第580話 一緒に行きたいのは?

 実を言うと、試合場を制作するのはそれほど大変では無かったりする。むしろ簡単とすら言える。私ならばの話ではあるが。


 理由は『空間拡張』も『不殺結界』も正確に原理も構築陣も把握していることに加え、効果を発揮させるための魔力が潤沢に存在しているからだ。


 浅部といえどこの場所は"楽園"。元から大量の魔力が空気中にも地中にも大量に含まれているのだ。

 それに加えてオーカドリアが産まれた影響で"楽園"の魔力はさらに増加している。

 そのため特に魔石や魔宝石を必要とせず、何もせずとも効果を発揮し続けてくれるのだ。


 頭の中で試合場の構想を考えながらリガロウとグラナイドの治療をしておく。

 どちらも力を使い切ったためか満足気な表情をしている。


 〈良い顔で眠っていますね。それほどまでに充実感を得られたのでしょう。目が覚めた時、この子がどのような反応をするか楽しみです〉

 「早く自分を鍛えたくて貴方のことを急かすかもしれないよ?」

 〈可愛げがあって大変よろしいかと思います〉


 気持ちよさそうに眠るリガロウの寝顔は非常に可愛らしいもので、常にこの子の傍にいるヴァスターも同じように考えているようだ。

 久しぶりに彼の声を聞いたような気もするが、前回の旅行中にもそれなりに会話はしていたりする。


 今回の試合、あくまでもリガロウとグラナイドの試合だったためヴァスターは傍で傍観していることに徹していた。その際何度か魔術による援護を行おうとしていたところをリガロウに制止されていたのである。

 つまり、試合中にグラナイドの背後から『魔力槍エナジージャベリン』を放ったのは完全にこの子の実力というわけだ。


 魔王国に行く前のリガロウだったら間違いなくできなかった筈だ。まったくもってこの子の才能と成長性には驚かされる。


 少々気掛かりがあるとすれば、やはりヴァスターに関してか。

 彼には私が作った魔宝石を渡してあるので魔力量だけで見れば特に問題無いかもしれないが、ヴァスターは魂だけの存在であり生命エネルギー、つまり"氣"をその身に宿していない。

 リガロウの成長速度を考えると、そう遠くない未来で大きな力量差が付けられてしまうだろう。


 その事実をヴァスターがどう受け止めるか、少し気になる。

 力の差を意識してリガロウを避けるようになってしまうかもしれないし、リガロウはリガロウでヴァスターを下に見るようになってしまうかもしれない。


 私としてはそういった事態は避けたいところだ。

 現状、彼等は孫と祖父のような良好な関係が築けているのだ。この関係を崩したくはない。

 確かにそう遠くない未来、リガロウは魔力量だけでもヴァスターを上回るようになるだろう。私が知らないところでヴァスターが自分の知識をリガロウに教えているからか、最近は使用できる魔術も多彩になっている。魔王国に旅行へ行っている間にもいろいろと教わっていたようだ。


 先程の試合で使用した『魔力槍』も魔王国に旅行中に教えてもらっていた魔術の1つだ。

 他にもヴァスターから教わっている魔術は多々あるだろう。だが、習得した魔術を使いこなせるかどうかは別の話だ。

 力だけでなく、考え方や在り様等もヴァスターから学んでいってい欲しい限りである。


 ヴァスターは、今以上の力を望んだりするのだろうか?

