第411話 何事も楽しもう!
皆は未だにカレーライスに夢中になっているわけだが、私は他の料理もちゃんと美味いことを知っている。だから勿論、他の料理も口にする。折角こうして並べたのだ。食べなければ勿体ない。
この子達が食べずとも、私が食べられる量に制限はないので、仮に一口も食べられなくても私が食べてしまえば良いのである。
〈この料理凄いわ!いくらでも食べられるわ!〉〈辛いのよ!甘いのよ!美味しいのよ!〉
〈こうして素晴らしい料理を口にしていると、改めて人間の発想力や技術に驚かされますね…。あ、姫様。お代わりをお願いします〉
〈ううむ、この辛さと甘さ、そして塩加減…。全てが絶妙に混ざり合い、そこに大量の旨味が加わることで、奇跡のような味わいになっておる…!食べることを止められぬ…!〉
ラビックからお代わりを要求されたので、先程と同じ量をラビックの器によそい渡してあげれば、再び先程と同じペースでカレーライスを食べ始めた。これで3杯目である。
ラビックで3杯目だ。レイブランとヤタールも同じぐらい食べているし、他の子達はもっと大量に食べている。
ゴドファンスやホーディなど、器自体が他の子達に比べてずっと大きいというのに、既に5杯食べ終わっている。
それならばこの子達の器を大きくしようかとも考えたが、この子達にとって今の器が一番食べやすいサイズなのだ。小さくも大きくもしない方が良いだろう。
〈固形物だというのに、流し込むように食べてしまえるな!舌に伝わる感覚の全てが、我を喜ばせる!美ー味ーいーぞー!!〉
〈不思議と辛いのにいくらでも食べられるんだよね!なんか辛さがクセになる!〉
〈きっと他の料理もとっても美味しいんだろうけど、今はコレ以外食べられないよ。ノア様、折角用意してくれたのにゴメンね?〉
「いいよ。どの料理も作ろうと思えばいくらでも作れるし、皆が食べなければ私が食べるだけだからね」
〈至福!至福ぅううううう!!!ひょおおおおおおーーーーー!!!〉
フレミーが落ち着いた声色で他の料理を食べないことを誤ってくれているが、私の作った料理でここまで喜んでくれているのだ。皆の幸せそうな表情を見るだけでも、私は十分満たされるとも。
意外なのは、ラフマンデーだな。どこにそんなに入るのかと聞きたくなるほどに、彼女は一心不乱にカレーライスを食べている。その量、驚くべきことにラビックよりも多いのだ。
まぁ、私達は食べた物を魔力に変換できるし、自分の体よりも体積が多くとも体内に取り込むこと自体はできるのだが…。
ラフマンデーの場合はそれだけではないようだな。
卵である。
大量に摂取した栄養はラフマンデーの卵に送られ、より強い眷属を産みだせるようになるのだ。
この娘には、私が持ち帰ってきた植物の種子を預け、その世話を頼んでいる。
アクレイン王国から持ち帰ってきた種子は既に大量にこの広場に芽吹いている。
今回持ち帰ってきた種子も、同じようにこの広場に大量に生い茂ることになるだろう。
だが、ラフマンデーに任せている仕事は持ち帰ってきた種子の世話だけではない。
"楽園最奥"に咲いていた花々の世話に、ハチミツの採取もこの娘には頼んでいる。ラフマンデーは、この広場で一番の働き者なのだ。
そんなラフマンデーには卵から産まれた眷属だけでなく、持ち帰った種子から私の魔力によって生まれた精霊も、彼女の配下に付いて彼女の仕事を手伝っている。
だが、それでもこの娘の手は足りていない。聞けば彼女は毎日仕事詰めであり、娯楽を楽しむ時間がないらしい。
ラフマンデーはそれでも幸せらしい。私から見ても彼女は非常に満たされているように見える。
だが、現状彼女は今の仕事の出来に満足していないようだ。もっと大量のハチミツを集めて私に献上したいと語っていた。
そのためにも、彼女には大量の眷属が必要なのだ。
眷属を産みだすには魔力がいる。そんなわけで、ラフマンデーは大量にカレーライスを食べ、食べた傍から魔力に変換しているのだ。
それはそれとして、カレーライスは美味いと思ってくれているようだが。
―おいしー!ノアー、ありがとー!―
ヨームズオームが料理に喜んで感謝の気持ちを伝えてくれる。
言葉は短いが、この子の感謝の気持ちがとても強いことは理解できる。
