第557話 盛り上がって来たらやること

 再び『収納』からギターを取り出し、弦を弾いて声を出す。この場にいる者達を楽しませるための歌を歌うのだ。

 勿論魔力は込めない。だが思いは込める。

 折角酔いに任せて芸を披露したり力比べを始めて盛り上がっていたところだったのだ。

 そんな参加者達は私とルイーゼの姿を見たことで緊張して固まってしまった。だから、私の歌で緊張をほぐして場を盛り上げるのだ。


 先程までの愉快な状況を思い描きながら歌を歌う。

 飲み、食い、語り、騒ぎ、笑い、そして祝う。そんな歌を歌う。

 歌声と歌詞がメロディーと共に歌を聞く者達の耳に入り、徐々に参加者達の体から緊張がほぐれていく。


 曲の間奏に入ったところでルイーゼが参加者達を炊きつけだした。


 「ホラホラ、折角のパーティなのよ?固まっててどうするのよ?いいこと?このパーティはノアに私達流のパーティを見せるためのパーティでもあるの。アンタ達の普段の姿をしっかりと見せてやりなさい!」


 息を飲んで静寂に包まれる状況が、いつもの魔族のパーティなわけがない。ルイーゼ達は私に魔族の普段の姿を見せたいと語っていた。

 ならば、いつまでも息を飲んで固まっていることなどルイーゼからしたら言語道断なのだろう。

 間奏が終わる頃には、会場の雰囲気は私達が光の薔薇に包まれる前の状態に戻っていた。


 場を盛り上げようと思ったのは私だが、実際に場が盛り上がって来ると不思議と嬉しさが込み上げてくる。

 この会場を包み込んでいる空気がそうさせているのか、はたまた私の歌で皆を盛り上げられたことが嬉しかったのか。


 どちらでもいい。今はただ、歌を歌いながら彼等の楽しむ姿を見せてもらうとしよう。



 会場が盛り上がりに盛り上がり、乱痴気騒ぎの状態となった時である。遂にウチの子達に声を掛ける者が現れた。


 三魔将ではない。だが、ルイーゼ曰く武勲を立て続けている貴族の当主のようだ。

 その体は前進余すところなく鍛えられていて縦にも横にも大きい。見る者が見たら威圧感を覚えるだろう。


 彼が声を掛けたのはラビックだ。腕試しでもしたいのだろうか?これは目が離せないな。


 「お初にお目に掛かります。今宵はお楽しみいただけてますかな?」

 〈これはご丁寧に。勿論楽しませていただいております。私達は普段酒を口にすることが無いのですが、今回振る舞われている酒はどれも美味いですね〉

 「………」


 返答が帰ってくるとは思わなかったのだろう。ラビックから思念を送られて目を見開いて固まっている。

 ラビックは酒が美味いと言ってはいるが、酒よりも野菜スティックを食べている方が多い。

 今もあの子は両前足で野菜スティックを掴んで咀嚼している。


 とても可愛い。そう思っているのは、私だけではない。

 ウチの子達には結構な視線が集まっていたりするのだ。それはウルミラが巫女であるアリシアの傍にいるからというだけではない。


 あの子達に送られている視線の半数近くが可愛いものを愛でる視線なのだ。つまり、魔族から見てもあの子達は可愛いと思われているのだ。


 固まっている貴族に対してラビックが野菜スティックを褒める。


 〈それに、新鮮な野菜スティックがとても気に入りました。初めて見る野菜ですしね。私は見ての通りウサギですので美味しい野菜には目が無いのです〉

 「そ、それは良かった!今回使用されている野菜には、我が領地で栽培している野菜も多く使われております!お気に召していただけたようでなによりで御座います!」


 おや、ラビックに話しかけた貴族が冷や汗をかいている。何やら慌てているようだ。だが、喜びの感情も読み取れるな?

 どういうことだろうか?ルイーゼに聞けば分かるだろうか?


