第277話 欲しい品を競り合ってみよう

 オークションが始まってからというもの、会場の雰囲気は盛り上がり続け、勢いがまるで止まっていない。

 出品された品に買い手がつかない事など一度も無く、必ず激しい競り合いが行われていた。この分だと私が求めた作品も、購入のためには激しい競り合いを行う必要が出てくるだろう。


 「どうしても競り落としたい品があるのなら、最初から高額を宣言すれば良いよ。そうだねぇ…最低価格の100倍の額でも宣言すれば、大抵の者は諦めるんじゃないかな?」


 大抵の品の落札価格は精々が10倍ほどの価格で落札されるので、いきなりその額を大幅に超える金額を宣言する者は、何が何でもその品が欲しい、と他者から思われるのだ。


 仮に軽い気持ちで価格を吊り上げようとしようものなら、大きな恨みを買う事は間違い無いのだとか。

 何せここに集まっている者達はその大半が大金持ちだ。自分の望みを邪魔した者を調べ上げて落とし前を付けることぐらいは平然と行うだろう。


 「その方法、欲しい物は確実に手には入るだろうけど、少なくとも得をした気分にはならないんだろうね」

 「ああ、ついでに言うなら、オークションの醍醐味とも言える、競り合いの楽しみも無くなると言っていいだろうね」


 その辺りは別にいいかな?どうせなら安い金額で購入できた方が得した気分になるだろうし。

 無理だろうが、私の欲しい品は対抗者が現れないでほしいものだ。


 ああ、また一つ、一瞬で競りが終わったようだな。

 そう、先程からジョゼットが言っていた方法、つまり最低価格の100倍近い額を宣言し、あっという間に競り落としている人物がいるのだ。


 「あーあ、まーたあのボットンガエルですか。ホンット、資金に物を言わせて好き放題してますねぇ…」


 デヴィッケンである。これまでに出てきた全ての品、というわけではないが、13品中7品。何と過半数の品を即決価格で競り落としているのである。


 他の購入希望者の購買欲を一気に落としているため、会場もややしらけ気味だ。

 イネスもその1人だ。あまりの暴挙に流石に不満を口にせずにはいられなかったようだな。


 「イネスさん、聞かれていたら何をされるかわかりませんよ…?」

 「その点は心配していません。余程の大声を出さなければボットンガエルに私達の会話内容は聞かれませんよ。そうですよね?ノア様?」


 本当にイネスは大したものだな。

 実を言うと、私はこの会場に魔法で結界を張るとともに、私達の声が周囲に響かないようにこっそりと魔術で小音結界も張っていたのだ。


 消音ではなく小音である。完全に音を消してしまうと、私達が出品物を競り落とそうとしてもその意志を伝える事ができなくなってしまうからな。

 なお、欲しい出品物が出た際は小音結界の効果を弱めるつもりだ。


 それならば目的の品が出た際に消音結界を解除すればいい、という意見が出るかもしれないが、魔術の効果を変動させるのと解除と再発動を行うのでは手間が違い過ぎるのだ。

 大した手間では無いとは言え、面倒なのだ。手間は少ない方がいい。


 しかし、周囲には気付かれないように魔術を施したというのに、まさか見抜かれてしまうとはな。

 オスカーも気付いていないようだったし、この結界を認識できるという事は、少なくとも察知能力に関してはイネスはオスカーよりも優れている、という事になる。


 彼女の素性が気にならないわけではないが、それはまた別の機会にしておこう。


 ついに私が欲しいと思った品、その1品目が出品されたのだ。

 司会進行役が声を拡大させる魔術具を手に持ち、出品物の説明を行っている。


 「此方はかの有名な木工師、クーサー氏が手掛けた作品!木彫り動物セットでございますっ!素材は最高級木材とされているオルディナンチーク!細部まで精密に再現された動物の骨格!表情!そして体毛!ご覧ください!この躍動感!この愛くるしさ!動物好きには堪らないでしょう!?スタート価格は金貨5枚からになりますっ!!」


