第582話 皆を連れて人間の国へ
いつものようにレイブランとヤタールに起こされて2羽と一緒に外へ出る。
家の扉を開ければ、そのすぐ先でフレミーとウルミラが待機していた。早く旅行に行きたくて仕方がないと言った様子である。
「おはよう、フレミー、ウルミラ。ゴドファンスは一緒じゃないの?」
〈おはようノア様。ゴドファンスならキッチンに行ってホーディから朝ごはんとお弁当を貰いに行ってるよ〉
〈移動しながら食べられそうな料理を作ってくれるんだって!楽しみだね!〉
移動しながらでも食べられる料理か…。だとすると食器やカトラリーを使わない料理になりそうだな。おにぎりやエフィシェンあたりだろうか?
エフィシェンというのは2枚のパンの間に好きな具材を挟んだ、手軽に作れてそれでいて食べ易い、多くの人間や魔族達から愛されている料理だ。
ハン・バガーのように手づかみで食べられて一度に複数の栄養素を摂取できる料理のため、古くから世界中に伝わっている料理だったりする。
この料理の名前は、今は亡き国では"効率的"という意味がある。確かに非常に効率的な料理だ。
この手の料理は異世界でも当然のように伝え広まっていて、向こうの世界ではサンドイッチと呼ばれ親しまれていたようだ。千尋の料理レシピにも載っていた。
おにぎりでもエフィンシェンでもサンドイッチでもどれでも構わない。味が良いのは間違いないだろうからな。
朝食とお弁当について思いにふけっていると、"黒龍城"からホーディとゴドファンスが出てくる気配があった。ホーディから受け取った朝食やお弁当は『収納』に仕舞ったようだ。
〈おはようございます、おひいさま。準備の方は問題無いようですな〉
〈朝食はゴドファンスに渡してある。移動中にリガロウと共に食べると良い。何を用意したかはお楽しみだ〉
ホーディはリガロウの分の朝食とお弁当も用意してくれたらしい。
気が利くじゃないか。頭を撫でて褒めたくなってしまう。
まぁ、ホーディは現在直立している状態でかつ縮小化も行っていないので頭を撫でるのは少々面倒だ。多少面倒でも撫でるがな!
私には伸縮自在の便利な尻尾があるのだ。
尻尾で体を支えながら尻尾を伸ばしていけば、四肢を動かさずともホーディの頭部まで移動が可能だ。
ホーディの顔に抱き着いて盛大に撫でまわして褒めるとしよう。
「あの子の分まで朝食鴉お弁当を用意してくれてありがとう。あの子もきっと喜んでくれるよ」
〈うむ。我も直接会う時が楽しみである。ゴドファンスもフレミーも、リガロウをイジメてやるなよ?〉
今回リガロウと初めて出会う2体にホーディが口の端を少しだけ吊り上げて忠告をする。
おおお!?なんか良い!ホーディのその表情凄く良い!ニヒルな感じがして堪らないな!もっと顔を撫でさせてもらおう!