 「そうね。自分達の特産品を褒めてもらってるんですもの。嬉しいに決まってるわ。ただ、ラビックちゃんと意思疎通ができると思ってなかったからビックリしちゃってるのよ」


 ふむふむ、なるほど。では、ラビックに声を掛けたのは、返事を求めていたわけではなかったのか。

 うん。今回の歌も好評だったようだな。さて、次の曲は…。


 「そうね。彼の領地でもウサギに似た動物を飼育してたりするから、愛着が湧いたんでしょうね。あわよくば撫でられないかって思ったんじゃないかしら」


 そうかそうか。ラビックの毛皮はモコモコのフワフワだからな。触りたくなるのも頷ける。

 そんな可愛がろうと思っていた、悪く言うならば下に見ていた相手からまともな返答が帰ってきたため自分と対等、もしくは格上の相手だと判断したのかもしれない。


 「フフ、結構厳つい見た目してるけど、彼はあれで可愛いもの好きなのよ。彼の屋敷には結構な数のウサギが放し飼いされているのよ?」


 それはなかなか素敵な空間じゃないか。今回の旅行では貴族の屋敷に顔を出すような機会が無かったが、次にこの国訪れる時には、1軒ぐらいは貴族の屋敷に顔を出しておきたいものだな。


 「気が早いわねぇ…。来る時には事前に連絡入れなさいよ?」


 分かっているとも。サプライズができないのは少し寂しいが、相手に喜んでもらわなくては意味がないからな。機嫌を損ねるような真似はしたくないのだ。


 それにしても。


 「それにしても、歌いながらコッチに意識向けてくるとか、随分と器用なことしてるわねぇ…。ソレでいてしっかり歌には思いを込めてるんだから、もう一種の曲芸よ曲芸」


 ルイーゼはやっぱり心が読めるのではないだろうか?普通に意識を向けただけで『通話コール』もしていないというのに会話が成立してしまっているのだが?


 「今回に限って言えば、アンタの予想が当たってるわ。多分だけど、アンタの歌のおかげで私が相手の感情を読み取る力が強化されてるんでしょうね」


 魔力は込めていないが?


 「込めてなくてもよ。アンタ私と密着して歌ってるのよ?魔力を込めて歌ってなくてもアンタの体から魔力が伝わって来てんのよ」


 なんてこった。知らず知らずのうちにルイーゼに強化を与えていたとは。

 しかしだからといって歌を止めるつもりはない。ルイーゼを強化していることは別に歌を止める理由にもならないしな。


 「そう?じゃあこのまま続けてもらおうかしら」


 お安い御用だとも。まだまだ歌いたい歌は沢山あるのだ。周囲の様子を見ながら存分に聞いてくれ。



 私が再び歌い始めてから何曲歌っただろうか?

 机に並べられた大量の料理はあらかた食べ尽くされ、いつの間にか机は片付けられている。つまり、結構なスペースが出来上がっているのだ。それこそ、満足に戦闘が行えるほどに。


 ラビックに声を掛けたあの大きな貴族も他の血の気の多い貴族と素手での格闘戦を行っていた。

 力任せな戦い方ではなく、日々稽古を続けて来ていたであろう技を用いた戦い方だ。

 鍛え上げられた肉体に軽やかな身のこなし。ルイーゼが武勲を立て続けているというだけある。動きだ。

 相手の突き出された拳を紙一重で交わし、相手の懐に潜り込んでからのアッパーカットによって勝負が決した。 


 良い動きだ。此方も熱くなってくる。私の選曲も、自然と戦いを盛り上げるような熱く激しい歌に変わっていく。おかげでパーティ会場は大盛況だ。


 「そうね。確かに大盛況ね。おかげで本来警備に当たる連中まで参加しちゃってるわね」


 おお、三魔将が3人共次の対戦に立候補しだした。って、それは良いのか?


