第492話 久しぶりの高揚感

 亜空間へ入らせた私の2体の幻を、10mほど距離を開けて対峙させる。

 まずは、魔力で身体強化をせずに全力の組手をしてみるとしよう。尻尾カバーを外し、鰭剣きけんも使用してみる。


 合図は…。私(本体)の視界で何か良い物は…あ!アレを使おう!

 『収納』から何の変哲もない木の板を取り出し、『接着』の魔法を施してから空中に出現させた魔力板に張り付ける。


 レイブランとヤタールに朝起こしてもらうようになってから、まるで出番のなくなってしまった目覚まし板である。魔法の効果が切れて板が地面に落ちた時を合図としよう。

 勿論、極小魔力でだ。下手に大量の魔力を用いて張り付けた場合、何日も張り付いたままになるからな。


 15分後、魔力板から目覚まし板が剥がれ、地面へと落下する。

 魔力も一色にして可能な限り少量の魔力にしたのだが、それでも10分以上張り付いているとは…。もっと繊細な魔力制御をできるようにならなければ。


 目覚まし板が地面に接地した瞬間、亜空間内にいる私の幻達が地面を蹴り、正面の相手に肉薄する。

 互いに右拳を突き出す。狙いは顔面、繰り出された拳を回避するために体を屈め、尻尾を動かして鰭剣で突きを放つ。


 が、それは左拳で鰭剣の腹を叩いて弾く。鰭剣の軌跡がずれ、体を掠めていく。

 お互いに頭部の位置が同じ高さのため、このまま前進して頭突きを放ち合う。額にぶつかる前に角同士がぶつかり合い、周囲に強烈な衝撃波が発生した。

 それでも互いの勢いは止まらない。互いの右膝を突き出し、ぶつけ合う。


 角がぶつかり合った時ほどではないが、再び強烈な衝撃波が発生し、幻達が弾き飛ばされる。

 互いに30mほど離れたところで再び接近しようと思ったのだが、それはやめておいた。


 ………うん、一旦中止。


 ある程度分かっていたことだが、どちらの幻も動かしているのが私だから、互いに最善の動きを取ろうとしてまったく同じ動きになってしまう。

 それと、お互いの体を思いっきりぶつけ合った時の衝撃が思った以上に強烈だ。

 多分だが、魔力による身体強化を行って全力でぶつかり合った場合、こちら側の空間に影響が出る可能性が極めて高い。


 こちらの空間への影響は事前に強固な結界を展開しておくとして、問題は幻達の動きだな。このままでは同じ動きしかしないから稽古にも修業にもならない。


 …そう言えば、武術には決まった技を手順通りに掛け合うという、約束組手と呼ばれる稽古方法があったな。これならば周囲に被害を出す心配もないし、自分の体をどのように動かせばいいかの訓練になる。

 ひとまず、今出現させている幻達は約束組手を取らせておこう。


 さて、全力戦闘を経験できるかと思ったのだが、このままでは無理そうだ。どうにかしていい方法を見つけたいところだが…。


 実現させるには幻を自動で動かせればいいわけで…。つまり、幻に予め動きを指定してその通りに行動させる…。

 その指定を複雑化させて一種の"魔導傀儡ゴーレム"として自立行動ができるようにさせれば…。


 うん、別の魔術になりそうだが、どうにか行けそうだな。少なくとも、転移魔術よりは難易度は低い。早速開発を始めよう。



 …良し、完成だ。人形のような幻を出現させ、その幻に命令を入力して術者が直接操作せずに行動させる魔術だ。当然、五感の共有も任意で可能だ。元が幻のため、『入れ替えリィプレスム』の対象でもある。尤も、感覚の共有や『入れ替え』は、幻の位置を把握してなければならないが。