 与えること自体は容易に可能だ。魔宝石を追加で与えればいいだけだろうからな。

 しかし、それをヴァスター自身が望むかと聞かれれば…。


 〈いと尊き姫君様。気遣いなど不要です。ただでさえ貴方様から望外の力をいただいているのです。これ以上を望むことなどあり得ません〉


 こう返って来るのは分かり切っていたことだ。

 ヴァスターは自分から私に何かを、まして力を求めるようなことはしない。

 しかし私はヴァスターに何かしらの成長を求めている。


 この問題を解決するには…。

 うん。ヴァスターには魂の根源、星の力を扱えるようになってもらおう。

 同時に私も星の力の扱いを勉強するいい機会になるだろう。


 「ヴァスター。今後、貴方には貴方にも備わっている力の扱い方を教えていこうと思う」

 〈それは、いと尊き姫君様から、直接…ですか?私ごときが直接教えを請うなど、恐れ多いにも程があるかと…〉

 「いや、私が思うに適任だと思う。扱うのは魔力でも"氣"でもないからね。私も貴方に教えながら自分で学んでいくことになるよ」

 〈そういうことでしたら。この魂がいと尊き姫君様の成長の一助となるためにも、ご教授願おうかと思います〉


 よし。まだ完全に懸念が払拭されたわけではないが、今はこれ以上のことはできないだろう。リガロウも眠ったままだしな。

 今のうちに試合場を完成させておくとしよう。



 リガロウが目を覚ましたのは、試合場を完成させて1時間ほど経過してからだった。

 なお、グラナイドは既に目を覚まして蜥蜴人リザードマンの戦士達に稽古をつけている。


 「…キュウ?姫様…?」

 「おはよう、リガロウ。気分はどう?」

 「なんだかすごくスッキリした気分です!体を沢山動かしたいです!」


 グラナイドとの試合に敗れてしまったことは特に気にしていないようだな。

 だが、相変わらずこの子の瞳には闘志が宿っている。今以上に強くなりたいと、この子は渇望しているのだ。


 試合場のことを伝えたら、私は家に戻るとしよう。

 次に旅行に行く際にこの集落を訪れた時、リガロウがどれほど成長しているか楽しみにしておこう。



 家に戻ってくる頃には、既にホーディが昼食を作ろうとする時間になっていた。私もホーディと一緒に昼食を作るとしよう。


 だが、その前に…。


 「オーカドリア。楽しいのは分かるけど、あまり無理はしないようにね?」

 「うん!大丈夫だよ!ラビックは力の加減が上手いの!」


 今日も昨日と同様にオーカドリアのコアパーツが装着された魔導鎧機マギフレームのような人形が、ラビックの蹴りによって遠くへと吹き飛ばされている。

 なお、オーカドリア自身はとても楽しそうにしている。ひとまずは自由に動かせる身体を気に入ってくれているようだ。


 しかし、オーカドリアの要望としては様々な生物に変身できる能力を持ちたいようだからな。現状に満足するわけにはいかない。

 それに、あの状態では"氣"を使用できないからな。それに、飲食もできるようにしたい。

 いつかは"氣"も星の力も扱えるような、生物と遜色ない万能ボディを作り上げて見せるのだ。


 「しばらくオーカドリアの相手をしてもらうことになるけど、大丈夫そう?」

 〈問題ありません。あの体の性能は非常に高く、私にとっても良い訓練になりますから願ったり叶ったりなのです〉


 吹き飛んだオーカドリアを追いかけているラビックに声を掛ければ、即座に返答が帰ってきた。

 ホーディが料理に嵌ってしまったためか、ラビックはラビックでオーカドリアの相手をするのが楽しいようだ。


 さて、それではホーディの元へ行き私も昼食の用意をするとしよう。



 昼食の時間となり、皆で食事をしながら今度の旅行の予定について話をすることにした。

 何の予定かといえば、誰が次の旅行について行くかだ。


 次の旅行先はオルディナン大陸。魔大陸とは別の大陸になり船による移動を経験することになるのだが、ついて行きたい子はいるだろうか?


 〈私は行くわよ!きっとまだ食べたことのない料理が食べられるわ!〉〈私は行きたいのよ!きっと美味しい料理がいっぱいあるのよ!〉

 〈お船!本物のお船に乗るの!?ボクも行くー!〉


 うんうん。彼女達はそう答えてくれるだろうな。他大陸ならまだ口にしたことのない料理がある筈だし、船の玩具を気に入っているウルミラが実際に船に乗れると知ったら興味を持たない筈がないのだ。


 そして他にも興味を持ってくれた子達が。


 〈他大陸の衣服を直接見てみるのもいいかも。それに、"楽園"の外にちょっと興味が出てきたし〉

 〈そうじゃのぅ。儂も人間の文化というものを直に見て"いんすぴれーしょん"とやらを得たく思いますぞ?〉


 なんと今回はフレミーとゴドファンスが旅行に着いてきてくれるらしい。

 ゴドファンスは体の縮小化が問題無くできるようになっているので、周囲に気を遣う必要もないだろう。

 それに、移動中は小さくなったゴドファンスを抱っこできそうだ。


 さて、他の子達はどうするつもりだろう。

 言葉を出さずともラフマンデーはこの地でハチミツを作り続けるつもりなのは分かるが…。

 言うまでもないがヨームズオームとオーカドリアは留守番である。この2者は周囲への影響が大きすぎる。


 〈せっかく料理を作る喜びを知ったのだから、これを機に思う存分料理を作ろうと思う。旅行の同行は次の機会にさせてもらおう〉

 〈私も少々思うところがありますので、今回は非参加でお願いします〉


 そっかー。ホーディとラビックは着いてこないかー。

 少し残念ではあるが、気持ちは分かる。ホーディなんかは分かり易いな。


 私達が旅行に行っている間に料理の腕を上げて私達が帰って来た時に驚かせるつもりなのだ。存分に腕を上げてもらい、是非とも驚かせてもらうとしよう。

 後は酒だな。今のところハチミツ酒やオーカムヅミの酒を造れるのはフレミー、ゴドファンス、ホーディの3体だけなのだ。誰か1体はこの地に残っておくべきだと考えたのだろう。


