第554話 こちらも振る舞わせてもらおう

 挨拶も終ったのだから中央に居座る理由も既になくなっている。早速机に並べられている料理を取りに行こう。ここからはルイーゼ達とは別行動だ。


 「皆待たせたね。食べたい物があったら言ってね?」

 〈前に食べた料理も見たことない料理もみんな食べたいわ!〉〈どれも美味しそうなのよ!どの料理も1口は食べたいのよ!〉

 〈お肉!お肉!〉

 〈姫様。あちらに生野菜のスティックがあります。今まで見たことのない野菜です〉

 「くるるぁー…。いっぱいあり過ぎてどれから食べれば…はっ!ひ、姫様と同じ料理を食べたいです!」


 うんうん。色々と美味そうな料理があり過ぎて目移りしてしまうよな。その気持ちはよく分かる。

 そして私もこの場にある料理は一通り口にしたい。複数の皿を手に取り、盛れるだけ盛り付けるとしよう。

 周囲に意識を向けてみれば、私に声を掛けたそうにしている者が複数いるようだが、今は食事が優先だ。後にしてもらおう。


 皿に盛った料理は『補助腕』に持たせるのでも良かったが、今回は私の周囲に魔力板を生成してその上に乗せることにした。

 他の参加者達の邪魔にならないように移動するのは私だけだ。サッと行ってサッと取って来てサッと戻ってこよう。



 うんうん。やはりどの料理も大変素晴らしい味だ。一度食べたことのある料理の中には、依然食べた物よりも美味く感じる料理もあった。料理人の腕の差だろうか?だとするなら、流石は城勤めの料理人と言わざるを得ないな。


 ウチの子達やリガロウも美味そうに料理を食べている。


 「まさに、至福の時間だね」

 「喜んでくれてるようでなによりよ。ってか、凄いこと考えたわね…」

 「お…御邪魔します…」


 ルイーゼとアリシアが料理を取って来て私の元まで来たので、魔力板を操作して近くに招く。


 皆の所に戻ってきた私は、皆が料理を食べ易いように魔力板を移動させて私達を囲うように配置したのだ。

 これならば好きなものを好きなように食べられるし、周りから不用意に声を掛けられる心配もない。

 魔力板は透明に隠蔽してあるから、周りの者達には皿が水平に浮遊しているように見えているだろうな。


 「お、お皿が浮いています…」

 「だってさ?」


 隠蔽が強力過ぎたか。アリシアにも見抜けなかったようだ。

 彼女の感知能力は非常に高かったから、この程度の隠蔽ならば見抜けるかと思ったのだが…。


 「私の感知能力はあくまでも範囲が優れているだけです。隠れている物を見つけるのには長けていません」

 「って言ってるけど、うのみにしない方が良いわよ?今回はアンタが度を超えて隠蔽してただけだから。アリシアったら失せ物探しで結構頻繁に頼られるのよ?」

 「ル、ルイーゼ…」


 アリシアは否定しているようだが、ルイーゼ曰くアリシアの感知能力はかなり高いらしい。ルイーゼに指摘されて若干頬を赤く染めている。恥ずかしいのだろうか?

 しかし、そんなルイーゼが認めるアリシアの感知能力ですら魔力板を見抜けなかったといのなら、やはりルイーゼが指摘した通り私の隠蔽が強力過ぎたのだろう。


 まぁ、だからといって隠蔽の質を弱めたりはしない。弱める理由がないからな。

 それよりも、こうして2人が私の元まで来てくれたのだ。

 そろそろ私の方からも色々と渡していこうじゃないか。


 「ルイーゼ、アリシア、手を出してもらって良い?」

 「「?」」


 私の要求に困惑しながらも、2人共素直に右手を差し出してくれる。

 この状況で何か妙なことを行わないと信用してくれているのだろう。ありがたいことだ。

 それでは、彼女達の信用に答えるように、とびっきり甘くて手軽なお菓子を渡してあげよう。ラフマンデーの配下が作った、魔力が籠っていないハチミツ飴だ。


 『我地也ガジヤ』で作られた透明なガラス容器に入れられたハチミツ飴は、透明な黄金色をしている。

 角ができないように可能な限り真球に近づけた飴玉は、宝石のようにも見えているかもしれない。


 「綺麗…」

 「またサラッと凄い物渡してきたわね…。コレ一瓶で金貨が何枚飛ぶのかしら…」


 どうだろうな?

