第395話 ご褒美を用意しよう

 勝敗が決して、リナーシェが不機嫌になっているかと思えば、まったくそんな様子は無かった。

 というか、彼女は自力で尻尾から抜け出せないと分かるや否や、しきりに私の尻尾を触ろうとしている。腕ごと体を巻き付けているので、できていないが。


 エリザが触り心地が良いと言っていたし、私も自分の尻尾の触り心地は悪くないと思っている。

 リナーシェも触りたいのだろうか?そういえば、彼女に私の尻尾を触らせたことはなかったな。

 少しだけ拘束を緩めて、片腕だけでも自由にさせてみよう。


 拘束を緩めた途端、リナーシェはおもむろに私の尻尾を撫でまわし始めた。触り心地が気に入ったのか、やけに顔がにやけている。


 「うへへへへ…思ってた通り、ううん!それ以上の触り心地だわぁ…ぐへへへ…」


 …さっきとは別の意味で身分の高い女性がしてはいけないような表情をしているのだが、今のリナーシェを見ている者達は、構わないのだろうか?

 この分だと拘束を完全に解いたとしても尻尾から離れなそうだな。

 しばらくこのままにしておくか?暴れる様子もないことだし、もう片方の腕も自由にさせておこう。


 ………待ってましたとばかりに両手で尻尾を触り始めたな。尻尾を顔の近くに持って行ったら頬擦りまで始めてしまいそうな勢いだ。


 この状況、どうしたものか。少なくとも、この試合場に居続けるわけにはいかないだろうし、舞台からは降りておくか。


 あっ、リガロウが私の元まで来てくれた。


 「姫様。お疲れ様です。良いんですか?ソイツを自由にさせて」

 「特に不快でもないからね。気の済むまで撫でさせておこう」

 「姫様が良いというのなら、俺からは何も言うつもりはありませんが…」


 そういう割には、何か言いたげである。

 リガロウからしてみれば、リナーシェの行為は無礼な行為に当たるのだろうな。多分だが、ゴドファンスやホーディも似たような反応になりそうだ。

 あの子達が今のこの状況を見たらどんな反応をするのだろう。


 …とりあえず、フィリップの所にでも行くか。彼の前に行けば、リナーシェも正気を取り戻すかもしれない。そろそろ私も自由時間が欲しいのだ。


 私は今日、王都を見て回りたいのだ。目的は第一に寝具である。

 チヒロードで購入を見送ったのは、この街でならより高品質の寝具を手に入れられると説明を受けたからだ。チヒロードでも一応寝具を見て回ったが、取り扱われていた商品は非常に高品質の寝具だった。

 王都ではそれ以上に高品質の寝具を取り扱っているというのならば、期待しない筈がないのである。


 リナーシェを正気に戻すためにも、フィリップの元まで行こうとして彼の位置に視線を動かせば、彼の方からこちらに来てくれるようだ。

 彼とじっくりと話をしなければ、まず間違いなく自分から私の元まで来てくれることはなかっただろうな。話をしておいてよかった。


 「リナーシェ、お疲れさま。格好良かったよ」

 「フィリップ!ありがとう!でも、まだまだよ!次こそはノアに一撃入れて見せるんだから!それはそうと、アナタも触ってみる?凄く触り心地良いわよ!?」

 「い、いやぁ、私は遠慮しておくよ…」


 これは、正気に戻ったと言えるのだろうか?一応問答はできているから、戻っているとは思えるのだが…。相変わらずリナーシェは私の尻尾に触れ続けている。


 「リナーシェ、そんなに気に入った?」

 「何て言うかね、唯一の触り心地って言うのかしら?どこか金属みたいだけど、そうじゃないような…。とにかく触り続けたくなっちゃうの!」

 「そう…。ところで、これから早速ご褒美のショートケーキを作ろうと思うんだけど、流石にこのままは拙いと私は思うよ?」


 リナーシェを尻尾で巻き付けたままショートケーキを作れないかと問われれば、問題無く作れる。だが、問題はそこではない。単純に衛生面での問題だ。


 『清浄ピュアリッシング』を掛けていれば問題無い、という話ではない。

 このままリナーシェが私の尻尾を触り続けると言うことは、それなりに彼女が体を動かすと言うことだ。

 城の厨房ならば清掃が行き届いて常に清潔にしているだろうが、埃が舞うような行為を厨房に勤める者が歓迎するわけがないのだ。


 私の説得に、リナーシェも納得してくれたようだ。


 「まぁ、そりゃあそうよね。私も実家にいた時は、[用もないのに厨房に入るな]って母様に怒られたことがあったわ。それじゃ、十分堪能させてもらったことだし、そろそろ降りるわ」


