第408話 "追憶の宝珠"と酒と酒と酒
実を言うと、ヨームズオームへのお土産はニスマスで購入していない。必要が無かったからだ。
あの子へのお土産は、チヒロードに滞在している間に既に用意していたのである。
『収納』から無色透明の球体を取り出して、ヨームズオームに差し出す。
この球体、店で売られていた物でも無ければ、ニスマ王国に元から存在していた物でもない。チヒロードに滞在している時に、私が錬金術を使用して作った品だ。
果たしてコレをお土産と言っていいかは少し疑問に思うところではあるが、千尋の研究成果を元にして作り上げた品と言うことで、お土産として分類しておくことにした。
「コレが君へのお土産だよ」
―おぉー。綺麗な玉だねー。コレなぁにー?―
分からないのも無理はない。今のままではこの球体は頑丈なだけのガラス玉とそう変わらないだろうからな。
この無色透明な球体に、これから私が手を加えることで、ヨームズオームへのお土産は完成する。
手にしている球体にこれから行うのは、記憶情報の複写だ。この球体に、私がこれまでの旅行で体験して来た全てを複写するのだ。
つまり、この球体を利用すれば、私の旅行で経験したことを追体験…と言うのは少し過言か?視聴が可能になる、と説明すべきだな。
ヨームズオームへのお土産。それは、物ではなく思い出だ。私が見聞きした情報のすべてだ。今後、この子には私が経験してきたあらゆる情報をこの球体に複写して伝えようと思っている。
土産話という言葉があるぐらいなのだから、こういったお土産もアリなんじゃないかと思ったのだ。
"追憶の宝珠"。この球体はそう名付けた。
私の経験を映像で体験できるのはその通りなのだが、この宝珠の自慢すべきところは、映像の内容は私の視点だけではないと言う点だ。
流石に範囲に限界はあるが、私を中心としてやや後方から移した、所謂三人称視点による映像も視聴が可能なのである。
それだけではない。映像の高速再生や低速再生に一時停止機能、更には三人称視点中は一時停止中に視点を動かして、周囲を隈なく観察することだって可能だ。拡大縮小も可能である。
今のところの機能はこのぐらいではあるが、いずれは一時停止中でなくても視点を変更できるようにしたいと思っている。
千尋の世界では、映像を動画として録画・再生できる道具が当たり前のように存在していた。しかも、『
動画の録画・再生機能と遠距離会話手段が、何故一つの道具に収められていたのかは分からないが、千尋の世界では昔からある一般的な道具だったようなので、それなり以上の理由があるのだろう。
その道具がどのような構造をしているのか、実物を知らないためその道具そのものを再現することはできなかったが、映像を記録・再生する機能を実現させること自体はできてしまった。
ヴィルガレッドが語っていた、勇者アドモと初代新世魔王テンマの話を目を輝かせて聞いていたヨームズオームだ。ならば、他者の過去を視聴できるこの宝珠は、良いお土産になると考えたのだ。
この子に渡すお土産はこれしかないと思い、チヒロードに滞在中に頑張って作ったのである。
宝珠に映像を全て複写し終わった。後はコレの使い方をヨームズオームに伝えるだけだ。
「コレは"追憶の宝珠"と言ってね、私が旅行先で見聞きしたことを視聴できる道具だよ」
―おぉーー!凄いねー!コレを使えば、ノアと旅行した気分になれるねー!―
「そう思ってくれれば私も嬉しいよ。使い方を説明するね?」
まぁ、使い方と言っても念じるだけなのだが。
魔力操作能力があまり優れていない者には難しいかもしれないが、ヨームズオームに限って言えば、その心配は皆無である。
「―――と、まぁ、大体使い方はこんな感じだよ。どう?使えそう?」
―うん!大丈夫ー!ノアー、ありがとー!―
「ふふ、どういたしまして」
ヨームズオームの素直な感謝の気持ちが伝わって来る。
ああ!もう!本当にこの子は可愛いなぁ!ちょっと無理を言ってここに連れて来て、本当に良かった!
