第278話 桁外れの競り合い
特に問題が起こる事も無くオークションは続き、今もまた1品、出品物が落札された。まぁ、途中何度か周囲の雰囲気がしらける事もあったが。
「金貨350枚!!コチラの品は金貨350枚での落札となります!!落札者はジョゼット=オムニス侯爵閣下ですっ!!」
「「「おおーーーっ!」」」
落札者であるジョゼットに、オークションの参加者達が拍手を送っている。最後までジョゼットと競り合っていた者以外は。
「おめでとうございます、ジョゼット様」
「ありがとう、オスカー。いやはや、『姫君』様が落札したいと言い出さなくてホッとしたよ。『姫君』様の資産を考えると、少々分が悪いだろうからね」
「言ってくれれば私の方から引くよ?私の場合は最悪、自分で模倣するという手段も取れるからね」
私の場合は貯金などはあまり考えていないから、使おうと思えば現在の所持金、金貨1万と数百枚を全て使用しても問題無いと考えている。
侯爵ともなれば、その資産は私の所持金など目ではないほどの資産を所有しているだろうが、それでも一度に1万枚近い金貨を使用するつもりは無いのだろう。
尤も、それだけの大金を支払ってでも欲しい物があるのなら、私は大人しく引かせてもらう。欲しければ自分で作ってしまえば良いからな。
今回出品された作品の材料は全てこの国で入手可能な素材だ。品評会で解析は既に済ませているので、再現や模倣は容易なのである。
「ですが、作品に込められた思いもノア様は評価しているのですよね?ノア様が模倣した場合、そういった思いまでは…」
「勿論、作品に込められた思いまでは再現できないから、完全に同じ物とは言えないだろうね。だけどね、オスカー。それで良いんだ」
既に作品に込められた思いは知り得ている。同じ形をした物があれば、例え目の前にあるものが私が作った贋作であったとしても、本物に込められた思いを感じ取る事ができる。思い出す事ができるのだ。
だから、最悪の場合、本物でなくてもいいのだ。
まぁ、本物ならば本物である事に越した事は無い。自分で贋作を作るのは、あくまでも手に入りそうにない時だけだからな。
そういった事情を説明すると、私の説明に納得してくれるとともに、尊敬の視線を向けられる事となった。どういうわけかイネスからもだ。
どうやらイネスも作品に込められた思いを感じ取る事ができるらしく、私の考え方に深く共感してくれたようなのだ。
「作品に込められた思いが分かるのは確かなのですけど、それでも見ていなければいずれ忘れてしまいますからね…。同じ作品を模倣する事で、作品に込められた思いを思い出せるノア様を尊敬しますし、羨ましく思います」
「と言うか、『姫君』様が作品を模倣したら、それこそ価値が産まれそうな気がするのは、私だけかな?」
私が作品を模倣すると聞いて、ひょっこりとジョゼットが会話に参加してくる。彼女は私が製作したという事実が、作品価値を高めていると言いたいようだ。
「ジョゼット様の仰る通り、ノア様が製作したのならばそれだけで価値があるのでしょうが、手に入る事はまずないでしょうね。それよりも、模倣した作品の作者の知名度と、その作品の価値が跳ね上がる事になるかと思います」
オスカーもジョゼットの意見に賛成しているようだが、この子は私の家が人間には踏み入る事の出来ない領域である事を漠然と理解しているようだ。
そもそも私が自分のために制作したのだから、譲る気など微塵も無いのだがな。
そうなると一層、私が模倣した作品の制作者に注目が集まる事になるのだとか。私が贋作を作るだけの価値がある作品だと認められるから、と言う事らしい。
そうそう、今回のオークションで私が欲しかったが、手に入らなかった品もあったりするのだ。
私が欲しかったが手に入らなかった品。
