第276話 オークション
美術コンテスト終了から3日。オークションが開催され、私も参加させてもらっている。ルールなどはジョゼットに教えてもらった。
オークションの開催までに私の所にもスタッフが訪れて来て、私が出品した立体模型の販売許可を要請してきた。
あの作品は作ろうと思えばまた作る事ができるので、特に躊躇う事も無く販売する事を許可した。
と言うか、実を言うとオークションの存在を知ってから寝る前にもう一つ同じ物を作っていたのである。
そして既に完成済みだ。家に帰ったら、皆にも見せてあげるのだ。
なお、落札された際の金額の2割は手数料として開催側、要するにアクレイン王国に支払われる事になる。
そうしてコンテストの運営費用などを賄っているのだろう。
今回は特に姿を隠すような事はしていない。服装も目立ってしまうだろうが、上質なドレスを着ていく事にした。
ジョゼットからドレスを手配するとも言われたのだが、結局自分の手持ちの衣装を着ていく事にした。フウカと共にマーグの宝石店へ向かった際に着た、白を基調としたマーメイドドレスだ。
「…凄いドレスを持っていたのだね。私がドレスの手配をしようとしたのは、烏滸がましかったかな?」
「いや、好意は嬉しかったよ。気分の問題さ」
「なら、機会があったら、今度は私に貴女の衣装を用意させてほしいな」
ジョゼットとしては自分の選んだ服を私に着てほしいのだろう。私の容姿を褒めていたぐらいだからな。
人間達の遊びには、人形に服を着せ変える遊びがあると本で読んだ事がある。
私も色々な服を着てみるのは面白いと思っているから、他人の服装を自分の理想の服装に変えていくのも、きっと面白いのだろう。
…マギモデルでも似たような事ができるんじゃないだろうか?今度ピリカに会う事があったら話をしてみよう。
さて、ジョゼットの要望だが、断る理由は無い。衣服を用意してくれるのなら用意してもらおう。そのままくれるというのなら尚更だな。
ただし、実際に着用するかどうかはその時にならなければ分からないが。
「ああ、その時はよろしく頼むよ。尤も、着るか着ないかは実際に見てから判断させてもらうよ?」
「ふふふ、これはプレッシャーだ。良いとも、必ずや『姫君』様を納得させる衣装を用意させてもらうよ」
と言う事なので、期待させてもらうとしよう。
オークション会場の様子はまだオークションが開催されていないというのにかなり色めき立っている。
会場に集まっている参加者達の視線が、ある人物に集中しているのだ。
そう、私である。普段着ないような正真正銘一国の姫が着るような服を着て会場に現れたからな。注目しない筈が無いのである。
勿論、こうなる事は分かっていた。その上で敢えてこのドレスを着てオークション会場に足を運んだのだ。
それと言うのも、オークションに入城する際の服装はそれなり以上の質のいい衣装を求められ、フード等で顔を隠す事を禁じられているからである。
素顔のままで会場に訪れればどの道視線が集まってしまう。
『
『認識阻害』の効果はあくまで阻害であって無効ではない。注目が集まり、注視されてしまえばその効果は失われてしまう。やるだけ無駄なのだ。
なお、出品物を購入しないという選択肢は私にはない。品評会の時から欲しいと思っていた作品が何品かあったのだ。
幸いな事に、私が購入しようと決めた作品は、どれもデヴィッケンが欲しがった品ではないようなので、私の資産ならば問題無く購入できる筈だ。
審査員達の評価でもそれは伺えたし、ジョゼットの判断でも金貨2000枚もあれば全て余裕を持って購入できると答えてくれた。
どうせ注目が集まってしまうのなら、最初から集めてしまおう、という魂胆だ。
それに、今更大勢の人間から視線が集まったところで気が引けてしまうような私ではない。
私の衣装に合わせて、オスカーもジョゼットからそれ相応の衣服を貸し与えられている。元々この子用に用意していたらしく、なかなかに様になっている。
結果、オークション会場に入場するなり私達は大勢の視線を集める事となった、というわけだ。
「な、何だこれは!?どうなっている!?なぜ動けないのだ!?」
指定された席へと移動する際に、やたら自尊心が強そうな、それでいて不満に満ちた声が聞こえてきた。
声の主は、私達に近づこうとしていた人物、デヴィッケンだ。
動けない、というのは語弊がある。正確には私達に近づけないのだ。
デヴィッケンが私に絡むと予想出来た以上、対策は考えていた。そしてどうするのが最適なのかを考えた結果、近づかれなければ良いと判断した。
