第396話 慣れてしまえば、どうと言うことはない

 街へ観光へ出かけると決まった途端、リナーシェはフィリップを連れて自室へと駆け出して行った。外出用の衣服に着替えてくるのだとか。


 私もリナーシェに合わせて少し服装を変えるとするか。彼女がどのような服を着るかは『広域ウィディア探知サーチェクション』で容易に確認できる。"ダイバーシティ"達はどうだろうか?


 「貴方達はどうする?」

 「このままで大丈夫です」

 「私は…どうせだからおめかししちゃおうかしら?」


 ティシア以外は着替えずに街へ出かけるようだ。ただし、衣服には大量の汗がしみ込んでいるだろうから、『清浄ピュアリッシング』を掛けておこう。


 「ありがとうございます」

 「リナーシェやフィリップは気にしないだろうけど、彼女達に付いて来るだろう護衛達は気にするだろうからね」


 リナーシェに護衛が必要かどうかはともかくとして、王族である以上、単独での外出など認められるものではないだろうからな。十中八九護衛が付くことになる。


 リナーシェの服装を確認するために『広域探知』を使用してみれば、案の定だ。彼女達に護衛をつける方向で話が進んでいる。

 意外なことに2人共その方針に異議はないようだ。リナーシェの性格なら、煩わしく思って不満を口にするかと思ったのだが、そうでもないらしい。


 リナーシェの着ていく服も確認できたことだし、私も『影幕シャドウカーテン』を使用してこの場で着替えるとしよう。

 今回の外出で彼女が選んだ服は、高品質ではあるが一目で身分の高い者だとは思われないような服。良く言えば気取らない、悪く言えば地味な服装だ。


 私もリナーシェに合わせて飾り気のない服に着替える。衣服は勿論フウカ製だ。リナーシェの友人として恥じないよう、相応の品質の服である。

 …そうだな、ついでだから、たまには髪型も変えてみるか。グリューナの真似をして、ポニーテールとやらにしてみよう。


 折角チヒロードで写真集のための撮影を行った際に、髪留めを含めた様々な装飾品を貰ったのだ。有効活用していかなくてはな。


 着替え終わって『影幕』を解除してみれば、途端に周囲の視線が私に集まる。

 私が『影幕』を使用する時というのは、服装を変える時だと新聞によって既に知れ渡

っているからな。どのような服装になるのか、興味が湧いていたのだろう。


 だが、今回はそれほど大した格好ではない。どちらかと言えば着替える前の服装の方がきらびやかだったと言えるほどだしな。私に視線を向けた者達を落胆させることになるだろう。


 と、思っていたのだが、まるでそんなことはなかった。それどころか、何故か非常に感動している者達が多い。どういうことだ?


 「ふぁ~…。ノア様のポニーテールとか、貴重過ぎるぅ…」

 「うつくしぃ…」

 「髪型を変えただけでも、大分印象が変わりますね…」


 私に注目している者達が感動していたのは、普段とは違う髪型をしたかららしい。

 確かに、私はこれまで碌に髪型を変えて来なかった。それで問題無いと思っていたからな。今回髪型を変えたのも、タダの思い付きだし気まぐれだ。特にこれと言った意図があったわけではなかった。


 しかし、そういうものなのか。普段していない髪型をたまにすると、人間達からは喜ばれるようだ。

 その実、リガロウとフーテンは特に反応を示していない。普段通りどころか、少し大人しめな姿だと認識している。

 この子達は髪型よりも服装を見ているのだろうな。



 ティシアも着替え終わり、リナーシェ達が戻って来るのを待つこと20分。護衛を連れたリナーシェ達が訓練場に戻ってきた。

 どうせなら城門辺りで合流すれば手間が省けたのだろうが、そういった話をする前にリナーシェはフィリップを連れて自室へと駆け出してしまったからな。私達は訓練場から移動していないのである。


 リナーシェは私の姿を目にすると、フィリップを引きずりながら私の元まで駆け寄り、現在の私の姿を褒め出した。


 「ノアも着替えたのね!その格好も似あってるわ!それに、髪型も変えたのね?髪を下ろした姿しか見たことがなかったから、凄く新鮮よ!これからはちょくちょく髪型を変えてみたらどうかしら!?」

