第286話 実力行使!

 デヴィッケンが倒れたところで魔力を収め、護衛達の方を見る。

 彼等に対しては魔力をまるで押し当ててはいない筈なのだが、それでも物凄い量の汗をかいている。危害を食え話得られてしまうとでも思ったのだろうか?


 「この場にこのまま倒れたままでは他の人達に迷惑だ。その男を主だと思うのなら、宿泊先なり診療所なりへと連れて行きなさい」

 「「は、はいぃっ!!し、失礼しましたぁっ!!」」


 2人がかりでデヴィッケンを抱え、護衛達はこの場を急いで立ち去っていく。流石は"星付きスター"相当。デヴィッケンはかなりの体重がありそうだが、難なく抱えて移動している。


 「まったく、人騒がせな男だね。」

 「は、はぁ…。あ、あの、ノア様?」

 「ん?何かな?」


 オスカーが少し怯えた表情で私に訊ねてくる。放出した魔力はオスカーには当てていない筈なのだが、それでもこの子は明確に怯えてしまっている。

 だとしたら、デヴィッケンに忠告した際の言葉で、この子を怖がらせてしまうような発言をしてしまったという事なのだろうな。


 「先程の、大陸を滅ぼせるという発言は…」

 「事実だよ。私ならばその気になれば大陸を滅ばせる。尤も、よほどのことが無い限りそれをやる意味が無いし、そんな事をしようとすれば流石に五大神が黙っていないだろうけどね」

 「………」


 やはり、先程の私の発言にオスカーを怯えさせてしまう要素があった。

 こうなってしまうと、例え私に対して怯えるなと言っても、しばらくは怯えてしまうだろうな。


 一応、滅多な事ではそんな真似はしないと伝え、人間達が信じ敬う五大神も止めに入ると伝えはしたが、その程度の釈明で不安が解消できてしまうのならば、オスカーも初めからここまで怯えてはいない。


 まったくデヴィッケンめ、余計な事をしてくれたものだ。それとも、私が短絡的だったのか?


 いや、違うな。私が不快感を感じる事に対して我慢をしたり温和な対応をするのは、違う気がする。嫌な事は嫌だと、ハッキリと伝えるべきだからな。


 可愛い動物と触れ合うために、暴走しそうな感情を抑制するといった我慢ならばいくらでもできるが、私に対して高圧的な態度をする者に対しての不快感を我慢する必要など、何処にもない。


 私の対応は正しかった。今はそう信じよう。


 「オスカー、ジョゼットの屋敷に戻ろう。暖かいお茶でも飲んで、少し気分を落ち着かせると良い」

 「はい…。申し訳ございません…」


 先の私の対応は、オスカーには刺激が強すぎたようだ。

 この子も一人前の騎士だというのなら、直接魔力を当てずとも、私の放出された魔力の質を感じ取る事ができたのだろう。


 デヴィッケンに押し当てた魔力には、私の"不愉快だ"という感情を込めていた。オスカーならば、いや、あの護衛達も、私の不興を買ったと判断したのだろうな。だからこそ、滝のような汗を流していたのだ。


 これでデヴィッケンが大人しくなればいいのだが、これでもまだ私に対する態度が変わらないというのなら、その時は実力行使に出るとしよう。


 とりあえず、デヴィッケンの様子は無色透明な幻を彼の傍に出現させて常時確認しておくとしよう。良からぬ事を考えるようならすぐ行動だ。



 ジョゼットの館に戻り、昼食がてら今回のデヴィッケンの話をジョゼットに伝えたら、彼女は豪快に笑い出した。


 「アッハッハッハッハ!あのカエル、本当に身の程を考えずにそんな事をしでかしたのかい!?」

 「ジョゼット様、笑い事では無いですよ…。あの時のノア様、別人のように恐ろしかったのですよ?」

 「いやぁ、ゴメンゴメン。私はその場にいなかったからね。凄まれただけで泡を吹いて倒れるカエルの姿を想像しただけで痛快な気分になってしまったのさ!」

 「私はもっと簡単に気を失ってしまうと思っていたんだけどね。あの胆力だけは称賛に値すると思っているよ」


 デヴィッケンは私にとって不愉快な感情を植え付けた人間である事は間違いないが、褒めるべきは褒める。

 少なくとも、依然ティゼミアの学校で私に絡んで来た子爵に同じ事をやったら、私が一言も喋る前に気を失っていただろうからな。


 流石にインゲインほどの胆力があったとは言わないが、それでも並みの人間以上の胆力があったと言えるだろう。


 「まぁ、実際にその場に遭遇していない他人事だからこうして笑っていられる、という事は覚えておこう。あのカエルのせいで、この国が物理的に多大な被害をこうむりかけていたのだからね。陛下や宰相殿が聞いていたら卒倒しそうだ」