 命令が複雑化すればそれだけ高度な行動を行えるようになる。その分、消費魔力は多くなったし魔術構築陣は複雑になったが。

 これを本来の"魔導傀儡"で実現しようとなると、かなり高度な技術や希少な素材が必要になりそうだ。


 魔術が完成する頃には昼食の時間になってしまったし、一旦皆を呼んで昼食にしよう。実際に魔術を使用して改めて組手を行うのは、その後だ。


 折角新しい魔術を作ったのだから、皆にも披露しようと思い、昼食は幻に作らせてみた。料理を作っている様子も皆に見せることにしたのだ。


 〈アレってご主人が動かしてるんじゃないの!?〉

 「うん、私が寝ててもあの幻は勝手に動いて料理を作ってくれるよ」

 〈また便利な魔術を作ったな。しかし主よ、あの幻が勝手に動くのであれば、主に危害を与える危険が発生するのではないか?あの幻の性能は、主とそう変わらないのだろう?〉


 ホーディの指摘も尤もだ。料理を作るという命令も、かなり複雑な命令を入力している。命令の実行中に矛盾や想定外の要因があった場合、幻が暴走してしまうかもしれない。


 現在料理をしているあの幻の身体能力は、私とそう変わらないのだ。もしもあの幻が暴れ出したら非常に危険だ。


 「対策は必須だね。うん、もしも暴走してしまうようなことがあったら、その時点で幻が消えるように設定しておこう」

 〈ご主人、今出てるあの幻は大丈夫…?〉

 「私が見張っているからね。仮に暴走しそうになったら、すぐに対処しよう」


 魔力でできた幻であるがゆえに、魔力が尽きれば消えてしまうのだ。つまり、幻から魔力を奪ってしまえばいい。


 皆の心配は杞憂に終わった。

 幻は入力した命令通りに料理を完成させ、丁度魔力も尽きて消えたのだ。今回の話だけで言えば完璧と言って良い結果である。

 しかし、今回が完璧だからと言って次も完璧とは限らない。皆に話した通り、暴走するような要因が発生したらその時点で幻が消えるように魔術を作り直しておこう。



 昼食が終わったら、いよいよ亜空間内で組手の開始だ。

 設定を追加した魔術で生み出した幻に、自動で戦闘行動を行うように命令を入力しよう。

 命令を入力した直後に行動を開始されても困るので、特定の合図をしてから行動を開始するようにした。


 この魔術を開発して昼食を用意し、そして皆と昼食を食べている時も亜空間内ではひたすらに幻同士で約束組手を行い続けていた。

 そのおかげで、自分の動きをより理解できたし、咄嗟の判断力にも磨きがかかったような気がする。


 『幻実影ファンタマイマス』の幻(以後、私操作の幻とでも呼ぼう)を更に一体追加で出現させ、自動行動型の幻(以後、自動型の幻)と対峙させる。

 では、改めて組手の再開だ。勿論、周囲に結界を張って被害を外に出さないようにする。


 戦闘の合図は、午前に行った時と同様目覚まし板を使用する。ただし、今回は亜空間内でだ。自動行動型の方は、亜空間の外の様子を知ることができないからだ。


 魔力板から目覚まし板が剥がれ落ち、地面に接地する。その直後、やはり前回と同様ほぼ同時にどちらの幻も互いに肉薄する。


 しかし、今回は同じ動作は行わない。

 自動型の幻が右手の爪を伸ばして突きを放ち、私操作の幻はその爪に対して頭突きを行い角をぶつけたのだ。

 勝ったのは、私の角の方だった。私の角は鰭剣ですら傷付けられないのは、私が意識を覚醒させた時に確認済みだからな。最低でも互角になると思っていた。

 自動型の幻の爪が指から剥がれて消失していく。幻が分断されると、今みたく只の魔力となって霧散するようだ。


 自動型は、爪が割れてしまったことも気にせず握り拳を作り、そのまま裏拳で私操作の幻の頬を殴るつもりのようだ。

 更に反対方向からは鰭剣が迫って来る。自分で命令を入力しておいてなんだが、容赦がないな。

 鰭剣には鰭剣をぶつけて対処し、裏拳には左の翼を割り込ませて防がせてもらう。


 相手ばかりに攻めさせるつもりは無い。自動型の幻が攻撃している間に、私も攻撃行動を取っているのだ。

 翼で右腕を防いだことで、私操作の幻は自動型の幻の懐に潜り込んだ形となる。

 自動型の幻の鳩尾に左拳を叩きこみ、右手は私操作の幻の胸部に向かって来る右ひざを迎え撃った。


 腕と足では、足の方が筋肉量が多い。当然、蹴りと拳による突きでは蹴りの方に分がある。

