第555話 上機嫌でパーティを楽しむ
パーティ会場は酒を楽しむ声で溢れ返っているが、私達は酒よりも料理を楽しんでいる。
勿論酒も口にしてはいるが、如何せん私の周囲の者達は皆それほど酒好きというわけでもないのだ。
かくいう私も魔法によって各種能力を低下させて酔える状態にして酒を口にしている。おかげでもう少しでほろ酔い気分に至れそうだ。
「…酒樽1つ空けといてまだほろ酔いになってないのってどうなのよ」
「今回振る舞われている酒はそれほど酒精が強くないからね。仕方ないさ。それに、ここでアレを出すわけにもいかないだろう?」
「ま、流石にね…」
アレとは勿論、オーカムヅミの酒である。
あの酒は甘くて飲みやすいというのに極めて酒精が強いからな。酔うにはうってつけなのだ。
しかしオーカムヅミの存在を明かすつもりがないのだから、当然それを原料とした酒をこの場で出すなどもってのほかなのである。
酔いたければ地道に酒精の弱い酒を浴びるように飲むまでだ。
グラスに注いだりするのは手間なので、酒樽ごと飲ませてもらっている。
今しがた空けた酒樽に入っていたのは麦から作られた酒だったので、今度は果実酒をいただくとしよう。陶酔感というものを理解できるようになると、なかなかどうして、酒という飲み物は今まで以上に美味く感じられる。
リガロウも今回の旅行を経て酒の味を知り、すっかり嵌ったようだ。20Lほど入っている中樽から直接酒を喉に流し込んでいる。
「料理もお酒も美味しいです!フワフワします!グキュルアァ~!」
〈美味しそうに飲んで食べてて可愛いね!これも食べなー〉
〈豊かな大地で育てられた野菜は、やはり良いですね。味、歯応え、共に見事です〉
うん。リガロウの幸せそうな表情は実に可愛らしいな。あの子がまだ口にしていない料理をウルミラが差し出して食べさせている。
その様子がまたとても可愛らしい。その光景は、まるで姉が年の離れた弟を可愛がっているかのようだ。すぐにでも絵にさせてもらおう。
『収納』から紙と色鉛筆を取り出し、手早く目の前の光景を描き上げる。…うん、良い出来栄えだ!
少しだけ酔いが回ってきたおかげで気分が良い。せっかく色鉛筆を取り出したのだし、もっと沢山の絵を描かせてもらおう。勿論、飲食をしながらだ。
「ノッてきたわねー。それなら、私の絵も描いてもらおうかしら?」
「ん、良いよ。ちょっと待ってて」
どうせなのだから、ルイーゼだけでなく私の姿も一緒に描かせてもらおう。
おっと、彼女の親友であるアリシアを忘れてはいけないな。
ルイーゼを中心に左右に私とアリシアを密着させた絵を描こうじゃないか。うんうん、良いぞ。創作意欲が湧いてくる。考えずとも自然と手が動く。あっという間に即席プレゼントの完成だ。
「はい、誕生日おめでとう」
「ありがとう。ってアンタいくつ誕生日プレゼントを渡す気なのよ」
「プレゼントの数に制限があるなんて誰が決めたのさ。渡したいだけ渡すとも」
程よく酔いも回って気分も良いからな。楽器を奏で、歌でも歌いたい気分だ。
やりたいと思ったのならばやればいい。
軽く飛び上がり、魔力板を生成して空中に留まる。
急な出来事で周りの者達が全員唖然として私に視線を送っているが、丁度良い。こっちを見てくれるのなら音楽や歌もより耳に入ることだろう。
『収納』からギターを取り出して心が弾むような楽し気な曲を奏でて歌うとしよう。
いやぁ、楽しいなぁ。
好きなように絵を描き、好きなように音を奏で、好きなように歌う。そこに美味い料理と酒が加わることで、何とも素晴らしい空間が出来上がる。
このパーティ会場にいる者達の、幸福な感情がこれでもかと私に伝わってくるのだ。
私の奏でた音楽や歌は、参加者達の飲酒ペースを大いに進めたようだ。私が振る舞った酒樽はすっかり空っぽになっている。
一度床に降りて酒樽を追加させてもらうとしよう。
何も私が提供した酒ばかりを飲んでいたというわけではない。このパーティに用意された酒だって美味いのだ。
そして私の提供した酒は皆が皆互いに譲り合っていたため、1杯目はともかく2杯目を積極的に取りに行く者はあまりいなかった。
尤も、全員に酒が行きわたったと分かった途端、こぞって再び酒をグラスに注ぎに来たわけだが。
全員に酒が行きわたるまでの間は、元から用意されていた酒を飲んでいたのである。
そしてそれだけ大量に酒を飲んでいれば、酔いが回るのも当然である。
更には酔いが回った者同士で力比べを始めたり魔術合戦を行う者が現れ始めた。中には『格納』や同等の効果を持った魔術具から自分の武器を取り出し、演武を行う者まで現れだしたのだ。
なるほど、ルイーゼが言っていたのはこういうことか。
いや、今回に限って言えば、私が率先して芸を振る舞ったのが原因か?