 「どうかな?でも多分、明日は王城で騒ぎになるかもしれないね」

 「…どういう事だい?」


 明日の王城で予想される状況を口にすると、流石にジョゼットも笑ってはいられないと考えたのだろう。表情を硬くした。


 「新聞だよ。今日の出来事は、間違いなく明日の一面記事に取り上げられるだろうからね。嫌でもデヴィッケンとのやり取りが王城に伝わってしまうのさ」

 「新聞にその時の詳細が記載されるのかい?」

 「間違いなくね。今日の新聞には目を通したかな?」

 「ああ、とても微笑ましいものだったね。猫と戯れてほっこりとした表情をしていたオスカーがとても可愛らしかった」

 「あ、あの…僕の事は今はいいのでは…?」


 そう、今日の新聞には、私達が"猫喫茶"で存分に猫達との触れ合いを堪能して、満たされた状態で退店した後の表情が新聞に記載されていたのだ。新聞を目にしていたオスカーが非常に驚いていた。

 いつ写真を取られていたのか、気付いていなかったのだろう。


 写真を撮ったのは、勿論イネスだ。


 「なるほど、あのお嬢さん、相当な手練れだね?オスカーに察知されずに写真を取れるとは…」

 「うん。見事な隠形だと思うよ。そして、今日もバッチリと私達の動向を確認していた」

 「そうだったのですかっ!?」


 そうだったのだ。というか、アクアンに訪れてからずっと、彼女は一定の距離を取って私達に同行していたのである。流石に美術コンテストで姿を隠していた時は気付いていなかったようだが。


 実を言うと、アクアンタワーの最上階で王都の街並みを眺めている時すら同じ場所にイネスはいたのだが、特に話しかけてくることも無かったので、気にせず放置しておいたのだ。


 ズウノシャディオン像を見ていた時も、公園で犬と人との戯れを眺めていた時も、アクアンタワーの最上階で王都の景色を眺めていた時も、そしてデヴィッケンと対峙していた時も、彼女は私達の写真を撮影している。

 ほっこりとした表情とやらは既に今日の新聞に出ているので、明日の新聞は私が滅多に見せない不愉快を感じた時の写真が掲載されると予想している。


 そんな様子を王城の者達が見てしまえば、気が気でなくなってしまうのかもしれない。なにせ、私が不機嫌な表情をしているのを見た事がある者は、殆どいないのだ。


 リアスエクは私に招待状を送ってきたわけだが、果たして招待する日時はどうするつもりかな?


 まぁ、どういった結論を出そうとも私はリアスエクに会う。その予定を変えるつもりはない。ストレスにはなるだろうが、我慢してもらうとしよう。



 そんな明日の新聞の内容が気になる会話をしながら昼食を終え、お待ちかねのお茶会を始めようか思っていたのだが、ジョゼットから少し待って欲しいとの要望が入った。

 今日は午前中だけでは仕事が片付かなかったらしい。


 まぁ、食後すぐに何かを腹に収めるのも健康に良くないと本に書いてあったことだし、本でも読んでお茶会が始まるまでゆっくりしている事にした。


 と思っていたのだが、どうやらそうもいかないらしい。


 デヴィッケンめ、あんな目に遭っておきながら少しも懲りた様子が無い。目が覚めた途端、激高しだし、護衛達の制止も無視して自分の配下に連絡を取っている。


 連絡は魔術具を用いている。大きさは結構大きい。平均的な庸人ヒュムスの成人男性に合わせた椅子と同じぐらいの大きさと言えば、その大きさが分かると思う。

 デヴィッケンは『格納』とほぼ同性能の魔術具を所有している。それによって、様々な魔術具をこの国に持ち込んでいるようだ。


 配下に何をさせるのかと思えばあの男、今夜この屋敷に襲撃を仕掛けさせるつもりらしい。ついでとばかりにジョゼットにも危害を加えようとしているようだ。

 デヴィッケンが自信満々な態度を取れるのは、今連絡を取っている配下の連中の存在が理由の一つになっているようだ。気に食わない相手は、この連中を用いて始末しているらしい。

 美術コンテストでのやり取り、どうやら根に持っていたようである。


 襲撃を行う予定の連中の事を確認しておこう。

 通信魔術具の連絡先は、魔力の流れを見れば容易に探知できる。多少魔力の流れを隠蔽しているようだが、私の目をごまかす事はできない。

 しかも私には龍脈を使って連絡先の場所を把握する事すらできるからな。何だったら移動も可能だ。

 連絡先にも無色透明な幻を出現させて、『真理の眼』を用いて連中の過去を確認させてもらおう。


 なるほど。随分と悪行を重ねているようだな。

 窃盗、強盗、誘拐、密猟、殺人とやりたい放題か。犯罪行為における証拠は全て念入りに消しているため、法的に処罰する事は難しいだろうな。


 まぁ、イダルタに勤めていた大騎士・シェザンヌや断崖塔の総監が言うには、『真理の眼』の映像を私が提供すれば十分証拠になるとは言っている。

 デヴィッケンとこの連中がやり取りをしている証拠の映像もあるので、問題無く犯罪者として捉える事ができるだろう。


 だが、それをするつもりはあまりない。

 断崖塔でも話をしたが、私の『真理の眼』による映像を証拠として扱えるのなら、確かに私ならばどのような犯罪も取り締まる事ができるだろう。


 それで私に頼り切りにされてしまっては困るのだ。少しとは言え、私の自由時間が無くなるからな。


 これは完全に私の我儘になるが、デヴィッケンの捕縛や裁きは、人間達の手で行ってほしい。悪事の証拠を裏で消してきた連中(暗部と呼んでおくか)がいなくなれば、流石にボロを出すだろうからな。