この広場に来てから、ヨームズオームはずっと幸せそうだ。
広々とした場所、美味い食事に心地良い魔力。何より、会話の出来る仲間がいることが、この子にとってはとても幸せなことなのだ。
ヨームズオームの感謝の気持ちは、料理に対する気持ちだけではない。
今の生活そのものに対する感謝が伝わってくるのだ。
どうしよう、感極まって泣きそうになる。
ヨームズオームの顔を撫でようと思い手を差し伸べれば、腕を伝って絡みついて来てくれた。この子にとっては、私に絡みつくのは抱擁に近い行為だ。嬉しさで胸がいっぱいになる。
「どういたしまして。好きなだけ食べて良いからね」
―うん!おかわりー!―
まだまだ皆カレーライスを食べ足りないようだな。在庫の余裕はまだあるが、食事が終わったら早速新しくカレーを作る必要がありそうだ。
私の背後から、喜びの感情が伝わって来る。オーカドリアだ。
今回も私の尻尾を伝って魔力を求められるだけ与えているのだが、昨日とは喜びの質が少し異なっている気がする。
今 この場所は 幸せで満たされてる とても素敵
ああ、オーカドリアも感情を読み取れるのか。
うん。今この場所は、オーカドリアの言う通り、幸せで満ち溢れている。この場にいる誰もが、幸せを感じているのだ。
それがどれだけ素ばらしいことか。
愛おしい者達に囲まれ、彼等が皆、幸せを謳歌している。そしてそれを傍で眺めていられるこの状況。今この場に広がる光景は、正しく私にとっての"楽園"だ。
食事を始めてから1時間。そこにはカレーライスを食べるだけ食べて動けなくなってしまっている皆の姿があった。
少し苦しそうにしているが、皆幸せそうな表情だ。
よっぽど美味いと感じたのだろう。ゴドファンスやフレミーまでもが満腹で碌に体を動かせなくなっている。
皆にも摂取した物を魔力に変換できる能力があるとは言え、後30分はこのままだろうな。問題無く活動できるのは、ヨームズオームだけか。
―とっても美味しかったねー!みんなー、今度は別の料理も食べよー?どれも美味しかったよー!―
〈くぅ~~~ん…。口の中とお腹が幸せだけど、これ以上入らないよぉ~…〉
〈食べ物の話は…もちっと時間が経ってからして欲しいかのぅ…〉
カレーライスを満足いくまで食べたヨームズオームは、他の料理も食べてくれた。
どの料理もこの子には美味いと感じられたようで、とても喜んでくれたのだ。
だからこそ、カレーライスしか食べられなかった他の皆に他の料理も食べようと誘っているのだ。
ただ、流石に満腹状態の時に追加で食べることを連想する話題は、受け付けられないらしい。今はそっとしてあげよう。
さて、皆が食休みをしている間に、私は追加でカレーを作っておくとしよう。レイブランとヤタールは、次の食事でもカレーライスを要求してきそうだしな。
カレーを作り終わる頃には、皆の腹具合も元の状態に戻ったようだ。思い思いに行動している。
このまま皆の活動を眺めるでも良いが、まだ私は今回のお土産を出し切っていなかったりする。
「ウルミラ、ホーディ、ラビック、ちょっと来てもらっていい?」
〈ん?なになに?ホーディとラビックと一緒って珍しいね〉
〈我とラビックなら分かるが、ウルミラもなのか?〉
〈………ひょっとして姫様、以前お話ししていた、魔力で動かす人形の話でしょうか?確か、マギモデルと仰っていましたか?〉
「鋭いね。それじゃ、今から出すね」
先に言われてしまった。正解である。
そう。私がニスマ王国に行く前に訪れたティゼム王国。その首都であるティゼミアには、凄腕の魔術具師のピリカが自分の店と工房を構え、超高級玩具であるマギモデルを製造しているのだ。
私はそんなピリカと最初の旅行で知己を得て、今回の旅行でマギモデルの制作を手伝わされることとなった。
それはつまり、マギモデルの製法を学べたと言うことでもある。
おかげで私は自分用に加え、玩具が好きなウルミラに体術に興味があるホーディとラビック、計4体のマギモデルをティゼム王国にいる間に製作していたのである。
性能や品質に関しては、ニスマ王国で私を案内してくれた冒険者達に実際に遊んでもらい、設計通りであると確認済みだ。
『収納』からマギモデルを出して3体の前に並べれば、3体とも目を輝かせてマギモデルを見つめている。