 おそらくつまみ食いでもしようとしていたのだろうな。訓練に夢中になって腹をすかせたリナーシェならば、普通にやりそうだ。


 それはそうと、私の言葉に納得してくれたリナーシェは、私の尻尾を撫でることを止めて体から力を抜いている。何時でも降ろして大丈夫なようだ。


 尻尾による拘束を解き、足を抱えていた腕を離せば、リナーシェは何事もなかったかのように地面に着地する。

 厨房に移動しながら、改めて彼女の健闘をたたえておくとしよう。


 「それにしても相変わらず、いや、以前にもまして腕が上がっていたね。まさかあんなに速く破壊されてしまうとは思わなかったよ。見事だった」


 褒めながらリナーシェの頭を撫でれば、彼女は特に抵抗することも無くそれを受け入れる。最近は頭を撫でようとすると拒否する者が多かった気がするから、素直に頭を撫でさせてくれることに若干の感動を覚えるな。


 「フフフン!もっと褒めて撫でても良いのよ?」

 「厨房に着くまでは、そうさせてもらおう」


 大人しく頭を撫でられているリナーシェはとても気持ちが良さそうだ。そして私の手のひらも気持ちいい。

 フワフワな彼女の耳を、遠慮なく触れているからな。私の尻尾を好きなだけ撫でまわしていたのだから、私も彼女のモフモフを堪能させてもらおう。勿論、彼女が心地よくなれるように、だ。



 厨房に到着したら、私はリナーシェ達と別れることとなった。別に入ってきてもらっても構わなかったが、私の邪魔をしたくないとのことだ。

 彼女達は、一緒について来たリガロウと共に再び訓練場に戻ることとなった。

 あの子と再び試合でもするのだろうか?今のリナーシェは、結構消耗している筈なのだが…。


 まぁ、どうしても気になるのならショートケーキを作りながら『広域ウィディア探知サーチェクション』を用いて確認すれば問題ないだろう。それほど気になることでもないが。


 さて、何も考えずに厨房に入ってきてしまったが、果たして私はショートケーキを作らせてもらえるのだろうか?

 厨房では城に勤める料理人達が今もせわしなく今日の昼食を作り続けているのだ。

 この城の厨房の広さもかなりの広さがあるので、空きスペースはあるが、彼等の邪魔ではないだろうか?


 一際長いシェフハットを被った、非常に体格のいい筋骨隆々の男性が私の元に近づいてきた。最も長いシェフハットだし、恐らく彼が料理長だろう。忙しそうにしていることだし、追い返されてしまうだろうか?


