第556話 フレミーの服

 私達を包み込んでいる光の薔薇の内部は『空間拡張ディメンエキスパ』を使用しているため、自由に身動きが取れる。

 加えて各種結界も張ってあるため、今の私達の会話等が光の薔薇の外に伝わることはない。


 さて、格好をつけるのはなにも光の薔薇に視線が釘付けになっている者達だけではない。今私の隣にいるルイーゼに対しても格好をつけたいのだ。


 そういうわけだから、私は右手で指を弾く。

 小気味良い音が鳴り、それと同時に私達が身に纏っている衣装が光に包まれる。

 私達の着ているドレスにそのような機能はなかったので、ドレスが光ったのは私が指を鳴らしたからだとルイーゼは判断したようだ。


 それで正解である。

 だが、同時にドレスが消失してしまうと思ったのだろう。少し焦った様子でドレスが発光した理由を私に訴えてきた。


 「え?ちょっと、ドレスが光ってるんですけど?」

 「安心して。破損したり消失するわけじゃないから」


 そう。今から行う行為はあくまでも着替えである。私達が着用しているドレスを一度私の『収納』仕舞い、別の服を着用するための魔術を行使しているのだ。

 その名も『早着替えドレスチェンジ』。私が作った魔術ではなく、普通に図書館に蔵書されていた魔術書から習得した魔術だ。


 熟練者ならば服だけでなく装備まで手早く変更できるようになるため、状況に合わせて装備を変更できる魔術なのだが、現在ではそれだけの使い手は見なくなって久しいようだ。少なくとも人間達からは服を着替えるための魔術だと思われている。


 時間を掛けることなく服装の変更が完了し、私達は瞬く間にフレミーの服を身に纏った姿となった。

 先程まで私達が着ていたドレスとは正反対に今度は私が黒を基調としたドレスを、ルイーゼは銀を基調としたドレスを身に纏っている。そしてそのドレスはうっすらと虹色の光沢を放っていた。


 「どうかな?私の初めての友達が仕立ててくれた、お揃いの服。あの子も自信作だって言ってたよ」

 「………」


 フレミーの服を確認したルイーゼが、驚愕して口を開けたまま表情を固めてしまった。相当驚いたようだな。

 良い表情だ。若干我を忘れてしまっているようだし、今のうちにルイーゼの顔を絵に描いてしまおう。家に帰ったらフレミーに渡してあげるのだ。


 ルイーゼの驚いた顔を掻き終わり『収納』に仕舞って少ししたところでルイーゼが回復した。そして私の両肩を掴んで激しく揺さぶっている。


 「ねぇコレ何!?なんなの!?プリズマイトの繊維で作られた服とか訳が分からないんですけど!?」

 「ウチの子達の中に真っ白い体毛に包まれたフワフワの蜘蛛がいただろう?あの娘は食べた金属の性質を持った糸を作り出せるんだ。勿論、プリズマイトだけじゃなく他の金属も思いのままみたいだよ?」

 「…世の中の錬金術師達が聞いたら泡噴き出して倒れそうな話ね…。ていうか、当然のように色々と付与されてるみたいね、コレ…」


 それはそうだろう。魔物である私達だが、今は装備に魔術効果を付与させる術を知っているのだ。

 ならばやらない手はないだろう。なにせ私の親友にプレゼントするのだから、フレミーだって気合を入れて仕立てたのだ。


 自己修復機能や自動清浄機能、更には伸縮機能まで搭載しているためシャツを着るような感覚で着ることだって可能である。修復や清浄効果は魔力を注ぐことで高速化が可能だ。

 着用者を回復させる機能や状態異常に耐性を持たせる機能も搭載しようか迷ったそうなのだが、私もルイーゼも自力で回復ができるし、そもそも戦闘用の服ではないのだから必要ないと判断して搭載しなかったようだ。


 そう言えば服とは思えない機能も搭載されたな。実践して見せてあげよう。


 「ああ、そうそう。実はこの服、食べられたりするんだよ。こんな感じで千切ってね…」

 「むぐぅ…っ!?な、何を…って甘い…!?」


 そう言ってドレスの端を摘まんで軽く引きちぎり、ルイーゼの口にやや強引にねじ込んだ。

 そう、この服。千切れた切れ端が口の中に入ると途端に性質が変質して食べられるようになるのだ。しかも甘くて美味い!