だが、任意の相手に都合よく近づかれないようにする方法と言うのは、魔術で実行するのは非常に難しいことが分かった。
そのため、今回は自重せずに魔法を使わせてもらう事にした。
魔法の内容は結界だ。
効果は、結界内で私の許可なく私に近づこうとする者は体を動かせなくなるというもの。
つまり、体が動けないと喚いていたデヴィッケンは、私の姿を見て早速私に絡もうとしていたというわけである。
あまりにも大声でデヴィッケンが騒ぐので、オークションのスタッフが注意しに向かっている。
あまり騒ぐようなら、オークション会場から退場してもらうと伝えたようだ。
流石にオークションが始まる前から退場するわけにもいかないらしく、大人しくするように決めたようだ。ただし、不快感は隠そうともしていない。アレは周囲の心象が悪くなるだろうな。
「ノア様、何かしました?」
「うん。ちょっとね。初めてのオークションを台無しにされては、堪ったものではないからね」
「先手を打った、というわけか。しかも、かなり強引な手段と見た。羨ましいね。そういった力業を行えるのは」
今回のような方法は私にしかできないだろうからな。
例え高位貴族であったとしても、デヴィッケンのような怖いもの知らずの人間が干渉してくるのを止めるのは、非常に難しいのである。
ただし、こういった手段を取るのは今回のような初めての体験を阻害される可能性がある時に限る。
ああいった手合いに絡まれるのは確かに煩わしいが、毎回毎回いちいち魔法を使用してやり過ごすというのも、私の性に合わない。
ならばどうするかなど、決まっている。結果的に私に絡もうと思わせなければいいのだ。その為に一時的に絡まれる事になろうとも、我慢はしよう。
まぁ、私を不快にさせたのならその分、相応の目には合ってもらう事になるが。
オークションが開始されるのを席について待っていると、知り合ったばかりの人物から声を掛けられた。記者のイネスだ。
まさか彼女もオークションい参加しているとはな。昨日の質素な服装とは違い、今回は華やかな服装をしている。
とは言え、華やかな服装なのは私も含めて、この場に来ている女性全員に言えた事だ。彼女の格好は、この場では周囲に溶け込み、かえって目立たなくなっていると言っていい。おそらく、分かっていてやっている事だろう。
イネスは、極力周囲から目立たないように行動する傾向があるようだ。
「奇遇ですね、ノア様。近くの席に座れるとは思っていませんでした」
「それは私も同じだよ。それより、新聞、読ませてもらったよ。面白かった」
「わ…!ありがとうございます…!」
感想を告げられて喜んでいるイネスの言葉に嘘はない。自分の書いた記事で他者を楽しませたのが心から嬉しいのだろう。
私がイネスと談笑していると、ジョゼットも彼女の事が気になったのだろう。
私の横から乗り出すようにしてイネスに声を掛けた。
「初めて見る顔だね。私はジョゼット=オムニス。初めまして。よろしく、可愛らしい新聞記者さん」
「は、初めまして!お目にかかることができて、光栄です!オムニス閣下!」
「おや、私の事は知っているみたいだね?」
「それはもう!役職柄というヤツでして!」
ジョゼットは、自分の素性をイネスが既に知っていた事に驚いているようだが、知らない方がおかしいだろう。
記者である以上、新聞には必ず目を通している筈だからな。
私がジョゼットの屋敷に厄介になっている事は当然承知している筈だし、それ以前に過去の新聞記事からジョゼットの顔を知っていてもおかしくない筈なのだ。
当然、イネスはオスカーの事も知っている。この子もこの子で有名人だからな。
アクレイン王国最年少の騎士であり、現在は私の観光案内人だ。街を歩いていると集まる視線は、私だけでなくオスカーにも向けられているのだ。
そんなオスカーは、コンテストではイネスと会話をしなかったわけだが、今回は話をする事にしたようだ。
「イネスさんは、今回も取材目的ですか?」
「はい!どの作品が出品され、誰の手に渡ったのか、しっかりと記録したいと思います!勿論、国中の興味が集まっているでしょうノア様の作品や『姫君の休日』が誰の手に渡るのかも、しっかりと記録して新聞に記載させていただきますよ!」
鼻息荒く語るイネスは、気合十分と言ったところだな。ただし、彼女自身は何かを購入するつもりはないらしい。
「どのような作品でも最低金貨10枚はするでしょうから、私では到底手が出せませんよ」
そう答えるイネスからは、何処か哀愁を感じさせる。記者としての稼ぎはあまり良くないのだろうか?