 木彫りの動物セット。これは品評会の時に一目見た時から欲しいと思った作品だ。

 この世界の月を冠している15種類の動物を手のひらサイズ、約10㎝四方の大きさで作られた木彫り像である。

 司会の人物も言っていたが、これを制作したクーサ―という人物は、動物というものを良く分かっている。


 今にも動き出しそうな躍動感に、姿勢に全く違和感のない体毛の表現、感情豊かな表情、どれをとっても私の心を魅了させてくれる。

 まさに司会者が言う通り動物好きには堪らない品である。


 早速小音結界の効果を弱め、購入の意志を伝えよう。


 「金貨10枚!」

 「金貨11枚!」

 「金貨11枚と銀貨50枚!」


 出遅れてしまっていたようである。どのぐらいの金額で宣言しようか迷っていたら、あの作品を欲した者がいきなりスタート価格の2倍の金額を提示し始めた。

 しかも、他にもあの作品を求める者がいたらしく、金額を上乗せしていく。このままではどんどん価格がつり上がっていきそうだ。


 それにしても、こういった場で銀貨を出す者もいるのだな。


 「世の中には金持ちでもケチな人間と言うのはいくらでもいるからね。少しでも出費を抑えたいのさ。そう考えれば、あのカエルはまだ金払いが良い方なのかもしれないね。ま、性根は間違いなくケチな人間だろうけど」

 「格下に払う金は出し惜しみしますけど、こういったところだと妙に金払い良いんですよねぇ、あのボットンガエル…」


 イネスもジョゼットも、私が小音結界の効果を弱めている事を知っているため、声を抑えて会話をしている。


 そう。デヴィッケンは今のところ金に物を言わせた落札を行っている。先日のケチな態度とはまるで正反対の行動を取っているのだ。

 やはり、先日のコンテストでの振る舞いは一種のパフォーマンス。元よりあの場で購入するつもりが無かった、と言う事だろう。はた迷惑な事だ。


 それでも、冒険者達に対しては金払いが悪い、というよりも割の合わない依頼ばかり出しているため、彼等からは嫌われているのだろう。聞けば、提示される報酬金額はどれも高額なものばかりらしい。


 まぁ、とにかく今回の品でデヴィッケンが動く様子はない。気兼ねなく競り合いに参加できると言う事だな。

 小競り合いをするつもりはないので、一気に金額を引き延ばさせてもらおう。


 「さぁ、現在の価格は金貨11枚と銀貨50枚!他に希望者は御座いませんか!?」

 「金貨15枚」

 「おぉーっとぉ!ここにきて一気に価格が吊り上がったぁ!?金貨15枚!金貨15枚です!さぁ他にはいませんか!?」

 「金貨15枚と銀貨50枚!!」

 「金貨15枚と銀貨50枚が出たぁー!!」


 今声を出したのは先程金貨11枚と銀貨50枚と言った者だな。彼もどうしてもあの作品が欲しいようだ。


 だが、欲しいのは私も同じだ。そして小競り合いをするつもりはない。次でもさらに同じように少額上乗せするつもりなら、即座に終わらせよう。


 「金貨20枚」

 「金貨20枚ーーーっ!!一気に差をつけてきたぁー!他に希望者はいますか!?」

 「金貨20枚と「金貨100枚」っ!?」


 金貨20枚にしてもまだ小競り合いをしようとしたので、金額を言い終わる前に割り込んで一気に金額を吊り上げさせてもらった。


 「金貨100枚ーーーっ!!!これは予想外!!ここまで価格がつり上がるなど、誰が予想出来た事でしょうかーーーっ!!」

 「む、むううう…!」


 流石に金貨100枚ともなると競り合う気も無くすらしい。唸り声を上げている対抗者からは迷いではなく明確な悔しさの感情が感じられる。


 「他にはいらっしゃいませんね!?それではこちらの木彫り動物セットはぁ…!っ!?な、なんとぉーーー!?落札者は『黒龍の姫君』様!!ノア様でございます!!」

 「「「っ!?!?」」」


 おや、他の落札希望者は、私が競りの相手だったとは思っていなかったようだ。どういうわけか、やや顔を青ざめさせている。

 まさか、しつこく小競り合いをしていた事で私から不興を買ったとでも思っているのだろうか?