 どうやら違うらしい。


 「ニスマ城の厨房にようこそお越しくださいました。ご用件を伺います」

 「リナーシェに今日の試合を称えるためのスイーツを作ろうと思ってね。良ければ厨房の一部を貸してほしいんだ」

 「ちなみに、スイーツの名前をお伺いしても?」

 「ショートケーキだよ」

 「こ、ここで作っていただけるのですか!?」


 スイーツの名前を出した途端、非常に驚かれてしまった。考えてみれば、当然なのかもしれないな。

 リナーシェが言うには、ショートケーキはチヒロードでしか食べられない高級スイーツらしいのだ。そのレシピは、当然秘匿されていると考えて良いだろう。


 であれば、この場でショートケーキを作ると言うことは、当然その一部始終をこの場にいる料理人達に見せると言うことである。

 王侯貴族の料理も任されるような腕利きの料理人達だ。私が料理を作るところを見ていれば、ショートケーキを作ることも十分可能なのだろう。


 …私の一存で今この場で作って良いものではないかもしれない。ヒローに『通話コール』をかけて確認を取ろう。

 彼は私が得た知識を好きに扱って構わないと言っていたが、やはり領地の利益に関わることなのだ。確認は大事である。


 ………問題無いそうだ。ただ、フロドにはヒローが許可を出したことを伝えておいてほしいと頼まれてしまった。

 恩を一つ売った、と言うことだろう。その辺りはやはり貴族、抜け目がないな。


 ヒローからの許可も下りたところで、遠慮なくショートケーキを作らせてもらうとしよう。

 その際、料理長にも見学しても構わないと伝えたのだが、遠慮されてしまった。


 私が料理をしている間も、城に勤める者達の食事を作ることにしたらしい。だが、料理の最中に目に入った調理過程を他の料理人達と共有して後程再現するつもりでいるようだ。


 そういうことならば、彼等の分も作ってしまおう。

 実物を口にして、味の再現と、可能ならばこの味を発展させてもらいたい。彼等にならばできると思うのだ。


 ただ、この場で彼等の分も作ると言い出したら断られそうなので、内緒で作って出来た後に押し付けてしまおう。

 再びこの国、この城に訪れた時、今よりも発展したショートケーキを披露してくれれば喜ばしい限りだ。


 尤も、彼等にまでフルルのフルーツを使用したショートケーキを用意するつもりは無いが。

 彼等がリナーシェよりも先に食べたと知ったら、後で私にも料理人達にも文句を言うかもしれないからな。

 楽しみにしていたのだし、味見の分はともかくとして、最初に食べるのは彼女と一緒の時にしよう。


 通常のショートケーキも特別なショートケーキもどちらも無事完成し、厨房を出ることにした。

 勿論、今後すぐに振る舞えるよう、食べられるように大量に作ったとも。

 その際、料理人達にもショートケーキを1ホール渡したのだが、やはり遠慮されてしまった。当初の予定通りやや強引に押し付けてきたが。


 「これは貴方達に対する用件だよ。私が次にこの城を訪れた時に、より発展したショートケーキを振る舞って欲しいという、ね」

 「…かないませんな…。そう言われてしまえば、料理人として受け取らないわけにはいきません。少し気が早いですが、次のご来訪の時には、必ずや『姫君』様を満足させるスイーツをご用意いたしましょう!」


 といった具合に納得してくれたので、次にこの国に来る時を楽しみにしておこう。



 厨房での用件も片付いたことだし、そろそろ王都の観光でも始めようかと思ったのだが、肝心の"ダイバーシティ"達は別行動中である。

 彼等の位置を把握するためにも、『広域探知』を使用しよう。


 …どうやらリガロウやリナーシェと一緒に訓練を行っているようだ。流石に消耗が激しかったため、試合をする気にはならなかったようだな。


 彼等の訓練がキリの良いところで顔を出し、王都を案内してもらおう。

 折角だから、リガロウも一緒だ。人間の街を見て回るのは初めてだからな。楽しんでもらうのだ。

 私はそれまで、適当な場所で読書でもしておこう。


 全員が一旦休憩を取ろうとしたところで顔を出すことにした。リナーシェも含めて人間達は汗をかいているので、程よく冷えた"スポドリ"を渡しておこう。


 「皆お疲れ様。"スポドリ"を用意したから塩分と水分を補給するといい」

 「気が利くわね!こうしてここに来たってことは、ケーキはできたの!?」

 「勿論だとも。だけど、ここに来たのはそれを知らせるのが目的じゃなかったりするね」


 リガロウを除く全員がスポドリを受け取り、美味そうに喉に流していく。

 真冬のこの時期でも激しい訓練を行ったことで体が熱を持っているので、冷えた飲料物は美味く感じるようだ。


 しかし、思った以上にフィリップが良い動きをしていたな。リナーシェに付き合わされていることで相当鍛えられているらしい。

 まぁ、だからと言って"星付きスター"冒険者ほどの実力があるわけではないが。


 私がケーキの完成を伝えに来たわけではないことを知り、リナーシェは私がここに来た用件が気になったようだ。


 "ダイバーシティ"達に寝具を購入するために王都を案内して欲しいことを話すと、リナーシェも興味を持ち出した。

 どうやら彼女も私の観光に付いて行きたいらしい。当然、フィリップも一緒にだ。


 特に問題になるとは思わないし、問題無いだろう。


 友人と一緒に、観光を楽しむとしようじゃないか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る