非常に出来の良いティーカップセットなのだが、競売が開始された瞬間にスタート価格の100倍の価格を宣言した者が現れたので、諦める事にしたのだ。
なにせその人物、そのティーカップセットのみを今回のオークションで狙っていたらしく、競売が始まるまで今か今かと待ち続けていたのだ。
それほどまでに思い入れがあるのならば、邪魔するのも申し訳ないと感じ、諦める事にしたのだ。
製作者は分かっているので、オークションが終わったら後で同じ物を注文しようと思っている。
ただ、同じ事を考えている者も当然いるだろうからな。オークションに参加していない者が注文して、既に長期間予約が埋まっているようなら、自分で制作してしまおうとも思っている。
私が今回のオークションで欲しいと思った作品は既に全て出品されている。そしてティーカップセットを除いてすべて手に入れる事ができた。
木彫りの動物セット、絵画が3点、細かい装飾が施された置物が5点、それと繊細な装飾が施された横笛の計10点だ。
最も金額が掛かったのは4m×5mの巨大なサイズを誇る絵画だ。
おそらく自らの足でその場に赴き、現地で描き上げたのだろう。人間達が秘境と呼ぶような見事な景色の風景画だ。
深い森に囲まれた花畑に日の光が差し込み、小動物が気の向くままに駆け回っているという、私もその場に居合わせたいと思える内容の絵画だった。
いつか、私の家の広場でも実現してみたいと思えるような景色が、その絵画にはあったのだ。
自分の目標を忘れないためにも、是非とも手に入れておきたかった。
置物は主に部屋や城に置いて飾ろうと思った品だ。
ジョゼットの屋敷を見て回った際に、私の城も、置物を設置して飾ってみたいと思ったのだ。私の城に合いそうな作品を購入させてもらった。
似たような品はモーダンでもいくつか購入しているので、家に帰ったら早速城に飾ってみるとしよう。
そして横笛である。縦笛という楽器があるのだからあるのでは、と思っていたのだが、やっぱりあった。
これも品評会で一目見た時から欲しいと思った作品だ。
縦笛の演奏の仕方は既に本で学習済みだ。後は、横笛の演奏の仕方が縦笛とどう違うかだな。
そしてこの作品は鑑賞物として制作したらしいが、演奏も問題無くできるとの事。
残念ながら品評会の時もコンテストの最中も演奏する事は叶わなかったが、購入してしまえば、私のものだ。遠慮なく演奏させてもらうとしよう。
「そういえば、ファングダムの新聞でも確認しましたが、ノア様は楽器をお気に召したのでしたね」
「うん。生憎とファングダムでは横笛の存在を確認出来なくてね。こうして横笛の存在を知ったのは品評会の時が初めてなんだ」
「どう見てもあの横笛は観賞用として作られたそうですが…」
「問題無く演奏できと説明されているからね。家に帰ったら心行くまで演奏させてもらうとするよ。魔術で補強するから、破損の心配もないだろうしね」
落札した横笛は、非常に繊細な装飾が施されているから、下手に扱ってしまうと破損の恐れがあるのだ。
演奏には影響は出ないだろうが、破損しているという事実はあまり面白くない。しっかりと『不懐』を施して破損しないようにするつもりだ。
どのような音が出るかまだ分からないので、今から演奏するのが非常に楽しみである。
「『姫君』様の演奏だって!?実に興味深いじゃないか!どうして教えてくれなかったんだい!?是非私にも聞かせて欲しい!」
「聞きたいのなら演奏するのは構わないよ。それなら、まだ紹介してもらっていない海外のお茶でも楽しみながら、演奏会でも行おうか?」
「いいね!実に素晴らしい!それなら明日は、『姫君』様の演奏会としゃれこもうじゃないか!」
凄いはしゃぎようだな、ジョゼット。彼女がこれほどまで音楽に興味があったとは。それとも、人間達は私が知らなかっただけで、皆音楽に関心があるのか?