 デヴィッケンの様子を確認して分かったが、この男は例え私が暗部を始末したとしても、鳴りを潜めるとは思えないのだ。


 少しの間は大人しくするかもしれないが、それに満足する人間では無いのである。十中八九、ニスマ王国に帰国次第、別の同業者と接触して同じような悪事を繰り返す筈だ。


 莫大な資産か、それともまた別の方法か、とにかくデヴィッケンには人を従わせる何らかの方法を所有していると私は考えている。

 そうでなければ、あそこまで自信に満ちた態度はとれないだろうからな。


 というわけで、私は本体の遥か上空、高度30㎞地点に幻を出現させて、幻を経由してルグナツァリオに連絡を取る。

 これだけの高さならば、流石に巫覡に気配を察知される事も無いだろう。


 『デヴィッケンが今連絡を取っている連中、始末させてもらうよ?一応確認するけど、文句は無いね?』

 『ああ、構わないよ。それにしても、律義だね。貴女は人間の命を奪う時に毎回私に連絡を取るつもりなのかい?とても嬉しいけれど、煩わしくないかい?』

 『徒に人間の命を奪わないように頼んで来たのは貴方だろう。約束した手前、貴方の了承は取るさ。私が約束を違える事を良しとしないのは知っているだろう?』


 了承を取らずともルグナツァリオならば納得はしてくれるだろうが、それでは私の気が済まない。今後も、人間を始末する必要があると判断したらまずはルグナツァリオに確認を取るだろうな。


 止めて欲しいと頼まれた場合は、じっくりと話し合うとしよう。それで私が納得できたら、始末するのを保留させてもらうとしよう。


 『そうだね。貴女はそういう女性だ』

 『それじゃ、始末してくる』


 上空の幻を消し、暗部がデヴィッケンと連絡を終えるのを待つ。通信を行っている最中に始末して、異変を察知されても面白くないからな。

 通信が終えるまでは、デヴィッケンの経歴を『真理の眼』で確認しておこう。


 ………。この男、意外な事に暗部に犯罪行為をさせている以外は犯罪行為を行っていないな。

 自分の足がつくような行為を行うつもりはないらしい。それとも、自分の手を汚したくないだけか?


 しかし、莫大な資産があるとは言え、よくもまあ所謂裏稼業と呼ばれる者達を都合よく従わせることが出来るものだ。

 デヴィッケンが契約をしていた暗部は、今回私が始末する者達だけではなかったのである。


 デヴィッケンは、自分が契約している者達よりも腕の良い裏稼業の組織を見つけると、即座にこれまで契約していた者達に見切りをつけ、新たに契約した者達に以前まで契約していた組織を始末させていた。


 それだけの事をやって何故こうも簡単に契約できてしまうのか?

 どうやら、デヴィッケンには魔法が使えるらしい。それも感情を操作する類の魔法のようだな。


 どうやら自分に対する疑いを緩和し、信用を増幅させる魔法のようだ。まぁ、疑いの緩和も信用の増幅も、制限無く、というわけにはいかないようだが。

 デヴィッケンが悪名高いと言われながらも大商会の会長を務められているのは、この魔法のおかげのようだ。


 そうして現在まで裏稼業の組織を鞍替えし続けてここ3年間変化が無いのが、今の組織だ。同業者の間では有名らしく、かなり恐れられているらしい。

 裏稼業の者達が有名になったら仕事にならないような気がしなくもないが、一般には知られていないから問題は無いのだろう。


 知りたい事も知る事ができたし、デヴィッケンとの連絡も終ったようだ。


 幻を無色透明な状態から私の姿に変更させる。


 「私はお前達に恨みは無いが、お前達は相当な恨みを大勢の人間達から買っているんだろうな。その者達の仇を取るというわけではないが、せめてこれまでの悪行を悔いながら死ぬといい」

 「っ!?!?ばっ!?!?」


 急に私の姿がこの場に現れた事で、この場にいた全員が驚愕している。

 "魔獣の牙"もとい"女神の剣"の連中を始末した時には転移と同時に即座に殲滅に移ったが、今回は一声かける事にした。


 それというのも、この連中の過去を『真理の眼』で見た際に、私が不愉快な気分にさせられたからだ。


 正直、この連中のやってきた行為は、怨まれて当然の行為ばかりだった。

 被害に遭った者達の悲痛な声が、私の気分を著しく害したのである。


 だから、この連中にはそれ相応に絶望してもらう事にした。自分達の行いは全て知られている。その上で私の不興を買ったと知りながら死んでもらう事にした。




 その日の夜、デヴィッケンの宿泊している貸し切り宿に、近所迷惑も良いところなけたたましい悲鳴が上がる事になった。

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