 「まぁ、あんまり褒められたことじゃないわね。でも、こうなってる理由にアンタが絡んでるからねぇ…」


 ああ、やっぱり三魔将全員が試合に立候補しているのは、私が戦意を向上させる歌っているのが理由なのか。

 ラビックに声を掛けた貴族と三魔将の実力は明確だ。彼では三魔将に勝てない。

 だが、彼に尻込みしている様子はない。むしろ喜んでいるようにも見える。


 「戦意が高揚してる上に自分の実力が三魔将に認められたような者でしょうからね。武門の家ならそりゃ嬉しいわよ。勝てないのは分かってても、胸を借りるつもりで挑むんじゃないかしら?」


 ラビックがホーディに挑み続けているのと少し似ているか。

 ならば、より試合に集中できるように私も引き続き歌わせてもらうとしよう。


 と思い歌を歌い続けていたのだが、どうやら次の試合は三魔将が相手ではないらしい。


 「グキャウ!」


 なんと、ラビックに声を掛けた貴族の前にリガロウが飛び出してきたのである。これまで複数の試合を見てリガロウも戦いたくなったのだろう。


 応援したいのは山々だが、素手での格闘戦にリガロウの爪や鰭剣きけんは流石に拙い。

 爪や鰭剣にカバーをつけてあげたいところだが、私は歌を歌っている最中だ。

 この状態でも『幻実影ファンタマイマス』を使用すれば問題無くリガロウにカバーを用意してやれるが、『幻実影』を見せるわけにもいかないのでこの案は却下だ。


 「まぁ、爪はともかくあの尻尾の先端はダメよねぇ…。良いわ。私が何とかする」


 そう言ってルイーゼは私から離れてリガロウの前に降り立つ。そして『収納』から固そうな木材とナイフを取り出すと、あっという間にリガロウの爪や鰭剣に合わせたカバーを作ってしまったのである。


 「はい。そのまんまじゃ流石に危ないから、コレをつけときなさい」

 「クルルァッ!ありがとうございます!」


 嬉しそうにお礼を言ってリガロウはルイーゼに頭を下げて頬擦りをしている。

 それに対しルイーゼも嬉しそうにリガロウの顔を撫でている。


 「ちゃんとお礼が言えて偉いわね~。よしよし、相手は結構な実力者よ。思いっきりやってもきっと受け止めてくれるわ!頑張んなさい!」

 「はい!」


 各種カバーを取り付けて思いっきり戦えるようになったリガロウはご満悦だ。相手の貴族も何やら満足気に頷いている。


 ああ、しかし。リガロウ嬉しそうだなぁ…。やっぱり私がカバーを作ってあげたかったなぁ…。私以外の相手に頬擦りしたことなかったのになぁ…。羨ましいなぁ…。


 「ただいまー。ってコラコラ、そんな目で見ないの」


 おっと、嫉妬の感情が漏れていたようだ。私の元に戻って来たルイーゼをじっとりと見つめてしまったらしい。しかし羨ましいと思う気持ちに偽りはないのだ。


 「そんな状態でなんで歌はまともに歌えてるのよ…。まぁ、私が作ったカバーは即席だし全然オシャレじゃないでしょ?後でアンタの尻尾カバーみたくデコレートしてあげればいいじゃない。私との合作ってことで」


 なるほど。それは実に良い考えだ。流石ルイーゼだ。良いことを言う。尻尾を動かして少し強めに抱きしめておこう。感謝の気持ちを伝えるのだ。ありがとう。


 「はいはい、どういたしまして。ああ、一応言っておくけど、リガロウだけを応援するような歌を歌っちゃダメよ?不公平になっちゃうから」


 ん。頭を撫でてくれるのか。これは良いな。とても心地良い。

 そして歌に関してもこれまで通りだとも。

 心境的にはリガロウを応援しながら歌を歌いたいところだが、それは流石に野暮というものだし、リガロウも喜んでくれるかもれないがそれでも心残りができてしまうだろう。甘やかしはしないのである。


 「始めっ!!」


 互いに準備もできたところでエクレーナが試合開始の合図を出した。リガロウに出番を取られてしまったため、審判役を買って出たようだ。


 何となくだが、きっとリガロウはあの貴族に勝てると思う。そうなれば次は三魔将と試合をすることになるだろう。その経験は、きっとリガロウの成長の大きな糧となるだろう。


 思いっきり戦いなさい。

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