第578話 宝鱗翼人竜

 リガロウの顔が見たいのとグラナイドの進化が完了する瞬間を見たいため、今日は朝食を手早く済ませることにした。


 ありがたいことに今日ホーディが用意してくれた朝食はにぎりめしだ。おにぎりとも言う。具材入りらしく、飽きがこない味になっているようだ。


 「ごめん。蜥蜴人リザードマン達の集落の様子、というよりもグラナイドの様子が気になるからこのまま向こうへ行って来るよ」

 〈うむ!主が施した結果による進化。どのような結果になったのか、後で教えてもらうとしよう!〉


 我儘を言っているというのに気持ちよく送り出してくれるとは。後で礼を言っておこう。



 転移魔術を使用して手早く蜥蜴人達の集落へと移動すると、一目散にリガロウが私の元まで駆けつけてきた。今日も元気いっぱいだな。

 相変わらず早起きな子である。まぁ、旅行中私はこの子よりも早く起きたことなど一度たりとも無かったが。


 「姫様!おはようございます!」

 「おはよう。その様子だと、まだグラナイドの進化は完了していないようだね」

 「はい!ですが繭に罅が入り始めているので時間の問題だと思います!」


 うん。集落の住民達もグラナイドの目覚めを理解しているのだろう。

 グラナイドの繭の傍には集落の住民ほぼ全員が集まっており、彼の覚醒の時を今か今かと待ちわびていた。


 今この場で彼等に声を掛けると折角進化の瞬間を見逃すまいとしているのに、それが無駄になってしまう可能性がある。

 グラナイドの進化が完了するまで黙っておこう。


 〈そう言うわけだから、リガロウも今は静かにしておこうね?〉

 〈はい!みんな昨日から楽しみにしてました!邪魔するつもりはありません!〉


 リガロウも蜥蜴人達の心境を把握しているため、私が言うまでもなかったようだな。気遣いができる良い子である。

 この場で撫でまわしたいことろだが、間違いなく周りに私達の存在がバレてしまうので、ここは我慢である。


 リガロウを撫でまわしてあげたい衝動に我慢していると、遂に待ちに待った時が訪れた。

 川が決壊したかのような勢いで輝く繭に大量の罅が入り始め、徐々にグラナイドの新たな姿が露見していく。

 

 そして完全に輝く繭が砕け散ると、一斉に歓声が巻き起こった。…黄色い声が目立つな。


 グラナイドは瞳を開けるとすぐさま私の姿を確認し、その場で跪いた。

 その時になって集落の住民達も私が訪問したことを知ったようで慌ててグラナイドに倣って跪きだした。


 「皆おはよう。そしてグラナイド。無事、進化を果たしたようだね。気分はどう?」

 「はっ!私の今の心をそのまま口に出すならば、少し怖いと感じました!」


 怖いと来たか…。

 気持ちは分からないでもないし、その理由はすぐに述べてくれた。


 「過去の自分を容易に超えるほどの驚異的な力が私の内側から溢れ出ているのを感じています。それは私にこれ以上ないほどの全能感を与え、無謀な行為であろうと自らを省みずに行いかねません!そういった意味で怖いと思いました!」


