第279話 オークション修了
価値があり過ぎて逆に使い道が無いとされるが一応は貨幣に分類される、金貨と同じ寸法のコイン状に加工された、とある金属である。
その金属は虹魔鉱、もしくはプリズマイトと呼ばれている、非常に希少な金属だ。
七色の偏光性を持ち、金属の粘りを差す靭性が極めて強く、それでいながら硬度までが非常に高い金属だ。更には魔力との親和性も高いため、装備に利用できれば非常に強力な装備となる、と言われている。
だが、現在に至るまで、プリズマイト製の装備は武器、防具どちらも全くと言っていいほど世に存在していない。
存在したとしても大国の国宝となって宝物庫に厳重に管理されているのが現状だ。
その理由は、単純にプリズマイトが採掘できる量が極めて少ない金属である事に加え、加工する事が極めて難しい金属だからである。
硬度は勿論、融点も非常に高い金属なのだ。溶かそうとしてもプリズマイトの融点に達する前に容器の方が溶解してしまうのである。
そのためプリズマイトの加工には錬金術を用いるのだが、不変性が極めて高いプリズマイトを精製、変質させる場合、途方もなく膨大な魔力を要求されるのだ。装備など作っていられる余裕など無いのである。
そんな煌貨の価値は金貨にして何と10万枚。価値があり過ぎて使い道が無いと言った理由が分かってもらえる筈だ。
なお、私は煌貨はともかくプリズマイトには殆ど価値を見出していない。何故ならばプリズマイトも金属である以上、『
プリズマイトの存在を知った際に試しに生み出そうと思ったら、何の問題も無く生み出せてしまったのだ。
それと、非常に頑丈と知られているプリズマイトだが、強度を調べるために『我地也』でプリズマイト製の直径50㎝、高さ2mの円柱を作ってみた。そしてその円柱を
勿論、プリズマイトの生成に必要な消費魔力はそれ相応に必要で、人間では例えエネミネアであっても1㎎も生み出せないほど魔力を要求された。
話を戻そう。そんな貴重なプリズマイト製の唯一世の中に出回っている加工物と言える煌貨。これを惜しげも無く3枚支払うと宣言したジョゼットに対して、思わずイネスが感嘆の声を上げている。
「ひょえぇ~~~っ!い、今ジョゼット様煌貨3枚って言いましたよ!?流石は侯爵様ですねぇ~!」
「オシャントン会長まで同額を宣言するとは…」
「同額の場合はより高い額を宣言した方が落札するというルールだったね」
デヴィッケンは自分以上の額を宣言する者はいないと考えていたのだろう。非常に悔しそうな表情をしている。
ここにきて自分と張り合える相手が出て来るとは思っていなかったようだ。
彼は煌貨3枚と宣言した時点で自分の勝利を確信していたに違いない。
だが、ジョゼットは言っていた。デヴィッケンと競り合うつもりはないと。
それはつまり―――
「煌貨3枚と金貨1万枚!」
「な、なにぃっ!?」
「おおーーーっとぉ!?ここにきて新たな声が上がったぁ!!煌貨3枚と金貨1万枚だぁ!!オシャントン会長とオムニス侯爵閣下との競り合いが予想された矢先、第三の勢力が現れたぁ!!」
デヴィッケンは新たに競り合いに参加して来た者が現れた事に心底驚愕しているが、ジョゼットにその様子はない。初めからこうなる事は分かっていたようだ。
いや、まだだな。ジョゼットから警戒心が薄れていない。まさか、まだいるのか?
「新たに現れた宣言者は何とっ!セルゲイ閣下っ!セルゲイ=ヴァイド公爵閣下だぁーっ!!」
「煌貨3枚と金貨3万枚。」
「ぬぐぅっ!?」
「煌貨3枚と金貨3万5千枚!」
デヴィッケンはどうやらこれ以上の競りに参加する事ができないようだ。悔しさで歪んだ顔が更に歪んでいるように見える。怒りの感情からか、顔に血液が集まって赤くなっているな。
そしてセルゲイ=ヴァイド。この国の公爵であり財務大臣も務める人物だったか。
まさか、あの絵画を国の名義で購入して国宝認定でもするつもりだろうか?
