第118話 王都を満喫する前に
王都に入った後はそのまま冒険者ギルドへと向かい、それぞれ依頼達成の報告へ行くわけだが、どうやら報告へ行くのはオムだけのようだ。確かに報告するだけなら一人で十分だろうが、他の皆はその間どうすると言うのだろうか?
「お昼を取るための席をキープしてもらってるんです。」
そうか。この時間帯ではどの飲食店も込み合いそうだからな。報告へ行っている間に仲間に席を取ってもらうと言うのは良い手段だ。
「そうだ!今回のお礼も兼ねて、ボク達と一緒にお昼をご一緒しませんか!?その、あんまり高い所じゃないですけど、同じ値段帯だったら僕達が知る中で一番美味しい店なんです!」
私が昼食を取る際は大分店が込み合っているだろうと思っていたのだが、ここでオムが有り難い提案を申し出てくれた。
王都の食事がどれほどの物かはまだ良く分かっていないので、今後の料理の判断基準に使わせてもらうためにも、是非誘いを受けるとしよう。
「助かるよ。ただ、私は依頼の報告の他に魔物の素材も降ろすから、少し時間が掛かるよ?」
「勿論大丈夫です!良かった!皆きっと喜びます!特にベルちゃんは凄く喜ぶと思います!」
「容易に想像がつくなぁ・・・。あの娘の事は、君達にとっては妹のようものなのかな?」
「ですねぇ・・・。小さい頃から5人で一緒に遊んで冒険者になるんだって目標を持ってましたから。血が繋がってなくても、もう兄弟のようなものなんです。」
幼少期を懐かしんでいるオムの表情はとても柔らかいものだ。きっと、彼等の幼少期は平和で健やかなものだったのだろう。
勿論、只々平和だったわけでは無い筈だ。王都へ帰還する途中、彼等の会話の中でベアーが他の子達を庇う必要がある事態もあったようだからな。
だが、冒険者を目指す者としては、その辺りもいい思い出、という事か。
冒険者ギルドに入り、受付の状況を確認すると、今朝私が斡旋を頼んだ狐の
その様子を見て、オムは少し驚いている。ちなみに彼は最初に私が担当してもらった、私が怯えさせてしまった受付嬢の列に並んでいる。
あの娘のカウンターだけ妙に列が出来上がっているところを見ると、王都の冒険者ギルドでは彼女が一番人気、という事か。
彼女の様子を見ても大変そうにしている様子はなく、そつなく報告や依頼の受注に来た冒険者達に対応しているように見える。
そう言えばギルドの受付嬢は皆揃って器量が良い。ベアーはもしかしてこの受付嬢達全員を口説こうとしたのだろうか?
受付嬢の人数は出勤してきている物だけでも七人いる。休日の者もいるだろうし、恐らくは全部で十人ぐらいはいてもおかしくない。
その全員を口説こうとしたのなら、とんでもない行動力だしその都度ベルカから制裁を受けているのだとしたら、彼の女性を口説くという行動は最早条件反射で行っているんじゃないだろうか?
私から見てベアーの容姿は特別醜いと言うものではない。むしろどちらかと言えば整っている方だとも思える。
それで成功した試しが無いのなら、容姿以外の問題があるわけなんだが、大体察しはつく。
まず、ベアーは"
"中級"では、命を懸ける仕事をしていると言うのに稼ぎが少ない。
厳しい意見だが、"中級"止まりの冒険者が冒険者以外の相手を見つけるのは非常に難しい筈だ。そう言った対象として一般市民から見られるのは"
つまり、だ。ベアーのランクでは異性を口説いている暇があるなら少しでも依頼をこなしてランクを上げろ、という事だな。頑張りなさい。
さて、余計な事を考えるのはもういいだろう。
私の場合はただ報告すれば良い、というわけでは無いからな。鉱石の査定もあるし素材も卸さなければならない。私は私の報告を済ませてしまおう。
「ただいま。終わらせてきたよ。」
「お帰りなさいませ。ギルド証をお預かりします。」
やはり目の前の受付嬢は淡々とこなしているな。とてもスムーズなのは良いのだが、どうにも距離を感じてしまう。
イスティエスタで対応してくれたエリィがとても親身になってくれたのを思うと、少し寂しくも思う。
などと考えていたら、もう処理が終わったようだ。
早いな。余計な会話をしていないから、というのもあるが、それでも彼女の仕事は非常に速い。
対応はとても淡々としているが、仕事自体は極めて優秀だ。