 魔力が籠っていないとはいえ、ウチの広場で栽培させている花々から採取した蜜を使用しているのだ。ただのハチミツなわけがない。あらゆる面で一般的に人間達の間で出回っているハチミツの効果を上回っているだろう。


 「で、コレ。今食べちゃっても良いの?」

 「へ!?コレ食べ物なの!?」

 「そうねハチミツ飴よ。まぁ、このまま観賞用にするのもいいかもしれないけど」


 それでは渡した意味がないから、是非食べて欲しい。大量に作ってあるから、まだまだ大量にあるのだ。


 「これまでこの国を案内してくれて沢山の体験をさせてくれたお礼の1つだと思って、1粒パクッと食べてもらいたいな」

 「はいはい。そんなにせっつかなくても食べさせてもらいますよって」

 「あうぅ…せっかくノア様から下賜されたのに…食べてしまうだなんて…。それも私なんかが…!ああ!こんなことが許されるのでしょうか!?」


 許されるのだ。なにせ本人が食べて欲しいと言っているのだから。

 ルイーゼはその辺り躊躇がないな。尤も、彼女は以前の飲み会でラフマンデーのハチミツ酒を飲んでいるのだ。それほど衝撃的なことではないのだろう。


 「あー…ん!んっふぅー!なぁにコレ!すっごい濃厚であっまい!これはとんでもないわね!下手したら中毒者が出るわよ!」

 「…!…!?…!!?」


 酒と飴は別物、ということなのだろうか?思った以上にルイーゼの反応が大きかった。とにかく味は気に入ってもらえたようだ。

 しかし、魔力無しのハチミツ飴でコレだからな。最上位のハチミツで作ったハチミツ飴を食べさせたらどうなるか分からないぞ?

 パーティが終わった後にでも渡そうと思ったが、止めた方が良いだろうか?


 おっと、感情を読み取られていたようだ。ルイーゼがこちらを睨みつけている。

 その視線からは何かは知らないが渡す気だったのなら渡して欲しいという思いがひしひしと伝わってきた。


 ところでアリシアなのだが、少し危うい状態となっている。

 両手を組んで祈るような姿勢を取った後、五大神に加えて私に対する感謝の言葉を述べ始めているのだ。

 というか、祝詞になっているな。私を神と同列視して称え始めている。


 しかも魔力が込められているせいか周囲にも若干影響を及ぼし始めている。

 尤も、影響があると言っても悪い影響ではない。心を落ち着かせて気を引き締めさせる程度だ。具体的に言えば、多少酔いが醒めた程度だろう。


 周囲への影響は別に問題ではないのだ。問題があるのはアリシア自身である。

 彼女の巫女としての素養なのか、それともハチミツ飴の効果か、あるいはその両方か。

 アリシアはトランス状態となってしまったのだ。

 流石に放置するわけにもいかないので、意識を回復させておくとしよう。


 アリシアの眼前で微量の魔力を込めて両手を叩く。その際、魔力には『覚醒』の意思を乗せておく。


 「ふひゃっ!?あ、ああーーーっ!?ノア様にいただいた飴玉がぁっ!」

 「おはよう。気分はどうかしら?って話聞いてないわね」


 意識を覚醒できたのは良かったのだが、驚いてしまったのか声を上げ、その拍子に口から飴玉が飛び出てしまった。

 まだ半分もなくなっていなかったため、アリシアは非常に悲しそうな表情をしている。


 「飴玉はまだあるから、そんなに悲しまないで。それよりも、普段は口にするのを止めておこうか」

 「そんなぁ!?」


 ショックを受けてはいるが、仕方のないことなのだ。

 いやまさか飴玉を食べただけでも意識を失いかけてしまうとは。巫覡ふげきというのは皆こういうものなのだろうか?


 シセラやジョッシュのことを考えると、こういうものだと思った方が良さそうだ。


 「うん。今のアリシアが口にしても純粋に味を楽しめなさそうだし、儀礼用に使ってみるのはどうかな?」

 「儀礼用…!?そうです!それが良いです!ああ!なんて素敵な贈り物なのでしょう!きっとこれまで以上に神事が捗ることに違いありません!」

 「………」


 ルイーゼ。そんな呆れた様子で見なくても良いじゃないか。

 彼女にとってはただの美味しいお菓子なので、無言でこちらを見つめている。口の中で飴玉を転がす音が私達を滑稽に思わせてくる。


 「飴玉でコレかぁ…。ハチミツ酒もあるんだけど、どうする?」

 「こ、この飴玉と同じ素材で作られたお酒!?それはもう、お神酒として使用しないわけにはまいりません!」

 「ん」


 アリシアの反応は分かっていたが、ルイーゼ?アリシアがまともに飲めそうもないと言っている傍で空のグラスを差し出すのはどうなの?