そろそろウルミラもヨームズオームとチャトゥーガの対局を行いたいだろうから、この辺りで話を終わらせるとしよう。
―ウルミラー、おまたせー。チャトゥーガやろー?―
〈うん!ヨームズオームがご主人とお話してる間に色々駒の動かし方考えてたからね!負けないよー!〉
どちらもやる気十分のようだ。沢山考えて楽しむと良い。
さて、残るは酒好きの3体だな。この子達には既に昨日、少しとは言え飲ませているから、お土産を渡す順番を最後にされていても不満を感じている様子が無かった。
まぁ、不満に思っていないだけで、期待を膨らませて待っていたのには変わりないのだが。
「待たせたね。それじゃあ、お待ちかねの酒の披露といこうか」
〈うむ!待ちわびていた!昨日飲んだ酒も美味かったからな!〉
〈人間にしては強めのお酒だったよね!体を温めたかったのかな?〉
〈風呂に入りながらの酒、実に良いものでありましたなぁ…!そろそろオーカムヅミが花を咲かせる時期になります。あの花が舞い散る様を風呂に入りながら眺めて楽しむ酒は、さぞ別格でしょうなぁ…!〉
風呂に入りながらの酒。ゴドファンスは相当気に入ったようだな。今から既に花見酒を楽しみにしているようである。
分からなくもない。
酒はともかく、風呂に浸かりながらオーカムヅミの花を眺めるのは、とても見応えがあると思うのだ。
勿論、オーカムヅミだけでなくオーカドリアの花でもそれは変わらない。絶景を眺めながら浸かる風呂は、体だけでなく心まで満たされること間違いなしだ。
ニスマスで買えるだけ購入していた酒類を全て取り出し、3体に渡していく。取り出した酒はどれも酒精が強い酒ばかりで、皆嬉しそうだ。
3体とも酒好きに加えて、酒精が強い酒を好むのだ。
今は雪が降るような季節。一般的な人間にとっては寒いのだ。だからフレミーが言っていたように、酒を飲んで体を温めるという考えは間違っていない。
酒を摂取すると、大抵の者は血管が拡張して血行が良くなるからな。それは血流が早くなることを意味し、それによって放射熱量も増えるため、体温が上昇するのだ。
そういった目的で酒を求める客が多くなる時期だったため、店に並んでいた酒も自然と酒精の強い物ばかりとなっていたのである。
人間達に一番人気があったのは、麦を使用した酒だな。糖分を大量に含んだ良質な麦を大量に栽培しているらしく、おかげで酒もできやすいのだとか。
それに加えて酒を造る際に使用している水だ。
魔境"ワイルドキャニオン"から流れてくる、"グラシャランの恵み"の水を用いているのだ。
魔力を含んだ水を使用しているからなのか、通常の麦酒よりも良品質なのだ。
グラシャランは、自分の魔力が含まれた水で酒が造られていると知っているのだろうか?今度顔を出す機会があったら、彼の魔力が含まれた水で作られた酒を持ち込み、聞いてみよう。
その時には、アリドヴィルで購入した、グラシャランのデフォルメされた人形も持って行く。反応を見たいのだ。
彼なら大笑いして気に入るかもしれないな。それはそれで面白そうだ。
グラシャランの反応を想像していると、酒を受け取った3体がお土産に対する礼とは別に、私に何か伝えたいことがあるようだ。
〈主よ、我等も酒を造ってみたのだ。なにせこの場には素晴らしい甘味があるのだからな!〉
〈オーカムヅミの果実とハチミツを使って作ってみたの。ハチミツに関しては、ホーディがちょっとだけ渋ってたんだけどね〉
〈おひいさまが酒を楽しめない身なのは存じておりますが、報告だけはしておこうかと思いまして…〉
ほう。"楽園最奥"の素材で作られた酒か。それはまた、とんでもない効果をもたらしそうだな。
酒ができる原理は3体とも本で学んでいるから、作ろうと思えば作れたのだな。
…もしかして、私が長いこと帰ってこないことで酒が尽きてしまったのが原因だろうか?
そんな疑問が頭をよぎったが、苦笑しながらフレミーが否定してくれた。
〈違うよ。オーカムヅミを使ったお酒は、前から作りたいと思ってたの〉
〈この地にも酒は自然に出来ておりましたからな〉
〈ならば、我等の手で作れない道理はない、と言うことで制作に挑んだのだ〉
そうしてゴドファンスの『収納』から取り出されたのは、4ℓは液体が入っているであろう巨大な2つのガラス瓶だ。それぞれ液体は透き通った透明な桃色と黄金色をしている。
この子達が語ったように、オーカムヅミとハチミツによって作られた酒が入っているのだろう。
「綺麗な色をしているね」
〈だよね!初めて作ってみたけど、凄く上手くいったみたいなの!〉
〈?みたいって…フレミーは飲んでないの?〉
酒が絡んだ話になると語気が強まるほどのフレミーが、自分で作った酒、しかも上手くいったと喜んでいる彼女が未だ飲んでいないとは、どういうことだろうか?
