第410話 自慢の料理を振る舞おう

 幸せな時間だ…。

 愛おしい者達に囲まれて、彼等の至福の時間を傍で眺めていることの、なんと幸せなことか。

 幸せの形は多種多様であるとは思うが、私にとっての幸せの一つは、まさしく今この時間であるのは間違いない。


 私が消し飛ばしてしまった、この広場に元々生い茂っていたオーカムヅミの樹々達には悪いが、今はこの広場を作って良かったと私は思っている。

 この広場が無ければ私は家を作らなかったし、最初に一緒に暮らしてくれると言ってくれたレイブランとヤタールも、家が無ければ一緒に暮らしてくれると言い出してくれなかったかもしれない。

 それはつまり、こうしてこの広場で私と共に暮らしてもらうよう、皆を勧誘しなかったと言うことでもある。


 生涯というのは、何が起こるのか分からないものだ。

 実のところ、非常に無粋なことを言ってしまえば『真理の眼』を使用して未来を観れば、分からないわけではない。しかも、その未来は変えられるのだ。

 自分にとって不都合な未来を早期に確認し、その時が来るまでに対策を用意し、不都合な未来を排除する。

 そんなことも、『真理の眼』を使用すれば可能なのである。


 だが、私は今のところこの手段を用いるつもりはない。

 もしかしたら、不都合な未来に直面した時に[こんなことならば未来を確認しておくべきだった]と後悔するかもしれない。いや、多分だがほぼ確実にするだろうな。

 できることを敢えてやっていなかったのだから、後悔するのは当然だ。


 それでも、後悔すると分かっていても、私は未来を『真理の眼』で観るつもりはない。

 不都合な未来を確認し、それを排除するような行動を続けていたら、その力に頼り切ってしまうだろうから。

 不都合な未来を避ける。その目的や、不都合な未来を回避したという結果にばかり固執してしまう気がするのだ。結果に至るまでの過程や手段に拘らなくなってしまう気がする。


 [終わり良ければ総て良し]という言葉が本に書かれていた。大事なのは物事の結果であり、そこに至るまでの過程は問題にならない、という意味である。

 勿論、結果は大事だ。私だってなるべくなら自分が幸せだと感じられる状況であり続けたい。というか、嫌な思いをしたくない。

 だが、結果というものは過程があってこそ成り立つものだ。ないがしろにすることなど出来ないと私は考える。


 極論ではあると思うが、今目の前に広がるこの幸せな光景は、結果だけを求めていたら目にすることができなかったと思っている。

 まぁ、[終わり良ければ総て良し]という言葉も見方を変えれば、今の幸せな光景が見れるのだから過去のやらかしを必要以上に気に病む必要はない。そういった意味として捉えることもできるのだが。


 とは言え、必要に迫られる状況になる様ならば流石に『真理の眼』による未来視も使用する。なりふり構っていられない、という状況に限るが。


 …幸せを謳歌しすぎて、余計なことを考えてしまっていただろうか?気付けば、それなりに時間が経過していたようだ。


 昼食を取る正午の時間までまだ余裕がある。少し遅くなってしまったが、しばらく行っていなかった力のコントロールや魔術の訓練を行うとしよう。



 流石に2ヶ月間も訓練を行っていなければ、私と言えど若干ではあるが技量に衰えが出るようだ。

 旅行に出る前は特に意識せずとも放り投げた石のオブジェクトを破壊することはなかったが、今回は危うく力加減を間違えて石のオブジェクトを破壊しそうになってしまった。

 旅行をする場合でも、人に見つからない場所で訓練を続けるべきかもしれないな。


 今の私には『幻実影ファンタマイマス』があるのだ。しかも幻を出現させられる場所は、この星の地下を巡る龍脈を経由して、世界中のあらゆる場所に出現させられる。

 同様に『広域ウィディア探知サーチェクション』も使用可能なので、宿泊場所から人気ひとけのない場所を探ること、など造作もないのである。


 私の場合、少し力加減を間違えただけで大抵の者に大怪我を負わせることになってしまう。

 ちょっとした動揺で力加減を誤ってしまった結果、親しい者に怪我を、最悪の場合命を奪うことになってしまうような悲劇は何としても避けたい。


 衰えてしまった技量を取り戻すためにも、一週間ぐらいは訓練の時間を3倍ほど増やすとしよう。


 そうだな。どうせだから、訓練内容も難易度を上げていくとしよう。

 今までは力のコントロールの訓練に使用していた石のオブジェクトは、私がまだ一人だった時に崖からくり抜いた石柱から作った物だ。

 だが、今ならば『我地也ガジヤ』を用いて無制限にオブジェクトを生成可能だ。しかも、材質や形状も思うままである。

 どうせだから、今後のために壊れやすいオブジェクトも作っていこう。

 中身が空洞のガラス玉なんていいんじゃないだろうか?ガラスの厚みも、技量が上達するたびに徐々に薄くしていこう。


 慣れてきたら、一度の訓練に複数の素材のオブジェクトを使用してみよう。

 耐久度の異なる素材を全て破壊せずに一定の距離弾けるようになれば、力のコントロールも十分できていると言える筈だ。


 力のコントロールの訓練が終わったら、魔力操作の訓練だな。こちらは今まで通り反復練習あるのみだ。

 既に魔法を用いずに魔力色数を変化できるようにはなっているが、訓練を重ねることでよりスムーズに変化させられると確信している。

 微々たる変化ではあったが、魔力色数を変化させる速度が訓練を経て上昇している自覚があったのだ。


 魔力色数の変化は、魔力操作能力にも影響を及ぼす。さらには情報の並列処理能力にすら影響を及ぼしたのだ。

 それはつまり、魔術の同時使用可能数の上昇につながるのだ。

 既に私は、理想的な飛行のための魔術同時発動可能数を満たしている。だが、だからと言ってそこで停滞するつもりは無い。上を目指せるのだから、引き続き訓練を続けて同時発動可能数を増やすのだ。

