第579話 融合した力VS進化した力
こういう時の立ち合いは、やはり私がやるべきなのだろうな。そもそも、
まぁ、立ち合いをする以前に誰も拡張された空間内に入ってきていないのだが。
それで良い。
今のリガロウとグラナイドが全力で戦えば、集落が無事では済まなくなる。外側から内側の様子を確認することはできるので、拡張空間の外側から2者の戦いを見届けていてほしい。
十分に距離を開けたところで両者に準備が整っているかどうかを訪ねれば、愚問と言わんばかりに気合の入った返事が返ってきた。
「それでは…始め!」
合図を出して最初に動いたのは、身体能力で勝っているグラナイドの方だった。
合体を解除させたアンフィスバナエを鞭形態にして左右から薙ぎ払いを繰り出す。
手加減する気も容赦をする気も一切ないようだ。アンフィスバナエの刀身には彼の魔力が宿り、氷の刃を形成している。
初手を譲りこそしたもののリガロウとてじっとしているほど甘くはない。
"氣"と魔力を融合させて全身に見に纏い、尻尾と角で迎撃する。
「グルルァアゥ!!」
「!この1ヶ月で、これほどの腕を…っ!だがっ!」
先に動けたのはグラナイドだが、"氣"と魔力を融合させた力には及ばなかったようだ。蛇腹剣による薙ぎ払いは弾かれ、リガロウが噴射加速によってグラナイドに肉薄する。
「なんの!今の私ならば!」
これまでグラナイドはリガロウの突進を受け止めるか横に逸れるかして回避していたが、今のグラナイドには翼があるのだ。
そしてリガロウが進化した際に即座に噴射飛行を行えたことを考えれば、新たな部位である翼も問題無く使用できるのだろう。
案の定、グラナイドは翼を力強く羽ばたかせると同時に跳躍することで、空高く舞い上がった。更に翼を動かしての姿勢制御も行えているようだ。
あの様子なら、翼による飛行も可能なのだろう。
だが、飛行できるというだけではリガロウを振り切れない。
突進を回避されたと理解した直後、あの子は飛び上がりながら前転し、背中の突起の噴射孔を真下に向けたのだ。
飛び上がったことで浮力を得て、更に真下に向けて"氣"と魔力を融合させたエネルギーの噴射だ。その出力は翼の羽ばたきによる浮力とは比較にならない。
リガロウの体は垂直に急上昇し、一瞬にしてグラナイドへと肉薄する。
「飛ぶことなら、俺の方が先輩だ!」
「ぬぅ!そのような挙動が!しかしっ!」
上昇した勢いを利用してリガロウがそのまま体当たりを仕掛けるが、既に弾かれた蛇腹剣は曲剣形態へと戻り、迎撃態勢が整っていた。
両手に持った曲剣を交差させて切り払う。翼を動かしても回避が間に合わないと悟ったグラナイドは、迎撃による防御を選んでようだ。
リガロウも負けじと更に噴射加速を強化させる。
受け止められるのは承知のうえ、といった様子である。
曲剣を交差させた切り払いをリガロウの体に当て、更には唾羽を羽ばたかせてリガ路から距離を取る。
空中で受けるためか、衝撃を緩和させやすくなっているな。このまま空中戦に持ち込むつもりだろうか?