 「そうだね。髪留めの類が結構な数手に入ったことだし、いいかもしれない」


 手に入れた物は有効活用していかなくてはな。勿体ない。今後は定期的に髪型を変えてみることにしよう。

 幸い、私の髪はそれなりの長さがある。散髪するつもりは無いが、髪を結う形での変更ならば結構な自由が利く筈だ。気分次第で変えてみることにしよう。


 「それじゃ、城下街を見て回りましょ!それに折角なんだから、寝具以外も見て回りましょう!」

 「そうだね。案内を頼める?」

 「はい!お任せください!」


 私の問いかけに自信満々にティシアが答える。

 "ダイバーシティ"達は王都を拠点にしているわけではないが、これまでの冒険者の活動に加えてリナーシェからしょっちゅう王都に呼び出されていたこともあり、すっかり王都の街並みを把握してしまったそうだ。


 ならば、安心して案内を受けるとしよう。寝具以外にも美術品を扱っている店や冒険者ギルド。それから図書館…は、リナーシェが嫌がりそうだ。図書館に訪れるのは別の機会にしておこう。



 城門をくぐり、街を歩いてみれば、瞬く間に住民達の視線が私に集まってくる。やはり髪型を変えていることが大きいようだ。加えて、髪型を変えても私の髪や鱗の色は一切変わっていないからな。

 ただでさえ目立つというのに、いつも以上に目立っているのだろう。


 私の情報はあっという間に街中へ広がっていき、城門をくぐって僅か10分足らずで私達の周りに人だかりができるようになってしまった。そんなに私の姿を見たいのか。見たいんだろうなぁ…。


 「質素な服を着てきたって言うのに、物凄い注目度ね。まぁ、ノアはどんな服を着ててもそもそも髪や尻尾で目立つから、あんまりこういう服は意味が無かったかもだけど」

 「ひょっとして、お忍びのつもりだった?」


 街の住民の反応を見て、リナーシェがやや呆れたように語り出す。

 私と同行する時点で確実に目立つのだから、あくまでも街の雰囲気に合わせただけの服装選びかと思っていたのだが、違っていたのだろうか?そもそも"ダイバーシティ"や護衛を同行させているのだ。その時点で目立つなんてものではないだろうに。


 「多少はね。これだけの大人数だから目立つのは無理だとは思ってたけどね…」

 「そもそも忍ぶ必要、ある?」


 別に私達の行動を知られても困るわけではないのだ。どれだけ注目を浴びようとも、堂々としていればそれで良いのである。注目している者達は、私達の行動を阻害しているわけでもないのだから。


 まぁ、仮に阻害してしまっているようなら、その時は少し魔力を解放すればそれで済む話だと思う。少しと言ってもエネミネアの倍近い魔力になるが。これで大抵の者は私を恐れて私の元から離れていくはずだ。

 恐怖心で人を従える手法は褒められた行為ではないかもしれないが、大声を出したり物理的に干渉するよりはよほどマシな筈だ。


 なお、意図的に私に対して絡んでくるようなら、その時はデヴィッケンの二の舞になってもらうだけだ。それを見てから立て続けに同じ行為を行う者は、そうはいないと信じたい。


 私がそういう考えだから忍ぶ必要性を感じていないのだが、リナーシェはそうではないようだ。


 「人前に出るたびにいちいち周りから視線が向けられたりあれこれ言われたら煩わしいじゃない。視線や小声が気になるのよ」

 「慣れればどうと言うことはないよ?」

 「普通はそんなに簡単に慣れる物じゃないの」


 リナーシェの言い分も分からないでもない。私もその手の煩わしさを覚えたことがあるからな。

 だが、今となっては懐かしい記憶だ。

 私は既にどれだけ注目を集めようが何かを言われようが、それが私の行動を阻害するようなものでなければ捨て置けるようになったのだ。


 人間からしたら、この慣れの速度は異常なのかもしれないな。

 思えばリナーシェは自分の城の人間達から注目されることすら避けていたのだ。むしろあの時のことを考えたら、随分と成長したとすら言える。

 ならば、いっそのこと普段からもっと目立って注目を浴びたり周りから称えられたりすれば、もっと早く目立つことに慣れるのではないだろうか?