 鳩尾に叩き込んだ一撃で相手の勢いを殺せたのが幸いして、互いの威力は互角近くまでに抑え込めた。

 と、思ったのだが、ここで自動型の幻が翼を使用していなかったのが優位に働いた。

 噴射加速を行い、勢いを増してきたのだ。私操作の幻の右拳は押し戻され、右拳ごと胸部に右膝が押し付けられて私操作の幻は吹き飛ばされる。


 『幻実影』は感覚を共有しているから、当然痛覚も共有される。この痛みは、ヴィルガレッドと戦った時以来の痛みだな。気が昂って来る。


 私操作の幻に身を翻して姿勢を戻せさせれば、噴射加速で突っ込んで来た自動型の幻が眼前に現れる。頭突きによる追撃だな。

 しかしその手は食わない。私操作の幻も魔力噴射を行い、急加速を行う。

 ただし、馬鹿正直に真っ直ぐには移動しない。地面スレスレを飛行し、自動型の幻を潜り抜けるように移動させたのだ。

 そして自動型の幻の攻撃を回避すると同時に、その胸部に蹴りを放つ。先程のお返しである。


 互いに高速移動をしていたこともあり、自動型の幻は私操作の幻が受けた蹴り程のダメージは入っていないようだ。翼を動かし、噴射加速を制御してすぐさまこちらに再突撃を開始してくる。

 望むところである。此方も翼を動かして体勢を整え、今度は真っ向からぶつからせてもらうとしよう。


 お互いに繰り出したのは、右拳による突きだ。

 噴射加速が影響したためか、互いの拳が衝突し合い、午前中に発生した衝撃波とは比較にならないほどの衝撃波が発生する。結界を張っていなかったら、『空間拡張ディメンエキスパ』にまで影響が出かねない衝撃だ。


 自動型の幻が身を翻してその勢いで尻尾をぶつけてくるが、私操作の幻は尻尾と鰭剣の付け根を掴んで自動型の幻を振り抜くように噴射飛行で移動する。


 私の尻尾は高速で伸びるからな。掴んで投げようとしても、尻尾を伸ばされて拘束される可能性があるのだ。

 そのため、尻尾の伸びる速度よりも速く移動してしまうのだ。

 なお、鰭剣と尻尾の付け根を掴んだのは、そうでもしないと鰭剣の付け根を伸ばされて攻撃されるからである。


 尻尾を伸ばす前に引っ張られてしまったことで自動型の幻の体制が崩れる。それによって、噴射飛行が私操作の幻よりも遅れている。そして尻尾を伸ばしてもいるが噴射飛行の速度に追い付けていない。

 自動型の幻は一度伸ばした尻尾を今度は縮めだした。伸縮させることで急速に私操作の幻に接近するつもりなのだ。


 ここで私操作の幻が取る行動は、逆噴射によって急停止し、掴んだ尻尾を手放すことである。

 するとどうだろうか。噴射飛行も行いこちら側に急接近していたこともあり、あっという間に自動型の幻が私操作の幻の幻の元まで肉薄して来た。


 ここですかさず尻尾による打ち下ろしを繰り出す。

 尻尾を収縮に専念していたことに加え、全力の噴射飛行によって細かい制御ができなくなっていた自動型の幻は、私操作の幻による尾撃をまともに受けて地面に叩き落された。


 ここで自動型の幻の魔力が尽きてしまったようだ。地面に激突した直後、自動型の幻が霧散してしまった。

 物理的なダメージでも魔力を消費してしまうらしい。もう少し楽しめると思っていた手前、残念だ。


 ヴィルガレッドと戦っていた時もそうだが、やはり全力での戦闘は楽しい。気分が高揚する。


 今度はもっと大量に魔力を使用して同じ幻を生み出してみよう。アレで終わりにするのは勿体な過ぎる。それに、可能ならば魔力で身体強化をした状態でも戦いたいし、魔術も併用したい。


 うん?待てよ?あの自動型の幻、魔術は同時にどれぐらい使用できるのだろうか?ちょっと確認してみよう。


 無論、確認中も戦闘は行う。

 今度は10倍の魔力を消費して自動型の幻を生み出した。この状態で魔力による身体強化を行えば、すぐに魔力が尽きてしまうだろうが、純粋な肉弾戦だけならば長時間戦いを楽しめる。


 だが、大量の魔力を放出するブレスだけは禁止しておこう。周囲への影響が大きくなり過ぎるだろうし、すぐに魔力切れになってしまうだろうからな。


 では、再度戦闘を開始するとともに、自動型がどの程度魔術を使用できるかも確認しよう。


 そうだ、この魔術の名前もちゃんと決めないとな。

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