 まぁ、差し出されれば注ぐけど。


 魔力の籠っていないハチミツ酒をルイーゼが差し出してきたグラスに注げば、アリシアがハチミツ酒を目にした感想を述べ始めた。


 「ああ…!こちらも透き通っていてとても綺麗…!へ、陛下…!そんな安酒を呑むような感覚で飲もうとしないで…。ああ!そんな!そんなグィッと一気に煽るだなんて!」

 「んふーっ!飲みやすーい!こりゃ良いお酒だわ!おかわり!」

 「ちょ!ルイーゼ!無視しないで!」


 酔っているわけでもないというのにルイーゼが大はしゃぎだ。

 グラスに注がれたハチミツ酒を一気に飲み干すと、再びグラスを私に突き出してお代わりを要求しだした。


 価値観の差が凄まじいな。

 そもそもルイーゼは過去にラフマンデーのハチミツ酒を好きなだけ飲んでいるのだ。今更魔力の籠っていないハチミツ酒を口にしたところで何ともないのだろう。ラフマンデーのハチミツ酒でさえ普通に楽しめていたしな。


 流石は魔王、といったところか。私達のやり取りを眺めている周囲の参加者達もどちらかといえばアリシアと同じような気持ちだろう。


 しかしそこは大盤振る舞いと言うヤツだ。自重せずにこの場にいる者達にハチミツ酒を振る舞わせてもらうとしよう。


 先程あいさつを行った場所に移動し、尻尾を含めた私の体が全て丸々収まってなおも余裕があるほどの特大の樽を『収納』から取り出して空中に生成させた魔力板の上に乗せる。なお、樽の下部には蛇口が取り付けられている。


 中身は当然魔力の籠っていないハチミツ酒だ。こうして魔族達に振る舞うために用意した酒である。


 「今日はルイーゼの誕生日だからね。私からも祝わせてもらうよ。これはその品の1つだ。味はルイーゼの様子を見ての通り。遠慮はいらない。好きなだけ飲むと良いよ。この樽はまだあるからね」


 酒樽についての説明を終えてその場から少し距離を取れば、パーティの参加者達がこぞって酒樽に集まって来た。

 彼等がハチミツ酒を飲みたいと思ったのは、何もルイーゼが美味そうにしていたからだけではなさそうだ。


 「そりゃ、アンタが持って来た未知の酒ともなりゃ、気になるのは当然でしょ?しかも凄く美味しいのよ?飲みたくなるに決まってんじゃない」

 「そういうものか…。あ、宰相とエクレーナも並んでる。それにしても、皆多少なりとも酒が入っている状態だというのに、随分と行儀が良いんだね」

 「まだまだ始まったばかりだしね。本格的に酔いだしたら乱痴気騒ぎよ?あ、おかわり!」


 ルイーゼはあの酒樽の列に並ばずに私から直接貰うつもりらしい。

 まぁ、注ぐとも。親友同士なのだから、それぐらいの贔屓をしたって文句は言われない筈だ。


 「アリシアも飲む?」

 「わ、私は遠慮しておきます!多分、さっきと同じような状態になりそうですので…」

 「特訓が足りなかったか…」


 飴玉もハチミツ酒も、何度も口にして慣れてしまえば問題無く楽しめるようになると思うのだ。

 というか、巫覡が特別耐性が無いのだろうな。

 現にパーティの参加者達が酒樽からグラスになみなみと注いで一気飲みしても、まるで異常がないのだから。彼等は純粋に酒を楽しんでいる。


 「少しずつ慣らしていこう。もしかしたら、私が家に帰る頃には一緒に酒盛りができるぐらいに耐性が付くかもしれない」

 「は、はい!頑張ります!」

 「いいわねー。私達だけで秘密の酒盛り。きっと楽しいわ。アリシア、何としても耐性をつけてちょうだい」


 酒を飲むペースが早いからか、ルイーゼが既にほろ酔い状態だ。

 ならば、私もそろそろ酒を楽しませてもらうとしよう。


 あの酒樽の中身が無くなる頃には、結構な時間が経過していることだろう。

 そうしたら、皆に目に物を見せてあげよう。


 この場にいる者達に、フレミーの服を見せてあげるのだ。

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