〈まったく、小さい子相手に本気になるわけないんだからイジメるわけないでしょ。っていうか凄いことになってるね…〉
〈今のホーディの表情がおひいさまの琴線に触れたようじゃの。まぁ、安心せい。リガロウの相手はあ奴等に任せるでな〉
そう言ってゴドファンスはウルミラ達に視線を送る。
少なくとも彼はリガロウの相手を前回あの子と出会っている彼女達に任せる気のようだ。
〈儂の方からアレコレと口うるさく何かを言って苦手意識を持たれたくはありませんでな〉
ゴドファンスは家の皆にも問題があればすぐに注意をする厳格な性格だからな。そういった態度をリガロウに見せてあの子から怯えられるのを避けるつもりのようだ。
多少のことは大目に見てやればいい話なのだろうが、ゴドファンスの性格ではそれも難しいのだろう。
〈……で、主よ。いつまでそうしているつもりなのだ?〉
おっといけない。つい感極まってホーディを撫でまわし続けてしまっていた。
それでは、準備も整い全員揃ったことだし、そろそろ
そう思った時である。
オーカドリアのボディが上空から勢いよく落下して来た。
間髪入れずにラビックまで落下してきた。オーカドリアを踏みつぶす勢いだ。
が、その動きは直前で回避され、ラビックの踏みつぶしは半径5mほどのクレーターを作り出す。
回避と同時にオーカドリアが私の傍、つまりホーディの肩までやって来た。
なかなか速いな。ホーディが反応に遅れてしまうほどの瞬発力だった。
「ノア!おはよう!もう旅行に行くの!?」
「おはよう、ドリー。そのつもりだよ。相変わらず精が出るね。とりあえず降りようか」
いつまでもホーディを撫でまわしているわけにもいかないので、名残惜しいがそろそろ地面に降りる。良い触り心地だった。
私が地面に降りるのとほぼ同時にラビックが私の目の前に降り立つ。
〈日に日に動きが矯正されているようで、良い訓練になって助かっております〉
ラビックは耳が良いからな。先程の会話も耳にしていたようだ。
先程まで壮絶な肉弾戦をオーカドリアと行っていたというのに、ラビックに息切れしている様子はない。これも"氣"を用いている影響だろうか?
〈ちょうどいい時間である。稽古はその辺りにしてラビックも朝食にしないか?ヨームズオームとラフマンデーも呼ぶとしよう〉
〈そうですね。腹が空いては体の動きに不備が出ますし、早朝の稽古はこのぐらいにしておきましょう〉
いつのまに呼んだのかヨームズオームとラフマンデー、更には彼女が従える眷属や精霊達までこの場に集まってきていた。人型の精霊はホーディと共に料理を作っていたらしく、大量の料理を抱えている。
「それじゃあ、行ってくるよ」
皆に見送られながら転移魔術を発動し、蜥蜴人達の集落へと行くとしよう。
リガロウには昨晩の内に連絡を入れていたため、集落に転移して来た時には蜥蜴人達全員で迎えられることとなった。いつものことだな。
グラナイドの進化が完了してからというもの、彼とリガロウは毎日のように手合わせをして互いを高め合っていた。
おかげでリガロウの魔力はドンドン上昇していったし、グラナイドは最近"氣"を理解し始めてきている。
もう少しして明確に"氣"を認識できるようになったら、リガロウがグラナイドに"氣"の扱い方を教えるようになるだろう。
尤も、それは今回の旅行から帰って来てからになるが。
リガロウとフレミー、そしえてゴドファンスとの顔合わせも終らせ、ゴドファンスに縮小化をしてもらったら出発だ。
やはりというか何と言うか、フレミーやゴドファンスからは隔絶した力を感じ取ったせいでかなり委縮してしまっているな。
リガロウには将来彼等に並び立つどころか上回って欲しいし、あの子のポテンシャルならばそれも可能だと考えている。どうか委縮したままでいないでもらいたいところだ。
レイブランとヤタールは私の両肩に。縮小化したゴドファンスはウルミラの背に。そしてフレミーは私の頭に。
なお、リガロウ以外の皆の姿は魔王国へ訪れた時同様にウルミラによって透明化してもらっている。
アクレイン王国に入国する際には全員の姿を現しはするが、それまでの間にこの子達の姿を見せてしまうと間違いなく大騒ぎになるだろうからな。
いや、アクレイン王国に入国する際にこの娘達を見せてもやはり驚かれるだろうし騒ぎにはなるだろうが、滞在時間が違うからな。
1日泊るだけの街であまり騒ぎを起こしたくないのだ。
イスティエスタに到着したらまず最初に東門で風呂屋の完成度について聞かせてもらった。
複数個所に風呂屋を設ける計画だったわけだが、どうやらすべての風呂屋の建設を同時進行で行うわけではなかったらしく、冒険者ギルドに最も近い場所に1件、集中して建設していたようだ。
おかげでその風呂屋は10日ほど前に完成したらしく、なかなかの好評を得ているようだ。
冒険者ギルドから近いということは当然"囁き鳥の止まり木亭"にも近いわけで、あの宿に宿泊する者も利用しているのだとか。
風呂屋に対する従業員、シンシアやジェシカの意見を知りたいところだな。彼女達も利用しているのだろうか?
