第581話 着々と進むボディ開発
さて、次の旅行までゆっくりしていたい気持ちはあるのだが、実を言うとあまりゆっくりもしていられなかったりする。
他大陸。オルディナン大陸から魔大陸に交易に来たデンケンは、9~10ヶ月後に再びモーダンに来ると言っていた。
去年の亀の月での会話だ。そろそろ彼等が再びアクレイン王国のモーダンに顔を出していてもおかしくない時期なのだ。
そして私はデンケンと約束をしている。
彼等の船に乗せてもらい、オルディナン大陸へと渡る約束だ。
モーダンで荷下ろしを終えた後はある程度休暇としてあの街でゆっくり過ごすのだろうが、なるべくなら早い段階で会っておいた方が良いと思うのだ。
それに、モーダンにはデンケン以外にも知り合いがいる。
出港までの間冒険者達に以前のように稽古をつけるのもいいかもしれない。あれからオスカーがどれだけ成長したかも確認したいところだ。
そう言えば結局あの時はタスクの正確な実力を見ることはできなかったな。今回の旅行ではみれたりするのだろうか?リガロウがとても興味を持ちそうだ。
とは言え、今のリガロウの実力は既に人類の強さを越えていると言って良い。
間違いなくマクシミリアンよりも強いからな。生前の彼の実力を私は知らないが、正直勝負にもならないと思う。
魔王国でラビックやルイーゼに鍛えられたおかげで"氣"を扱えるようになったのが非常に大きい。
しかもただ"氣"を扱えるだけでなく魔力と融合させられるのだ。これだけでおそらく人類では太刀打ちできなくなると思う。
人間達と行動する際は"氣"を使わせない方が良い気がしてきた…。
教えてしまえばそれまでなのかもしれないが、私が天才と判断するリガロウですらまだ完全には"氣"を制御できていない。
人間達が"氣"を認識して問題無く扱えるようになるまで、長い時間を要する気がする…。
それでもなんとなくだがリナーシェやシャーリィなどは人間の尺度で考えればすぐに体得できてしまいそうな気もする。
おそらく"氣"の習得にはかなり個人差があると思うのだ。
勝手な話なのは承知の上なのだが、人間達に"氣"の扱いを指導する気はない。
魔族には教えているのに不公平だと人間達から言われるかもしれないが、結局のところ"氣"も私が人間達に伝えなかった知識や技術と同じである。
強力過ぎるので習得したければ自力でして欲しいという話だ。
ならばなぜ魔族には教えたのかと聞かれれば、元から魔王が使用できていたからである。私がやったのは練習に付き合った程度の感覚だ。
それに、魔王にはこの世界の危機に立ち向かうという役目があるらしいからな。可能な限り力を身に付けて欲しいのだ。
まぁ、ルイーゼが私の親友だから贔屓したという理由もないことはない。
一応自分でも自覚しているつもりだが、ウチの子達が言うには私は甘いらしいからな。
正直、マコトやオリヴィエから"氣"の扱いを教えて欲しいと懇願されたら教えてしまいそうな自分がいる。尤も、オリヴィエが"氣"の扱いを習得したいと思うかと聞かれたら首を横に振らせてもらうが。
だが、マコトは覚えたがりそうだ。というかマコトはこの世界で生きて長いし、"氣"の存在自体を知ってそうだな。
そして自力での習得には至らなかったが、私という存在が"氣"を扱えると知っていたら…。
私に教えて欲しいと言い出さないとは言い切れないな。
まぁ、マコトが何かを私に頼む時というのは自分のことではなく他人のことばかりだったから大丈夫だとは思いたい。カレーライスとは違うのだ。
オーカドリアのボディの2号機を制作しながら人間達への今後の対応を考えていると、後頭部に強い衝撃と痛みが走った。
後ろを振り返ってみれば、私の姿をした幻が無表情で私を見据えていた。
目の前の無表情な私の幻は私が操作しているわけではない。予め行動を指定してその通りに動く実態を持った幻『
以前オーカドリアのボディを制作するのに夢中ですっかり夕食の時間が過ぎてしまっていたからな。今回は作業に入る前にしっかりと魔術を発動していたというわけだ。
この魔術の利点は、私が意識を失ったとしても魔術を使用した際に消費した魔力が尽きるまで効力を発揮し続けると言う点だ。
つまり、寝る前にこの魔術を使用して朝起こしてもらうという、非常に無駄かつ贅沢な使用方法もできないことはないのだ。私にはレイブランとヤタールがいるからやる必要はないが。
というか、魔力の消費量が多すぎてどう考えても割に合わない使い方だ。
それはそれとして、夕食の準備ができたようなので食堂に向かうとしよう。
ホーディが料理をしてくれるようになったため、私の自由時間が大幅に増加した。おかげでこうしてオーカドリアのボディも製作に集中できる。
一緒に夕食を作れないのは少し残念ではあるが、その分昼食の調理は存分に楽しませてもらっている。
毎回皆が食べきれないほどの量を作ってしまうが、そうなったら旅行に行く際に留守番してもらう娘達に渡しておくつもりだ。
尤も、ホーディが留守番する以上、食事は彼が用意してしまうだろうが。
しかし、そんなホーディも旅行に同行してもらう日が来る筈だ。その時には料理する者もいない事だし、渡した料理の出番となるだろう。
食堂に訪れてみればちょうど料理の配膳が終わるところだった。なかなかいいタイミングで知らせの合図を送れたものだ。今後も『自律幻形』は有効活用していこう。
今日もホーディは夕食を張り切って作ってくれたようだ。机には大量の料理が並べられている。
〈ノア様が作業してたのに時間通りに食堂に来てる…〉
〈これフレミー〉
