』でマコトに連絡を入れよう。
「それじゃあ、いざという時は貴方に連絡を入れさせてもらうよ?」
「分かりました。ノアさんなら、僕の力なんて必要ないかもしれませんが、いざという時には力になりますよ。」
さて、色々と話が脱線してしまったが、ようやく話を勧められるな。結局のところ、今日から稽古をつける、という事で良いのだろうか。
「よろしく頼むよ。それで、早速今日から稽古をつけて上げればいいのかな?」
「いえいえ、流石にノアさんに対して依頼を発注する形になりますので、依頼書を始めとした各種書類を作成しなければなりません。それに、冒険者達にも通達が必要ですから・・・そうですね・・・実際に活動してもらうのは明後日から出お願いできますか?」
流石に今日からは無理だったか。この分だと、一つの依頼を用意するだけでも色々とやる事が多そうだな。やはりギルドマスターとは大変な仕事なのだろう。
しかし、どうしたものかな。私からもマコトに話したい事があるのだが、彼の仕事が確実に増えてしまうんだよなぁ・・・。
「私はそれで構わないよ。」
「ありがとうございます。しかし、本当に把握できてない事が多いな。この分だと、今の冒険者の現状は僕が思っているより酷いものかもしれませんね・・・。」
「それだけ貴方が忙しかったという事だろう?しかし、そうなってくると王都の冒険者ギルドは人手不足な気がしてくるね。」
王都の冒険者の人数は足りているのだろうが、ギルドの職員の数が足りない様に感じる。もう少しマコトの負担を減らすためにギルドの職員を増員した方が良いんじゃないだろうか。
と言うよりも、マコトが大量の仕事を抱え込みすぎている気がする。もっと自分の仕事を他の者に任せてやった方が良いと思うのだ。
その辺はユージェンは上手くやっているように思う。彼はギルドマスターでありながら、査定を行う鑑定士としても働いていられるだけの余裕があったからな。
まぁ、王都とイスティエスタで同じように考えて良いかは分からないが、それでもマコトは仕事を一人で抱えすぎているような気がする。
「う~ん、一応職員は足りている筈なんですがねぇ・・・。」
「マコト。貴方はもっと、仕事を任せられるぐらい信頼できる部下を持つべきだと思うな。」
「耳が痛いですね・・・。仕事を抱え込んでしまっている自覚はあるにはあるのですが、何分、僕も自分の素性を明かせない立場でして・・・。」
外見だけの話では無いのだろうな。言及はしていないが、私の中ではマコトは"何処からともなく来た人"で確定している。何かの拍子で彼の素性が知れ渡ってしまった場合、彼の知識や技術を求める者が大勢押し寄せて来る事が容易に想像できる。
ままならないものだな。そう言った事情も包み隠さず話す事が出来る相手が、マコトにはとても少ないのかもしれない。
ならば、私ぐらいは彼の力になってもいいだろう。勿論、彼が"楽園"に対して害を及ぼさなければの話だが。
マコトになら、他の人間達よりも少し早めに私の正体を教えてやっても良いかもしれないな。いや、それでは余計な気苦労を与えてしまうだけか?
「貴方にも寿命はあるのだから、いずれは引退する必要があるだろう?今の内からでも後継を育てておいた方が良いと思うよ?」
「そうなんですよねぇ・・・。ただ、今まで自分で出来る事は自分でやってきちゃったせいで、いざ誰かに頼ろうとする前に自分で動いちゃう癖が出来てしまっていて・・・。」
「重症じゃないか・・・。どうしてこんなになるまで放っておいたんだ。」
「ブフゥッ!?ちょっ!?ノアさんっ!?」
「?」
いきなりマコトが噴き出してしまった。一体どうしたと言うのだろうか?
彼は必死になって笑いをこらえているように見える。先程の私のセリフに何か面白い部分があったのだろうか?至って真面目な話なのだが・・・。
私にはまるで理解できずに首を傾げる事しか出来ない。
少しして落ち着いたのか、マコトが語り出す。その表情は何処か何かを懐かしむような表情だ。
「いや、すみません。ノアさんの先程のセリフが、僕の故郷で笑い話のネタの一つとして存在していたんです。真面目に質問してくれたと言うのに、いきなり笑いだしてしまってすみません。」
なるほど。何をどうしたら笑い話になるのかは分からないが、彼にとっては楽しい故郷の記憶の一つを思い出したのだろう。
そう語るマコトの表情は何処か寂しげだ。
"何処からともなく来た人達"は、皆故郷に帰った者がいないと記録されている。
「マコト、故郷に帰りたいと思った事は?それとも、今も?」
「まぁ、最初の頃は故郷に帰る手段も探してはいたんですけどね。ここに来てもう40年以上経ちます。もう、こっちで生きている時間の方が長いんです。今更、帰れませんよ・・・。勿論、懐かしむ気持ちはありますけどね。」
既にそれだけの年月が経っていたのか。聞けばマコトがどこから来たのか応えてくれそうだな。直ぐに、とはいかないが、知識として頭に入れておけば将来的には行くことが出来るようになるかもしれない。
聞いてみるか。
よそう。少なくとも今は。
故郷を懐かしむマコトからは、全体的に哀愁が漂っている。おそらく、故郷に残してきた物も沢山あるのだろう。
彼の話の内容を聞いていると、意図して此方に来たわけでは無いようだからな。そっとしておいてあげよう。
この話は終わりにしよう。
マコトから他に私への要望が無いのなら、私の話を聞いてもらうとするか。
内容は勿論、二冊の本と警備用魔術の設置についてだ。
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