「コレがマギモデル。一つは私用に作ったから私のものだけど、他の3つは君達のものだ。好きなのを選ぶと良い。ああ、性能に関してはどれも同じだよ」
〈わぁあああ!小っちゃい人間だぁー!コレ、玩具なの!?すっごく細かいね!〉
〈コレは…非常に精巧な作りをしていますね…。確か、人間と同じ動きができるのですよね…?〉
〈魔力を操作してこの人間の模型を操り、対戦を行うのがコレの遊び方だったな?コレは良いな!勝負に肉体の強さが関与しない!しかもすべて性能が同じときたか!選ぶ基準は完全に見た目で決めてよさそうだな!〉
思った以上に好反応だ。動かし方を説明したら、早速思い思いに動かしてもらうとしよう。
皆の魔力操作能力は人間とは比較にならないほど高いわけで、この子達がマギモデルを操ろうとすれば、理論上は人間達よりも上手く扱えるだろう。
だが、そう上手くいくわけではない。
現在、3体は動かし方を私から聞き思い思いにマギモデルを操作しているのだが、その操作に悪戦苦闘している。
〈アレー!?上手く走れないよー!?〉
〈む…!思った以上に跳べません…!〉
〈主よ、人間はもしかして、四つ足で走るのに向いていないのではないか?〉
無理もない話なのだ。この子達は人間ではないのだから、人間の体の動かし方が分からないのである。
皆してマギモデルを四つん這いの状態にさせて、その結果困惑している。
「人間は二足歩行で行動する生き物だからね。両手を地面に付けて行動することは滅多にないんじゃないかな?」
〈つまり、普段の私達が体を動かすのと同じ感覚で操作をしても…〉
〈ロクに動かせないってこと!?〉
〈ふっふっふっ…!良いではないか。それでこそやりがいがあるというものよ…!それに、手本は目の前にいることだしな〉
ホーディは元々非常に強い個体だというのに、向上心も非常に強い。鍛え、学び、挑戦して成長することに、強い喜びを感じるのだ。
それは私と出会う前からの様で、だからこそラビックのように自分に挑み続け競い合える相手を、大切にしているのだ。
マギモデルという新しい物事への挑戦は、ホーディにとって非常に歓迎できる機会だったのだ。
そしてそれは、ラビックも同様である。
種族として遥かに力が劣り、圧倒的な実力差があるというのに、ラビックはホーディに実力で勝利することを今も諦めていないのだ。
そのため、ホーディに負けず劣らずラビックも向上心が非常に強い。
ホーディもそれを理解しているし、そのことをとても嬉しく思っている。自身に挑み、自分を高めてくれる相手だからな。
〈なるほど、姫様の動きを参考にすれば、このマギモデルとやらも十全に動かせそうですね〉
〈理屈は分かるけどさぁ、そんなにすぐにできるものなの?〉
〈すぐにできる必要などないだろう?少しずつ学び、挑み、自分のものにしてゆけば良いのだ〉
〈ボクはすぐに遊びたいんだけど?〉
〈ぐっはっはっ!こうしてたどたどしく動かすのもまた遊びだろう?今のうちにしか出来ぬことだぞ?このような動きはな!今のうちに堪能すべきだな!〉
〈むぅ~~~…〉
ホーディとラビックはマギモデルを訓練の一環として見ている部分があるからか、操作を上達させることに対して非常に意欲的ではある。
だが、完全にマギモデルを玩具として見ているウルミラとしては、そうもいかないのだろう。
この娘は、すぐにマギモデルを私の体と同じように動かせると思っていたようだ。
ホーディは向上心が強いからか、非常に前向きな考え方をしているな。
今のうちにしかできないから、拙い動きを楽しむ、か。私にはできそうにないな。
改めて思うが、そんなホーディが私と初めて出会った時は一瞬で絶望していたんだよな…。
自分の魔力の使い方が分からなかったからとは言え、悪いことをしたものだ。
そして、魔力を問題無く扱えるようになった今、私が意図せずして誰かを怯えさせるようなことも、もうないだろう。
人並外れた直感を持つ者や特殊な魔法を扱える者のような例外は除いて。
ホーディの言い分なら、あの時の状況も楽しんでおくべきだったか?
………割と楽しんでいたな。
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