「いいんだよゴドファンス。実際私は作業を始めると周りが見えなくなることが多いんだし、こうして作業を中断して時間通りに食堂に来れたのは初めてじゃないかな?」
フレミーは私が時間通りに食堂に訪れたことよりも、夢中になっていた作業を中断したことに驚いているようだ。
そんなフレミーの態度をゴドファンスが諫めようとするが、これは今までの私の行動が原因なのだから仕方がないのだ。
だが、今後は食事をしに来ないという事態も起きないだろう。
…『自律幻形』を使用し忘れなければ。
「大丈夫!ノアが魔術を使い忘れても私がいるから!」
元気な声でオーカドリアが宣言してくれる。食事の時間になっても食堂に来なかったら私の頭をはたきに来るのだろう。
それで良いし正直とても助かる。だが、起床とは違い自分で何とかできる問題なので頼り過ぎないようにしておきたいものだ。
さて、そろそろ夕食をいただくとしよう。
食べ終わったらまた作業場に戻って2号機の製作だ。1号機の反省を生かした自信作になる予定だ。
少なくとも、力の加減は今よりもずっとやりやすくなっているだろう。
「ねぇノア。新しいボディは旅行に行く前に完成しそう?」
「うん。と言うよりも完成させてから旅行に行くつもりだよ」
正直に言うと、1号機は性能に糸目をつけなさ過ぎた。
一応力加減はできないことはないが、オーカドリア曰く非常に難しいらしい。ここ10日間以上ラビックがオーカドリアと戦って(オーカドリアは遊んでいるつもり)疲れ果てているのだ。
ラビックは"氣"と魔力を融合してその状態である。やるだけやってみようと思って作りはしたが、まさかこれほどの性能になるとは思っていなかった。
そんなわけで2号機のコンセプトは力加減である。
最大出力は1号機と変わらないが、人間の子供と同じ膂力までしか引き出せないようなリミッターを設ける予定だ。
なお、耐久力に関しては1号機と据え置きである。
オーカドリアとの遊びが終わって"黒龍城"に入って来るラビックが毎回ボロボロの状態で家や城に帰って来るのだが、その時の1号機はまったくの無傷だった。
ラビックが手加減をしていたわけではない。むしろ全力で相手をしてもボディは無傷だったのだ。
それだけ頑丈ならば安心して留守を任せられる。
ここ数日の間にホーディがラビックから"氣"の扱い方を教わり、彼も"氣"と魔力を融合ができるようになってきていたのだ。
今でこそホーディは料理を作ることが最大の楽しみとなっているが、それ以前はラビック同様戦いに強い喜びを見出すタイプだったのだ。
新たな力を身に付けた時のホーディの獰猛さはそれはもう、離れた場所にいる筈のラフマンデーの眷属達や配下の精霊達が怯えだすほどだった。
そしてその獰猛さに違わず凄まじい攻撃力を誇っていた。
それこそオーカムヅミの樹木を容易に破壊できるほどの威力だった。まぁ、オーカムヅミへのダメージは私が防いだから無事ではあるが。
しかし、1号機の防御力ならばそんなホーディの攻撃力にも問題無く耐えられる筈だ。
オーカドリアは最近魔術に興味を持ち始めたからな。防御力に不備があると考えれば魔術で補強もするだろうし、破損したら修復もするだろう。
私がいない間に何があっても大丈夫、というわけだ。
私の冒険者ランクを下げないためにも、2号機の完成を急ぐとしよう。
私が初めて意識を覚醒させてからちょうど1年が経過した頃、2号機が完成した。
そして2号機が完成してから数日が経過した朝。
レイブランとヤタールに起こされて外に出てみれば、今日も2号機を装着したオーカドリアが広場の空いたスペースで思う存分体を動かしている。
「おはよう、ドリー。今日も楽しそうだね」
「ノア!おはよう!すっごく楽しい!前よりもすっごく体を動かしやすいの!」
オーカドリアに2号機の具合を聞いてみれば、ご機嫌な様子で返事をしてくれた。
手加減をコンセプトにはしていたが、各部位の調整をしないわけではなかったからな。
可動部の動作性や可動範囲などは1号機よりも優れた状態にしてある。
力の加減の方も何とかなった。
1対1の状態に限るが、相手の身体能力に合わせて身体能力を解放すればオーカドリアが望むような遊びもできるだろうし、ホーディやラビック達の訓練にもなる。
ただ、2号機に設けたリミッターの機能はあくまでも最大出力の制限だけであり、強弱をつけた動きをするのは相変わらず難しいようだ。
多分、コレはボディの性能だけでなくオーカドリアの感覚の問題もあると思う。
ホーディやラビックと訓練し続けて力を加減する術を身に付けてもらいたいところだ。
1号機と2号機の外見はどちらも同じ。瞳の窪みがあるだけののっぺらぼうだ。髪なども無い。
早い話がマネキン人形みたいなものである。
体を動かす楽しみを知って欲しいから外観を気にせず完成を急いだためこのような姿になったが、どうせならばオーカドリアが好む姿にしてあげたい。
そんなわけで3号機は外観にもこだわろうと思う。
そこで役に立つのが人間達の書物だ。
ファッション誌や写真集など、人の姿が移っている書物をかき集めてオーカドリアに目を通してもらうつもりだ。
勿論、私が今まで集めたそういった類の書物は既にオーカドリアに渡している。まぁ、オーカドリアはどちらかというと小説の方が好きみたいだが。小説を読む合間に目を通してくれているようなので良しとしよう。
2号機に問題がないことも分かったことだし、そろそろ次の旅行を始めてもいい頃だろう。
明日、蛇の月20日。
この日を次の旅行の出発日としよう。
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