 そんなことを考えていると、リナーシェから私の後頭部に向けて手刀が放たれる。昨日と同じ状況だ。

 だが、昨日と同じ轍は踏まない。彼女に無駄に痛みを与えないように、尻尾で手刀を優しく受け止める。今度は痛く無い筈だ。


 リナーシェに顔を向け、用件を尋ねる。


 「どうかしたの?」

 「…気を遣ってくれたのはまぁ、嬉しいんだけどね?」


 気を遣った、というのは手刀を受け止めたことに関しての話らしい。手刀の件は別に言いたいことがあったからのようだ。

 それはそうと、手のすぐ近くに私の尻尾があるからか、リナーシェが私の尻尾に触ろうとしている。


 あの表情は街の住民に見せて良い表情ではない気がするので、彼女の手から尻尾は遠ざけておこう。


 「ノア?アナタ私に強引に目立たせようとか考えてなかった?」

 「その方が早く慣れるだろう?」


 リナーシェは私の思考を読み取るのが上手いな。昨日と同様、再び私がやろうとしていたことを予測されてしまった。

 しかし、私の案は彼女にはあまりウケが良くないらしい。


 「…何て言うか、ノアって鍛えることに関しては容赦がないわねぇ。程々って言葉の意味を知らないのかしら?」

 「行き過ぎのない、ほどよい度合。という意味だろう?」

 「そういうことを言ってるんじゃないわよ…」


 言葉の意味を知らないのかと問われたので、そのまま聞かれた言葉の意味を答えれば、非常に呆れた口調で私の言葉を否定して額を抑えている。


 勿論、分かって言っている。

 やはり私と対等に接してくれる相手には、悪戯心というものが湧いて来てしまうようだ。こうした言葉のやり取りが楽しいのだ。

 だが、リナーシェの呆れは本物だ。彼女にしろルイーゼにしろ、行き過ぎて嫌われないように注意しなければ。


 リナーシェが言いたいのは、つまるところ私の修業や成長のためのプランは極端すぎると言うことらしい。例え命の保証がされているからとは言え、まともなやり方ではないとのことだ。


 まともな方法ではリガロウも"ダイバーシティ"達も短期間で強くはなれなかっただろうし、私は短期間で強くするつもりだったからな。

 未だに私は人間が短期間で効率的に強くなる方法を知らないのだ。目的を達成させるためには、強引な方法も取ることになるのは、当然である。


 「私の場合は急ぐわけでもないんだから、無駄に目立つ必要はないのよ。それに、煩わしいとは思うけど、人前に立てないってわけじゃないんだから。少しずつ慣らしていけばそれで良いの」


 私はどうにも物事を性急に考え過ぎていたようだな。

 効率的に、最短で目的を達成させることばかりを考えていたようだ。それでは例え目的を達成できたとしても、精神的な負担が厳しい、と言うことか。


 うん。確かにその通りだ。

 私が問題無いからと、他の者も同じというわけではない。ましてや私と人間達とは様々な物事の許容範囲が大きく異なりそうだからな。

 今後、稽古や修業を誰かにつける場合、その点も考えて行う必要があるだろう。


 勿論、短時間で強くなるために過酷な修業を望むというのなら、それに応えるまでだが。



 そんなこんなで注目を浴びながら街を気ままに歩くこと30分。ようやく目当ての店に到着だ。扉の大きさも嬉しいことにリガロウが入れる大きさだ。この子も一緒に入らせてもらおう。

 では、チヒロード以上に高品質と言われている寝具の数々。拝見させてもらうとしようじゃないか。


 扉を開けて店に入ると、既に店長と思われる人物が扉の前で待機していて、私達を出迎えてくれた。

 私達が王城から出て街を歩いていることは既に街中に知れ渡っていたし、私が王都で高品質の寝具を求めていることは私がチヒロードに滞在していた時点で新聞によってニスマ王国中に知れ渡っていたのだ。

 私が王城から出て街を観光しているともなれば、目指す場所は何処なのか、すぐに見当がついたのだろう。


 「ようこそお越しくださいました!恐れ多くも、『姫君』様に相応しい寝具をこちらでご用意させていただきました。もしよろしければ、すぐにでもご案内させていただきます」

 「それはありがたい。それならお言葉に甘えて案内してもらうとしよう」


 気が利いているじゃないか。

 情報の伝達が正確かつ十分に行き届いているというのは、こういう時に非常に便利だな。

 勿論、彼等の用意してくれた寝具が私に合うとは限らないが、例え私の求める製品でなくとも、参考にはなるだろうからな。


 それに、この店の歴史は長く、この店の寝具は高位貴族や王族にも愛用されているとチヒロードに滞在中にチヒロードで寝具を扱っている店員から聞かされていたのだ。

 この店の人間の手腕を、私は信じさせてもらう。


 さぁ、自信をもって私に相応しいと語った寝具を見せてもらおうか!

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