私個人の意見を言わせてもらうのなら、それはお勧めしない。
エミールには悪いが、私はあの作品以上の私の絵画を知っているのだ。
ファングダムの第三王妃ネフィアスナが手掛け、国宝認定された私の肖像画。題名は確か、『降臨』だったか。
現在はファングダムの王城に展示され、一般公開されている。おかげでファングダムの王城は入城希望者で溢れ返っているほどだ。
エミールの作品も見事なのは間違いないが、ネフィアスナの手掛けた作品はそれを上回る。
だからかもしれないな。私がエミールの作品にそこまで興味を持っていないのは。
「煌貨4枚と金貨2万枚!」
「煌貨4枚と金貨3万枚!」
私が思いにふけっている間も、競り合いは続いている。すでに私の所持金を大きく上回る金額だ。それでいながらこの競り合いはまだ終わる気配がない。
この状況でなお、発言する機会を伺っている者が一人いるからだ。
それ故に、ジョゼットもセルゲイも警戒心を持って競り合いを行っている。
「煌貨4枚と金貨4万枚!」
「煌貨4枚と金貨4万5千枚!」
どちらも引く気は全くない。そして宣言した金額が煌貨4枚と金貨5万枚とジョゼットが宣言しようとしたその時だ。
「煌貨5枚!」
「ああーーーっとぉ!!?ここにきて更なる参加者が現れたぁ!!?」
「くっ!やはり黙ってはいただけなかったか…!」
「むぅ…っ!」
ついに今の今まで発言する機会を伺っていた者が行動を起こした。ジョゼットが敬語を使うのだ。その正体は自ずと予想がつく。
「参加者は…これもまた驚きだぁ!!新たな参加者はリアスエク様!!我等が国王陛下その人だぁーーーっ!!!」
国王であるリアスエクの参加に、どういうわけかセルゲイもやや困った表情をしているように見える。
となると、2人の目的は別にあると考えるべきだろうな。
財務大臣であるセルゲイが国宝として認定するためにあの絵画を欲しているとするなら、リアスエクの目的は完全に私物にするためだろうか?
ここでジョゼットがかなり悔しそうな表情をしている事に気付いた。どうやら煌貨を5枚以上用意出来るだけの余裕は彼女には無いらしい。
そしてそれはセルゲイも同じようだ。どうやらリアスエクは2人の資金の上限を見定め、それを大きく上回る額を宣言する事で一気に勝負を付けに来たらしい。
「煌貨5枚!煌貨5枚が出ました!過去にもこれほどの金額が出たのは非常に珍しい事です!さぁ、煌貨5枚を超える額を宣言する方はいらっしゃいますか!?」
オークション会場には現在、様々な感情がひしめき合っている。
その殆どはリアスエクに対する称賛の感情だ。一つの絵画に対して煌貨5枚も投げ打つだけの執念とその財力に感嘆の声を上げている者が多い。
他に感じ取れるのは、一つは悔しさと怒りが練り混ざった感情だな。
自身の財力がまるで通用しなかった事への悔しさと、思い通りに事が運ばなかった結果への怒りだ。
言うまでも無く、この感情の主はデヴィッケンである。相手が自分よりも遥かに高位の貴族や王族なのだから、少しは納得するかとも思ったのだが、その様子は全くと言っていいほどない。
他の場所、私のすぐ隣に一つ。少しの悔しさと諦めの感情が感じ取れる。勿論、この感情の主はジョゼットだ。
彼女は、リアスエクの参加を警戒していたのだ。彼が参加しない事を願っていたようだが、それは叶わなかった。
参加したら勝ち目がないと分かっていたのかもしれない。
一つ。リアスエクから少し離れた場所から呆れと諦めの感情が感じ取れる。
セルゲイだ。彼もリアスエクが競りに参加する事を望んでいなかったようだな。
もしもセルゲイが私の読み通り『姫君の休日』を国宝に認定したいのなら、リアスエクの私物とされるのは避けたい筈だ。
だが、セルゲイが扱える資金も、リアスエクの資産には及ばなかったらしい。
ため息をつきながら国王に視線を向けている。
そして様々な感情や視線の先にいるのがリアスエクだ。ほぼ落札は決定したこの状況においても、彼の表情に油断は無い。彼は落札が確定するまで、決着がつくまで油断しないタイプなのだろう。
「それではぁ!!他に宣言者がいないようですのでぇ!『姫君の休日』は煌貨5枚にて落札を決定いたします!!落札者は我等が国王陛下!リアスエク様だぁーーー!!!」
司会者の宣言の後、盛大な拍手がリアスエクに送られる。ここでようやく緊張が解け、参加者達からの称賛を受け止めている。
国王から次第に喜びの感情が溢れてきた。
「はぁ…。陛下が相手では流石に分が悪いな。欲しかったんだがなぁ…」
「そう落ち込む事も無いだろう?そもそも、モデルになった本人がこうして傍にいるじゃないか」