「ふむ、そのドレスはなかなかの品だと思うが?」
「レンタル品ですよぅ…。これ、汚すわけにはいかないので、非常に気を遣ってるんです…」
何とも世知辛い。しかし例え汚してしまったとしても『
「見た目的には大丈夫でしょうけど、『清浄』を使用した痕跡は残ってしまうんです…。契約には『清浄』の使用の際にも罰金が科せられまして…」
「どうして罰金が?」
汚れが落とせるのなら問題無いのではないかと思ったのだが、『清浄』を使用すると、僅かではあるが繊維が摩耗してしまい、最終的には破損してしまうらしい。
勿論手作業で洗浄するよりは摩耗はしないが、それならば最初から摩耗しないに越した事は無い、と言う事だ。
ジョゼットが言っていた通り、イネスが着用しているドレスはかなり上質なものであり、金額を考えれば金貨が4、5枚必要になる筈だ。少しの摩耗も惜しまれる、と言う事なのだろう。
「ですが!提供される軽食や飲み物は無料ですからね!役得として堪能させてもらいますよ!卑しいと笑いたければ笑ってくださって結構です!」
「逞しいね。それと、笑わないよ。ここで提供される飲食物が楽しみなのは私も同じだからね。なにせ、ここに集まっているのは皆裕福な者達ばかりなんだ。彼等を満足させるために、さぞ良い物を用意しているだろうさ」
イネスの事を笑うつもりはない。と言うか、ここで提供される食事を楽しみにしているのは、何も私達だけではない筈だ。
周囲を見渡せば、腹を空かせている者達が結構な数確認できる。彼等はここで提供される食事を楽しみにしているに違いない。
「あの、イネスさん。今回の注目作品、軒並みあのオシャントン会長が目を付けているんですよね?このままだと、新聞の読者にとってあまり面白い結果にならないのでは?」
「ええ、そうなんですよオスカー様。ですが、真実を伝えるのも記者の務め、事実を曲げて記事を書くつもりはありません…!ええ、例え読者の方々の
オスカーの質問に答えるイネスは、非常に悔しそうにしている。彼女もデヴィッケンの事を好ましく思っていないらしい。
「や、だってアレですよ!?と言うかノア様、アレは未だかわいい方ですよ!?アレの本拠地であるニスマ王国じゃ、もっと酷い態度を毎日のように取ってるんですよ!?」
「まぁ、外国の騎士にまでその醜聞が伝わってくるというのなら、そういう事なんだろうね…」
「いやぁ、口論をしていながらもあそこまで下卑た視線を向けてくる相手は初めてだったよ。『姫君』様やオスカーが屋敷で宿泊してくれてなかったら、今頃不快感で荒れていたかもしれないね」
直接口論をしていたジョゼットに至っては、非常に不快感を与えられたようだ。しかし、私やオスカーがいなかったら荒れていたというのは?
「汚いものを見た後だと、美しいものはより一層美しく見えるものだろう?おかげで、あの日の夕食はとても幸せな気分になれたよ」
「そう…」
何気に相当辛辣な事を言っているな。流石にオスカーやイネスもジョゼットの遠慮のない発言に引いてしまっている。
まぁ、デヴィッケンの容姿が優れているとは、私も思っていないが。
イネスも加えた談笑を楽しんでいると、オークションのスタッフがワゴンを引いて此方まで近づいてきた。
彼等には接近の許可は出しているので、デヴィッケンのように行動できなくなると言う事は無い。そうでなければ私が困るからな。
「軽食やお飲み物は如何でしょうか?」
「おお!待っていました!是非ともお願いします!」
「ここにいる4人分、頼めるかな?ああ、軽食は大目にお願いできる?」
「かしこまりました」
イネスのやや大げさな反応にも、私の要望にも特に反応を示さず、涼やかに軽食を配っていく。
私が人よりも多く食事を取る事を知っているのだろう。2人前の夕食ぐらいの量が私の前に並べられた。
「お飲み物はいかがいたしましょう」
「美味しければ何でもいいです!あ、でもできれば甘いお酒が良いです!」
「なら、私も甘めのお酒を頼もうか。ああ、オスカーには果樹水を頼むよ」
「紅茶があればそれで」
どうせ私は酒を飲んでも酔えないからな。コーヒーがあるとは思えないし、それなら好きな飲み物を頼むとしよう。
それにしてもイネス、遠慮が無いな。本当に逞しい事だ。はしゃぎすぎてドレスを汚さないようにな。
談笑しながら飲食を楽しんでから20分。照明が落とされ、周囲の気配がガラリと変わった。
会場に訪れた人間が誰も喋らなくなったのである。
どうやらいよいよオークションが始まるらしい。
さて、私が欲しい作品はどれぐらいで競り落とせるかな?
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