第409話 "楽園最奥"製の酒
2ヶ月近く時間があったからか、蜂蜜酒もオーカムヅミの酒も、かなりの量が出来上がっていたようだ。ゴドファンスが『収納』から蜂蜜酒の入った瓶を3本取り出し、他の2体にも1本ずつ配っている。
3体とも器は『
〈とりあえずはハチミツのお酒だけだけど、やっと飲めるよー!〉
〈この香り…この色…間違いなくハチミツだ。主も味を認める酒…!いざ…!〉
〈大げさじゃのぅ…。ではおひいさま。儂もいただきたく存じます〉
「うん。君達が丹精込めて作った酒だ。好きなように味わうと良いよ」
思い思いにハチミツ酒を口にした3体の反応は、どれも美味いという反応に違いは無かった。だが、それ以外の反応はやはり文字通りの三者三様のようだな。
〈幸せ~…!確かに酒精は弱いけど、ジュースを飲みながらお酒も楽しめるって考えれば、これは全然アリだよ!頑張って作った甲斐があったよ!〉
〈うむ…!素晴らしい出来だ…!最初にハチミツを酒にすると聞いた時は、折角のハチミツを酒にするなど、どうしたものかと悩んだものだが…よもやこれほどまでの味になるとはな!〉
〈ホッホッ…!コレは良いですなぁ…!このぐらいの酒精ならば、他の者達も問題無く酒を楽しめるでしょう。ハチミツの使い道が増えるやもしれませぬ。ラフマンデーには感謝せねばなりませんのぅ…〉
フレミーは純粋に酒の味に喜んでいるし、ホーディは喜びながらも何やら葛藤があるようだ。そしてゴドファンスはやはりこの広場の皆のことを考えている。
この広場の中で言えばゴドファンスは序列や立場を気にする側なのだが、それは自分より下の者を蔑ろにするというわけではないのだ。
ホーディの葛藤は…。コレは酒の味を気に入りはしているものの、気になる点があるのだろう。
酒の味を楽しんだ後は、目を閉じて唸り続けている。
〈しかし…甘さはハチミツそのものの方が良い…が、こちらは酒精も楽しめる…が、酒精の強さはそれほどではない…が、酒精を強めれば甘さが……。ううむ、悩ましいな…〉
〈なら、ハチミツを舐めながらこのお酒を飲めばいいんじゃない?〉
〈む…!そうか…!そういう飲み方もあるのか…!〉
フレミーの提案、早速実行してみるようだ。『収納』からハチミツの入った瓶を取り出し、爪で器用に掬い取って舐め始めた。
ハチミツを舐めた瞬間、目を細めて非常に幸せそうな顔をしている。
ホーディは本当にハチミツが好きだな。早速彼がハチミツを楽しむ光景を拝めた。可愛い。
〈う~~~む、美味い!!やはり直接舐めるハチミツは最高だな!!〉
〈ホーディ?お酒飲まないの?〉
〈おおぅ!?そ、そうだったな。そのためにハチミツを出したのだったな〉
ホーディにとって、ハチミツとは我を忘れてしまうほどの趣向品のようだ。フレミーに声を掛けられるまで、ひたすらにハチミツを舐め続けていた。
先程からホーディが可愛すぎて辛抱堪らないので、『
うん!やはり良い毛並みだ!ホーディやゴドファンスのような大型の獣は、こうして全身で毛皮の感触を堪能できるのが本当に素晴らしいな!
私の行動などまるで意に介さず、ホーディはハチミツを舐めながら蜂蜜酒を口に入れる。
絶賛するかと思ったのだが、あまり反応はよろしくない。同じハチミツではあるが、あまり良い組み合わせではなかったというのだろうか?