「それはそれだよ。貴女がこの街を去った後でもその姿を何時でも視界に収められるのだから、ありがたみが全然違うのさ。それに、『姫君』様はああいう表情はあまりしてくれないだろう?」
「まぁ、自然にああいった表情になる事はあるみたいだけど、自分で意図的にするつもりはないね」
表情と言うのは、感情に任せて変化させるのが一番だろうからな。
私が意図的に表情を作る事は滅多にないだろう。
決してないと断言しないのは、表情が演出を作るうえで非常に有効である事を私も知っているからだ。
感情と魔力を併用して表情を作る事で、交渉を優位に進める。
かつてティゼム王国の悪徳貴族だったインゲイン=ヘシュトナーに対して行った手段だ。あの時はこれまで尊大な態度を崩さなかった高位貴族が面白いほどに本性を露わに怯えだしていた。
流石にあれほど相手を怯えさせるような真似を頻繁に行うつもりはないが、それは相手の出方次第だ。
まぁ、あの時と違って人間達には私が異常な力を持っている事は既に伝え広まっているから、滅多な事は起きないとは思いたい。
まぁ、デヴィッケンのような人間はそれでもお構いなしに私に対して高圧的な態度を取って来るのだろうが、その時はその時だ。
「ジョゼット様、どうか機嫌を直して下さい。明日にでもノア様に演奏会を開いていただけるのでしょう?」
「まぁ、そういう約束だからね。美味しいお茶と茶菓子を期待させてもらうよ?」
「そうだね、そうしよう。まぁ、手に渡ったのがあのカエルでは無かっただけでも良しとしておくとしよう」
少しは調子を取り戻したジョゼットが席を立つ。もうこの場にいる理由は無い。とっとと屋敷に帰ろう、と言う事なのだろう。
オークションで落札した品は今日この場でやり取りを行うわけではない。
大量の金貨や銀貨を取り扱うのだ。今この場で落札物の支払いと受け渡しを行っていたら、混雑して仕方が無いのである。
翌日以降、購入者の元にオークションのスタッフが訪れ、金銭のやり取りと共に支払いと落札物の受け渡しが行われるのだ。
そういうわけで私達は気配を遮断させてオークション会場を後にした。デヴィッケンが私達の姿を探していたからだ。
デヴィッケンはジョゼットに言いたい事があるようだが、それ以上に私に接触したいのだろう。首を激しく動かしている。配下と思われる者に命令を下して私達を探すように命令もしているな。
「いやぁ、本当に助かるよ。一番欲しい品が手に入らずに意気消沈しているところに、あの醜いカエル顔を視界に納めなければならないなど、拷問にも等しい。」
「おや、汚いものを見た後に美しいものを見ると、より一層美しく見えるんじゃなかったのかい?」
オークションが始まる前にジョゼットが語っていた内容を述べたら、少し困った顔をされてしまった。
「意地悪を言わないでおくれ。汚いものは見ないに越した事は無いに決まっているじゃないか」
「ジョゼットはとことんデヴィッケンが嫌いなようだね」
軽くからかったつもりだったのだが、ジョゼットは本気で嫌そうである。それほどまでにデヴィッケンと顔を合わせたくないのだろう。
「いやー、今日は良いものを沢山みられましたよ!ボットンガエルに『姫君の休日』は渡らなかったし、満足です!ノア様、明日の新聞を是非とも楽しみにしていてくださいね!」
非常に上機嫌なイネスの言葉に、新聞に対する期待と共に一つの疑問が浮かぶ。現在時刻は既に午後11時だ。
冒険者ギルドに限らず、何処のギルドもその戸を閉めている時間帯の筈である。
なお、今日はオークションに参加するためいつもの稽古は休みとしている。勿論、冒険者達には事前に説明済みだ。
「明日のって、今日はもういい時間だけど、今から記事を制作するの?」
「勿論です!いち早く真実を皆様の元に!それが私のモットーですから!」
「休まなくて大丈夫なの?」
「ご安心を!この程度の事は何度か経験していますので!むしろ今回は美味しい食事や飲み物も飲めましたし、ノア様のおかげで大変快適に過ごせましたからね!英気は十分ですよ!!」
本当に逞しいな。多分だが、この場にいる4人の中で最も軽やかな気分になっているのがイネスだろう。
「なんとか借りたドレスも汚す事が無かったですし、万々歳です!それでは皆様!私はこの辺りでお暇させていただきます!本日は大変お世話になりました!おやすみなさいませ!」
「ああ、おやすみ。無理はしないようにね」
「おやすみなさい、イネスさん」
「新聞、期待させてもらうよ?では、またね」
イネスと別れを告げ、ジョゼットの屋敷へと戻るとしよう。
今日はもう遅い。屋敷に戻って風呂に入ったら、さっさと寝てしまおう。
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