「そうね。ちなみに、もっと聞きたいと思ってるのが大多数よ?勿論、私も。それはそれとして、じっとしてられなかったんでしょうね。アンタに自分達のことを見て欲しいそうよ?」
ルイーゼが言うには、私が歌を歌った様子に感化されたらしい。
ならば、今度は彼等を称えるような歌でも披露しようじゃないか。っと、その前に酒と料理だ。
喉が渇いているわけではないが、私が抑制している能力はゼロになっているわけではない。酒も摂取し続けていなければ酔いが醒めてしまうのだ。
使用人に酒樽を頼めば、即座に用意してくれた。ありがたくいただこう。
「片手で軽々酒樽を持ち上げて中身を飲み干すって、随分異様な光景よね…」
「そう?魔族ならこのぐらいのことはできる者はいるでしょ?」
「できるからってやる必要はないでしょうが。みんなグラスに入れて飲むわよ」
そういうものなのか。おや?そうでもないみたいだぞ?
結構な魔力を保有している2人の男性魔族が競い合うようにして酒樽で酒を飲み始めたのだ。
「なんだ、ちゃんと私のように酒を飲む者もいるじゃないか」
「毎回じゃないわよ!ってかアイツ等何やってんのよ!」
酒樽で酒を飲んでいる2人を見てルイーゼが気を荒立てている。
「エクレーナ!」
「はっ!馬鹿者共を止めてまいります!」
ルイーゼがエクレーナに指示を出すと、すぐさま2人の男性魔族の元まで歩いて行った。
そして2人の酒樽を強制的に床に置くと、説教をし始めた。
「貴様等止める側の魔族が何を率先して騒いでいるのだ!陛下やノア様の前なのだぞ!?」
あの2人はエクレーナと同じく会場の警備を担当している魔族だったようだ。それならば役目を忘れて騒ぎ出したことにルイーゼが起こったのも無理はない。
それに、ああして揃ってみてみれば、彼等の魔力はエクレーナと同等だというのがよく分かる。
つまるところ、彼等2人が残りの三魔将であるフラドールとザリュアスなのだろう。せっかくなのだし、声を掛けに行こうか?そうだ、ルイーゼとアリシアも一緒に連れて行こう。
「ルイーゼ、一緒に挨拶しに行く?」
「酔って来てるわねぇ~。今のアンタを放置してたら何しでかすか分からないし、ついてくわ。アリシアはどうす…って、無理してついてこなくて良いわよ?」
「はい…はい…そうなんれすよぉ~。もうほんとに尊くてぇ、幸せでぇ、どうにかなっひゃいしょうなんれすよぉ~」
アリシアもかなり酔いが回っているようだ。ウルミラに抱き着きながらひっきりなしに同じような言葉を紡いでいる。
ルイーゼがアリシアも誘おうとしたが、彼女の状態を見てそのままにした方が良いと判断したようだ。
そしてアリシアの様子を見て意地の悪い笑みを浮かべだした。
「ノア!今のアリシアの様子を描いてもらえる!アリシアにプレゼントするのよ!」
「いいけど、受け取ってくれるかな?」
「受け取るわ!他ならぬアンタからの贈り物なんですもの!」
酔っぱらった際の醜態なんぞ、記憶から抹消したいだろうに、ルイーゼはその時の状況を絵にして本人に渡すように言ってきたのだ。
ルイーゼが言うように、私が描いた絵を私が渡せば、アリシアは素直に受け取るだろう。そして破棄もしないと思う。私が知るアリシアは、そういったことができない女性だ。
意地悪なことをするものだ。しかしその理由が分からないでもない。
要は、私がルイーゼに対して行うイタズラと同じようなものである。
おそらく私が今しがた描き終えた酔っぱらってウルミラに絡むアリシアの絵を素面の時の本人に渡した場合、羞恥と歓喜の感情が激しく入り混じった表情をするだろう。ルイーゼはその表情が見たいのだ。
ついでに言うなら、私も見てみたい。
完成した絵をルイーゼに見せ、その出来栄えを確認する。