〈駄目だ…。ハチミツの酒を口に入れた途端、口の中に残っていたハチミツそのものの味まで一緒に喉に流れてしまった…〉
〈あー…〉
フレミーの提案は、ホーディにとって非常に残念な結果に終わってしまった。
やはりハチミツの飴、作った方が良さそうだな。うん、そうしよう。
では、蜂蜜酒の話はここまでにしよう。
「蜂蜜酒は色々と調整しがいがありそうだね。さて、そろそろオーカムヅミの方も味わってみようか」
〈ですな。ホーディにこのままハチミツを舐めさせていては、話が進まなくなります故…〉
ゴドファンスとしては蜂蜜酒の出来に満足していたため、ホーディの悩みは知ったことではないのだろう。
それよりも、彼は早く私にオーカムヅミの果実で作った酒を口にしてもらいたいようだった。
こちらも味見なので、飲む量は蜂蜜酒と同様にショットグラスに10㎖ほど注ぐだけにする。
この酒も素晴らしい香りだな。栓を開けた瞬間、オーカムヅミの濃厚な香りが辺り一面に漂い始めた。
ちょうど空から戻ってきたレイブランとヤタールが、オーカムヅミの香りに誘われて私の両肩に止まるほどだ。
〈匂いがしたから来てみたわ!お酒の匂いだったのね!〉〈ツンって来るのよ!そのお酒は飲めそうにないのよ!〉
私の両肩に止まってくれたので、このままこの娘達の羽毛の感触を堪能できるかと思ったのだが、酒精の匂いを嗅いだ直後、再び空へと飛び去ってしまった。ガッカリである。
そう。オーカムヅミの果実酒は、先程の蜂蜜酒と違って非常に酒精が強い。この酒に関しては、今まで通り酒好きの3体用になりそうだ。
当然、ヴィルガレッドは非常に好みそうだ。
彼はオーカムヅミの果実自体も好んで食べていたからな。そこに加えて強い酒精があるならば、間違いなく気に入ることだろう。
香りを楽しむのはこれぐらいにして、いよいよ味見だ。
蜂蜜酒の味見同様、すぐに喉に流し込まずに、舌の上で転がすようにして味をじっくりと把握していく。
…これはまた、強烈な酒だな。
酒精だけでなく、味もまた強烈なのだ。甘味に変化がない。オーカムヅミの濃厚な甘味がそのまま残っている。
そのうえで私が今回購入して来たどの酒よりも強い酒精を持っている。
私は美味いと感じられるが、この酒は好みが大きく分かれそうだ。少なくともこの酒を造った3体は好んで飲むだろうが、他の子達はどうだろうな?
ヨームズオームは問題無く酒が飲めるので普通に気に入るだろうが、今まであまり酒に興味が無かった子達は、あまり楽しめないのかもしれない。酒精による刺激が、邪魔になってしまうのだ。
同じ甘味を楽しみたいのなら、普通に果実を食べればいい話だろうからな。
「不思議な酒だね…。果実と変わらない甘さだというのに、こっちの酒精は、物凄く強い…」
まぁ、酒精が物凄く強いといっても、それでも私に影響を及ぼすわけではないのだが…。
とにかく、酒精が強いという私の感想を聞いたゴドファンスは先程とは別の意味で嬉しそうにしている。
今回は、純粋に自分好みの味になりそうなのが嬉しいのだろう。
つい先ほどまでホーディと蜂蜜酒について話をしていたフレミーも、私が果実酒の蓋を開けた途端、その香りを嗅ぎ取って意識をこちらに向けていたりする。
そのため、酒を管理していたゴドファンスに詰め寄り、早く酒瓶を出すように訴えている。
〈早く!早くお酒出して!〉
〈これ!落ち着くのじゃ!魔力を纏わせた糸を絡ませるでない!『収納』が使えぬではないか!〉
フレミーが魔力を纏わせた糸に触れると、魔力操作能力を下げられる効果があるようだ。
なるほど、それでレイブランもヤタールも彼女に囚われたら脱出できなくなっていたのか。
糸の強度はホーディの膂力ですら破壊が難しいらしいから、糸に絡まれたらその時点で大半の者は詰んでいると言っても良いだろうな。
それはそれとして、あのままではゴドファンスが言っている通り、彼が『収納』から酒を取り出すことができない。
酒に執着するフレミーの様子が可愛く思えてきたので、彼女を可愛がるついでに酒を飲ませてあげよう。
『
「フレミー、こっちにおいで。コレ、飲んでいいよ」
〈!!ノア様大好き!!〉
〈おひいさま!〉
ゴドファンスに絡むのを止めて、最大速度でフレミーが私の膝の上に来る。盃の酒に夢中になっているので、私はこのままこの娘の背中を撫でさせてもらおう。