 そしてラビックなのだが、おそらくオーカドリアの相手をするのだと思う。

 ただ、魔王城での生活でラビックも芸術に興味を持っていたような気がするので、もしかしたら私達が旅行に行っている間にこの地で何か創作活動を始めるつもりなのかもしれない。


 とても素晴らしいことだと思う。まだ旅行に出かけてすらいないというのに、今から帰って来た時のことが楽しみになってくる。


 〈ねぇノア様。旅行に行く時にちょっとお願いがあるんだけど聞いてもらえる?〉


 気の早すぎる妄想をしていると、フレミーから声を掛けられた。 

 他ならぬ私の最初の友達の願いだ。聞かないわけにはいかないだろう。


 〈オルディナン大陸に船で移動するにはまずアクレイン王国に行くことになるんでしょうけど、その前にイスティエスタに寄ってもらいたいの〉

 「そっか…。うん。良いよ。私も前から連れて行きたいと思ってたから」


 フレミーがイスティエスタに行きたい理由など、1つしかないだろう。

 彼女は旅行中に私が着る服を仕立てている、フウカに会いたがっているのだ。


 私も常々この2者を互いに紹介したいと思っていたのだ。

 しかし、フウカをこの広場に連れてくることなどできはしないし、かと言ってフレミーを連れて行けば否が応にも目立ってしまう。

 まだ目立つのを避けていた時期にフレミーを人目にさらけ出すのはトラブルの元だと判断して断念していたが、今は違う。


 むしろ目立ってしまっていいと今は考えているのだ。

 今頃世界中に私がルイーゼと親友の関係になっていると知れ渡っているだろうし、もはや何もしなくても確実に目立つ。

 それはつまり、私ならば多少変わった生き物を連れ歩いていても納得されるし、周囲の注目が私に集まるから神経質に警戒する必要もなくなるということだ。


 それに、ウチの子達は自衛ができないわけでもないからな。

 欲をかいても身を亡ぼすだけなのだ。


 話を戻そう。

 フウカにフレミーを会わせるのは今ならば問題無い。

 フレミーも魔力や気配の隠蔽は得意だし、コントロールも上手いからな。

 人間達ではどうあっても太刀打ちできないような存在であると知らしめることぐらい、どうということはないのだ。


 フレミーの願いとは別にイスティエスタに顔を出しておきたい理由はまだあったりする。

 ドライドン帝国から帰る途中、あの街に風呂屋を作るようにあの街の代表者に話を通していたのだ。その結果がどうなっているのか知りたい。冒険者達は利用しているのだろうか?シンシア達やエリィは?

 …気になり出したら止まらなくなってくるな。何としてでも確認させてもらおう。ついでに本場のハン・バガーセットも食べておくのだ。


 そう言うわけで、アクレイン王国へ向かう前にイスティエスタに立ち寄るのが決定した。

 が、ついでだから他の場所にも一応寄って行こう。具体的にはチヒロードである。

 そう。チヒロードの記者ギルドに顔を出し、私の写真集を購入しようと考えているのだ。


 流石に友人に渡す用に複数購入することはできないだろうが、私の分ぐらいは保管してくれていると思うのだ。

 1冊あれば、後は『複写』によって増やしてしまえばいい。少し狡いとは思うが、このぐらいは勘弁してもらうとしよう。

 ついでだ。ヒローの所にも顔を出してまだまだ幼い彼の子供達の顔を見ていくとしよう。私が書いた絵をどう扱っているかも気になる。


 そうだ。どうせだからグラシャランにも挨拶しておこう。リガロウがどれほど強くなったのか、あの子の最初の師匠にもその雄姿を見せてやるのだ。


 考えれば考えるほど旅行が楽しみになって来るな。

 この想像をしている時間は好きだが[この時間が一番楽しかった]なんて結果にはしたくない。


 いつものことだが、準備は万全にしておこう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る