「お待たせしました。討伐依頼と運搬依頼の達成を確認、手続きが完了しました。鉱石の査定を行いますので、第二査定室へご案内します。此方へどうぞ。」
そう言って受付嬢は席を立ち奥へと移動して行く。
私は王都のギルドの構造を全部知っているわけじゃないからな。査定室へ案内してくれるようだ。
次回以降は特に言及も無く一人で行け、と言われそうでもあるが。
振り返らずともついて来てくれる、と分かっているのだろう。彼女の後を付いて行こう。
ある程度歩いた先の扉の前で受付嬢の足が止まる。直前に"第一査定室"と書かれた扉を見かけたので、査定室は連続して繋がっているのだろう。
「此方が第二査定室になります。それと、この先は第三から第五までの査定室が続いてます。」
「次回以降は一人でこれそうだね。案内をありがとう。」
「そうしていただけると助かります。それでは失礼いたします。」
一礼をした後、踵を返してしまった。そしてやはり次回以降は案内をする気は無いようだ。
本当に淡々としているなぁ・・・。優秀なのは間違いないのだが、もう少し愛嬌があっても良いような気がする。
まぁ、それはいいか。所詮は他人事、私がとやかく言う事では無いからな。さて、鑑定士に鉱石を査定してもらうとするか。
査定についてはとてもスムーズだった。何せ特に変わった事が無いからな。
以前のように人工鉱床から生えていた鉱石を根元から手刀でへし折り、全て手ごろなサイズに砕いたので、鑑定士もごく普通の鉱石だと認識したはずだ。
何事も無く査定が終わり、再び狐の獣人の受付嬢の所へと戻り依頼完了の手続きをしてもらう。
尚、査定に15分ほどの時間を取られたが、その間にも彼女の所には冒険者が報告や依頼の受注を受けに来た形跡は無い。
エリィから聞いたのだが、受付の給料は月ごとの定額給料と、対応した数によって得られる歩合制の給料、両方がある。つまり、より多くの冒険者を対応した方が給料が良いのだ。
エリィは私の事を金持ちだと言っていたが、実のところ、彼女も結構な高給取りだったりしたわけだ。。
まぁ、目の前の受付嬢は特に不満を感じている様子は無いので、現状で満足している、という事だろう。手続きを済ませてしまおう。
「査定も終ったよ。完了手続きを頼むね。」
「かしこまりました。少々お待ちください。・・・手続き、完了となります。お疲れさまでした。ギルド証を返却いたします。それと、此方が今回の依頼の報酬で御座います。」
手続きが完了した直後、ギルド証と一緒に報酬も渡されてしまった。
あらかじめ報酬を用意していたのか。手際が良いな。それでも彼女の所に来る冒険者が少ないのは多分、とても淡々としているため、近寄りがたいんだろうな。
大抵の者は冷たい対応をされるよりも、愛嬌を振りまいてもらった方が嬉しいと思うのは、私だけでは無い筈だ。
そして、それは相も変わらずオムが並んでいるカウンターに列が出来てしまっている事からも分かる事だ。オムはまだ報告が出来ていないでいる。
ああ、そうだ。素材の買い取り場を確認しておかないとな。多分地下だとは思うけど。それと、ヘシュトナー侯爵の事もマコトに伝えておいた方が良いだろうな。
「魔物の素材を卸したいのだけど、買取所は地下で良いのかな?」
「はい、訓練場の扉をそのまま通り過ぎて頂き、突き当たりの扉が買取所の場所となります。」
「ありがとう。それじゃ、失礼するよ。ああ、そうだ。今回の討伐依頼の件でギルドマスターに報告しておきたい事があったから、後で伝えておいてもらって良いかな?まぁ、彼とはどの道明日も会う事になるのだけど。」
「かしこまりました。」
聞きたい事を聞き、伝えておきたい事も伝えたので地下へと移動する。ちなみに、今回受け取った依頼の報酬額は総額で金貨三枚と銀貨20枚だ。
今回は鉱石の採取依頼がどちらも"中級"だったのだが、どちらも状態が良かったらしく、オマケしてくれたようだ。
一応、オムには一言声を掛けてから買取所に移動しておこう。
「オム。私はこれから素材の買い取りに行って来るよ。そちらが先に終わったら、待っていてもらえるかな?」
「分かりました!と言っても、僕の方が時間が掛かるかもですけど。」
「それならそれで、私が貴方をを待つだけさ。それじゃ、行って来るよ。」