 グラナイドの言うことは尤な話である。

 この"楽園"に限った話ではあるが、"楽園中部"には今のグラナイドを歯牙にもかけない強さを持った魔物や魔獣が大勢いるのだ。

 進化を果たした勢いで"楽園中部"へと探索に乗り出すと言い出そうものならば、少々身の程を教えることになっていただろう。


 流石グラナイドだ。この集落の守護者として認め、名前を付けた甲斐がある。彼は決して力に振り回されるような愚物ではないというわけだ。


 進化したグラナイドの姿は、もはや蜥蜴人と呼べるような姿をしていなかった。見た目からして大きく変化しているのだ。


 鱗こそ以前同様に宝石のように透き通った色合いをしているが、尚且つ彼の魔力色に準じた青と緑、2色の光沢を放つようになっている。

 体格自体は進化前とそう変わらないが、顔つきはよりドラゴンに近い顔つきになり、更に頭部からは2本の角が新たに生えた。

 そして決定的な違いとして蜥蜴人には持ちえない部位、翼が彼の背中から生えていたのだ。

 進化前よりもドラゴンとしての因子がより強くなったのだろう。


 ちなみに、蜥蜴人達から見てどのように見えているかは分からないが、ドラゴン目線で言えば間違いなく美形である。寿命が延びたためか進化前よりも若々しくもなっている。

 というか、先程の黄色い悲鳴を聞くにおそらく蜥蜴人達からも美形だと思われているだろうな。


 グラナイドは人竜マンドレークに進化したのだ。

 ややこしいかもしれないがマンドレイクではない。マン・ドレーク。つまりは人の型をしたドラゴンである。


 それこそ、私にやや近しい種族と言えるだろうな。

 むしろなぜ私が人竜ではなくドラゴンなのかが疑問なのだが…。

 なお、人竜の外見は竜人ドラグナムと違い人間にドラゴンの部位が存在するのではなく人間の骨格をしたドラゴンとなる。


 ヴィルガレッド曰く人竜も魔力から生まれることがあり、その場合はやはりドラゴンと同じく王としての資質を持って生まれるらしい。その場合は人竜王マンドレークロードとなるらしい。


 余計に私が人竜ではなくドラゴンなのかが疑問なのだが、これもヴィルガレッドから聞いた話になるが、基本的に人竜よりもドラゴンの方が強力な力を持っているらしい。

 人竜はあくまでもドラゴンの因子を持った魔物扱いのようだ。


 ただ、見ての通りグラナイドはただの人竜ではない。

 試しに『鑑定アプレイザ』で種族名を確認してみたのだが、案の定種族は分からなかった。つまり新種である。


 『宝麟ジュエルケイル蜥竜人リザードマンが"楽園"にしか生息していないし、その宝麟蜥竜人達が進化することなんて今までなかったのだから、それはそうだよ。そう言うわけだから、また新しい種族名を考えてもらって良いかな?』


 構いはしないが、グラナイドは私の眷属というわけでもないのだから、ルグナツァリオが考えてくれてもいいと思うのだが…。


 そう。グラナイドはリガロウと同じく私から齎されたオーカムヅミを口にして進化を果たしたが私の眷属にはならなかった。庇護対象のままである。


 違いがあるとすれば、やはり魔力の譲渡の有無か。

 リガロウには付きっきりで修業を付けたし(私が直接鍛えたわけではないが)進化するまでに何度も私の魔力を与えていたからな。私の因子がリガロウに植え付けられたのだ。進化によってその因子が活性化したというわけだな。