ああ、やはり彼女の体毛も、とても良い。彼女の体毛の触り心地はそれこそ、彼女の糸を束ねた毛皮のような質感なのだ。
この感触は、彼女を直接撫でなければ味わうのは難しいだろうな。
頼めば糸を用いて似たような物を作ってはくれるのだろうが、そんなことをするぐらいならば、彼女を撫でれば済む話なのだ。
ゴドファンスが私に対して窘めるような視線を送っている。甘やかすな、と言いたいのだろう。
分かってはいるのだが、あのままではフレミーが正気を取り戻して糸を仕舞い、ゴドファンスが『収納』を再使用できるようになるまでかなりの時間を要することになっていただろうからな。今回は大目に見てもらおう。
魔力を操作して、ゴドファンスに纏わり付いたフレミーの糸を取り除く。これで『収納』が使用できるようになった筈だ。
「こうでもしないと、すぐには飲めなかっただろうからね」
〈むぅ…仕方がありませんなぁ…。ホーディや、オーカムヅミの酒を開けるぞい〉
〈む!?そうか!開けるのか!で、味はどうだったのだ!?〉
〈聞いておらんかったのか…〉
さっきまでハチミツと蜂蜜酒を交互に堪能していたからな。私の声は耳に入っていなかったのだ。私の幻もホーディの毛並みを全身で堪能するために何もしていなかったしな。
というか、彼は今になって自分の背中に私の幻が張りついていると気付いたようだ。
〈主よ、何時からそうしていたのだ?〉
「ホーディがハチミツを舐め始めた時からだね」
〈む…構わんが、良いのか?また昨日みたく眠ってしまったりはしないか?〉
「大丈夫だよ。幻を出しているのは1体だけだから」
あの時の私は、決して眠っていたわけではないのだがな。
ただ、ちょっと数時間ほど意識を失ってウルミラを撫で続けていただけだ。眠っていないとも。だって、あの時間は紛れもなく幸せだったから。
まぁ、こうして実際にやってみて分かったが、1体なら幻を出して誰かを撫でたり抱きかかえても問題無いようだ。なんならこの状態で他の皆に私の元に集まってもらっても大丈夫かもしれない。
そんなことよりも、今はオーカムヅミの果実酒だ。
ゴドファンスも既に瓶を取り出し終えている。当然フレミーの分もあるのだが、彼女は私の膝の上から移動する気配がない。
「フレミー、君の分の酒瓶も出してくれたみたいだよ?」
〈ここにいればお酒を飲みながらノア様に撫でてもらえるからね!今はこうしていたいの!〉
まいったな。
そんなことを言われてしまったら、引き続きフレミーを撫でずにはいられないじゃないか。
酒に夢中になっていて、撫でられていると気付いていないと思っていたのだが、別にそんなことはなかったようだ。
それどころか、この娘はもっと撫でて欲しいと言ってくれているのだ。嬉しくて仕方がない。
〈このお酒凄いね!オーカムヅミの甘さそのままなのに、ちゃんとお酒になってる!〉
〈うむ。素晴らしいな!我は果実のまま食べるよりも、こうして酒として飲む方が好きだ!〉
〈おひいさまから頂いた果実をふんだんに使った甲斐があったというものよな。尤も、この酒は儂ら以外ではあまり歓迎はされぬかもだが…〉
ホーディもゴドファンスも、酒の出来栄えには大変満足しているようだ。その分、果実の消費も凄かったようだが。
彼等が酒造りに使用したオーカムヅミの果実は、彼等が自力で外果皮を取り除いたわけではない。未だ、彼等は外果皮を破壊できないでいる。
では、どうやって外果皮を破壊して酒を造ったのかと言えば、私である。
今回、旅行が長引いても良いように旅行に出かける前に結構な量のオーカムヅミの果実を切り分け、皆に渡していたのである。
その数、1体につき50個。一日一個食べていたら無くなってしまう数だ。
足りなくなってしまったのは、私も今回の旅行がここまで時間が掛かると思っていなかったからだな。今後はもう少し多めに渡してあげよう。
フレミー達は、そんなすぐに食べられる状態のオーカムヅミを一つも食べずに、全て酒造りに使用してしまったのだ。
失敗してしまったら大損も良いところだというのに、良く踏み切ったな。
それだけオーカムヅミの果実酒を作りたかったのだろうな。主にフレミーが。
今も盃に口を付けて少しずつ、それでいて休むことなく果実酒を飲み続けるフレミーを見て、愛おしくなる。
本当に、上手くできて良かったね。
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