しかし先程リガロウが言った通り空を飛ぶことならばリガロウの方がより経験を持っている。
確かにあの子の噴射飛行は直線的な動きが多い。だが、翼の可動範囲が広いため、その気になれば圧倒的な機動力を披露することもできるのだ。
正直、飛行できるようになったからといって空中戦に持ち込むのはグラナイドにとって不利だ。
リガロウとの距離が離れたことで少しだけグラナイドに余裕ができたわけだが、当然リガロウが大人しくしているわけがない。
しかし噴射加速による突進を行ったとしても、先程同様に突進の勢いを利用してこの場から大きく距離を取ってしまうだろう。
そこでリガロウが捕った行動は遠距離攻撃だ。
両前足を連続して振るうことで"氣"と魔力が融合した飛爪を連射する。当然威力は1ヶ月前とは雲泥の差だ。
あの子の放つ飛爪はあの子の攻撃手段の中ではかなり威力が低い部類になる。
牽制目的で放ったのだろうな。本命の攻撃は別にある。
「ぬぅうううううんっ!!」
グラナイドに向かって撃ち出された飛爪は両剣形態にさせて高速回転させたアンフィスバナエによってすべて防がれた。
そうして飛爪を防いでいるグラナイドの背後から高密度に練り込まれた魔力の槍が2本襲い掛かる。
『
だが、そこは尻尾のある種族。進化したことでより精密に尻尾を動かせるようになったのか、背後から迫る『魔力槍』を尻尾によって迎撃して見せた。感知能力も高くなっているようだな。
しかし、惜しいな。2本ある『魔力槍』の内1本は無効化できたがもう1本は完全に無効化できなかったようだ。グラナイドの翼、その飛膜を貫いたのである。
「むぅ!」
「こぉこだぁあああ!!!」
飛膜を損傷して空中での姿勢制御が乱れた隙を、リガロウは見逃さなかった。
一際大きな飛爪を両前足から放った後、大きく仰け反り弾丸ブレスをグラナイドに向けて放ったのだ。
しかも、あの子はただ弾丸ブレスを放ったわけではない。ブレスを放つ際に噴射孔にもエネルギーを蓄積させていたのだ。
そして弾丸ブレスが射出された直後に最大出力で噴射加速を使用。
リガロウの体は弾丸ブレス以上の速度でそれこそ弾丸のようにグラナイドへと迫る。弾丸ブレスと同じ射線と軌道で。
そう。あの子も遂に身に付けたのだ。ドラゴン達が得意とする自身のブレスを身に纏って放つ必殺技、ドゥームバスターを。
流石に細かい動きを取り入れることはまだできなさそうではあるが、全身に弾丸ブレスを纏わせて全速力で突撃するだけでも恐ろしいほどの威力が出るだろう。
グラナイドがいくら進化したといえど、今のリガロウの必殺技を受けてはひとたまりも…おおっ!?彼も弾丸ブレスを放っただと!?まさか、グラナイドもドゥームバスターを使えるのか!?
「はぁあああああっ!!でやぁああああ!!!」
これまで高速回転させていたアンフィスバナエの勢いを殺すことなく片側の刀身を鞭形態に変形させて自身が放った弾丸ブレスに向かって突きを放つ。
やはりグラナイドも使えたのだ!いや、使えるようになったというべきか!体勢を崩した状態でよくぞ放った!
片や"氣"と魔力を融合させた力、片や進化した格上の魔物の魔力のぶつかり合い。
制したのは…グラナイドだった。
リガロウと違い、自分の体で衝突したわけではない点も勝利した要因の1つだろう。
体勢が崩れた状態からの攻撃だというのに、これほどまでに力に差がついてしまったか。
しかしまだだ。まだ勝負は終わっていない。
アレだけのエネルギーのぶつかり合いなのだ。グラナイドも無事では済まず、リガロウと共に地上に落下してきた。そしてリガロウもまだ意識を失っていない。まだ戦えるとその瞳に闘志を宿らせている。
「グルァウ!」「ぬん!」
空中で体勢を立て直し、両者同時に着地するとリガロウは噴射加速を、グラナイドは尻尾で背後を叩くことで加速して互いの距離を詰めあった。
リガロウはともかく、グラナイドの速度が異様に速い。
グラナイドも面白いことをするじゃないか。無意識でやったのだろうか?
彼は今、魔力板ではなく空間そのものを叩きつけたようだ。
空間というものは元に戻ろうとする力、弾性が極めて強い。
よって、一度空間を歪めると空間が元に戻った際に強力な反動が生まれるのだ。その反動を利用してグラナイドは前進したのだ。
進化したことで彼は同時に新たな知識を本能的に悟ったりしでもしたのだろうか?
彼の翼といいリガロウの噴射孔といい、まるで最初から知っているかのような使い方だ。
進化する過程で星が知識を与えていたりでもするのだろうか?もしかして、私が最初から備わっていた知識も、それが理由だったりするのか?