 対してグラナイドの場合は私が特に関わることなく強くなり進化している。私が彼に魔力を与えたこともない。そこが大きな違いだと思う。


 というわけで別にグラナイドの種族名を私が決めてやる必要はないのだが…。

 そう思いながら周囲を見渡せば、羨望の眼差しで蜥蜴人達が私とグラナイドを見つめている。


 そして伝わる彼等の熱烈な願いと言って良いほどの想い。

 彼等は私にグラナイドの種族名を付けて欲しいのだ。そしてグラナイドもまた、私に自分の新たな種族名を付けて欲しいと願っている。


 そんな風に一心に願われたら応えないわけにはいかないじゃないか。まぁ、安直ではあるが私が種族名を付けるならと一目見てから考えていた名称はある。


 「宝鱗ジュエルケイル翼人竜マンドレーク。安直だけど、それを貴方の種族名にしようと思う。どうかな?」


 全ての人竜に翼がある訳ではない。

 それはランドドラゴンが翼を持たないことからも窺える。そしてグラナイドには立派な翼が生えているのだから、彼の事は翼人竜と捉えるべきだろう。


 種族名を通達すると、グラナイドは跪いた状態から更に頭を下げて了承の意思を示す。


 「偉大なる我等が姫君様からの直々の命名。確かに頂戴いたしました!」


 そしてグラナイドはその場で立ち上がると右手を空に掲げ、意思を周囲に拡散させる。

 するとどうだろう。彼の家からある物が真上に飛び出し、彼が掲げた右手に吸い込まれるように引き寄せられた。


 飛来してグラナイドの右手に収まった物。それは言わずもがな、私が彼に下賜した武器、双龍刀・アンフィスバナエである。


 「我!グラナイドは今日この瞬間より宝麟翼人竜である!この集落の守護者として、蜥蜴人達に安寧を与えることを偉大なるノア様に誓う!!」


 グラナイドの宣言は集落の蜥蜴人達に受け入れられ、大歓声が巻き起こる。


 勿論、私も彼の宣言をしっかりと聞き届けた。

 私に誓ったのならば、それに報いよう。


 グラナイドの魔力に合わせた魔石をその場で作り、手早く首飾りを制作する。おそらくリガロウと同じようなことになるのでデザイン性は皆無である。


 「貴方の誓いを受け取った。これは進化祝いのような物だよ。受け取ると良い」

 「!ははぁっ!身に余る光栄でございます!!」


 再び跪いて頭を下げたので、私の方でグラナイドに魔石の首飾りを装着するとしよう。

 思った通り、首飾りの魔石はすぐにグラナイドの体に取り込まれ、彼の胸部に1辺が10㎝ほどあるひし形の巨大な宝石となって再生成された。


 「こ…これは…!この力は…!」

 「貴方が今私に対して行った誓いを守り続ける限り、その石は貴方に力を与え続ける。この集落の守護、改めて任せるよ」

 「ははぁっ!身命を賭してこの集落の守護者としての役割を務めます!」


 一度にオーカムヅミやら種族名やら魔石やらと渡し過ぎてしまったような気もするが、気にしないでおこう。

 オーカムヅミを与えることはあらかじめ決めていたことだし、その他は彼等の思いに答えたまでなのだ。


 さて、そんなことよりもだ。

 折角進化して新たな力を身に付けたのだ。リガロウが待ち遠しそうにしている。


 「グルルゥ…。グラナイド…もういいか?」

 「フフフ…!ああ!待たせたな!私も新たに得たこの力を試してみたくて仕方がない!」


 グラナイドもアンフィスバナエを手にした時から徐々に闘争心が沸き上がり続けていたのだ。早く自分の力を試してみたくて仕方がなかったのだろう。


 ただ、このままリガロウとグラナイドが戦いだしたら周囲に尋常ではない被害を出すことになる。

 どちらも今までとは比較にならないほど強くなったのだ。開けた場所を用意するだけでは十分とは言えないだろう。


 「立ち合いは私が行うとしよう。今回は私が専用の場所を用意して結界を張る。存分に力を振るうと良い」

 「はっ!ありがとうございます!」


 『空間拡張』によって十分な広さを保ち、その内部に『不殺結界』を展開させる。これで双方戦いで傷付くことはあっても死に至ることはない。存分に戦える。


 「リガロウ」

 「はい!」


 リガロウはルイーゼを始めとした魔族の実力者達に加えラビックからも稽古をつけてもらったことで"氣"と魔力を用いた戦いができるようになっている。進化前のグラナイドでは勝負にならなかっただろう。


 「君が思っている以上に、グラナイドは生まれ変わったかのように強くなっている。遠慮はいらない。一切の制限をせず全力で戦いなさい」

 「はい!」


 魔力量や素の身体能力で言えば人竜となったグラナイドの方が遥かに強力になっている。だが、彼は"氣"と魔力の融合どころか"氣"を扱うことすらできない。

 私の見立てでは戦力的には"氣"と魔力を融合させればリガロウは今のグラナイドと互角に戦えるだけの力を持っていると判断する。 


 リガロウが魔王国での旅行でどれだけ成長したのか。


 今ここで見せてもらうとしよう。

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