 溶けるようにして唾液と混ざり合い、柔らかな甘みを残して消失していくのである。


 溶融した砂糖をごく細い糸状にし、それを集めて綿状にした綿菓子という菓子を参考にしてこの機能を搭載したらしい。

 なお、いくらドレスを千切っても自己修復機能によってたちどころに修復していくので、実質食べ放題である。


 「またアンタらしい機能を搭載させたわねぇ…。っていうか、アンタだから引きちぎれたんでしょうけど、私に千切れたりするの?」

 「私らしいって言うのはよく分からないけど、ルイーゼならできるよ。ほら、秘伝奥義を使えばすぐだって」

 「んなことに秘伝奥義を使って堪るかってのよ!!午前中のオーカムヅミの時と言い、魔王の技を何だと思ってんのよ!」


 ここで便利な包丁、などと言ったら間違いなく怒るので黙っておこう。実際便利なのだから仕方がないのだ。流石に私の"黒龍烹"でもこの服やオーカムヅミの外果皮は切断できないからな。


 「ちなみにまだこの服には搭載されてる機能があるんだけど、聞く?」

 「また変な方向でとんでもない機能だったりしないわよね?」

 「大丈夫。コッチの機能は割と普通に凄い機能だから」


 こちらは伸縮機能にも起因する機能だ。

 魔力を流すことで自在に形状を変化させられるのである。しかも、元の形状から原型をとどめない形になったとしても放置していれば自動で元に戻ってくれるのだ。

 この機能を利用すれば大抵の物は模れる。机や椅子、ベッドも思いのままだ。


 「え?じゃあ、その機能を使えば武器にも防具にも?」

 「ん?まぁ、できないこともないけど、必要?」


 そんな面倒なことをするぐらいなら尻尾を動かした方が効率が良いだろう。この服よりも私の尻尾の方が頑丈なのだ。


 「いや、それはアンタの話でしょうが…」

 「ルイーゼにしたって魔力と"氣"を融合させれば問題無いだろう?そもそもこの服は戦闘用の服じゃないからね?」


 ルイーゼは何かと物騒なところがあるな。この服はあくまで見せびらかすためのオシャレな服なのだ。あまり過激なことを考えないでもらいたい。


 「世界一物騒なドラゴンがなんか言ってるわ…。でもまぁ、本当に凄い服ね…。コレ、みんなに見せちゃっていいの?」

 「良いとも。所持しているのがルイーゼなら、問題無いさ」

 「そう…。なら、遠慮なくもらうわね?ありがと!」


 うん。やはりルイーゼの笑顔は良いものだな。この顔、どれだけ見ても見飽きることのない表情だ。

 さて、プレゼントの確認も済んだところで、そろそろ光の薔薇を解除しよう。


 光の薔薇の花弁が一枚一枚剥がれて霧散していくたびに、視線に込められた期待が強くなっていくのが分かる。


 「こうして向けられてる期待以上のとんでもない服なのよねぇ、コレって…。みんなこんなの見て大丈夫かしら…?特にアリシア…」

 「残念だけど、アリシアは無理じゃないかな?私達のドレス姿でもギリギリだったし、ウチの子達、全員ルグナツァリオから寵愛を受けてるから、この服にも気配があるだろうしね」

 「あっ…」


 ルイーゼの顔が瞬く間に何かを察したような、諦めたような表情になる。

 うん。多分今の私達の姿を見た瞬間気絶することになると思うから、ウチの子達にフォローを頼んだのだ。


 完全に光の薔薇が霧散し、私達の姿を見た参加者達の反応は、意外にも静かなものだった。

 てっきり大きな歓声でもおきるかとおもっていたのだが、ウチの子達以外は息を飲んで小さく感嘆の声を零す者が殆どだ。そう、リガロウすらもだ。


 〈とっても綺麗だわ!ノア様もルイーゼ様も素敵よ!〉〈キラキラなのよ!輝いてるのよ!フレミーはいい仕事をしたのよ!〉

 〈実に素晴らしい光景です…。なるほど。記憶に残したくなるような光景とは、こういうものを言うのですね…。1つ学ばせていただきました〉

 「………」

 〈おっと、ご主人が言った通りになっちゃった。リガロウは大丈夫?〉

 「くきゃ!?は、はい!だ、大丈夫です!姫様もルイーゼ様も、凄く綺麗です!」


 案の定アリシアは何も言わずに体を硬直したまま倒れてしまった。傍にいたウルミラが見事に支えてくれている。


 アリシアの口元から若干血が流れているのだが、別に吐血したわけではない。

 意識を手放すまいと唇を思いっきり噛み締めたものの、結局堪え切れずに意識を失ってしまっただけの話だ。

 抵抗の意思を見せただけでも、特訓の効果があったということだろうか?