 魔術を同時に発動できる数は、増えれば増えるほど良いだろうからな。



 訓練が終わる頃には、正午の時間が近づいてきた。

 今から皆に料理を振る舞っても良いのだがその前にやるべきことがある。デザート作りだ。


 目玉料理であるショートケーキは既に大量に収納空間に入っているが、それらはあくまでも人間達の生活圏内で採取できるフルーツを用いたものだ。


 そう。私がこれから皆のために作るのは、オーカムヅミの果実を用いたショートケーキである。

 果肉をふんだんに使うのは当然として、リナーシェに振る舞ったフルルのフルーツを用いたショートケーキ同様、オーカムヅミの果汁をクリームに混ぜる。想像しただけでも美味そうだ。


 とっておきの品として出すからな。作るところを見られるわけにはいかない。

 一度城のキッチンに幻を出現させ、皆の意識が私から離れた瞬間を見計らってこっそりと私本体と幻の位置を入れ替える。


 少しの匂いも嗅がせるわけにはいかないからな。オーカムヅミの果実を『収納』から取り出す前に、匂いを遮断する結界を張ってから料理開始だ。

 さもなければいつぞやの時のように、この場所に皆が集まって来てしまう。


 美味そうな匂いを前にしてそれが食べられない時の苦しみは、カレーライスの時に私も嫌というほど味わわされた。

 勿論、そのカレーライスも大量に作ってあるし昼食に提供する。当然、味付けは皆の味覚に合わせて私から見れば薄味にして、だ。

 特に辛さを軽減した、千尋が子孫達に残したカレーだ。人間の子供でも問題無く食べられるから、家の子達も問題無く食べられる筈だ。


 正午になって、レイブランとヤタールが昼食を食べたくなったようだ。私を探している。

 私と場所を入れ替えた幻は、既に姿を消している。どこに私がいるのかはすぐに分かったようだ。『通話』で連絡を入れてきた。


 〈ノア様!キッチンで何を作っているの!?美味しい物なの!?〉〈ノア様がいないのよ!?いつの間にかキッチンにいるのよ!?でも匂いがしないのよ!?〉

 〈オーカムヅミの果実を使った、新しいデザートを用意しているんだ。もうすぐ出来上がるから、もう少しだけ待っていてね?〉


 新しいデザートと聞いて、2羽とも大喜びである。『広域ウィディア探知サーチェクション』を使わずとも、はしゃいでいるのが容易に理解できる。

 そしてその喜びは、他の皆にも伝わったようだな。


 オーカムヅミを使った新しいデザートが気になって仕方がないようで、皆から思念が殺到してきた。

 オーカムヅミの果実を使ったフルーツタルトも、非常に好評だったからな。皆も味に期待しているのだ。


 だが、デザートは勿論だが、他にもたくさんの美味い料理をこれから提供することになるのだ。存分に驚かせて、沢山幸せな気分になってもらおう。


 ショートケーキを作り終えたらオーカドリアの傍まで転移魔術で移動し、料理を『収納』から取り出していく。

 皆には予めこの場所に転移で移動すると伝えているので、私が転移してきた場所には既に皆が勢ぞろいしていた。

 レイブランとヤタールから『通話』が届いてからそれほど時間が経っていない筈なのだが、それでも待ちきれないといった表情である。


 私が『収納』から出していく料理を目にして、皆は喜んではいるものの何処か残念そうにしている。

 理由は分かり切っている。オーカムヅミの果実を使ったデザートが出てきていないのだ。


 そんな皆の落胆した感情は、カレーライスの登場と共にあっけなく吹き飛んでしまった。目の前の料理が食べたくて仕方がないといった様子である。

 皆現金なものだなぁ。だけど、分かるよ。この香りは堪らないものなぁ…。


 カレーの香りを嗅げば、皆辛抱堪らない状態になってしまうと分かっていたからな。なるべく皆を待たせないようにするためにも、カレーライスを『収納』から取り出したのは最後である。他にここに出していないのは、デザートのショートケーキだけである。


 「皆お待たせ。それじゃあ、早速食べようか」


 食事の挨拶をし終えたら、皆一心不乱にカレーライスを食べ始めた。

 あのゴドファンスですら我を忘れるようにしてカレーライスを食べているのだから、よほど美味そうだと思ってくれたのだろう。


 どれ、私も皆の様子を見ていないで食べるとしよう。最初に口にするのは、皆と同じくカレーライスだ。

 うん!やはり美味い!

 私がニスマ王国で食べた物よりも味は薄くしてあるが、それでも美味いと感じられる。いつかはこの味を再現させようと意気込んでいたが、千尋の研究資料にレシピが乗っていて本当に良かった。

 良くぞ暗号文を料理のレシピにしてくれた、と心から千尋を称賛したい。


 しかし、気に入るのは分かっていたのだが、まさか他の料理に見向きもしなくなってしまうとは…。

 お代わりも十分に用意している。満足のいくまで食べると良い。そう思いはするが、やはり折角作ったのだから、他の料理も食べてもらいたいものである。

 それに、そんな勢いでカレーライスばかり食べていたら、先程まで心待ちにしていたショートケーキが食べられなくなってしまうよ?


 だがまぁ、それならそれで別の機会に提供すればいいか。

 皆、とても幸せな表情をしているのだ。


 だったら、コレで良いのだ。

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