「流石ねぇ~。写真とほとんど変わらないじゃない」
「ふふん、こうして絵を描くのは何度もやっていることだしね。なんなら、あそこの3人も描こうか?」
「あ!良いわねぇ~!やっちゃいなさい!後で私がアイツ等に渡して戒めさせてやるわ!」
というわけでフラドールとザリュアスに説教を行っているエクレーナの様子を描くとしよう。
なお、それぞれに渡す魔族を中心にして3枚別々に掻くのだ。まったく同じ絵では味気ないからな。
良し。絵も描けたことだし、三魔将に声を掛けるとしよう。
「アンタ達、気持ちは分からないでもないけど仕事中は控えなさいよね」
「「!?」」
「おお!陛下にノア様!態々お声がけして下さるとは!」
「良い飲みっぷりだったね。日を改めて一緒に飲まない?」
「「!!?」」「ノア様!?」
彼ら以外に私と同じようにして酒を飲む者達がいなかったからな。興味を持ったし感銘も受けたのだ。是非一緒に酒を飲み明かしたいと思えた。
エクレーナが驚いているが、心配しなくても彼女も一緒だ。ついでだしルイーゼとアリシアも一緒に飲むとしよう。
「コラコラ、私をついでにしない。でも、良いわね。ちょ~っと失敗もしちゃったけど、しっかりと働いてくれてるアンタ達に報いるためにも、ノアがこの国にいる間に私達だけで飲み明かしましょうか」
「な、なんたる光栄…!」「ありがたきお言葉…!」
「ああ!今日まで三魔将に就いてこれほど嬉しいと思ったことがあっただろうか…!?いや、無い!私は今!猛烈に感動している…!」
折角のパーティであり岩井の場なのだ。説教もこの辺りで良いだろう。
さて、そろそろだな。
周りの者達の気配も徐々に獰猛な気配が漂い始めている。このままでは乱痴気騒ぎ待ったなしだろう。
そうなってしまえば静かになる頃にはパーティも終ってしまっていると予想できる。
お披露目をするならこのタイミングだ。
「ルイーゼ。そろそろ着替えようか。ついて来て」
「へ?あ、ああ!前に行ってたアレ?って、何処に連れてくつもりなのよ!?」
ついて来て、とは言ったが、実際には尻尾でルイーゼの体を掴んでいる。
こんなことをしなくても彼女は後をついて来てくれるだろうが、私の気分が逸っているのだ。早く皆に見せびらかせたいのだ。だから尻尾で捕まえて連れて行った。
連れて行く場所は、先程私が歌を披露した場所。つまりは空中であり、誰からも視線が通る場所だ。
「みんな注目して欲しい。今日は大好きなルイーゼの誕生日だからね。私は彼女に誕生日プレゼントを用意してあるんだ。勿論、皆にも振る舞ったハチミツ酒もプレゼントの1つだけど、コレに関しては彼女だけに送る特別なプレゼントだ。皆にもしっかりと目を通して欲しい」
私がパーティ会場全体に向けて声を掛ければ、全員の視線が私達に集まった。
それでは、一度私達の姿を魔術で隠させてもらうとしよう。光り輝く帯で私達を包みこむのだ。外から見たら私達は光の薔薇の中にいるように見えるだろう。
「はへぇ~。綺麗ねぇ~」
酔いが回っているからか、呑気なものである。
これから凄い物を見せつけるのだから、この調子では少し情緒がないな。
「ルイーゼ、酔いから醒めてもらって良い?」
「ん~?ああ、そうね。こんな状態じゃカッコ悪いか。ええ、お願い」
許可を得たのでルイーゼの酔いを醒ましておこう。
なお、私は光の帯を出した時点で能力の抑制を解除している。そしてその瞬間に酔いは醒めた。やや名残惜しいが、周りの者達に格好をつけたいのだから我慢である。
さぁ、お待ちかね。
フレミーの服を皆に見せびらかしてやろう!
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