…分からない事を考えても仕方がないか。
私が進化した際に感じたあの視線。あの視線こそが星の意思だと思うし、今度もし会話をする機会を得られたら是非とも聞かせてもらうとしよう。可能なら、私が産まれた理由も含めて。
さて、互いに肉薄し合いぶつかり合った両者なのだが、ややリガロウが押されている。
"氣"と魔力を融合できるようになったとはいえ、まだまだリガロウの"氣"の操作技術は拙い部類だ。完全には"氣"の力を使いこなせていない。
それどころか、"氣"を扱うことに意識を向けすぎて反応が遅れる時がある。
対してグラナイドは純粋に魔力を扱うだけだからな。
進化を果たしたことで魔力の操作能力自体も上昇しているようだし、こうなってしまうと勝敗はほぼ決したようなものだろう。
リガロウも状況を良く分かっているようだが、しかしあの子の褒めるべき点は負ける可能性が高いと分かっていても決して最後まで諦めていないところだ。
あの子の瞳には試合を始める前と変わらず、いやそれ以上に強い闘志が宿っている。勝負を捨てていない者の目だ。
僅かな隙を見つければ、それを起点に爆発的な反撃を繰り出そうとしているのだ。
そのため、グラナイドも一切の余裕を見せていない。彼の方が優勢であるにも関わらず、どちらかといえば彼の方が焦っているようにすら見える。
それにしてもグラナイドのアンフィスバナエの扱いがかなり上手くなっているな。進化をしたから、というのもあるのだろうが、真面目な彼のことだ。私達が旅行に行っている1ヶ月間、稽古を欠かさない日が無かったのだろうな。
それに、アンフィスバナエだけでなく尻尾や翼、それに蹴りも攻撃に加えて手数を増やしている。今のグラナイドは無手の状態でもかなりの実力者なのは間違いない。
リガロウが勝負を仕掛けた。
グラナイドの大振りの攻撃を敢えて受け、ダメージを最小限に抑えたうえで反撃に出たのだ。回避できないと踏んだタイミングで6つの噴射孔から最大出力の噴射による突撃を行ったのだ。
だが、その動きはグラナイドも読んでいた。
敢えて攻撃を受けて強烈な反撃を行う。それは彼も同じだったようだ。リガロウの反撃を誘ったのである。
手痛い反撃も、来ると分かっているのならば対処の仕様はある。
事実、グラナイドは翼を広げて自身に『風爆』に似た魔術を当てて技の硬直を無視した動きを可能としリガロウの反撃を回避して見せたのだ。
「もらったあ!!」
こうなってしまうと大きな隙ができたのはリガロウの方になる。しかも背後を取られた状態だ。
流石に勝敗が決したかと誰もが思っただろう。グラナイドすらも勝利を確信し渾身の一撃を放とうとしたところだ。
「それを…待ってたぞぉおおお!!!」
「今更止まるものか!!うおおおおおっ!!!」
リガロウは、私の眷属はやはり天才だったのだ。
あの子は自分から突っ込むように地面に向かって角を突き刺し、自分の体を強制的に止めたのである。
それだけではない。体をしっかりと固定し、6つの噴射孔から背後にいるグラナイドに向けて魔力の奔流を放ったのである。
消耗が噴射加速の比ではないためこの攻撃を凌がれれば敗北は必須となるだろうが、元よりコレで勝負を決めるつもりだったのだろう。
渾身の一撃を放つために振りかぶった姿勢を取ったグラナイドに、魔力の奔流が直撃する。リガロウには既に"氣"を制御するだけの力は残っていなかった。
そしてそれが決定打となってしまったようだ。
グラナイドは、リガロウの最後の切り札を耐えきった。
渾身の一撃の威力こそ押し殺されはしたものの、これ以上リガロウに戦う力は残っていなかった。
魔力の奔流を出し切った時、あの子は既に気を失っていたのである。
「それまで!勝者グラナイド!」
「…流石は、偉大なる姫様の眷属。こうでなくては…。今後も互いに競い合い、鍛え…合お…ぅ…」
歓声もなければ勝鬨の声もない。只々静寂が訪れた。グラナイドとて、限界近くまで消耗していたのだ。
試合終了の声を耳にした途端、グラナイドも糸が切れたように倒れてしまった。
『不殺結界』があったにも関わらずダメージがとんでもないことになっていたな。『
そして、早急にやっておかなければならないことができてしまったな。
現状、私がいなければリガロウとグラナイドは満足に試合が行えなくなっている。せっかく両者の強くなろうとする気持ちが強く表れているのだ。
目が覚めたらしばらく試合ができないと知ったらきっとガッカリしてしまう。
すぐにでも頑丈かつ安全に戦える訓練場を作るのだ。
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