ただ、演奏会を開くのは構わないが、やるなら午後からだな。午前中はアクアンを見て回りたい。
結局品評会だのコンテストだので、王都の街並みを全てを見て回ったわけでは無いのだ。
冒険者ギルドに顔を出せば、指名依頼が入っているかもしれないからな。まぁ、受ける受けないは別として、確認はしておくべきだ。
「いいけど、午前中は町を見て回らせてもらうよ?冒険者ギルドにも一応顔を出しておきたいしね」
「勿論さ!『姫君』様の都合を優先してくれて構わないよ!」
なお、私達の会話は小音結界によって周囲の人間達の耳には入っていない。
ジョゼットの反応からして私が演奏会を開くとこの場にいる者達が知ったら、間違いなく自分も参加したいと言い出す者達で溢れ返ってしまっていたことだろう。
そうなると色々と面倒そうだな。小音結界を張っておいて本当に良かった。
私達が演奏会の事で盛り上がっている間にオークションも終盤に差し掛かってきたようだ。
残る作品はただ一つ。優勝作品の『姫君の休日』のみである。
「さて、『姫君』様。小音結界とやらの効果を下げてもらっていいかな?」
「やっぱり諦めてないんだ。デヴィッケンは確実に落とすつもりだよ?」
頼まれたので要望通り小音結界の効果を減少させておく。
ジョゼットと初めて会った時にもあの絵画の事は話題に出したが、思えばその時から既に彼女はあの絵画を狙っていたのだな。
そしてコンサートで実物を見てより一層手に入れたくなった、と言う事か。
デヴィッケンもあの絵画を狙っていて、間違いなく初手からスタート価格の100倍以上の額を宣言するだろうに、ジョゼットには余裕がある。
「ふっ、侯爵の財力を舐めてもらっては困るよ。そもそも、私はあのカエルと競り合うとは思っていない。あの作品を求める者は、大勢いるのだからね」
意識してみればオークションの参加者達は軒並み目をギラつかせている。競売がスタートするのを今か今かと待ちわびているのだ。
「モデルになった私が言うのも何だけど、凄い人気だねぇ…」
「そのモデルになった本人はまるで興味無さそうにしてるの、何て言うか、皮肉ですよねぇ…」
そうは言われても、自分の姿だからな。見ようと思えばいつでも見れるし、私は自分の外見にこの場にいる人間達ほど魅力を感じていないのだから、仕方がないのだ。
「本日お集まりの皆様方!!大変お待たせいたしましたぁ!!これから行いますは本日最後の品であり注目の作品であり今回の美術コンテストの優勝作品!!かの"神筆"エミール氏が手掛けた作品!『姫君の休日』でございます!!!」
「「「おおおーーーーーっ!!!」」」
まだ競りが始まってすらいないというのに、参加者達が一斉に立ち上がり拍手を行っている。
それにしても、だ。もう十分作品を見ていただろうに、あの作品が会場に現れた途端、殆どの参加者達が作品に視線が集中してしまっているというのは、一体どういう事なのだろうか?
あろうことか、品評会で十分鑑賞していた筈のオスカーですら目を奪われてしまっているのが現状だ。
ジョゼットに至っては、光の屈折を利用して遠くの物を拡大してみる事ができる、ガラス製の道具を取り出す始末だ。
魔術を使用しない非常に興味深い道具なので、後で良く見せてもらい解析してみようと思う。
「いやいやノア様?私みたいに、コンテスト中はあまり鑑賞できなかった人達だっていますし!?」
「良い物はいくら見ても見飽きないものだしね。それは貴女も分かっているんじゃないかな?」
「それを言われてしまうと、頷かないわけにはいかないね」
ジョゼットの言う通りだ。良い物はいくら見ても見飽きるようなものじゃない。
そもそも、見飽きてしまうようなものならこうしてオークションに参加して、作品を購入しようなどとは思わないからな。
「皆様ご注目のこの『姫君の休日』!!スタート価格は金貨1500枚からスタートさせていただきます!!」
「金貨3000枚!」
「3500枚だ!!」
「5000枚出そう!!」
「5500枚だ!!」
今までの競りは一体何だったのか。そう思わせるほどに、飛び交う金額がけた違いである。
審査員達やジョゼットが判断したあの絵画の価格、金貨2000枚という額は、小国ならば1年の国家予算にも届きうる金額だと言われている。もしくは弱小貴族の全財産ぐらいはあるんじゃないだろうか?
つくづく金貨5000枚という大金を気軽に報酬として渡してきた、ティゼム王国やファングダムが大国と言われる理由が頷けるというものだ。
そんな金額を余裕で上回るような金額が先程から飛び交い続けているのだ。この競り合いを行っているのは、間違いなく高位貴族やそれ以上、即ち王族なのだろう。
だが、これほど激しく競り合いが行われているというのに、ジョゼットは一言も発言していない。意外な事にデヴィッケンもだ。
2人共、この作品では多くの者が競り合いをすると分かっていたのだろうか?
どういうわけか2人からは余裕を感じられる。まさかとは思うが、金貨数千枚という次元ではないほどの金額をこれから宣言するつもりか?
ジョゼットが立ち上がった。宣言を行うつもりだろう。
「「煌貨3枚!!」」
「「「「「っ!?」」」」」
同時に同額が宣言された。宣言を行った者達以外、競り合っていた者達全員が驚愕している。
同時に宣言をした者達、一人は勿論ジョゼットだ。そしてもう一人はの人物。
それは、ジョゼットと同じく余裕の態度で競り合いを静観していたデヴィッケンだった。
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