まぁ、それは直接聞けば分かることだ。
まずは冒険者ギルドに顔を出して適当な依頼を受けてしまおう。
大勢の人間から注目されながら冒険者ギルドへと足を運んでみれば、エリィの姿が無かった。
不思議に思って一番近くにいた受付嬢に聞いてみれば、何と今日は休みだと言うのだ。
エリィが現在どうしているかは『
もしかしたら街中を移動中にバッタリと出会うかもしれないしな。
なお、冒険者ギルドの中には透明化したウチの子達も一緒に入ってきている。
魔王国には冒険者ギルドが無かったので、ウルミラやレイブランとヤタールが興味を持ち一緒に入りたがったのだ。
〈浅部でよく見かける格好をした奴等よ!ココから"楽園"に来ていたのね!〉〈こんなところにいたのよ!何だかスッキリしたのよ!〉
〈透明にしてるとは言え、みんなボク達に気付かないんだね。この人達"楽園"に行って大丈夫なの?〉
大丈夫ではないだろうな。そもそもこの場に残っているのは受付嬢を眺めていたい気の抜けた連中だ。真っ当な冒険者達は依頼を受注して各所を並走していることだろう。
私も討伐と運搬の依頼を受けてランクダウンまでの猶予を引き延ばしておくとしよう。
受ける依頼は1つだけでも問題無いのだが、1つでも5つでも私にとってはそう手間は変わらないからな。
採取の依頼を受けなかったのは、私が採取して来た品の査定を行うの者がユージェンになるからだ。
彼は私をドラゴンだと見抜けるほどの看破能力がある。おそらく透明化しただけのウチの子達の存在など容易に理解できてしまうだろう。
魔術で隠蔽しようとすれば隠蔽するための魔術の存在に気付くだろうから、やはり何かを隠しているということは察知されてしまう。
ユージェンにならば教えても構いはしないが、只々無駄に彼に心労を与えてしまうだけなので今回はやめておくことにした。
パッと言ってサッと依頼を片付け、報酬を受け取って冒険者ギルドから外に出ると、リガロウがシンシア達に囲まれていた。
冒険者ギルドから出てきた私の姿をシンシアが捉えると、元気な声で私を呼びながらこちらに駆けつけてきた。
「あ!ノア姉チャンだー!久しぶりー!」
「久しぶり。相変わらず元気そうだね。今日もハン・バガーセットを食べさせてもらうよ?」
「えへへ!毎度アリー!」
体当たりかと錯覚するほどの勢いで駆けつけてきたので、最初に出会った時のように尻尾で受け止めて持ち上げておこう。
流石に尻尾で持ち上げられるのは慣れたもので、驚いた様子はない。
羨ましそうに他の子供達がシンシアを見ているので、後で同じことをしてあげよう。
〈おひいさま。甘やかしすぎでは?〉
〈これぐらいは甘やかしとは言わないさ。子供達と遊んであげる"気の良いお姉さん"と言うヤツさ〉
子供達と遊んであげるだけで甘やかしというのは流石に勘弁してもらいたい。
確かに魔王と対等な立場と表明された私ではあるが、正式な身分は一介の冒険者なのだから。
まぁ、私は自分の正体を公表した後もシンシア達に同じような振る舞いをするつもりではあるが。
気に入っている者達から慕われているのだから、それぐらいはするのである。
こうして会えたことだし、子供達に風呂屋の感想を聞かせてもらうとしよう。
「シンシア、最近宿の近くで風呂屋ができたそうだね?」
「うん!広くってあったかくってすっごい気持ちいいぞ!オレもジェシー姉も毎日入ってる!」
「あたしも毎日入ってるわ!おかげで前よりもキレイになったわ!」
女性陣からは大いに好評のようだ。
ただ、マイクとトミーからはあまり評価がよろしくない。
「あったかいのは良いんだけど、いちいち体洗ってお湯に浸かるのはめんどーだよなー」
「だよねー。パパかママに『
なんと!マイクとトミーは風呂の良さをいまいち理解できないというのだ!衝撃の事実である!