買取所にいたのは16人からなるギルドの職員だ。他の職員に指示を出している虎の獣人の職員がいたので、彼に話しかけよう。
「こんにちは。素材の買い取りをしてもらいたいのだけど、今は大丈夫かな?」
「ん?おおっ!アンタが例の規格外かっ!買取所を仕切ってるバウフマンだ!話は聞いてるぜ!『格納』以外にもやたらとんでもねえ事ばっかりなんだってな!そっちの開いてるスペースに素材を出してもらって良いか!?」
「ああ、あの場所だね?それと、素材は解体を済ませたうえで、ある程度はガラス容器に入れてあるから。少しは楽が出来ると思うよ。」
「マジかっ!?ありがてぇなんてもんじゃねぇなっ!?助かるぜっ!」
買取所の長を名乗るバウフマンに指定された場所に
ただし、森猪鬼の素材に関しては全ては出さずに15体分だ。指定されたスペースには収まりきらないし、そんなに量があったとしても確実に値崩れしてしまうからな。この事はちゃんとバウフマンにも伝えておこう。
「こりゃまたとんでもねぇ量だな!って、ビートルシロップまであるのかよっ!?俺達に卸しちまって良いのかっ!?コイツぁ見た目はこんなんだが、スゲェ美味いんだぜっ!?」
「ああ、貴方もコレの良さを知っている人か。いや、こういった仕事をしているのなら知っていて当然だね。心配はいらないよ。ロプスフォルミガンには三体も遭遇できたからね。一つは自分用に、もう一つは宿泊先の宿に卸すんだ。」
「ヒューッ!流っ石!規格外はやる事が違うねぇ!コイツを俺達で味わえないのが残念なところだぜ!」
バウフマンはビートルシロップが好物のようだな。とても残念そうな、それでいて悔しそうな表情をしている。
ここで買い取った素材は彼等の物になるわけでは無く、ギルドの所有物となるからな。ここから更に別の場所へと売られていく事になるだろう。
つまりは冒険者ギルドの商品である。勝手に手を付けるわけにはいかないのだ。
「それなら、今日は難しいかもしれないけれど、明日以降で"白い顔の青本亭"を訪れると良い。私の宿泊先がそこだからね。」
「あそこかぁー。あそこ飯は美味いんだが、高いんだよなぁー。くっそぅ!姐ちゃん良いとこに泊ってんなぁ!」
「宿を探している時に巡回している騎士に案内してもらってね。ああ、それからこの森猪鬼なんだけどね。実を言うとこれが全部じゃないんだ。」
「マジかよっ!?全部で後どれぐらいあるんだっ!?」
「今出しているのも含めて全部で73体。これを5回に分けて降ろそうと思っているよ。あまり一度に大量に下ろしてしまっては値崩れしてしまうだろうからね。」
森猪鬼の総数について問われたので、一度にすべて出さない理由も含めて説明しておいた。
バウフマンは神妙な顔をしながら頷いている。
「姐ちゃん、分かってるねぇ~!中にはそこんとこ良く分からずに一気に大量に下ろしてきやがる阿呆もいやがるからな!テメェに出来るからって俺達まで『格納』が使えるわけじゃねえっての!ホンット、話が分かる姐ちゃんは俺達にとってありがたい存在だぜっ!」
何やらよく考えずに素材を卸してしまう冒険者もいるらしい。その場合、買取額もかなり下がってしまう筈なんだが、気にならないのだろうか?
「ああ、そういう奴等は金には困ってねぇんだよ。単純に自分の『格納』スペースを開けておきたいから、早めに処分しようとしやがるんだよ。こっちにだってスペースねえってのによぉ!」
「自分本位な者達、というわけか。そう言った者達が一度に何人も卸しに来たら大変だね。」
「おう!そりゃあもう大変も大変だ!しかもそういう奴等は姐ちゃんみてえに綺麗に解体なんざしちゃくれねえからな!この買取所が戦場に早変わりするぜ!」
きっと、怒号が飛び交うような現場になるのだろうな。基本的に解体作業というのは重労働だ。中には非常に頑丈で解体に非常に時間が掛かる魔物も卸される時もあるのだろう。
私達の会話を聞きながら査定行っている職員が、渋い顔をしている。
あの表情は、実際に経験した事がある顔だな。私が素材を卸す時は、彼等の負担を減らすためにも必ずしっかりと解体してから卸すとしよう。
バウフマンの愚痴を聞いていたら査定が終わっていたようだな。
査定の間、彼は私と会話していただけなのだが、良かったのだろうか?