 「あー…アレは違うわね。私達の姿が見えてない時に唇を嚙んでたのよ。一応聞くけど、さっきの光って外から見たらどうなってたの?」

 「ん?光の帯を重ねて薔薇の花を模ったんだ。多分かなり綺麗だったと思うよ?」

 「え?なにそれ私も見たい!」


 うん。バラの内部にいた私達には見えないからな。ルイーゼも興味を持ってくれたようだ。

 それなら、後でアリシアとエクレーナを光の薔薇で包み込んでルイーゼにも光の薔薇を見せてあげよう。


 「それは良いんだけど、何でエクレーナまで?」

 「ん?私がメイド服以外のエクレーナも見たいからだけど?」


 折角仲良くなったし、散々着せ替え人形にしてくれたのだ。そのお礼はさせてもらわないとな。色んな服をエクレーナに着せてあげようじゃないか。

 私の計画をルイーゼに話せば、彼女は上機嫌になって私の計画に便乗しだした。とても意地の悪い笑みを浮かべている。


 「良いわねぇ!なら、この際だし私達を着せ変えてたメイド達も巻き込んじゃいましょ!碌に動けずにアレコレ着せられるのがどんだけしんどいか思い知らせてやるわ!」


 こう言っては何だが、ルイーゼは自分が絡まなければイタズラに肝要だ。というか彼女も結構なイタズラ好きだな。

 いや、今回に限っては着せ替え人形にさせられて2時間近く碌に動けなかったことを根に持っているだけか?


 些細なこと…とは一概には言えないな。

 パーティが開催される都度何時間も着せ替え人形にされて身動きが取れなくなる思いをするのであれば、うんざりしてしまうのも仕方がないのかもしれない。


 しかも、パーティの回数は年に一回というわけではない筈だ。

 魔王という立場である以上、魔王国内だけでも結構な数のパーティに参加させられるのではないだろうか?


 だとすると、ルイーゼに観光案内をしてもらったのは、結構な気分転換になったりするのだろうか?

 もしそうだとしたら、嬉しいな。

 私も魔王国の街を巡り歩いたのはとても楽しかったのだ。特にヘルムピクト。絶対にまたあの街にルイーゼと共に訪れる。そう決心したほどなのだ。


 話を戻そう。

 アリシアが口から血を流していたのは、私達の姿を見て意識を手放さないようにしていたのではなく、光の薔薇を見て意識を失わないようにしていたためだとルイーゼは言うのだ。


 ルイーゼの考えが正しいとなると、当分はこの姿をアリシアに見せることはできなさそうだな。

 彼女には悪いが、どうしても見たいというなら、しばらくは特訓の日々が続くだろう。スメリン茶の在庫が無くならなければ良いな。


 さて、いつまでもパーティの参加者達を放心状態にさせておくのも忍びない。彼等の意識をパーティに戻すとしよう。


 いつもならば魔力を込めて両手を叩いて衝撃を伝えるのだが、それでは流石に味気ない。

 加えて、酔いから醒めたとはいえ、歌い足りていないと思っているのも事実なのだ。ここは1曲歌わせてもらうとしよう。


 「ノア?分かってると思うけど」

 「魔力は込めるな、でしょ?分かっているよ」


 軽く魔力を込めただけでタンバックの時のような状態になるのだ。いくら魔術で城全体を防護しているとはいえ、耐久が持たないと思うのだ。


 そういうわけで、ただただパーティを楽しんでもらうための歌を歌わせてもらうとしよう。

 見せたいものは見せたのだ。ここからは盛大に乱痴気騒ぎを始めてもらおう。


 パーティはまだまだ終わらない。むしろ、ここからが本番と言えるだろう。


 盛り上がって行こうか!

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