それというのも、この子達は身綺麗にするだけならば『清浄』で十分だと判断しているからである。
風呂に入ったことが無いわけではないようだが、体を洗ったり湯に浸かったりと言った行動が手間だと考えているようだ。
「うーん、確かに『清浄』を掛ければ汚れは落ちるけど、お風呂上がりの冷たいドリンクはとっても美味しいからなぁ…」
「「それは分かる」」
テッドはシンシアやクミィほど風呂が気に入ったわけではないようだが、風呂上がりの冷たいドリンクが特に気に入ったようで、そのためにも風呂に入っているようだ。
そしてマイクとトミーもその美味さは知ってはいるが、やはり面倒さが勝っていると言ったところか。
しかし、このテッドの口ぶり…。まさかこの子は…。
「ねぇテッド。貴方はもしかして、もう『清浄』を?」
「はい!すっごく便利な魔術ですよね!泥遊びをしてもすぐに元通りになるから、親から怒られるようなことが無くなりました!」
「マジ助かる」
「神様テッド様ってヤツだよねー」
素晴らしい!
これほどの幼さで自力で『清浄』を習得してしまうとは!
以前この子に渡した魔術書の中に『清浄』の魔術書は無かった筈なのだが、どうやって習得したのかを聞けば、なんとこの子は冒険者ギルドの資料室に足を運んで『清浄』の魔術書を読んでいたらしい。
「ノアお姉さんから『清浄』は冒険者にとって必須の魔術だって教えられましたから。今のうちに覚えて日常的に使えるようになっておけば、冒険者になった時に便利ですよね!」
「そうだね。その考え方はとても立派だよ」
テッドはマイペースな子ではあるが、それと同時に非常に利発な子だ。『清浄』の重要性も十分に理解してくれているし、頭を撫でて褒めてあげよう。
〈可愛らしい子達だね。ノア様が可愛がるのも分かるかも〉
〈だろう?街に入って最初に会話をしたのがこの子達で本当に良かったと思っているよ〉
フレミーも人間の子供達の可愛さに理解を示したようだ。8つの目で微笑ましい視線を送っている。子供達は気付いていないが。
私が人間と最初に会話をしたのは東門の門番ではあるが、街の外での会話だ。街に入ってから最初に会話をしたのは間違いなくシンシアであり、その友人達である。
さて、シンシア達との会話もほどほどにしてそろそろ移動を開始しよう。フウカの店兼家に顔を出すのだ。
シンシアとクミィがついて来たそうにしていたが、今日は別のことをして遊ぶらしいので渋々私と別れることにしたようだ。何やら外せない用事があるらしい。今晩夕食時にシンシアに聞いてみよう。
シンシア達と別れてフウカの店の扉を開くと、彼女は接客中だったらしく扉の前で恭しく歓迎されることはなく、福屋の店長として挨拶をされた。
「あらぁ。ノア様、いらっしゃーい。御贔屓にしていただきありがとうございまーす」
「ええっ!?ノア様!?」
試着室の中から聞き覚えのある非常に動揺した声が聞こえてきた。
なるほど。今日は休みだと聞いていたが、ショッピングを楽しんでいたようだ。
試着室から聞こえてきたのは、エリィの声だった。
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