「ここにいる連中の目は確かだからな!今更"上級"の素材の査定で俺に頼る必要なんかねぇのよ!それに、若い連中にちゃんと仕事を覚えさせねぇとギルマスみたいになっちまうからな!やだぜ、俺は。あの歳になってもあっちこっちに行ったり仕事が山積みになったりするのはよぉ!」
だよなぁ。マコトの事を知る者はちゃんと彼の現状を分かっているようだ。そして彼のようにはなりたくは無いようだな。
まぁ、その辺りはバウフマンが言った通りだろう。マコトの普段の姿はおそらく本来の
長寿の種族である
いっその事、私が動いてみるか。マコトの後継者探し。
流石に私だけで彼の後継に相応しい人物を探し当てるのは難しいかもしれないが、私の知り合いには一度に大勢の人間どころかあらゆる生物を見守り続けている奴がいるからな。
今度依頼で遠出する時にでも、あの駄龍に文句を言うついでに頼らせてもらうとしよう。
「待たせたな!結構な量の上に解体も綺麗に済ませてくれてあるからな!買い取り金額は全部で金貨25枚だ!それで良けりゃギルド証を提示してくれ!」
「その額で問題無いよ。しかしあれだね。つい最近冒険者になったばかりだと言うのに、あっという間に大金持ちになってしまった気がするね。」
「そりゃ、姐ちゃんは規格外中の規格外だからな!普通の"中級"はおろか"上級"の冒険者だって、いっぺんにこんなにゃあ稼げやしねえさ!」
私が卸した量は以前イスティエスタの買取所で卸した時の半分ほども無いのだが、それでもあの時の5倍の値段がついてしまうとは。やはり"上級"の魔物やビートルシロップというのは、かなりの価値がある物なんだな。
提示された金額にまったく不満は無いので素直にバウフマンから金額を受け取る事にした。
金額を受け取りそのまま立ち去ろうとしたのだが、バウフマンから待ったが掛かった。どうやら大量の森猪鬼について尋ねたい事があるらしい。
「なぁ姐ちゃん、一度にこんな量の森猪鬼を卸せるっていうか、70体以上の森猪鬼を持ってきたって事は、あったんだよな?その、森猪鬼の集落が・・・。」
「ああ、その辺りの詳細を話すと結構厄介な事になるけれど、聞くかい?」
「マジかぁ・・・。ワリィ、遠慮しとくわ。どう考えても一介の解体師が聞いていい内容じゃなさそうだ。」
「それが良いよ。私もこの事はマコト以外に話すつもりは無いんだ。」
「そういう厄介事、アイツは他のヤツ等に全っ然任せねぇからなぁ・・・。早いとこ、アイツにも後釜とまでは言わねえから、助手ぐらい出来てくれりゃあ良いんだがなぁ・・・。」
「私も少し探してみる事にするよ。と言っても、私は王都の事を碌に知らないから、知っている者に聞くぐらいしかできないけどね。」
「世話焼きだなぁ、姐ちゃん。ありがてぇけど、ギルマスみたいにゃ、なっちゃ駄目だぜ?アイツがあんなに忙しくしてんのは、アイツが世話焼きが過ぎるからでもあるんだからよ。」
分かっているとも。私は私の時間も欲しいからな。
さて、今度こそ買取所を後にすると、既に30分ほど時間がたっていたらしく、先程まで込み合っていたカウンターには誰も並んでいなかった。
私がオムに声を掛けた時点で、あのカウンターには確か18人の人間が並んでいた筈だ。
たった30分であの人数を捌けたと言うのだから、あの受付嬢も相当に優秀なのだな。人気が出るのも当然と言うものだ。
お、ギルドの入り口付近にオムが待ってくれているな。声を掛けて彼に仲間のところまで案内してもらうとしよう。
「オム。お待たせ。あの受付嬢、たったの30分ほどであの人数を対処できるところを見ると、かなり優秀なんだね。」
「ですよね!それにとっても可愛いし、僕にもよく笑ってくれるんです!はぁ~、今日も可愛かったなぁ~、ケーナちゃん・・・。」
ほう、オムはあの受付嬢、ケーナに恋慕の感情を抱いているようだな。仲間たちの前では見せた事の無いような恍惚とした表情をしている。
だが、それはとても苦難な事じゃなかな?君のライバルは非常に多いぞ?
まぁ、今ここで話す事では無いな。どうせならベアー達と食事をする時にでも色々と話す事にしよう。
「さて、それじゃあベアー達のいる店まで案内してもらえるかな?あまり彼等を待たせるのも悪いだろうからね。」
「分かりました!それじゃ、ついて来て下さい!」
意中の相手に笑みを向けられた事でオムは上機嫌のようだな。その足取りはとても軽い。
では、彼等の食事がどういったものか、教えてもらおうか!
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