 別に気にしてなどいない。金貨100枚という金額は一般人からすればとんでもない大金なのだろうが、私の貯蓄で考えれば微々たるものだ。それに、それぐらいならば稼ごうと思えばすぐに稼げる。

 ただ、金貨100枚にしてもまだ小競り合いを続けるようなら、多少の興味は湧いていただろうな。


 私の名前を呼ばれた際に照明が私に集まってきたので、その場で立ち上がって姿を見せておこう。全員が私の姿を確認したら、再び着席する。

 こういった時は頭を下げて礼をするものらしいのだが、そのつもりは無かった。する必要を感じなかったのだ。

 私が頭を下げるのは、私の行動で私に非があると感じた時だ。それ以外で頭を下げるつもりはない。


 頭を下げるという行為は、相手に対して下手に出る行為らしいからな。私は他者から軽く見られたくはないので、必要が無い以上は頭を下げるつもりが無いのだ。


 「おおぅ…。流石はノア様…。今の今まで騒がしかった空気が、一気に静まり返っちゃいましたね…」

 「それはそうだろう。今日の、というよりも今の『姫君』様の姿は一段と美しいからね。みんな息を呑むほど魅了されてしまうのも当然だよ。今日初めて私が貴女の姿を見たら、周りの彼等と同じく息を呑むほど魅了されていただろうからね」

 「オークションが始まる前に一度は見ているだろうに、それだけではまだ見慣れないんだね、彼等は」


 あれだけ注視していたというのに、彼等は再び私に視線を向けている。もうすぐ次の品が紹介されるのにも関わらずだ。

 デヴィッケンなど、再び私の元へ近づこうとして再び体が動かなくなている事に苛立ちを覚えている。

 オークションの最中だというのに、本当に自分勝手な男だ。


 「ノア様ぁ、ちょっと見ただけで慣れるわけないじゃないですかぁ。多分オークションが終わったら一斉にノア様の元に殺到してきますよ?あの人達」

 「それは大丈夫。私に許可なく近づこうとすると、動けなくなる結界をこの会場に張っているから」

 「えぇ…。小音結界も張ったうえでそんな結界張ってるんですよね?」

 「うん。まぁ、私は複数の魔術を同時に扱う事ぐらい、訳ないからね」


 オークションが終了した後の事をイネスから懸念されたわけだが、対策を取っている事を伝えると、理不尽なものを見る目で見つめられた。

 予め私が何かをしていた事を知っていたオスカーとジョゼットも、私が2種類の結界を同時に張っている事に驚きを隠せないでいる。


 人間達にとっては結界は高等技術に入るらしく、複数の結界を張る事ができる者は結界に特化した才能の持ち主でなければ使用できないと言われているらしい。


 だが、私に対する人間達の認識は、今のところ推定世界最強の竜人ドラグナムだ。多少常識はずれな行動をとったとしても、納得してくれると信じている。


 「さぁ、そんな事よりもオークションを楽しもう。今度の出品物は何かな?」

 「ははは…。本当に規格外ですよねぇ…」

 「今人類最強議論を行ったら、間違いなく満場一致でノア様になりますね…」


 どうだろうな?多くの者がそう答えそうではあるが、中には自分が心酔している者こそが、と答える者もいるだろうからな。一概に満場一致とは言えないだろう。


 そんな事よりもオークションだ。まだまだ出品物は残っている。


 追加で軽食を用意してもらいながら、引き続き楽しませてもらうとしよう。

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