〈私だって飲みたかったよ!味見したかったんだよ!〉
〈こういうものは、やはり最初に主に口に付けてもらうべきだろうよ。上手くできたのなら、尚更だ〉
〈お主は少し、ラフマンデーを見習うべきじゃな〉
〈ホーディもゴドファンスもこう言うんだよ!?貴方達だって飲みたくて仕方なかったくせに!〉
なんとまぁ、微笑ましい話…なのか?少なくとも、フレミーは本気で憤慨しているようにも見える。
普段の彼女は、もっと温厚で優しい女の子の筈なんだけどなぁ…。酒が絡むとこうまで変わるのか。
まぁ、最初に私に口に付けてもらうというのであれば、味見をしないわけにはいかないな。
生憎と酒の良さがいまいち分からないから、正確な評価はできないだろうが、それに関してはこの子達が自分で行うだろう。
この子達が太鼓判を押すような出来栄えならば、ヴィルガレッドやルイーゼにもおすそ分けしてあげよう。
いや、ヴィルガレッドはともかく、ルイーゼはあまり強い酒が好きではなかったか。だとするなら、あまり喜ばれないかもしれないな。
まぁ、ウチの甘味で酒が作れたことは伝えておこう。
ああ、そういえば、ヴィルガレッドもルイーゼも、私の元にラフマンデーが加わったことはまだ知らないんだったよな?
だとしたら、ハチミツが手に入れられるようになったことも当然知らないわけで…。
うん、今度会う時は色々と積もる話がありそうだ。
今度はドライドン帝国に行くのだから、ついでとばかりにヴィルガレッドの住処に顔を出すのもいいかもしれないな。
彼には、その時にでもラフマンデーやハチミツのことを話すとしよう。何だったら、ルイーゼも連れて来てみんなであの時の続きをしても良い。きっと楽しいだろうな。旅行の楽しみができた気がする。
話がそれてしまった。今はフレミー達が提供してくれた酒の味見だったな。
では、まずはラフマンデーのハチミツを用いた蜂蜜酒から確認してみよう。
瓶の蓋を丁寧に開ければ、濃厚なハチミツの香りが辺りに立ち込める。その匂いを嗅いで、ホーディが若干恍惚の表情になってしまうほどだ。
これは、早く味見をしてホーディにも飲ませてあげないと、どうにかなってしまいそうだ。さっきの会話の内容を考えれば、当然ホーディもゴドファンスも、酒の味見をしていないようだからな。
味見なのだから、口に入れるのは極少量でいいだろう。ショットグラスと呼ばれる小さなコップを取り出して10mlほど注ぐ。
本当に綺麗な色だ。不純物などまるでなく、酒越しに向こうの景色がクッキリと見えている。
香りも良い。ラフマンデーのハチミツを食べた時のような、濃厚な甘い蜜と様々な花の香りが、私の鼻孔を刺激してくれる。
更にその香りに加えて酒精の香り。甘いものと酒が好きな者には堪らない香りではないだろうか?
フレミーが味見できなくて憤慨するのも、無理はないかもしれないな。
香りは十分楽しんだ。
早く自作の酒を飲みたいフレミーや、未だに恍惚とした表情をしてしまっているホーディのためにも、早いところ味の確認をしてみるとしよう。
ショットグラスに注いだ酒を、全て一気に口の中に流し込む。
すぐには喉に流し込まず、舌の上に乗せ、転がすようにしてその味を舌全体で確認する。
…美味いな。
いや、相変わらず酒精は全く私に影響を与えてくれはしないが、コレは非常に良質なハチミツジュースとしても飲める味だ。
粘性がかなり抑えられ、甘さも僅かに弱くなってはいる。だが、だからこそ非常に飲みやすいのだ。それでいて舌に伝わるまろやかさは微塵も損なわれていない。
これなら、普段は酒を飲もうとしない他の子達も喜んで飲むかもしれない。
酒精の強さは、私が今回購入した酒よりも弱いか。その点では、酒好きの3体にとっては残念な出来なのかもしれない。
酒を喉に流し込み、感想を伝えよう。
「とても美味しいよ。といっても、あくまでも酒精を除いた味の話だけどね。とても甘くて飲みやすいよ。酒精は私が購入して来た酒よりも弱いから、他の子達でも気軽に飲めるかもしれないね」
〈む…そうであったか…。酒精は弱い…いやしかし、甘いのか…〉
〈それは仕方あるまいよ。しかしそうか…。他の者達でも楽しめそうな味なのですな…〉
〈ねぇ、ノア様!もう飲んでいいかな!?美味しかったんだよね!?〉
私の感想を聞いた反応が、文字通り三者三様だ。
強い酒精を求めていたホーディは、しかし甘いハチミツの味と知って非常に複雑そうな表情をしている。
ゴドファンスは、他の皆にも酒の良さを知って欲しいのだろうな。皆でも飲めそうな味だと伝えると、嬉しそうな顔をしている。
フレミーは、とにかく速く酒を飲みたくて仕方がないようだ。こんな反応をする彼女を見るのは初めてじゃないだろうか?
いや、一度"楽園最奥"で自然に発生した酒を、ホーディとゴドファンスが[薄めて飲もう]と言った時に声を荒げていた時があったな。私はその場にいたわけではないし、『通話』越しでの話ではあったが。
焦らす意味もないので、酒好きの3体にも早速蜂蜜酒を飲んでもらおう。
飲んだ時のそれぞれの反応が楽しみだ。
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